MU「きみは死んでいる/その他短編」

◎風通しの良さと揺るぎない自信 反転する演劇における「死」
松井周(サンプル主宰)

「きみは死んでいる/その他短編」公演チラシ演劇で「死」を扱うのは難しい。死体であることを観客に了解させるためにどのように舞台上の世界を作るかは、演出家にとってとても頭を悩まされる課題であるように思う。今回観たMUの『きみは死んでいる/その他短編』は、その課題をアクロバティックな形で表現していた。

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サシャ・ヴァルツ&ゲスツ「Koerper ケルパー(身体)」

◎器官としての身体から私である身体へ
村井華代(西洋演劇理論研究)

「Koerper ケルパー(身体)」公演チラシサシャ・ヴァルツについては、どうしても思い出話から始めてしまう。
初めて見たのは2001年のベルリン。ヴァルツがトーマス・オスターマイヤー(2005年世田谷パブリックシアター『ノラ』『火の顔』で来日)と共に芸術監督を務める劇場「レーニン広場のシャウビューネ」での『17-25/4 [Dialoge 2001]』だった。現れては消えるダンサーらに導かれて観客が劇場周辺を一周するパフォーマンスである。劇場の中庭、屋上、空、隣接する公園、通りをまたいだプジョー代理店の半地下ガレージ、車、劇場前の並木、バス停-ダンサーの身体によって無限の不思議世界と化した日常風景は、360度とても幸福に見えた。以来、ベルリンという都市の記憶は、私には彼女の作品と分かちがたい。

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ポかリン記憶舎「息・秘そめて」

◎方法論と内容が一致した幸福な舞台 おおらかな「笑い」に開放感
松井周(サンプル主宰)

「息・秘そめて」公演チラシポかリン記憶舎の「息・秘そめて」(作・演出:明神慈)を観た。
ポかリン記憶舎の作品は元々独自の世界を形成していて、「地上3cmに浮かぶ楽園」と名付けられたその世界は、日常と非日常の間のぼんやりした「あわい」の世界である。日常の喧噪がシャットアウトされた中で、着物美女がたゆたう様は、男性の視点で言えば(その視点は意識されているように思うので)、新しいリラクゼーションスポットのような「癒しの空間」を創り出していた。しかし、今回の作品にはそれだけでなく、おおらかな「笑い」が組み込まれていたように思う。このような変化がいつ頃から起こったのか、近作を観ていない私には判断できないのだが、少なくとも今作品においては、それが成功しているように思えた。

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TPT「エンジェルス・イン・アメリカ」

◎わたしたちの中に、今ではもう不可能になったあの旅が
村井華代(西洋演劇理論研究)

TPT「エンジェルス・イン・アメリカ」公演から
【写真撮影◎島田麻未 ©TPT】

国家的イデオロギーが個人のセクシュアリティを侵し爆発する。天使は聖処女ではなくエイズを発症したゲイ青年を訪れる。預言の書はキッチンの床下に隠されている。
トニー・クシュナーを一躍20世紀アメリカを代表する劇作家に仕立てた『エンジェルス・イン・アメリカ』(第1部:1991、第2部:1992)。人間の生臭い心身を舞台に、実に様々な次元が交錯する姿が描かれている。ユダヤ人同性愛者という十字架を背負ったクシュナーにとって、個人の憐れな肉体が巨大な国家的・宗教的イデオロギーに蝕まれるというのは、しごく具体的で日常的な自覚であるように思える。
近代的制度の中で平和に生きる「普通の」人間なら気づきもしない警告が聞こえるのは多分不幸なことだ。しかし、だからこそ性的・民族的・国家的マイノリティは現代演劇においては預言者を演じうるのであり、またそうなる運命にあるのだろう。

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第3回アジアダンス会議から(下)

◎身体を持ちつつ身体を語る困難
武藤大祐(ダンス批評)

第3回アジアダンス会議チラシシンガポールのジョヴィアン・ンによる「私のダンス」セッションでは、ジョヴィアンと手塚夏子の間に、文化背景を超えた意外な接点が見つかった。ジョヴィアンは比較的遅くなってからダンスを始めた人だが、学校であらゆるダンス・テクニックを学んだ結果、どのテクニックも体を関節単位でしか使っていないということに気付き、最近は普段あまり意識しないような筋肉を動きの起点にする実験に取り組んでいるという。手塚の『私的解剖実験』シリーズも、まさに体を普通とは違った視点から観察し、分析し直すというところから出発している。もちろん細かく見ていけば方法論は異なるが、同じようなことを考えている人がいた、という純粋な驚きがあった。

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第3回アジアダンス会議から(上)

◎「小さな」個人の身体から「大きな」ポテンシャルを探る
武藤大祐(ダンス批評)

第3回アジアダンス会議2007から
アジアダンス会議2007 ファイナルセッションから。右端が筆者。写真提供=社団法人国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センター

ユネスコの下部組織である国際演劇協会・日本センターが隔年で開催してきた、「アジアダンス会議」の三回目が2月に東京で開かれた。アジア各地から集まった振付家、批評家、オーガナイザーなど14人の参加者が一週間に渡ってプレゼンテーションや討論、ワークショップを行いながら、ダンスを通してアジアを、またアジアを通してダンスを、じっくり考えてみたのである。筆者の怠慢でやや遅くなってしまったが、3月末に刊行された記録集の宣伝も兼ねて、二回に分けて報告したいと思う。

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青年団「別れの唄」(日仏合同公演)

◎揺らぐ「主体性」を取り込み楽しむ 演技の「質」を高めた舞台
松井周(青年団、「サンプル」主宰)

青年団「別れの唄」(日仏合同公演)チラシ平田オリザの作品をフランス人のロアン・グットマンが演出した『別れの唄』を観て、「現代口語演劇」について考えてみたいと思った。

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「浮力」(作・演出 北川 徹)

◎今、欲しいのは浮く力。次に欲しいのは、
村井華代(西洋演劇理論研究)

「浮力」公演プログラム1999年以来、(財)地域創造と東京国際芸術祭(TIF)が続けてきたリージョナルシアター・シリーズ。「東京以外の地域を拠点に活躍し、地域の芸術文化活動に貢献している若手・実力派劇団を紹介する企画」(公演パンフより)である。これまでは複数の地方劇団の出張公演のような形だったが、今年度は企画を一新し、「リーディング部門」と「創作・育成プログラム部門」の二部門制となった。前者に参加した団体の中から特に選ばれた一名の作家もしくは演出家が、後者において翌年度TIFでの舞台上演のスカラシップを受けることができるという仕組みだ。俳優やスタッフは在京劇団の中から招集、しかもベテラン演出家がアドバイザーとして後方支援してくれるという。(財)地域創造とTIFは「より質の高い創造的な演劇と芸術文化環境づくりを地域で推進し、全国に発信していくために」(同上)方針を一新したとのこと、それにしても選ばれた当人にとっては夢のチャレンジだろう。

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Port B「雲。家。」

◎他者、他者、どっちを向いても-現代日本へ、Port Bのメメント・モリ
村井華代(西洋演劇理論研究)

Port B「雲。家。」公演チラシ日本にも、このような舞台をつくる人々が現れたのか。
1969年生まれ、90年代後半ドイツで演出を学んだ高山明の率いるPort B は2002年旗揚げされた。今回初見である。東京国際演劇祭参加作品『雲。家。』は、エルフリーデ・イェリネクの1988年の戯曲Wolken. Heim.の日本初演。ノーベル文学賞受賞者イェリネクについては、ここで詳述する必要はないだろう。演劇作品からも現在まで3作が邦訳されているので、劇作家イェリネクについてもそちらを参照して頂きたい(末尾にリンクあり)。そもそも、Port B の今回の公演は、イェリネクに基づきながらもこれを意識的に逸脱しているので、イェリネク本人に拘泥している余裕がない。むしろPort-B が書き上げた、自分たちの、現代日本の新たな上演テクスト、その見事な演劇的「展開」こそ評されるべきだろう。

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キラリ☆ふじみで創る芝居「耽餌(たぬび)」(作・演出:下西啓正=乞局)

◎全てが自己完結した者の「自我」 屹立する「乞局」の世界
松井周(青年団リンク「サンプル」主宰)

「耽餌」公演チラシ今回の公演は純粋な乞局の公演ではないが、乞局で上演した作品『耽餌』の再演でもあるので、やはり、世界は乞局であった。「キラリ☆ふじみで創る芝居」と冠されたこの舞台は、13人の登場人物の内、10人近いメンバーをオーディションにより選出したらしい。その甲斐あってかどうかは私にはわからないが、乞局の世界を、その世界が持つポテンシャルを目の当たりにすることが出来たと思う。俳優の演技の質は高く、癖のある下西氏の文体を見事に消化していて、乞局の世界に流れる独特のトーンを途切れることなく体現していた。つまり、面白かった。しかし、これはその世界に入っていきたくなったとか、登場人物に感情移入できたとかいうことを意味しない。あくまで乞局の世界は乞局の世界で屹立していた。その屹立ぶりを改めて確認することが出来たのが、今回の収穫だった。

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