北九州芸術劇場プロデュース 「テトラポット」
◎再生と歴史、縮尺のマジック
落雅季子

柴幸男の作品はいつも、距離が縮尺によって変化するということを教えてくれる。人の生死、家族の暮らし、物質世界の理を等価に並べながら時間軸と空間を瞬間的に伸縮させ、時に圧倒的な情感を構築する彼の世界は、1センチの至近距離が地図の上では1万キロメートルにもなり得るダイナミズムを孕んでいる。
そんな彼にとって二年ぶりの新作『テトラポット』は、北九州芸術劇場プロデュースの、あうるすぽっとタイアップ公演シリーズで、現地で活動する俳優らと共に二か月かけて作りあげた作品となる。柴が北九州で創作を行うのは初めてではなく、2010年11月、同劇場のドラマリーディングの企画にて自身の『わが星』を上演しており、そのときから続投している俳優も多く見られた。ここ数年、舞台作品におけるアーティスト・イン・レジデンスは関東以外の地方にも着実に根付き、大きなうねりを形成している。中でも北九州芸術劇場は独自のシリーズ企画を複数持ち、実力、話題性ともに十分な劇作家を選んで共に作品づくりに努める、志の高い公共劇場である。
“北九州芸術劇場プロデュース 「テトラポット」” の続きを読む
五反田団「びんぼう君」
震災特別報告
◎一年目
いしい みちこ
今日は3月9日、福島県立高等学校II期選抜試験の2日目だ。
昨年の今日も入試の2日目だった。昨年とピッタリ同じ日程。だからあの日の丸1年後の明後日も、同じように合否判定会議をして同じように入試業務をするだろう。
昨年と同じように見えながら確実に違ってしまっている今日。
“震災特別報告” の続きを読む
さいたまネクスト・シアター 「2012年・蒼白の少年少女たちによる『ハムレット』」
◎世代を超えた普遍性映す
木俣冬

役者というものは、時代の縮図、ちょっとした年代記だ。
ハムレットの台詞にこういうものがある(訳:河合祥一郎)。
とすれば、蒼白の少年少女俳優が、2012年という時代を映し出す鏡だ。今回、『ハムレット』を上演するにあたり蜷川幸雄は、蒼白い顔をして表情に乏しく、何を考えているのかわからないとされる現代の若者たちだけで『ハムレット』をやることにした。
これまでのさいたまネクスト・シアター公演では、キャリアの長い俳優の客演によって大人の役をまかなっていたが、今回は1979年-92年生まれ、十代から三十代前半の劇団員のみで、年配者の役までやることに。
“さいたまネクスト・シアター 「2012年・蒼白の少年少女たちによる『ハムレット』」” の続きを読む
カムヰヤッセン「バックギャモン・プレイヤード」
◎身の回りの「世界」
水牛健太郎

「村」を舞台にした芝居には二種類ある。リアルな劇と寓話劇だ。
とまあ大上段に構えたが、それだけ「村」というのは寓話劇の舞台になりやすい。人が少なく、それぞれの人が都会よりも明確な役割を持って生活している。それに、村の生活のことは、演劇の公演が行われる都会では、はっきり言って誰もよく知らない。突っ込んでいけば色々ディープな現実がありそうだが、それも含めて多少ファンタジーを乗っけても許されるのでは。
“カムヰヤッセン「バックギャモン・プレイヤード」” の続きを読む
岸田賞はノゾエ征爾、藤田貴大、矢内原美邦の3氏
第56回岸田國士戯曲賞(白水社主催)選考会が3月5日、東京・學士會館で開かれ、ノゾエ征爾「○○トアル風景」、藤田貴大「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」、矢内原美邦「前向き!タイモン」の3作が受賞と決まった。3作同時受賞は第27回(1983年)以来。このときは野田秀樹「野獣降臨」、山元清多「比置野ジャンバラヤ」、渡辺えり子「ゲゲゲのげ」が受賞した。
正賞は時計、副賞は二十万円。授賞式は4月26日午後6時から東京神楽坂・日本出版クラブ会館で開かれる。
選考委員の野田秀樹さんは主催の白水社を通じてコメントを発表し、「選考委員が一新されたこともあり、作風の異なる3作品を、めいめい推す声が強く、この結果です。ただ、この3作品に共通なのは、脱ドラマ性が強いことで、今後、ドラマ性の強い作品で良いものが出ることも期待します」と述べている。
>> 岸田國士戯曲賞のページ(白水社Webサイト)
“岸田賞はノゾエ征爾、藤田貴大、矢内原美邦の3氏” の続きを読む
京都ロマンポップ「ミミズ50匹」(クロスレビュー挑戦編第23回)
連載「百花夜行」 賞を選ぶ、賞を読む(上中下)
連載タイトルはもちろん「百花繚乱」と「百鬼夜行」の掛け合わせ。鬼でもないし、繚乱というほどきらびやかでもない。要は、騒々しいほど賑やかで怪しいイメージが滲み出ればもっけの幸いというに過ぎない。ご寛容を。(北嶋)
Produce lab 89 presents 「官能教育 藤田貴大×中勘助」
◎受苦と繋がれるわたしたちの回路
鈴木励滋
藤田貴大は間違いなくこの国において現在最も演劇に愛されている青年のひとりであろう。彼が主宰する「マームとジプシー」は昨年、ほぼふた月に1本という何かに憑かれたかのようなペースで作品を世に送り出した。どれもが多くの人たちから高く評価をされ、演劇評論家の扇田昭彦は『塩ふる世界。』を朝日新聞の年末恒例「私の3点」に選出したほどであった。(註1)
今年もますます演劇界においてもて囃され、彼もまた期待に十二分に応えていくのであろう。この点において疑義を呈する気は毛頭ないのであるけれども、だがしかし、どうもその辺りにわたしはあまり興味がない。それは、わたしが彼の行為を演劇という枠に納まらないものなのではないかと考えていることとも関係している。とはいえ、ここではダンスや映像という別ジャンルの表現への越境という話ではなくて、思想とか生きざまといった方への広がりのことを思い浮かべている。そして、そういう物言いをする際に、わたしの中で劇評家というよりも日々地域作業所で障害がある人たちとの活動という“実践”をする者としての自分を意識せざるをえない。
“Produce lab 89 presents 「官能教育 藤田貴大×中勘助」” の続きを読む

