ジェローム・ベルとテアター・ホラ「不自由な劇場」

◎拍手は誰に贈るのか
 よこたたかお

はじめに

 去年の11月にフェスティバル・トーキョーと彩の国さいたま芸術劇場の共催により、『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』を上演してから、日本のダンス愛好家だけではなく、演劇愛好家や現代美術愛好家にも名前を知られ、既に一定数のファンを獲得しているジェローム・ベルの新作『不自由な劇場Disabled Theater』が今年の5月、チューリッヒのクンステン演劇祭で上演された。この作品はドイツ、スイス、フランスを巡回し、筆者が見たのはアヴィニョン演劇祭(フランス)での7月14日15時の回だ。この作品は既に11月まで上演が決まっている。
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忘れられない1冊、伝えたい1冊 第10回

◎「寝ながら学べる構造主義」(内田樹著、文春新書、2002)
  山口茜

「寝ながら学べる構造主義」表紙
「寝ながら学べる構造主義」表紙

 何が書いてあるのか、一度読んだだけではよく分からなくて、でも分からないのにこれはどうも自分の中に落とし込んだほうが良さそうだぞ、というのがこの本を初めて読んだときの印象でした。そしてこれを皮切りに、私はどんどんと内田樹さんの著書にはまり込んで行くわけですが、未だにこの本は何度読んでも理解した気になれません。同じ内田本でも、「こんな日本で良かったね 構造主義的日本論」や「日本辺境論」などは最後まで非常に口当たりがよくて人に勧める事が多いのですが、この本については本当に全然分かっていないので、人に勧めた事がありません。じゃあなぜ今回、挙げたのかというと、これが私の尊敬する作家、内田樹さんとの出会いとなる本だからです。
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ままごと「朝がある」

◎love the world
 山崎健太

「朝がある」公演チラシ
「朝がある」公演チラシ

 柴幸男は世界に恋している。『わが星』では地球の一生、『スイングバイ』では人類の歩みを作品の構成の根本に置き、『テトラポット』では生命の進化をモチーフとして取り入れるなど、柴は作品に「科学的な」ガジェットを多く取り入れてきた。『朝がある』でも先例に違わず「科学的な」視点が導入されているのだが、これらは全て、柴の世界への恋心の発露なのだ。そもそも科学とは世界のことをもっと知りたいという人間の欲望の表れであり、その意味では相手のことをもっと知りたいと思う恋と何ら変わるところがない。ときに散文的な言葉でつづられる柴の作品が圧倒的なリリシズムを湛えるのはこの恋心がゆえであり、だからこそそこには世界への肯定がある。柴は作品を通して世界への愛を歌い上げる。
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ベルリンHAU劇場「無限の楽しみ」

◎24時間観劇ツアー体験記
 横堀応彦

はじめに

 いまドイツでは、上演時間の長い演劇が熱い。
 筆者は今年5月から6月にかけて、ベルリンを拠点としながらヨーロッパの演劇祭を探訪した(注1)。2ヵ月間で合計50本ほど観劇した作品のうち、上演時間の長かった演目ベスト3は全てベルリンで上演されたものだった。

 第1位:『無限の楽しみ(原題:Unendlicher Spaß)』(上演時間:24時間)
     製作:HAU劇場(ベルリン)
 第2位:『ジョン・ガブリエル・ボルクマン』(上演時間:12時間)
     製作:フォルクスビューネ(ベルリン) 
 第3位:『ファウストⅠ+Ⅱ』(上演時間:8時間半)
     製作:タリア劇場(ハンブルク)
  
 今回は編集部の方から「ドイツ滞在の中で特に印象深かったものを」というお題を頂いたので、上演時間の長かった第1位の『無限の楽しみ』の体験レポートをお届けする。
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ミクニヤナイハラプロジェクト「幸福オンザ道路」

◎前へ!前へ!前へ!
 山崎健太

「幸福オンザ道路」公演チラシ
「幸福オンザ道路」公演チラシ

 矢内原美邦は繰り返し時間を描いてきた。ミクニヤナイハラプロジェクトの1作目として上演された『3年2組』は学生時代に埋めたタイムカプセルを巡る物語であるし、第56回岸田國士戯曲賞を受賞した『前向き!タイモン』はその全体が「1秒の戯曲」「1秒の物語」であるとされている。そして『幸福オンザ道路』もまた、失われた時間を巡る物語であるとひとまずは言うことが出来るだろう。本稿では時間を切り口に『3年2組』以降のいくつかの矢内原作品に触れ、『幸福オンザ道路』に至る矢内原作品に流れる通奏低音とでも呼ぶべきモチーフを明らかにしていく。
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サンプル「女王の器」

◎洗剤、アニメ、錬金術。
 山崎健太

 「界面、活性!」

 このセリフに『女王の器』における企みの全てが込められていると言ってもよい。耳慣れない言葉かも知れぬが、界面とはつまり境界面であり、身近なところでは洗剤に界面活性剤という薬剤が使われている。界面活性剤は水と油の両方に親和性があるため、本来は混ざり合わない水と油にこの界面活性剤を混ぜ込むと「乳化」という現象が起き、両者が均一に混ざり合う。界面活性剤の働きに象徴される、相異なる二つのものの混合というのが『女王の器』の中で繰り返し取り上げられるモチーフのひとつだ。
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劇団うりんこ「お伽草紙/戯曲」

◎虚実は糾える縄の如し
 山崎健太

「お伽草子/戯曲」公演チラシ
デザイン=京(kyo.designworks)

 「嘘から出た真」という言葉があるが、嘘(=虚構)は真(=現実)の中で作られるものでもあり、嘘と真の関係は卵と鶏の関係に似ている。卵が先か鶏が先かという議論は措いておくにせよ、卵が鶏から生まれる以上、卵が鶏よりも小さいことは自明である。では、現実の中に孕まれる虚構もまた、現実より小さなもの、現実を縮小再生産したものでしかないのだろうか。答えは否である。産み落とされた卵がやがて親鳥へと成長するように、虚構もまた、新たな現実を生み出す可能性をその裡に秘めているのだ。
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劇団スタジオライフ「十二夜」「夏の夜の夢」

◎お祭りシェイクスピア-スタジオライフ版シェイクスピア喜劇
 吉田季実子

スタジオライフ公演チラシ
公演チラシ

 2006年以降、1年に少なくとも1回はシェイクスピア作品の上演を行っている劇団スタジオライフは今年、『夏の夜の夢』と『十二夜』の2作品を上演した。いずれも再演ではあるが、キャストも一部変更しており、『夏の夜の夢』ではさらにWキャストでの上演だったために、合計3パターンの公演が期間内に繰り返されることになった。これは劇団のシェイクスピアシリーズにおいてははじめての試みである。
 この上演形式に関して、演出家である倉田淳はレパートリーシステムが今回の上演のテーマの一つであるとプログラムの中で言及している。役者がすべて男性であり、かつレパートリー制での上演というのは16世紀に劇作家ウィリアム・シェイクスピアが実際に戯曲を書いていた時代での上演形式の踏襲にほかならない。
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ジェローム・ベル 「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」

◎劇評を書くセミナーF/T編 第5回 課題劇評 その2

 「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」公演チラシ
公演チラシ(表)

劇評を書くセミナーF/T編 第5回(最終回)は11月19日(土)午後、にしすがも創造舎で開かれました。取り上げた公演は2本。F/T主催公演の掉尾を飾ったジェローム・ベル 「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」と、ほぼ1ヵ月間、東京近隣だけでなく福島県内を会場にしたPort B 「Referendum – 国民投票プロジェクト」でした。早稲田大演劇博物館研究助手の堀切克洋さんを講師に迎えた当日のセミナーは、名前を隠して事前配布された劇評を読んで意見交換し、最後に筆者から感想を聴くというスタイルで進みました。属人的な要素をとりあえず外し、書かれた原稿だけを基に合評するのはちょっとスリリングでもありました。ここでは「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」を対象にした5本を掲載します。

【課題劇評】(到着順に掲載)
1.イヴはなぜ楽園を追放されたのか(山崎健太)
2.ポピュラー音楽の/による親しみやすさ(中山大輔)
3.なぜ舞台は続けられなければならないのか(クリハラユミエ)
4.ポップスターの悲劇(堀切克洋)
5.イエス、ヒズ・ショー・ゴーズ・オン(都留由子)
>> Port B 「Referendum – 国民投票プロジェクト」課題劇評ページ
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遊園地再生事業団「トータル・リビング 1986-2011」

◎劇評を書くセミナーF/T編 第4回 課題劇評 その1

「トータル・リビング」公演チラシ
「トータル・リビング」公演チラシ

 ワンダーランドの「劇評を書くセミナーF/T編」第4回は11月12日(土)、にしすがも創造舎で開かれました。取り上げた公演は、遊園地再生事業団「トータル・リビング 1986-2011」(2011年10月14日-24日)と岡崎藝術座「レッドと黒の膨張する半球体」(10月28日-11月6日)です。講師の木村覚さん(日本女子大講師)も劇評を執筆。参加者の原稿と併せて公演内容や時代背景、劇作家の特質などにも話が及びました。
 最初に「トータル・リビング 1986-2011」評4本を掲載します。
 この作品は若い女性が舞台奥に飛び降りるシーンを早々に配置。バブル前夜の1986年(チェルノブイリ原発事故が起こった年)と2011年を往還しながら「忘却」と「欠落」をさまよい、「世界の歪みとそれでもなお続く私たちの生活が浮かび上がる」(FTサイト)舞台を、それぞれどのようにとらえたのか-。じっくりご覧ください。掲載は到着順です。

1.「忘却」を忘れられない者たちは、この作品で「忘却」を忘却できるだろうか? (髙橋英之)
2.幽霊と記号あるいは没入と忘却 (木村覚)
3.白くつるんとしたもの (都留由子)
4.忘却に抗い穴を穿て (山崎健太)

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