忘れられない1冊、伝えたい1冊 第10回

◎「寝ながら学べる構造主義」(内田樹著、文春新書、2002)
  山口茜

「寝ながら学べる構造主義」表紙
「寝ながら学べる構造主義」表紙

 何が書いてあるのか、一度読んだだけではよく分からなくて、でも分からないのにこれはどうも自分の中に落とし込んだほうが良さそうだぞ、というのがこの本を初めて読んだときの印象でした。そしてこれを皮切りに、私はどんどんと内田樹さんの著書にはまり込んで行くわけですが、未だにこの本は何度読んでも理解した気になれません。同じ内田本でも、「こんな日本で良かったね 構造主義的日本論」や「日本辺境論」などは最後まで非常に口当たりがよくて人に勧める事が多いのですが、この本については本当に全然分かっていないので、人に勧めた事がありません。じゃあなぜ今回、挙げたのかというと、これが私の尊敬する作家、内田樹さんとの出会いとなる本だからです。

「専門家のために書かれた解説書」には、「例のほらあれ……参ったよね、あれには(笑)」というような「内輪のパーティー・ギャグ」みたいなことが延々と書いてあって、こちらはその話のどこがおかしいのかさっぱり分からず、知り合いの一人もいないパーティーに紛れ込んだようで、身の置き所がありません。(前書きより)

 私は、難しい話をされるのは知的好奇心を刺激されるので好きなのですが、知識自慢をされるのがとにかく苦手なので、上記のような前書きにはガシッと心をつかまれます。私がこの本を手にしたのは、まだフィンランドに居る頃(2008年)でした。意気揚々と渡芬したものの、予測していた以上に寂しく不安な日々を過ごしていた時に、大学時代の友達が日本食とともに送ってくれたのです。日本の新刊に飢えていた私は、「寝ながら学べるのなら」と思ってすぐに飛びついたのですが…ニーチェ、フロイト、フーコー、お恥ずかしい話ですが、出て来る名前がいずれも私には難しくて、最初は本編を読みはじめて数十頁で本を閉じてしまったのを覚えています。でも当時この本しか読むものが無かったので、なんとか無理矢理頁をめくるうちに、いつしか夢中になっている自分がそこにいました。

 「私には世界がこのように見えています」と言う事を伝えるのが芸術である、と昔どこかで読んだ事があります。その見え方が斬新でかつ共感を呼べばお客さんが増えたり、逆にありふれたものだと安心感を与えたりするのかもしれません。

 この本は、その世界の見え方にはそれぞれ時代や文化が大きく影響しているのだ、つまり時代や文化が変われば、ものの見え方も変わって来るのだ、というのが「構造主義」的な考え方だと教えてくれます。しかし特筆すべきは、こういった考え方が我々のあいだに浸透したのがここ数十年である、と言う事です。1950年のフランスで、フランスとアルジェリアの国際紛争のさなか、双方に一理あると言ったのはかのアルベール・カミュただ一人だったと内田樹氏は書いています。つまりそれぞれの文化に依ればそれぞれに正しさがあり、間違いもまたある、と説いたわけです。今となれば何を当たり前の事を、と思うのですが、我々がこういう風に感じるのも、我々のあいだに既に構造主義的な考え方が浸透しているからに他なりません。つまり、アルベール・カミュのつぶやきは当時のフランスにおいては極めてイノベイティブだったのであり、また現代の我々は知らず知らずのうちに、「現代人特有の」構造主義的なものの考え方をしているという事です。これを知った時、私はにわかに自分の思考の可動域が広がったような感覚を覚えました。私の思考をかこっている檻のテカりが、うっすらですが見えたせいだと思います。

 昔から私は、とかく物事を「古い」「新しい」で判断するくせがあります。しかしこの本を読み進めるうち、私が新しいと思っている事は、果たして本当に新しいのだろうか、と一旦立ち止まるようになりました。そして、元々あるものよりも人がNEWに惹かれるのはなぜか、なぜこれほどまでに人は後から来たもののほうをすばらしいと思えるのか考えてみたり、また、新しい時代といえばここ5年、10年の事のように思ってしまうけれども、実際にはもっと大きい波に我々はカテゴライズされており、それに抗う事は無理なのだ、と残念に思ったりするようになりました。そしてそう言う時に、構造主義的な見地にたって歴史の流れを眺めてみると、私の今いるこの時代特有のバイアスや思考停止のパターンが浮き彫りになり、その長所と短所が把握できるようになりました。未だに思考のくせはそう簡単にはとれませんが、立ち止まったり、自分の思考を客観的に見たりする事は今、自分が戯曲を書いたり演劇を演出したりする時に、とても役立っているように思います。たとえカテゴリーから逃れる事はできなくても、自分が逃れられていないという事実を知る事はとても大切です。

 意味が分からないのに何度も読みたい、理解したいと思って挑む事の出来る本が自分にはある、これは本当に、とても幸せな事だと思っています。まだまだ知らない事はたくさんありますが、意欲というか、知りたい、という気持ちだけは無くさないようにしていたいし、その心を刺激してくれる本にはこれからもどんどん出会って行きたいです。その為に、私は本を読むのだなと思います。

山口茜さん
山口茜さん
【略歴】
山口茜(やまぐち・あかね)
 劇作家・演出家・俳優。トリコ・A主宰。1977年、京都府生まれ。大学卒業後、「自分で戯曲を書いて演出をしてみたい」と団体を立ち上げ、2003年「トリコ・A」プロデュースと名乗る。同年「他人(初期化する場合)」で第10回OMS戯曲賞大賞を受賞。2005年、東京国際芸術祭リージョナルシアターシリーズ参加(「潔白少女、募集します」作、演出、出演)。2007年、「豊満ブラウン管」作・演出で若手演出家コンクール最優秀賞受賞。2007年から2年間文化庁新進芸術家海外留学制度研修員としてフィンランドに滞在。帰国後、京都を拠点に、東京・大阪などでも活動を再開。
公式HP:トリコA(TORIKO・A)http://toriko-a.com/


「忘れられない1冊、伝えたい1冊 第10回」への3件のフィードバック

  1. ピンバック: 山口茜
  2. ピンバック: 山口茜
  3. ピンバック: ピンク地底人3号

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください