ピンク地底人「明日を落としても」

◎その一瞬一瞬に前例がない瞬間へ向かうために、ピンク地底人の大いなる遠回り
 羊屋白玉

「明日を落としても」公演チラシ
「明日を落としても」公演チラシ

 京都地下に住むピンク地底人3号さんから電話がきた。かつて一度だけワンダーランドに寄稿した劇評を見つけられての指名を賜ったのである。わたし劇評家じゃないから。と言うと、そういう距離感がむしろ良いんで、と。
 まもなく過去作品の資料なども到着し、上演前のぴりっとしたふわっとした現場に立ち会わせてもらい、本編を拝見し、終演後、3号さんを劇場近くの居酒屋さんでインタビュー。3号さんはコロッケをつつきながら、公演中はあまり食欲がないの。と、地上人っぽいことを言っていた。

 「草原の薔薇をみせたいのか? 血まみれの薔薇をみせたいのか?」と、3号さんに直接尋ねたわけではないし、二者択一の必要もないが、今回の作品を俯瞰して言い表すと「ノイズの海に漂う美しい音楽」「喧噪の中の囁き」とでも言おうか。

 ピンク地底人2号さん演じる主人公の女性「マリコ」を執拗に追いかけてくる肉声の洪水の中、彼女が何度も溺れそうになりながらも、たった独りで向こう岸にたどり着く様を、進んで戻って膨らんで消え入りそうになりながら繰り返してゆく一刻一刻。いばらの森を薄いカーディガンひとつ纏って、もくもくと分け入ってゆく彼女。いばらの棘で血に染まったからだで森から這い出でた姿は、ヒステリックにもならずどちらかといえば無言、いなばの白ウサギにも見えるような。
 と、なると「血まみれの薔薇」であり、美辞麗句と技巧と悪徳の限りを尽くすことはできるが、3号さんは「両方見せたいの」と、頷くだろう、勿論、両者両立の矛盾を承知の上でだ。

 だから、3号さんはtwitterで「僕は誰もみたことのないものが作りたいのです」と呟いているというよりは叫んでいる。

「明日を落としても」公演(東京・王子小劇場)から
【写真は、「明日を落としても」公演(東京・王子小劇場)から。撮影=山口真由子 提供=ピンク地底人
禁無断転載】

 「草原の薔薇」は、ナチュラリズム(各ジャンル、諸説ありますが)のメタファーとして書いたのだけど。例えば、植物界の薔薇のカレンダー(開花→受粉→結実→落花)を、省略もデフォルメもせず舞台にのっけるという手法というか作法なので上演時間はバラの一生と同じく一年になる。また例えば、朝ご飯を用意してかたづけるまでに40分かかるなら、これもまた同じ考え方で上演時間は40分になるというものだが、この作法の断片は、実は本作品に出現していた。

 舞台上で空間をワープせず、律儀に執拗に登場するエレベーターのシーンが、それのひとつである。3号さんは「あのシーンはちょっとね~」と言っていたが、エレベーターのシーンをもう観たくないのなら目をつぶれ、と場内アナウンスしてさらなる執拗へ踏み込んでもよいくらいだ。

 しかし、耳はそういうわけにはゆかず、ふさいでもふさいでも聞こえてくる。日常生活での生活音との関わり方は、ある程度知らないうちにコントロールし取捨選択している。おそらく気が狂わないためにだ。

 そんな生活音に限りなく似ているのに自分では選択できない音があの舞台の上には響いていた。「あ。ノイズってそういう音のことか。」と、腑に落ちた瞬間、「血まみれの薔薇」でも「草原の薔薇」でもなんでもいいのだけど、いわゆる、矛盾、盾と矛、天と地、を紐で繋いで両方から全力で引っ張る、紐が切れるか切れないかそのぎりぎりの力とバランスを保つ、ピンクな地底世界の奇妙な秩序が見えてきたのである。

 「世界同時期多発的な現象」について。前作品「マリコのために」は、障害物がほとんどないアクティングエリアの中、大勢がひしめきあっていた。今回は、床には5つの箱、床と天井を貫通するかのような地軸の傾いた支柱が7本。そして、今回もまた、大勢がひしめきあっていた、しかも軽やかに。

 障害物がある上でのその複雑なフォーメーションをつくるにあたって何かトレーニングしてるの? と聞くと、「歩く稽古はしましたよ」。それってビューポイントというメソッド? と聞くと、ピンク地底人の世界にはないもののようであった。いやしかし、わたしも受講したことがあるヌーヨークのSITIが主催するビューポイントを彷彿とさせる。そういう世界同時期多発的な現象って嬉しい感じがする。

 メソッド本は出版されていますのでこちら。
 http://www.amazon.com/The-Viewpoints-Book-Practical-Composition/dp/1559362413

 本の裏表紙のビューポイント紹介文。

 ”Over the past twenty years, ‘Viewpoints’ training has ignited the imaginations of choreographers, actors, directors, designers, dramaturgs and writers.”
(ビューポイントのトレーニングは、20年以上にもわたって今もなお、振付家、俳優、演出家、デザイナー、ドラマトゥルク、作家たちの想像力を刺激し続けている。)

 ちなみにわたしが受講したときには、お医者さんや小説家の姿もあった。

 「どうしても!」ピンク地底人たちのスタッフワークの優れっぷりについて触れておきたい。「これ俳優がのぼるんですか?」と7本の支柱を見上げながら唐突に舞台美術の方にへんな質問をしてしまったが、上演前だったので、彼女はやさしく濁してくれた。この舞台美術の方、さかいまおさんは、兼舞台監督であり、兼総合司会をこなしていた。上演後の全体の確認の細やかさは堂に入っていたし。あわせて、音響、照明、ビジュアル、受付に至るまでが、である。

 最近、突飛で目立つことよりも、なにも気にならないことの方が凄い。と思うようになったのもあるが、実にステキなチームである。

 「脱線しながら螺旋を描く女性の時間」 赤ちゃんや老人に目が釘付けになるのは両者ともに死に近いからだ。だから死から(生からも)遠い青年期は一番ドラマチックじゃない。なんてことを言われると、ではわたしたちの世代、どうしたらよいのだ? といつも思うのだけど、ピンク地底人さんたちの平均年齢は20代後半。青年期どまんなかである。

「明日を落としても」公演の写真2
「明日を落としても」公演の写真3
【【写真は、いずれも「明日を落としても」公演(大阪・インデペンデントシアター2nd)から。
撮影=末山孝如(KAIKA劇団 会華*開可) 提供=ピンク地底人 禁無断転載】

 自説になるが、生まれてから死ぬまでを一本の直線と考えるのではなく、生まれた瞬間と死ぬ瞬間を同じ点として綴じるとしたら一生は環になりループを描く。主人公マリコが、このループを何回転したのだろうかと思うと切なくなる。彼女のほぼ一生に触れる舞台の途中、ミッドライフクライシス(老いてゆく事への危機)の要素も含まれており、実経験がないままどんな気持ちであのループを毎ステージ駆け抜けたのだろう。トランスフォームが女優の仕事だと言われればそれまでだが、あの駆け抜ける姿を思い出すといとおしくなる。

 ミッドライフクライシスがもろテーマな映画、ジョン・カサヴェテスの「オープニングナイト」を想起したけど、申し訳ないが、我らがジーナ・ローランズには及びません。でも、好きなものやひとへの記憶を呼び起こしてくれる舞台は大好きだ。

 「ファンタジー、降りてきました?
 居酒屋さんでのインタビュー中、3号さんは何度もわたしにこう聞いていた。劇評を書くにもファンタジーは必要だろうけど、この場合のファンタジーの文脈は、終演後にすぐ3号さんに「テーマは活動当初から変わってないの?」と尋ね「変わってないけど、最初はもっとファンタジーだったんです」と答えたそのファンタジーである。

 おそらく、そのファンタジーに再会するために、今回の作品もあったのだとおもうし、更に聞けば、今作品、母と息子の数々の試練を織りこんだストーリー。実は、息子の視点から描きたかったのだそうだ。「えー。じゃー。それを観たかったー」と、お嘆きのみなさん。地底を縦横無尽に掘り続けるピンク地底人の作品は、ガウディのサグラダ・ファミリアのように、晴れの日も雨の日も、絶賛建築中です。

 今回構築された作品の記憶を携帯して。そう、また見に行きたいとわたしも思う。

 3号さんのインタビュー中話題に出てきたお気に入りのものたち。ピンク地底人研究のため、ぜひとも、参照していただきたい。↓
・ブエノスアイレス出身の映画監督「ギャスパー・ノエ」
・アイルランドのロックバンド「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン」

(2012年8月18日 19:00の回観劇)

【筆者略歴】
羊屋白玉(ひつじや・しろたま)
 指輪ホテル主宰。演出家、劇作家、俳優。 2001年よりACCのフェローシップで、ニューヨークに留学し、セプテンバーイレブンのさなか、東京とニューヨークをブロードバンドでつなぎ「LONG DISTANCE LOVE」を上演。帰国後ヨーロッパ・北米・南米ツアーを実施。2006年、ニューズウイーク日本誌において「世界が認めた日本人女性100人」に選出される。2008年、再びニューヨークに一年滞在し、オバマ当選のお祭り騒ぎの中、作品を発表。今後の予定、2013年瀬戸内トリエンナーレ新作発表。2014年米劇作家トリスタ・ボールドウィンとの国際共同制作「Mesujika 雌鹿 DOE」国内にてワールドプレミア。
指輪ホテル:http://www.yubiwahotel.com

【上演記録】
ピンク地底人 暴虐の第10回公演「明日を落としても」(佐藤佐吉演劇祭2012参加作品)

【大阪公演】インディペンデントシアター2nd(2012年6月30日-7月1日)
【東京公演】王子小劇場(2012年8月17日-19日)
*上演時間は約90分。

作・演出
ピンク地底人3号

キャスト
ピンク地底人2号
クリスティーナ竹子
ピンク地底人5号
ピンク地底人6号
大原渉平(劇団しようよ)
片桐慎和子
勝二繁(劇団テンケテンケテンケテンケ)
高山涼(第三劇場)
殿井歩
諸江翔大朗
脇田友

スタッフ
作・演出 ピンク地底人3号
舞台監督 若旦那家康(ropeman(33.5))
舞台美術 さかいまお(artcomplex)
照明 山本恭平
音響 森永キョロ
制作 5号 6号 martico(劇団ちゃうかちゃわん) 浅田麻衣
チラシとか 2号
宣伝写真 末山孝如(劇団酒呑童子/会華*開可)

料金
前売 2500円
当日 2800円
高校生以下前売り 500円
高校生以下当日 1000円

「ピンク地底人「明日を落としても」」への24件のフィードバック

  1. ピンバック: ピンク地底人
  2. ピンバック: ゆうた
  3. ピンバック: makiko
  4. ピンバック: 高い山で涼む
  5. ピンバック: 待山佳成
  6. ピンバック: 諸江 翔大朗
  7. ピンバック: sakumashiho
  8. ピンバック: 竹子
  9. ピンバック: 大沢秋生
  10. ピンバック: 南亮輔
  11. ピンバック: ピンク地底人3号
  12. ピンバック: 黎明
  13. ピンバック: やぶ・ちき
  14. ピンバック: na74na
  15. ピンバック: 脇田 友
  16. ピンバック: 山口茜
  17. ピンバック: 指輪ホテル
  18. ピンバック: 指輪ホテル
  19. ピンバック: 清水さと
  20. ピンバック: ピンク地底人3号
  21. ピンバック: ピンク地底人5号

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