ベルリンHAU劇場「無限の楽しみ」

◎24時間観劇ツアー体験記
 横堀応彦

はじめに

 いまドイツでは、上演時間の長い演劇が熱い。
 筆者は今年5月から6月にかけて、ベルリンを拠点としながらヨーロッパの演劇祭を探訪した(注1)。2ヵ月間で合計50本ほど観劇した作品のうち、上演時間の長かった演目ベスト3は全てベルリンで上演されたものだった。

 第1位:『無限の楽しみ(原題:Unendlicher Spaß)』(上演時間:24時間)
     製作:HAU劇場(ベルリン)
 第2位:『ジョン・ガブリエル・ボルクマン』(上演時間:12時間)
     製作:フォルクスビューネ(ベルリン) 
 第3位:『ファウストⅠ+Ⅱ』(上演時間:8時間半)
     製作:タリア劇場(ハンブルク)
  
 今回は編集部の方から「ドイツ滞在の中で特に印象深かったものを」というお題を頂いたので、上演時間の長かった第1位の『無限の楽しみ』の体験レポートをお届けする。

 なお第2位と第3位の作品は今年のテアタートレッフェン(ベルリン演劇祭)に招聘された作品であり、既に論考やエッセイが書かれているので、詳しくはそちらをご参照いただきたい(注2)。

マティアス・リリエンタールとHAU劇場

 マティアス・リリエンタールという人がいる。2003年にベルリンのHAU劇場(注3)のインテンダント(芸術監督)に就任して以来、数々の先進的なプロジェクトを実施。ドイツのみならず世界の演劇シーンを牽引してきた演劇界の超大物である。国際交流基金のサイトPerforming Arts Network Japanには彼のインタビュー記事が掲載されている(注4)ので、是非ご一読いただきたい。

 HAU劇場は日本の現代演劇との関わりも深い。2009年10月にはリリエンタールと国際交流基金ケルン日本文化会館(当時)の山口真樹子との共同キュレーションによりアジア・パシフィック・ウィークのプログラムとして「トーキョー─シブヤ─新世代」という日本特集イベントが開催。先のインタビュー記事でリリエンタールが「日本で最も重要な演出家のひとり」と評価する岡田利規率いるチェルフィッチュ『ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶』(HAU劇場との共同製作作品)をはじめ、庭劇団ペニノ『苛々する大人の絵本』、快快『My name is I LOVE YOU』、Chim↑Pom『スーパーラット』などの作品が招聘された(注5)。その後もチェルフィッチュとHAU劇場は緊密な連携関係を築き、先の『ホットペッパー…』のほか、『三月の5日間』(2008年12月)、『わたしたちは無傷な別人である』(2010年10月)、『ゾウガメのソニックライフ』(2011年10月)がHAU劇場で上演されている。そのほか2011年2月に横浜で上演された「世界の小劇場Vol.1 ドイツ編」も、HAU劇場との共同キュレーションにより実現した企画であった。

 そんなリリエンタールが2011-2012シーズンをもって、HAU劇場の芸術監督を退任した。

 リリエンタールのさよなら公演として、2012年6月のベルリンではHAU劇場による超大型企画が2つ開催された。どちらの企画も劇場外で行われた企画であり、これまでのHAU劇場の集大成と呼ぶに相応しいものであった。
 1つ目は、旧テンペルホーフ空港跡地に万国博覧会を模したパビリオンを設置した企画『世界は公平ではない─巨大万国博覧会(The World is not Fair – Die Grosse Weltausstellung)』である。会場のテンペルホーフ公園内には合計15のパビリオンが設置され、そのうちの1つはチェルフィッチュが『Unable to see』という短編作品で参加した(注6)。会期は6月の毎週木曜日〜日曜日。チェルフィッチュの作品は1日3ステージ上演されたので、1ヵ月の間に約50ステージ上演されたことになる。
 

パビリオンF
【写真は、チェルフイッチュの短編作品『Unable to see』が上演されたパビリオンF 撮影=筆者】

24時間ツアー型演劇

 もう1つのさよなら公演が、今回レポートする『無限の楽しみ(Unendlicher Spaß)』である。6月の毎週水曜日(から翌木曜日の朝まで)と土曜日(から翌日曜日の朝まで)、計8回上演された所要時間24時間のツアー作品だ。
 正式なタイトルは『デヴィッド・フォスター・ウォレス作『無限の楽しみ』─ユートピア的な西側をめぐる24時間(Unendlicher Spaß von David Foster Wallace – 24Stunden durch den utopischen Westen)』ともっと長い。
 この『無限の楽しみ』の原作は2008年に自殺したアメリカの作家デヴイッド・フォスター・ウォレスが1996年に発表した1500ページを超える超大作「Infinite Jest」である(注7)。「Infinite Jest」は2009年ウルリヒ・ブルーメンバッハによるドイツ語訳「Unendlicher Spaß」が刊行されたが、未だ日本語には翻訳されていない。

 ここで気になるのは、なぜHAU劇場の集大成のイベントの題材としてウォレスの小説が採用されたのかということだろう。以下、パンフレットの作品解説から該当部分を一部引用する。

 小説「Infinite Jest」は、鬱病や孤立化に悩まされた架空の消費文化社会を描写したものである。エリートたちの集まるテニスアカデミーで若者たちは極限まで追い詰められ、リハビリテーションセンターには、犯罪者、麻薬中毒者、鬱病患者など様々な連中が集まっている。成果志向と失敗への不安が互いに衝突し合う一方、失敗は既に日常的に現実となってしまっている。「Infinite Jest」とは、小説の中に登場する映画のタイトルでもある。小説中で観客たちは寝食を忘れてこの映画を見続ける。小説中の隠喩的な上部構造に見られるように、この映画もまた、映画中の示唆的な力によっていかに主体が消失するか、について描写しているのだ。
 [中略]
 「Infinite Jest」はかつての教養小説のように登場人物がみな英雄というわけではなく、それぞれが自らの破滅に向かっていく社会派小説である。そこに残っているのは、おかしくもあり驚きもすることだが、狂気や成功への憧れ、失敗によるノイローゼによって傷つけられた高度文明社会の同時代的な肖像画である。排他や独占、主体の完全な消失や物語の完全な否定が述べられていないが故に、「Infinite Jest」は文化悲観的小説ではない。これは、絶え間なく過剰に要求された高度文明社会に関する現実的な報告書なのである。
 小説の中での皮肉的な言い回しに見られるように、「Infinite Jest」はマティアス・リリエンタール率いるHAU劇場のモットーにもなり得ただろう。これが、今作の演劇バージョンがリリエンタールの退任公演に相応しいと思われる理由である。HAU劇場で製作された作品は、現実や社会に立ち向かい、世の中の矛盾を暴き出したのだから。HAU劇場は常に観客やパートナー、アーティストや自らのチームから過剰な要求を受けてきた。そしてこれこそが、この小説を24時間の演劇マラソンパフォーマンスの土台として使用してみるのに十分な理由である。これはさらには、作品を街中へと持ち出し、現実社会と直面させ、我々が生きている空間を探索するひとつの手段としてこの小説を用いるのに十分な理由でもある。(注8)

  
 観客は劇場によって用意された専用バスに乗り、丸1日かけて8カ所の上演場所を移動する。これらの上演場所は、日常生活ではなかなか立ち入ることの出来ない建物ばかりであり、それらの多くは1960年代から70年代にかけて西ベルリン(当時)で建設された建物である(注9)。
 そして各上演場所は、原作に登場する建物に見立てられる。例えば最初に訪れる上演場所は「LTTCロート・ヴァイス」という実際ベルリンに存在するテニスクラブだが、これは小説「Infinite Jest」の舞台である「エンフィールド・テニス・アカデミー」に見立てられる。
 それぞれの上演場所で上演されるパフォーマンスも、当然原作を意識した内容になっている。24時間かけて8つの上演場所を回りながら、観客は原作を下敷きとした合計14のパフォーマンスが楽しめるというわけだ。筆者のように原作を読んでいない観客でも十分に楽しめたが、もし原作を読み込んでいたら、これほど贅沢な24時間は他に考えられなかっただろう。

1日のタイムスケジュール 

 『無限の楽しみ』当日の大まかなタイムテーブルと上演場所は以下の通りである。

10:00〜14:00 (1)LTTC「ロート・ヴァイス」(パフォーマンス3つ+昼食)
14:30〜16:00 (2)トイフェルスベルク(パフォーマンス1つ)
16:30〜20:30 (3)ヴィヴァンテス・クリニック・ノイケルン(パフォーマンス3つ+夕食)
21:00〜22:00 (4)キャンパス・ベンヤミン・フランクリン(パフォーマンス1つ)
23:00〜24:00 (5)ドイツ・ブランブンブルク放送センター/ラジオ放送の家
        (パフォーマンス1つ)
00:30〜01:00 (6)ウムラウフカナル(パフォーマンス1つ)
02:00〜05:00 (7)フォンターネ・ハウス・ライネッケンドルフ(パフォーマンス3つ+夜食)
05:30〜06:30 (8)ライネッケンドルフ税務署(パフォーマンス1つ)
07:00〜08:30  HAU劇場1(朗読パフォーマンス)
08:30〜     HAU劇場2(朝食)

上演場所が示された地図
【上演場所が示された地図(公演パンフレットより転載)】
* 地図をクリックすると拡大

 上の地図をご覧頂ければお分かりのように、8カ所の上演場所は決して近場に隣接しているわけではない。1つの上演場所から次の上演場所への移動は平均して30分ほど。移動中はツアーガイド(俳優ではない)が次の上演場所の解説などをしてくれるが、その他の移動時間は基本的に自由。もっとも後半は殆ど睡眠時間と消えてしまうのだが…。

前半12時間(10:00〜22:00)

 朝9時半。ベルリンの西のはずれグリューネヴァルト駅に降り立つところから、長い1日が始まる。前売券完売につき当日券に並ばなくてはならなかった筆者は、集合時間よりも少し早めに上演会場に向かい当日券を購入した。チケット料金は一般が50ユーロ(約5000円)、学割が35ユーロ(約3500円)。普段の演劇公演が一般11ユーロ、学割7ユーロなのに比べると割高だが、これで24時間楽しめるのだからむしろ安いぐらいだろう。24時間が辛い、という観客向けには前半12時間・後半12時間それぞれ25ユーロずつのチケットも販売されていた。チケットは受付でリストバンドと交換。リストバンドの色は2色あり、この色が移動の際に乗るバス1号車・2号車の目印となる。参加者は2階建てバス2台分だったので、100〜150名といったところだろう。96ページに及ぶ立派なパンフレットも3ユーロで購入できる。

 最初の上演場所の(1)LTTC「ロート・ヴァイス(ROT-WEISS)」は、これまでに多くのプロ・テニスプレーヤーを輩出してきた名門テニスクラブだ。ここが原作の「エンフィールド・テニス・アカデミー」に見立てられ、3つのパフォーマンスが上演される。
 まずは『ラ・マレア横浜』でもお馴染みのアルゼンチンの演出家マリアーノ・ペンソッティがエンフィールド・テニス・アカデミーの創始者であり映画「Infinite Jest」の監督でもある人物の物語を描く。続いてペーター・カステンミュラー演出によるロッカールームやトレーニングルームでの音楽を用いたパフォーマンスが上演。ここで一旦休憩となり、テニスクラブ内のレストランで昼食。午後はイギリス・ドイツのパフォーマンス・コレクティブ集団ゴブ・スクワッドにより、実際のテニスコートでエアーテニスをしながら原作の会話パターンを再現するパフォーマンスが上演された。パフォーマーたちはラケットを手にせず互いの会話だけで競い合い、どちらかが勝ったと判断されればテニス同様のルールで点数が加算されていく。上演場所の特性を活かした優れた演出で、大変興味深かった。

上演会場のテニスコート
【写真は、ゴブ・スクワッドの上演模様 撮影=筆者】

 最初の上演場所を後にして、次の上演場所へとバスで移動する。バスの中では、パンやりんご、ミネラルウォーターやレッドブルなどが入った紙袋が1人1袋支給され、また野外での上演で使うための折りたたみ椅子も1人1脚支給される。

 続いての上演場所は(2)トイフェルスベルク(TEUFELSBERG)である。全てのツアーを通して、最も興奮した上演場所はここだった。

トイフェルスベルクの屋上
【写真は、トイフェルスベルクの屋上から。奥の丸い建物の中でパフォーマンスが上演された 撮影=筆者】

 ベルリンで最も高い場所(114.7m)でもあるトイフェルスベルクとは直訳すると「悪魔の山」という意味。戦前ナチスの軍事施設があった場所に、戦後壊れた瓦礫などを集めて人工的に作られた丘で、冷戦時代はアメリカ軍の東側監視拠点として使用されていた。冷戦後は長らく使用されていないままで、将来的には観光拠点として活用する案も浮上しているようだが、現在は基本的に立ち入ることの出来ない場所である。
 この丘は、2人の登場人物が出会った丘に見立てられ、観客はその2人の対話を聞く。演出家はニューヨーク・シティ・プレーヤーズを率いるリチャード・マックスウェルだ。

 続いて向かうのは、(3)ヴィヴァンテス・クリニック・ノイケルン(VIVANTES KLINIKUM NEUKÖLLN)ノイケルン地区にある巨大病院施設である。クリストフ・マルターラーやヨッシ・ヴィーラー&セルジオ・モラビトの舞台美術家として有名なアンナ・フィーブロックの手により、病院施設の中にある調理場空間が、薬物・アルコール中毒更正施設「エネット・ハウス」に生まれ変わっている。近年フィーブロックは演出家としての活動も行っており、まずは更正施設の中でフィーブロック演出のパフォーマンスが上演される。この間観客は上演空間内に立ち入ることができず、その周りの廊下から窓とスピーカー越しに中で起こっているパフォーマンスを観劇する。その後は上演空間に移動してコンスタンツァ・マクラス振付、オスカー・ビアンキ音楽による1つの登場人物の複雑性と感情移入を主題としたダンスパフォーマンスが上演された。

中毒厚生施設「エネット・ハウス」
【写真は、フィーブロックによって改装された中毒厚生施設「エネット・ハウス」 撮影=筆者】

 病院の食堂で夕食をとったあとは、1人の登場人物の生き様を描いた演劇+インスタレーション作品。演出は3年前『デッド・キャット・バウンス』で来日したクリス・コンデックで、上演空間を見事に活用した作品だった。
 
 前半最後の訪問地は、(4)キャンパス・ベンジャミン・フランクリン(CAMPUS BENJAMIN FRANKLIN)。普段はベルリン自由大学の微生物学・衛生学研究所として使用されている建物だが『無限の楽しみ』の上演日だけは、今年のTPAMで『セルジュの特殊効果』を演出したフィリップ・ケーヌの手により、原作の著者であるデヴイッド・フォスター・ウォレス・センターと名を変えた建物が出現する。
 入り口ではこのためだけに作られたウォレス・センターのTシャツを着た職員たちがお出迎え。観客1人1人にウォレス・センターのエコバックと缶バッジをプレゼントしてくれる。ここで観客は実際の大学の講堂に座り、ウォレスに関する講演会に参加する。筆者が観劇した日は、ゲスト・スピーカーとして「Infinite Jest」のドイツ語翻訳者ウルリヒ・ブルーメンバッハがスカイプ中継で登場。観客たちと活発な意見交換を交わした。これまでのパフォーマンスが原作の虚構世界に浸るタイプのものだったのに対し、この時間だけは現実の世界に引き戻される不思議な体験であった。
 ここでようやくスタートから12時間が経過。前半組と後半組が入れ替わる。

後半12時間(22:00〜10:00)

 後半最初の目的地は⑤ドイツ・ブランブンブルク放送センター/ラジオ放送の家(FERNSEHZENTRUM DES RBB / HAUS DES RUNDFUNKS)である。映画「Infinite Jest」の主演女優がパーソナリティを務めるラジオ放送局を見立てた放送局のスタジオ一室が上演会場だ。入口付近に設置されたラジオブースの中でアンナ・ゾフィ・マーラー演出による演劇が上演。ワーグナーの音楽とともに、主演女優による自殺未遂の様子が描写された。

 続いて向かうのは(6)ウムラウスカナル(UMLAUFKANAL)。ドイツの建築家ルートヴィヒ・レオによる奇妙な形をしたベルリン工科大学の水利工事・造船実験施設である(注10)。ここでは(2)トイフェルスベルクで上演された2人の対話の続きが上演された。日付も変わり、徐々に観客の疲労も溜まってくる。

 時刻は午前2時。到着したのは(7)ベルリンのライニッケンドルフ区にあるフォンターネ・ハウス(FONTANE-HAUS REINICKENDORF)という文化施設である。まずは施設内のホールで昨年『遺言/誓約』で来日したパフォーマンス・コレクティブ集団のシー・シー・ポップによる演劇作品を観劇。今回のツアー中ホールの客席に座るのはこれが初めてだ。最初に訪れたエンフィールド・テニス・アカデミーの創始者であり映画監督もある登場人物のフィルモグラフィーを紹介していく。ときに舞台上の役者たちが観客席にビデオカメラを向けるが、ときには椅子を占領して横になっている観客の姿が投影されることもあった。
 続いては地下に併設されているアメリカン・ウェスタン・サロンというバーでの上演。夜食を兼ねて観客1人につきベイクドポテトが1つサービスされるほか、希望すればビールなどの飲み物を頼むこともできる。演出は(5)と同じくアンナ・ゾフィ・マーラー。ここではトランスジェンダーの登場人物を演じた俳優によるワンマン・ショーが上演された。
 その後観客は、カフェテリアの空間を使って行われるアルコホーリクス・アノニマス(AA)のミーティングに参加する。AAは原作でも取り上げられているが、現実に世界各地で開催されているミーティングであり、演出を担当したジェレミー・ウェイドは本作を通じてAAミーティングの社会的現象について探求した。

 時刻は午前5時になり、外はすっかり朝である。いよいよ最後の上演場所である(8)ライニッケンドルフ税務署FINANAMT REINICKENDORFへと向かう。映画「Infinite Jest」の上映キャンペーンを取り締まる組織のオフィスに見立てられた上演場所では、ポーランドの演出家ヤン・クラタにより、映画を探索する様子が描かれた。

 これにて8つの上演場所を全て回り終えた一行は、最後の目的地であるHAU劇場1に向かう。最後は俳優たちによる原作小説「Infinite Jest」のドイツ語リーディング。開始早々普通のリーディングだと分かった途端、観客は次々と帰りはじめ、残った観客たちはほとんど我慢比べ状態に。朝8時半リーディング公演が終了し、最後まで残った観客たちは拍手しあって互いの健闘をたたえ合った。その後HAU劇場2では朝食が用意されているとのことだったが、筆者は疲労のためそのまま帰宅。間違いなく、これまで人生で観劇してきた中で、最も充実した観劇体験であった(注11)。

おわりに

 リリエンタール体制のHAU劇場が最後に手がけたプログラムは、ベルリンという土地、HAU劇場がこれまで築き上げてきたアーティストとの信頼・協力関係、HAU劇場スタッフの制作体制でしか作り出すことの出来ない超大型企画であった。他のプロジェクト同様、万国博覧会も24時間観劇ツアーも確かに1つの「構造」であり、理論的にはこれを他の都市にインストールすることも可能かも知れない。しかし、実際に目の前に生じる様々な障害を乗り越えて同時期に2つものプロジェクトを実施することが出来たのは、世界中の劇場やフェスティバルを探してもリリエンタール体制のHAU劇場のほかに無かっただろう。まして午後10時になると劇場から完全退館しなくてはならない日本において、いつの日かこのような超大型企画が実現できる日は来るのだろうか。

 HAU劇場の新しい芸術監督にはベルギー人女性のAnnemie Vanackereが就任。リリエンタールはベイルートで教鞭をとる傍ら、2014年にマンハイムで開催予定の世界演劇祭(テアター・デア・ヴェルト)のプログラム・ディレクターに就任した(注12)。
パフォーミングアーツの震源地は、まだまだこの人の周りにありそうだ。

(注1)テアタートレッフェン(ベルリン演劇祭)、クンステン・フェスティバル・デザール、フェスティバルa/dウェルフ、シビウ国際演劇祭、テアターフォーメン、ウィーン芸術週間、オランダフェスティバルなどを探訪した。
(注2)市川明氏による「第49回ベルリン演劇祭」『シアターアーツ51号』や岩城京子氏による「第2回 Berlin Report / ヨーン・ガブリエル・ボルクマン」など。
(注3)正式名称はHebbel am Ufer(ヘッベル・アム・ウーファー)といい、通称HAU(ハウ)と呼ばれる。
(注4)http://performingarts.jp/J/pre_interview/0906/1.html
(注5)同イベントのプログラムは以下のリンクからダウンロードできる。
 http://www.hebbel-am-ufer.de/media/Programmheft.pdf
(注6)詳しい情報は以下のリンクを参照(英語)。
http://www.hebbel-am-ufer.de/archiv_en/kuenstler/kuenstler_23722.html?HAU=1
(注7)原題の「Infinite Jest」は、『ハムレット』第5幕第1場からの引用。墓ほりから手渡されたどくろがヨリックのものだと分かり「えー。ヨリック。(ホレーショに)この人知ってたよ。無限に冗談を思いつく、ずばぬけてファンシーなひとだった。」(長島確訳)というこの「無限に冗談を(a fellow of infinite jest)」の部分である。
(注8)HAU劇場発行『Unendlicher Spaß』パンフレット6〜8頁より引用。翻訳は筆者。以下同。
(注9)これは「人々の記憶から消えかけているベルリンの60〜70年代の建築物のユートピア的な特徴が、原作との関連性のきっかけになる」ことと、「西ベルリンこそがドイツの中で最もアメリカ的な場所になっていた」ことが理由のようだ。(同上9頁)
(注10)当日訪れたのが深夜だったため外観写真は撮影できなかったが、以下のサイトから外観写真が閲覧可能である。
http://www.muhs.de/details.php?image_id=40924&sessionid=59647945c24a3d15d368b5217726a3c1
(注11)このほかにもう1つ、ツアーの終盤でアメリカの映像作家であるフランセス・シュタークによる映像作品「My Best Thing」も公開されていたようである。どこで見たか筆者の記憶は定かでないため、ここに付記するに留めておく。
(注12)世界演劇祭は3年に1度ドイツの都市が持ち回りで開催。前回は例外的に3年周期より1年早く2010年に実施されたため、次回は当初の周期に戻すため2014年に開催される。最新情報は公式ホームページから入手可能(今のところまだドイツ語のみ)。

【筆者略歴】
横堀応彦(よこぼり・まさひこ)
 1986年東京生まれ。現在ライプツィヒ音楽演劇大学大学院ドラマトゥルギー科に在籍。いろいろな現場でドラマトゥルクの修行を積みながら、博士論文を執筆中。

「ベルリンHAU劇場「無限の楽しみ」」への5件のフィードバック

  1. ピンバック: 横堀応彦MasahikoYokobori
  2. ピンバック: 薙野信喜
  3. ピンバック: 高安 美帆

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