ルーマニアの演劇祭Temps d’Image Festival

◎表現の自由を獲得したルーマニア演劇
 岩城京子

 「ルーマニアでは若手演劇作家が突然 “出世” することはない」と、現地劇評家ユリア・ポポヴィチは語る。なぜならこの旧共産主義国では、新たな才能を育成するためのエリート・ルートが良きにつけ悪しきにつけ国家により定められているからだ。「ルート」-すなわちこの国では1977年から現在に至るまで「一流の」演劇人を志すものはみな、22年前まで国内唯一の高等演劇教育機関であった国立ブカレスト映画演劇大学への「入学許可証」を得る必要があるのだ。
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ユニットえりすぐり「乙女の祈り」

◎乙女のあいのり
 岡野宏文

「乙女の祈り」公演チラシ
「乙女の祈り」公演チラシ(表)

 乙女の祈りとはなんだろう。いや、それではいい方が違う。正確に言えば、祈っている乙女とはいったい誰だろうとどなたかにたずねたいのだ。
 乙女なるものの祈りときた日には、憧れと絶望が猛烈に混濁して、クラインの壷のように胸中をでんぐり返っているのではあるまいかとわたしには思える。
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村川拓也「ツァイトゲーバー」

◎2つのレベルの関係性
 伊藤寧美

 作品は、穏やかに始まる。作・演出の村川拓也氏が舞台に上がり、客席に向かって呼びかける。「この作品には一人キャストが足りません。なので、出演に協力してくれる方はいませんか?」と。参加者は、女性であれば誰でもかまわない。手を上げてくれませんかと言われるものの、みなまごまごと様子を伺ってしまい、「このままじゃ上演が始められませんよ」と村川氏も観客も、互いに苦笑してしまう場面もあった。ようやく1人手が上がり、そのままその女性が舞台に上がることとなった。
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Port B 「Referendum – 国民投票プロジェクト」

◎劇評を書くセミナーF/T編 第5回 課題劇評 その1

 劇評を書くセミナーF/T編 第5回(最終回)は11月19日(土)午後、にしすがも創造舎で開かれました。取り上げた公演は2本。F/T主催公演の掉尾を飾ったジェローム・ベル 「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」と、ほぼ1ヵ月間、東京近隣だけでなく福島県内を会場にしたPort B 「Referendum – 国民投票プロジェクト」でした。早稲田大演劇博物館研究助手の堀切克洋さんを講師に迎えた当日のセミナーは、名前を隠して事前配布された劇評を読んで意見交換し、最後に筆者から感想を聴くというスタイルで進みました。属人的な要素をとりあえず外し、書かれた原稿だけを基に合評するのはちょっとスリリングでもありました。ここではPort B 「Referendum – 国民投票プロジェクト」を対取り上げます。

【課題劇評】
1.いつか、トーキョーを離れるために(堀切克洋)
2.それは魂鎮めなのか(大泉尚子)
>> ジェローム・ベル 「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」課題劇評ページ
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維新派「風景画-東京・池袋」

◎最も東京らしい呪われた風景画を描く
 岡野宏文

「風景画-東京・池袋」公演チラシ
「風景画-東京・池袋」公演チラシ

 「風景は涙にゆすれ」とは、言わずと知れた宮沢賢治の魅力的な詩のワンフレーズであるけれど、涙にゆすれるような飛び切りの風景の発見こそ、いま私たちが力を注がねばならぬ肝要な営みの一つなのではあるまいか。

 「見た目に美しい自然の景観」というのが「風景」というもののとりあえずの謂であると思われる。だが私たちが日々呼吸するぬくもりをまとった時間の中で、風景とは決して霧にかすんだ摩周湖や逆光の空に赤くはめ込まれた富士の肢体なんて洒落臭いしろものばかりではありえない。銭湯の番台に小銭を置く指先から匂う口紅の甘やかな横顔や、夜の裳裾がともしていくざわめく街角の千の眼も、誰恥じることのない風景の風上である。

 風景はなまめかしいページをしまっている。
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岡崎藝術座「レッドと黒の膨張する半球体」

◎劇評を書くセミナーF/T編 第4回 課題劇評 その2

公演チラシ
公演チラシ

 ワンダーランドの「劇評を書くセミナーF/T編」第4回は11月12日(土)、にしすがも創造舎で開かれました。取り上げた公演は、遊園地再生事業団「トータル・リビング 1986-2011」(2011年10月14日-24日)と岡崎藝術座「レッドと黒の膨張する半球体」(10月28日-11月6日)です。講師の木村覚さん(日本女子大講師)も劇評を執筆。課題原稿をたたき台にして、公演内容や時代背景、劇作家の特質などが話し合われました。
 岡崎藝術座「レッドと黒の膨張する半球体」はセミナーで取り上げた公演のうち、最もインパクトがあったという意見でほぼ一致しました。不快と不可解の合わせ技がかかり、なおかつ不思議なほど記憶に引っかかるのはなぜか-。以下の6本はそんな謎にも触れながら舞台をさまざまに読み解いています。当日は、岡崎藝術座の神里雄大さんも参加。活発な討論になりました。掲載は到着順です。

1.「移民」というニセのテーマ (髙橋英之)
2. 「レッドと黒の膨張する半球体」評(水牛健太郎)
3.このとりつくしまのない居心地の悪さ(大泉尚子)
4.明快な物語を切実に訴える過剰な表現(小林重幸)
5.孤独で恐ろしい肖像画(木村覚)(初出:artscape 2011年11月1日号
6.汚れることを恐れているのは誰か? 汚れたのは誰か?(クリハラユミエ)
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ピーチャム・カンパニー「復活」

◎地霊が呼び寄せた野外劇
 芦沢みどり

「復活」公演チラシ(表)
「復活」公演チラシ(表)

 観劇の夜(10月31日)、友人二人と御成門駅の出口で待ち合わせ、会場の芝公園23号地を目指して歩き始めて道に迷った。三人が揃いもそろって方向音痴だったわけだが、そのお陰でこの作品が依拠したという中沢新一の『アースダイバー』の世界を部分的ながら実地検分することができた。本の中で東京タワーは「死霊の王国跡」に建てられた電波塔と位置づけられている。増上寺と東京プリンスホテルの間の細くて薄暗い道へと迷い込んだわたしたちは、水子地蔵が立ち並ぶ墓地を横目で見ながらそこを足早に通り抜け、ライトアップされた東京タワーに導かれるようにしてようやく会場に辿り着いたのだった。明るい塔の周辺は、思いのほかひっそりと闇に沈んでいる。芝東照宮のすぐ近くには前方後円墳跡があり、芝丘陵一帯は東京大空襲で一面の焼け野原になったという。中沢は東京タワーを「死のなかに復活の萌芽をふくんだタナトスの鉄塔」と呼んでいる。
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真夏の會「エダニク」

◎「エダニク」の、まるで時計のような、精密さ。
 梅田 径

真夏の極東フェスティバル公演チラシ
宣伝美術=清水俊洋

 黒尽くめの舞台と客席は額縁のような枠で隔てられて、まるで昔のテレビをみているような気持ちになる。静かな舞台美術だ。舞台上には大きな机を取り囲むように、丸椅子や長椅子が一見無造作に置いてある。
 この空間には、席に座っただけでゾクゾクっとくるような派手さはなく、この時には弱い失望すら感じていた。
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維新派「風景画-東京・池袋」

◎劇評を書くセミナーF/T編 第3回 課題劇評

「風景画-東京・池袋」公演チラシ
「風景画-東京・池袋」公演チラシ

 ワンダーランドの「劇評を書くセミナーF/T編」第3回は10月22日(土)、にしすがも創造舎で開かれました。取り上げた公演は、維新派「風景画-東京・池袋」(2011年10月7日-16日)です。9月末の瀬戸内・犬島公演をへて、東京のデパート屋上(西武百貨店池袋本店4階まつりの広場)に登場したパフォーマンスはどのように変貌し、都会のど真ん中にどのように出現したのか-。提出された課題作を基に、講師の岡野宏文さん(元「新劇」編集長)のコメントを挟みながら、駅に隣接したデパート屋上という立地の特質、維新派の活動形態や俳優の特徴など活発な話し合いが続きました。
 以下の8本の劇評は、セミナーでの話し合いを基に加筆、修正されました。掲載は到着順です。
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第七劇場「かもめ」

◎ポスト・カタストロフィを生きる人々の終わりなき遊戯
 大岡淳

1 『かもめ』という戯曲

「かもめ」公演チラシ
「かもめ」東京公演チラシ

 チェーホフの『かもめ』はつくづく恐ろしい戯曲だと思う。まず一演劇人として見た場合、この戯曲の世界では、いかなる演劇の形も肯定されていないことに驚かされる。母アルカージナは、偉大な女優であるらしいのだが、息子コースチャから見れば、旧弊で紋切型で大時代的な演劇を代表する存在である。一方、コースチャは自らが執筆したなにやら前衛的な台詞を恋人ニーナに託すのだが、硫黄の匂いをたきしめもするその「新形式」の演出は、アルカージナの取り巻き連中の失笑を買うことになる。
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