維新派「風景画-東京・池袋」

8.風景画の発見
  都留由子

 フェスティバル/トーキョーの目玉演目のひとつ、維新派の『風景画』を見た。
 西武池袋本店。デパートの屋上(正確には屋上ではなく、「まつりの広場」。建物と建物を結ぶ通路の途中に作られた屋根のないレンガ敷きの広場)に、鉄骨を組んで野球場の外野席みたいな巨大な観客席をつくり、その前の広場のぐるりにミニチュアの摩天楼を置いたのが舞台だ。舞台の向こうには、電車が出入りしている駅や、周囲のビルや、空や、遠くの景色が広がっている。夜の公演だったので暗くなった空を背景にビルには灯りがついていた。

 開演。広場には十文字に照明が当たり、顔と手足を真っ白に塗って、白いシャツとひざ丈の黒い半ズボンに黒い運動靴(決してスニーカーではなく)の役者が出てくる。全体の印象は初期の「サザエさん」に出てくるカツオ君のようだ。最初はふたり。ゴーという音に楽器をチューニングしているようなヒューンという音が混じる。床に当たっている十文字の照明をまるで通路のようにして、ふたりともその上を身を屈めて足を引きずるように動き、方向を変えては、同じような動きを繰り返す。と思って見ていると、刃物で相手を刺すような身振りを繰り返す。やがて同じような白塗り・白シャツ・黒半ズボン・黒運動靴の役者たちがわらわら出てくる。総勢24人。

 役者たちは、しばらく無言で身体をゆらゆらさせたり、ぎくぎくと動いたりして、それからおまじないの文句のような言葉を唱える。何と言っているか全然わからない。ずっとこのままだろうかと心配していると、ようやく理解可能な言葉が聞こえる。「わたしはいくつもの川を知っている」「わたしはいくつもの道を知っている」。そのあとに海の名前や鳥の名前がお経のように並ぶ。

 当日パンフレットによれば、それぞれの場面には、点・線・図形などとタイトルがついている。役者たちは、運動会のマスゲームのようにときどき位置を変えては、かかとを上げたり、風にふかれているかのようにゆらりゆらりと揺れたり、肩を上げたりおじぎをしたり、いろいろな身振りをする。ときどきうずくまったりしゃがみ込んだりもする。食事をしているような場面もあり、電車に乗っているように見える場面もある。どことなくぎこちない、何かに動かされているような動作である。みんなが揃って同じ動きをすることもあれば、数人ずつが同じ動きをすることも、全く不規則に動くこともあった。台詞は、ノアの方舟を思い出させるような内容、移民船を連想させるような内容、身体の部分の名前(肘、膝など)を羅列する、「と、と、とーや」という掛け声など、互いにゆるいつながりは感じさせるが、特にストーリーを語るとは思えない言葉の連続だった。

 最後には、広場に整列した役者たちが、1,9,4,5,1,9,4,6、と数字をカウントする。年号らしいがよくわからない。そして、みんな客席の方向へ走り去って、維新派の『風景画』は終わった。

 と書いてみて、我ながらあきれるのだが、結局、内容をほとんど覚えていない。個別の、身体の動きや声や台詞や効果音などの印象は多く残っているのだが、全体としてどういう姿だったのかが全くつかめない。

 実は見ているあいだにも、これをどう見ればいいのかなあと考え続けていた。筆者の観劇経験などまことに貧しいものではあるが、どう見ればいいかと考えるお芝居はこれまでにあまり経験したことがない。面白くないお芝居は見たことがあるし、意味のわからないお芝居も見たことがある。気持ちを逆なでされるようでどうにも肌が合わないと感じる作品もあった。この『風景画』はそのどれとも違っていたように思う。お料理に例えれば、これまで見たものは、味や香りや食感について好き嫌いはあっても、その「食べ方」はわかっていたのに、今回の『風景画』は食べ方がわからない。食べ物か飲み物かもよくわからない。今となっては、そもそも食べ物だと思い込んでいたのが間違っていたんじゃないかという気もしてきた。もしかしたら「食べる」以外の受け取り方があったのかもしれない。

 『風景画』なのだから、風景が描かれていたのだろう。それはどんな風景だったのか。
 学生のころ西洋美術史の授業で、風景画は発見されたのだ、と聞いた記憶がある。西洋美術の世界では、絵や彫刻になるのは神であり、神を描いた作品が一番偉い。風景や静物は、単に神の背景にあるものに過ぎず、風景画というものとその美しさは15世紀(だったと思う)ごろに発見されたものだというのだ。だから風景画は宗教画に比べて、長い間、格下のものと見られていたそうだ。

 風景画の中では、人は小さく描かれることが多い。雄大な自然を描いた作品ではもちろんだが、パリの街角を描いたような風景画でも、中国の山水画(これも風景画のカテゴリーに入れて構わないのだろうか?)でも、人物は小さく描かれていて、それぞれの個性を強く主張することがない。人物がその個性を強く主張していたら、それはきっと「人物画」と呼ばれるのだから、それは当然のことか。

「風景画」公演写真
【写真は、「風景画-東京・池袋」公演から。 撮影=井上嘉和 提供=維新派 禁無断転載】

 「風景画」がそういうものだとすると、維新派の『風景画』は、間違いなく「風景画」であった。舞台となった西武池袋本店・まつりの広場に役者がいるだけなら、特別に人が小さいとは思えなかったのだろうけれど、その後ろの本物のビルの群れ、そのまた向こうの本物の夜空、吹いてくる風、聞こえてくる電車の音などの借景のおかげで、白く塗った人々は、まるでミニチュアのからくり人形が動いているように見えた。

 その小さい人たちが、意味のよくわからない言葉を発し、滑らかなようなぎくしゃくしたような不思議な動きをしているのを客席から見ると、「風景を見ている」気にはならないが「風景の中にいる人を見ている」気にはなる。白塗りをしているので、顔を見分けるのは難しいし、いろいろな動きをしているのはちゃんと見えるのに、そんなふうに動いている理由はわからない。ランダムに動いているようでもあり、規則的に動いているようでもある。高いところから、わー、きれい!などと言いながら風景を眺めるとき、下界で動く人たちはそんなふうに見える。

 ああ、失敗したなあ、遠くのビルや空と広場の役者を同時に視界に収めることのできる、客席後方・てっぺんの席に座るべきだったなあ。席を選ぶときにちょっとそう思わないでもなかったんだけど、上の方は風が吹いて寒そうな気がして、つい、下の方の舞台に近い席にしてしまったんだよね。もっと高いところから見ていれば、もっとすんなりと風景をみているように舞台を見られたかもしれないのに。
 あのしぐさの意味は何だろう、何を言ってるんだろう、どうしてあんなことをしてるんだろう。音楽もないのにみんな同時に動けるのは、何をきっかけにしているんだろう、誰かどこかで合図をしているんだろうか。ついそんなことを考えてしまったから『風景画』を「風景画」として受け止められなかったのだな。どのあたりでそのことに気づくべきだったのだろうか。

 ただ、わたしの場合にはそれでも問題は残りそうだ。風景を無心に眺めるのはもちろん魅力的なことだが、わたし自身は、飲み食いもおしゃべりもしないでそう長く眺めていられるとは思えない。風景の中に動いている人が見えて、その動きがとても面白くても、たぶん30分が限度だろう。面白がれる幅が狭い自分をとても残念に思うし、「30分が限度」以上の刺激を感じ取れない自分をとても残念に思う。

 ところで、ヤーコンという野菜をご存知だろうか。外見はサツマイモそっくりだ。でも、サツマイモのように蒸かして食べても全然おいしくない。ところが千切りにしてキンピラにするか、酒粕に漬けて奈良漬にすると、シャキシャキしてとてもおいしい。維新派の舞台をヤーコンに例えるのは失礼千万だろう、お許しいただきたいが、面白がれる幅が狭く、刺激への感受性の鈍い自分を残念に思うのだけれど、もしかしたら、キンピラや奈良漬にすればおいしいということを知らないだけかもしれないとも思う。もちろん、知らないだけなのではなく、結局、知る能力が欠如していたということになるのかもしれないのだが。そのときは仕方がない、「ヤーコンは苦手でね」で、残りの人生を切り抜けて行きたいと思う。


「維新派「風景画-東京・池袋」」への5件のフィードバック

  1. ピンバック: 井上嘉和
  2. ピンバック: おとうた通信
  3. ピンバック: やまだ
  4. ピンバック: Imai Miho

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