あうるすぽっと・豊島区「おやすみ、かあさん」

◎邪悪
 杵渕里果

「おやすみ、かあさん」公演チラシ 『おやすみ、かあさん』(‘Night, Mother)は、1983年ピューリッツア賞受賞の戯曲。
 「アラフォーおんなが自殺するはなし」というと「やたら暗い」けど、現代演劇に「自殺」がからむのは、『セールスマンの死』、『動物園物語』、『欲望という名の電車』…あんがい忌み嫌われてもないみたい。
 「自殺」をめぐる葛藤は、健康な人でも…というか、そのカラダがそのカラダを殺せるくらい健康なカラダの人なら、窮状から消え去る手段としての「自死の誘惑」に襲われうるワケで、とりたてて異常なものではない。
 なのに「自殺」がらみの葛藤は、まずその本人が隠すし、遺族も黙って抱えこんでヒミツにすることが多いから、外からはその存在じたい見えにくい。そんなふうに隠しこむ風習のためますます人は、孤独のドツボに落ちてゆく。
 でも演劇にしてさしだせば、「特定の誰かの死」から離れたかたちで「自殺」についてコミニケーションする契機にできる。多くの力ある劇作家が「自殺」を好んで描いてきたのは、「演劇」という制度を最大限活用させられるテーマだから、なんだろう。
“あうるすぽっと・豊島区「おやすみ、かあさん」” の続きを読む

ジェローム・ベル 「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」

◎劇評を書くセミナーF/T編 第5回 課題劇評 その2

 「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」公演チラシ
公演チラシ(表)

劇評を書くセミナーF/T編 第5回(最終回)は11月19日(土)午後、にしすがも創造舎で開かれました。取り上げた公演は2本。F/T主催公演の掉尾を飾ったジェローム・ベル 「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」と、ほぼ1ヵ月間、東京近隣だけでなく福島県内を会場にしたPort B 「Referendum – 国民投票プロジェクト」でした。早稲田大演劇博物館研究助手の堀切克洋さんを講師に迎えた当日のセミナーは、名前を隠して事前配布された劇評を読んで意見交換し、最後に筆者から感想を聴くというスタイルで進みました。属人的な要素をとりあえず外し、書かれた原稿だけを基に合評するのはちょっとスリリングでもありました。ここでは「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」を対象にした5本を掲載します。

【課題劇評】(到着順に掲載)
1.イヴはなぜ楽園を追放されたのか(山崎健太)
2.ポピュラー音楽の/による親しみやすさ(中山大輔)
3.なぜ舞台は続けられなければならないのか(クリハラユミエ)
4.ポップスターの悲劇(堀切克洋)
5.イエス、ヒズ・ショー・ゴーズ・オン(都留由子)
>> Port B 「Referendum – 国民投票プロジェクト」課題劇評ページ
“ジェローム・ベル 「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」” の続きを読む

遊園地再生事業団「トータル・リビング 1986-2011」

◎幽霊と記号あるいは没入と忘却
 木村覚

幽霊と記号

「トータル・リビング」公演チラシ
「トータル・リビング」公演チラシ

 死者が自分を死者と認識せぬまま現世の夢を見続けたお話、ということだけは分かった。主人公であるドキュメンタリー作家が「あの日」に福島県の塩屋崎灯台下にいたこと。その岬で津波に遭遇し、死に至ったこと。死の事実に気づかぬまま「南の島」にいると思いこんでいたこと。これらのことが終幕直前に突然、彼の仕事先の映像学校の生徒たちによって彼に告げ知らされる。だから、このことは間違いない。

 そうとなれば、天使のような存在感で不思議な問答を繰り返してきた二人の女「欠落の女」と「忘却の女=灯台守の女」は、彼の死後の魂の内を漂うなにかで、彼が自分の死を忘却していたこと(また塩屋崎灯台がその灯を消してしまっていること)のメタファーであり忘却が招いた欠落のメタファーである、ということも分かってくる。
“遊園地再生事業団「トータル・リビング 1986-2011」” の続きを読む

遊園地再生事業団「トータル・リビング 1986-2011」

◎劇評を書くセミナーF/T編 第4回 課題劇評 その1

「トータル・リビング」公演チラシ
「トータル・リビング」公演チラシ

 ワンダーランドの「劇評を書くセミナーF/T編」第4回は11月12日(土)、にしすがも創造舎で開かれました。取り上げた公演は、遊園地再生事業団「トータル・リビング 1986-2011」(2011年10月14日-24日)と岡崎藝術座「レッドと黒の膨張する半球体」(10月28日-11月6日)です。講師の木村覚さん(日本女子大講師)も劇評を執筆。参加者の原稿と併せて公演内容や時代背景、劇作家の特質などにも話が及びました。
 最初に「トータル・リビング 1986-2011」評4本を掲載します。
 この作品は若い女性が舞台奥に飛び降りるシーンを早々に配置。バブル前夜の1986年(チェルノブイリ原発事故が起こった年)と2011年を往還しながら「忘却」と「欠落」をさまよい、「世界の歪みとそれでもなお続く私たちの生活が浮かび上がる」(FTサイト)舞台を、それぞれどのようにとらえたのか-。じっくりご覧ください。掲載は到着順です。

1.「忘却」を忘れられない者たちは、この作品で「忘却」を忘却できるだろうか? (髙橋英之)
2.幽霊と記号あるいは没入と忘却 (木村覚)
3.白くつるんとしたもの (都留由子)
4.忘却に抗い穴を穿て (山崎健太)

“遊園地再生事業団「トータル・リビング 1986-2011」” の続きを読む

岡崎藝術座「レッドと黒の膨張する半球体」

◎劇評を書くセミナーF/T編 第4回 課題劇評 その2

公演チラシ
公演チラシ

 ワンダーランドの「劇評を書くセミナーF/T編」第4回は11月12日(土)、にしすがも創造舎で開かれました。取り上げた公演は、遊園地再生事業団「トータル・リビング 1986-2011」(2011年10月14日-24日)と岡崎藝術座「レッドと黒の膨張する半球体」(10月28日-11月6日)です。講師の木村覚さん(日本女子大講師)も劇評を執筆。課題原稿をたたき台にして、公演内容や時代背景、劇作家の特質などが話し合われました。
 岡崎藝術座「レッドと黒の膨張する半球体」はセミナーで取り上げた公演のうち、最もインパクトがあったという意見でほぼ一致しました。不快と不可解の合わせ技がかかり、なおかつ不思議なほど記憶に引っかかるのはなぜか-。以下の6本はそんな謎にも触れながら舞台をさまざまに読み解いています。当日は、岡崎藝術座の神里雄大さんも参加。活発な討論になりました。掲載は到着順です。

1.「移民」というニセのテーマ (髙橋英之)
2. 「レッドと黒の膨張する半球体」評(水牛健太郎)
3.このとりつくしまのない居心地の悪さ(大泉尚子)
4.明快な物語を切実に訴える過剰な表現(小林重幸)
5.孤独で恐ろしい肖像画(木村覚)(初出:artscape 2011年11月1日号
6.汚れることを恐れているのは誰か? 汚れたのは誰か?(クリハラユミエ)
“岡崎藝術座「レッドと黒の膨張する半球体」” の続きを読む

shelf 「構成・イプセン-Composition/Ibsen」

◎現代の象徴劇としての『幽霊』
 片山幹生

「構成・イプセン」公演チラシ
「構成・イプセン」公演チラシ

序 写実劇から象徴劇への変換
 shelfの『幽霊』にはねっとりとした重みがあった。イプセンの精密な写実主義を決然と拒み、作品に含まれる様々な象徴の核を取り出して、それを隙間なく再構成することで新しい『幽霊』を提示しようとしているように感じられた。役者の演技は表現主義的にデフォルメされており、その過剰さがシンプルでスタイリッシュな舞台空間と対比をなしている。
“shelf 「構成・イプセン-Composition/Ibsen」” の続きを読む

維新派「風景画-東京・池袋」

◎劇評を書くセミナーF/T編 第3回 課題劇評

「風景画-東京・池袋」公演チラシ
「風景画-東京・池袋」公演チラシ

 ワンダーランドの「劇評を書くセミナーF/T編」第3回は10月22日(土)、にしすがも創造舎で開かれました。取り上げた公演は、維新派「風景画-東京・池袋」(2011年10月7日-16日)です。9月末の瀬戸内・犬島公演をへて、東京のデパート屋上(西武百貨店池袋本店4階まつりの広場)に登場したパフォーマンスはどのように変貌し、都会のど真ん中にどのように出現したのか-。提出された課題作を基に、講師の岡野宏文さん(元「新劇」編集長)のコメントを挟みながら、駅に隣接したデパート屋上という立地の特質、維新派の活動形態や俳優の特徴など活発な話し合いが続きました。
 以下の8本の劇評は、セミナーでの話し合いを基に加筆、修正されました。掲載は到着順です。
“維新派「風景画-東京・池袋」” の続きを読む

「宮澤賢治/夢の島から」(ロメオ・カステルッチ構成・演出「わたくしという現象」、飴屋法水構成・演出「じ め ん」)
「無防備映画都市-ルール地方三部作・第二部」(作・演出:ルネ・ポレシュ)

◎劇評を書くセミナー2011 F/T編 第2回 課題劇評

F/T2011 ワンダーランドが毎年開いてきた「劇評を書くセミナー」は今年、フェスティバル/トーキョーと提携して始まりました。
 第1回のトークセッション(9月25日)は入門編でしたが、第2回以降は劇評を書く実践編。公演をみて劇評を書き、受講者と公演や劇評の中身を話し合う機会になります。
 第2回(10月1日)で取り上げたのは、F/Tの委嘱作「宮澤賢治/夢の島から」(ロメオ・カステルッチ構成・演出「わたくしという現象」、飴屋法水構成・演出「じ め ん」)と「無防備映画都市-ルール地方三部作・第二部」(作・演出:ルネ・ポレシュ)でした。
 字数は2000字から4000字前後。いずれの公演も野外で開かれ、既成の枠組みから逸脱するような手法と展開だったせいか、セミナー受講者は原稿執筆に苦しんだようです。
 講師は新野守広さん(立教大教授、シアターアーツ編集委員)でした 。新野さんが執筆した2本を含めて提出された計8本の劇評が取り上げられ、ゼミ形式で2時間半余りしっかり討論されました。セミナー終了後の喫茶店で、講師の新野さんを交えてさらに話が尽きませんでした。
 以下、受講者執筆の6本を提出順に掲載します。原稿はセミナーでの議論を踏まえて再提出されました。すでに掲載されている新野さんの劇評と併せてご覧ください。
“「宮澤賢治/夢の島から」(ロメオ・カステルッチ構成・演出「わたくしという現象」、飴屋法水構成・演出「じ め ん」)
「無防備映画都市-ルール地方三部作・第二部」(作・演出:ルネ・ポレシュ)” の
続きを読む

青年団リンク 水素74%「謎の球体X」

◎徹底した悪意の提示と嘘をつく姿勢
 北川大輔

「謎の球体X」公演チラシ
「謎の球体X」公演チラシ

 小劇場に初めて触れた頃に「悪意」というキーワードが常にチラチラしていたのを思い出す。これは自分が劇作をやるようになった今も変わらない。有名無名の多くの劇作家が「悪意」を描き、その都度正直にイライラし、自分の中でその優劣をそのまま作品の評価としてきたようなフシがあった。今回この劇を観て目が醒めるような思いがしたのは、その悪意が純粋であるがゆえ、いや純粋というのは語弊があるかもしれない、体の良い感傷や実は愛などといった要らぬ装飾がないゆえに、自分の中に巣食う同類の感情を容易に探し当てることができたからなのではないか、と思っている。その上で、劇中徹底した「嘘をつく」ことで、私はごくごく当たり前のようにこの悪意と格闘することを許されていたのだ。
“青年団リンク 水素74%「謎の球体X」” の続きを読む

劇団唐ゼミ☆「海の牙」(プレ公演)

◎適切さの欠落
 清末浩平

(1)名作に包囲された問題作

 本稿は、2011年の5月に書かれている。去る4月の27日と28日の2日間、劇団唐ゼミ☆が、古巣である横浜国立大学の構内にテントを建て、第19回公演『海の牙』の「プレ公演」を上演した。この演目は、かなり長い磨き直しの期間を経た後、6月18日から7月3日にかけて、浅草で再び観客の前に姿を現すことになるという(http://www.karazemi.com/ なお、以下の文章では、『海の牙』のストーリーが解説されてしまうため、劇団唐ゼミ☆の本公演をこれからご覧になる方は、観劇後に読んでいただくほうがよいかも知れない)。
“劇団唐ゼミ☆「海の牙」(プレ公演)” の続きを読む