青年団リンク 水素74%「謎の球体X」

◎徹底した悪意の提示と嘘をつく姿勢
 北川大輔

「謎の球体X」公演チラシ
「謎の球体X」公演チラシ

 小劇場に初めて触れた頃に「悪意」というキーワードが常にチラチラしていたのを思い出す。これは自分が劇作をやるようになった今も変わらない。有名無名の多くの劇作家が「悪意」を描き、その都度正直にイライラし、自分の中でその優劣をそのまま作品の評価としてきたようなフシがあった。今回この劇を観て目が醒めるような思いがしたのは、その悪意が純粋であるがゆえ、いや純粋というのは語弊があるかもしれない、体の良い感傷や実は愛などといった要らぬ装飾がないゆえに、自分の中に巣食う同類の感情を容易に探し当てることができたからなのではないか、と思っている。その上で、劇中徹底した「嘘をつく」ことで、私はごくごく当たり前のようにこの悪意と格闘することを許されていたのだ。

 舞台は先日台風がやってきて、相応の被害をうけた町のとある夫婦の家の居間である。ここに代わる代わる人がやって来る。冒頭、頭にマスクメロン=ネットを被った女が、中学時分の友人だという女から金をせびられている。もうこの時点で嫌なのだが、そこから先に出てくる登場人物のほとんど皆が奇天烈である。女を服従させる夫、の家庭内暴力を暴こうとするあまり過度なお節介をやく大家、の旦那で妻が件の家庭内暴力の相談を受けるのを迷惑に感じている男、に迫られるマスクメロンの妹、につきまとう畳の下から出てくる男。これらの人々が、実に遠慮や思慮分別なくものを言う。夫は妻にお前はバカですぐに騙されるんだから人を家に上げるなと命じる。夫婦は家庭内暴力などないと言い張るが、大家は自分の見立てを疑わずに夫を糾弾する。などなど、挙げればきりがないのだが、皆が皆、自分の信じることを言うようになっている。

 作中で、生半可な救いはどこにもでてこない。実はいい人、的な甘美な落とし所も一切用意していない。皆が皆強烈なエゴに基づいた行動をとるのだ。冒頭のシーンからそれは顕著である。そもそも「金を借りる」ということに普通の神経を持っている人であれば引け目があるはずだ(実際私はそうだった)。背に腹は代えられない状況であれば別だろうが(実際私もそうだった)、借りようとしている側の女のナリからはそのような切羽詰まった感じは読み取れない。にもかかわらず、女は遠慮しない。「子供がいないなら貯金もあるだろ」と言ってのける攻めの姿勢を崩さない。

「謎の球体X」公演の舞台写真1
【写真は、「謎の球体X」公演から。撮影=青木司© 提供=水素74% 禁無断転載】

 私は冒頭この一連のセリフの応酬を、確かに上手いとは思ったが生理的な嫌悪感を拭えずにいた。どこかでバランスを取りたいと思っていたためだと思うのだが、やはりちょっとでも救いがないものかと思いを巡らせていた。しかし(もちろん)一向にそんなシーンは来るはずもなく、件の厚かましい女からは「誠実」といった安直な救いは発せられない。それどころか、「誠実」に金をむしろうとしている。そしてその誠実さは以降の登場人物達に須らく引き継がれていく。そんな状況の中にあって、しかしながら、私は確実にこの劇世界への興味が増していったのである。それは何故なのか。

 今回の芝居で、抜群に上手いと感じたのはこの点だ。劇中で各々の性質がアンバランスな分、そのエゴは非常にラディカルな提示のされ方をするのであるが、却ってその方が観る側はそれを甘受することを許された気になっていくのだ。タガを外される、と言ったらよりわかりやすいかもしれない。登場人物達は各々必ず自分よりも「下」の人間を見つけては容赦ない言葉を浴びせてみせる。そしてその連続の中で、観る側の感覚は確実に麻痺していく。人間が元来持っている残虐性を白日のもとに晒したアイヒマン実験、とまではいかないけれど、劇中の文脈の中で文字として出てくるエゴは、また俳優陣の優れた力量に助けられ、我々の中にある普段自制しているエゴと次々に符合してゆく。普段言っちゃいけない思っちゃいけないと様々な文脈から要請されているものたちが、ひょっこり顔を出してくるのである。そしてそのいけないことシリーズの文字達が舞台上で飛び交うのを見つづけるうちに、喧嘩を煽る野次馬よろしく、観客は楽しんでしまっている自分に気づくのだ。徹底した悪意は、じわじわと観る側のもつ悪意を浮かび上がらせていく。そしてそのひとつひとつが、考えれば考えるほどに非常に普遍性の高い粘着質なものばかりが選ばれているのである。

 その上で、もう一つこの劇を一層上等にしたのが、「本当のこと」に一切執着しない姿である。より正確に言うならば、「嘘をつく」ということに徹底した姿勢で臨んだことだ。

 この物語の筋を追うとき、ノイズとして入ってくる情報がひどく多い。女はマスクメロンで登場した後、三角巾を巻き、しまいには首にコルセットを付ける。一貫して「転んで」という言い訳をするのだが、これに大家は反発する。「怖くて本当にことが言えないんでしょう、私はわかっているから」という姿勢を崩さない。女の様子は夫の前で本当のことを話せずに気丈に振る舞う姿にも見えるし、本当にかすってすらいない大家の推理に対し、何をそんな馬鹿な、という態度にも見える。他にも、大家の説得はかなり一方的なお節介の押し付けに見え、若干迷惑を被っているようにすら見える反面、大家の旦那からすれば迷惑を被っているのは大家の方であり、相談ばかりしている女に対してなぜ自分で解決することができないのかに苛々が募っていくばかりである。実際のところどうなんだ、といった話は全く語られず、本当はどうなんだ、というのは怪我についても台風についても関心ごととして頭の片隅にあるのだが一向に提示されない。それどころか、各々が語る物語は摺り合わせを図るどころかまったく近づかず、複数の独立した物語として提示され続けるのだ。

 冒頭で蒔いた伏線を後半怒涛のように拾っていく、というのはままありがちな話である。それは観客に「答え」を見せるためであり、その「答え」を知った上で安全に観ることができること、そしてその伏線とその回収をトリガーとして意図する方向へ観客を誘導することができるようにするためである。ところが、この劇では安全な捕まっておくべき本当の絶対的な物語を与えられない代わりに、各々の個人的かつ相対的な複数の物語ばかりが提示される。そして見進めるうちに本当のことが何であるのか、ということを知らなくて良い気になっていく。答え合わせを一旦忘れて、先述したように浮かび上がってきた自らの中の悪意と戯れることを許されるのだ。

「謎の球体X」公演の舞台写真2
【写真は、「謎の球体X」公演から。撮影=青木司© 提供=水素74% 禁無断転載】

 しかし、それらは全て、床下から現れた正体不明の男、ポールの「大丈夫だよ、全部これ嘘だから」というそのたったその一点へと収斂する。ポールの存在自体の危うさも、増えていく怪我も、女優が叫ぶ自らの身の境遇も、全てが鮮やかにここで幕を引かれる。意地悪な言い方をすれば、梯子を外された、と言い換えてもいいかもしれないし、そう感じる人も少なからずあったとも思う。もしこれが従来の答え合わせのシーンの後であったのならば、そのような苦情めいた指摘も的を射たものとなったであろうが、作者がここまで頑なに答え=絶対的な物語を語ることなくここまで進めてきたのはこのためであったのだと考えれば、私はこの幕引きの鮮やかさにこそ拍手を送りたい。

 最後に劇場の使い方が非常に秀逸だったことを付しておく。半分近い空間を舞台としては使っていない。しかしそれがこの密室を外の世界と繋いでおくための非常に重要な役割を果たしていた。外から聞こえる風の音、跳ね返ってくる声、その一つ一つが絶えず観客を密室へと向かわせていた。

 見終わった後も、うっかり見つけた悪意のヘドロを持て余す私に、全部嘘だよ、と語りかけてくる。そんな劇だった。

【筆者略歴】
北川大輔(きたがわ・だいすけ)
1985年生まれ。東京大学入学後、演劇を始める。様々な小劇場に主に演出部として携わった後、2008年カムヰヤッセンを旗揚げ。主宰。脚本・演出をてがけ、俳優としても活動している。

【上演記録】
青年団リンク 水素74%謎の球体X」-MITAKA”Next”Selection12th参加作品
三鷹市芸術文化センター星のホール(2011年9月2日-11日)

作・演出=田川啓介
キャスト=
 川隅奈保子(青年団)
 古屋隆太(サンプル/青年団)
 村井まどか(青年団)
 菅原直樹(青年団)
 玉田真也(青年団演出部)
 富田真喜(青年団)
 森岡望(青年団)
 由かほる(青年団)

舞台監督=大地洋一
舞台美術=袴田長彦
照明=山岡茉友子(青年団)
音響=池田野歩
衣裳=正金彩(青年団)
演出助手=阿部健一
宣伝美術=根子敬生
宣伝写真=伊藤佑一郎
制作=堤佳奈(青年団)
総合プロデューサー=平田オリザ
企画制作=青年団/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
主催=(公財)三鷹市芸術文化振興財団

料金 全席自由
前売 = 一般2500円 財団友の会会員2200円
当日 = 一般2800円 財団友の会会員2500円
高校生以下 = 前売り、当日とも1000円
★=早期観劇割引
前売 = 一般2000円 財団友の会会員1700円
当日 = 一般2300円 財団友の会会員2000円
高校生以下 = 前売り、当日とも500円

【参考情報】
・togetter のまとめ-青年団リンク水素74%『謎の球体X』感想(水素74%作成) >>


「青年団リンク 水素74%「謎の球体X」」への4件のフィードバック

  1. ピンバック: 菅原直樹
  2. ピンバック: サエ
  3. ピンバック: カムヰヤッセン

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