「化粧 二幕」と「楽屋」

◎家族の解体から新しい人間関係へ 女優と楽屋をモチーフに
鈴木厚人(劇団印象-indian elephant-主宰、脚本家、演出家)

「楽屋」公演チラシ 座・高円寺のこけら落とし公演「化粧」と、シアタートラムのシスカンパニー公演「楽屋」が、ほぼ同じ時期に上演されていたのは、僕にとっては嬉しい偶然だった。どちらも“楽屋”が舞台で、“女優”をモチーフにした芝居であり、チラシも“化粧”をしている女優の写真。しかも、名作と呼ばれている戯曲の何度目かの再演(「化粧」の初演は1982年、「楽屋」の初演は1977年)と、共通点の枚挙に暇がない。もちろん、「化粧」は一人芝居であり、「楽屋」は女優四人の芝居だから、そこのところは大きく違う。ストーリーだって全然違う。観劇後の僕の満足度(つまり、僕が感じた芝居の出来)だって、180度違った。しかし、その違いをつぶさに見比べると、太いつながりを感じずにはいられなかった。

「化粧」は、かんぴょう巻きのようなお芝居だった。かつては、定番だったものが、若い人を中心にどんどん食べられなくなっている、そういう類の話。なにせ、主人公が大衆演劇の座長・五月洋子。その本番直前の楽屋に、かつて洋子に捨てられた息子が自分を捨てた母を迎えに来るという筋で、しかも、その芝居小屋でこれから上演しようとしているのは、「伊三郎別れ旅」という親に捨てられた伊三郎が産みの母を訪ねる話。伊三郎を演じるのはもちろん五月洋子だ。一人芝居だから五月洋子扮する渡辺美佐子が一人きりでこの筋を演じる。会話の相手は観客には見えない。座員も、息子も、息子のお連れのテレビ局の社員も、みんな見えない。見えない相手を見えている態でお話が進んでいく。

対する「楽屋」だが、こちらは見えてる役者を見えてない態でお話が進んでいく。つまり、幽霊が出てくる。お寿司に喩えるならカリフォルニアロール。西洋風だがお寿司はお寿司。巻かれているネタは50代、40代、30代、20代の女優一人ずつと、海外戯曲。そう、「楽屋」は四人芝居で、チェーホフの「かもめ」を上演中の楽屋が舞台。どこかの西洋風の劇場なのだろう。「化粧」の畳の楽屋と対照的に、床はフローリングだった。屋根というか、天井があるセットも「化粧」の楽屋と大きく違うところ。より密室感が強調されている。その「楽屋」の楽屋で、出番に備えるニーナ役のベテラン女優がいて、その脇で化粧をしている二人の女優がいる。この二人が幽霊。生前、プロンプターしかできず、女優らしい役をもらえなかった女のお化けだ。そこへ、寝巻き姿の若い女優が現れる。幽霊を演じるのが、渡辺えりと小泉今日子。ベテラン女優が村岡希美。若い女優が蒼井優。それぞれ50代、40代、30代、20代の女優で、「化粧」の渡辺美佐子が70代なので、二つの芝居を観ると、ほぼ全ての年代の女優を鑑賞できるのもおもしろい。

渡辺美佐子が70代というのは本当に驚きである。ある時は、チラッと見える鎖骨に色香が漂い、ある時は舞台から飛び降り、客席を駆け抜ける。ただし、そういった役者の熱演だけで、「化粧」の、戯曲と時代の流れの間にできた溝を埋められていたかどうかについては疑問が残る。つまり、僕にはおもしろくなかった。観客席は沸いていた。少なくとも僕の両隣の白髪のお客さんは心の底から楽しんでいるようだった。そんな温かい雰囲気に包まれながら、僕は居心地の悪さを感じていた。間違えて、女性専用車両に乗ってしまった時のような、いや、一車両丸々シルバーシートの電車に乗ってしまったような、バツの悪さ。慌ててそこから出ようと思っても、もうドアは閉まっていて降りられない。「化粧」は僕のための、いや、僕らのための演劇じゃない、そんな気がした。

僕が楽しめなかった理由の一つは、観客席で起こっていたことと同じく、「化粧」に内包されているアイロニーが、新しさと古さをただ対立させてしまっているだけだったからだ。大衆演劇の座長の息子が、その大衆演劇がつぶれる最大の要因のテレビの人間になっているというアイロニー。取り壊される芝居小屋でのお話を、新築の座・高円寺でやるというアイロニー。それでも、対立はドラマだから、まだ見れる。「家族」の扱い方のあの陳腐さはなんだろう? 二幕では、五月洋子は息子に対面するや否や、愛情を爆発させて甘え始める。それまで息子はいないと強がっていたことも忘れてである。ところが終盤、五月洋子が産みの母というのが、勘違いだとわかると、もう息子ではないテレビの男はあっという間に楽屋から去っていく。そして、見えない相手を見えてる態でお話は進んできたけれども、実は見えない相手は物語の中にも実際にはおらず、狂った主人公が一人、幻を見ていたという構造が明るみに出る。

僕は、「家族」を持つこと、求めることが幸福であるという価値観(=化粧の二幕の途中まで)でドラマが満たされるのには耐えられなかった。今の時代「家族」なんて絶対の存在じゃない。そんなのは、自分の「家族」を見ればわかるでしょ? しかし、かといって、そういう「ホームドラマ」的なものからの「梯子外し」(=ラストの夢オチ)にも共感できない。ストーリーの構造的なおもしろさのために、キャラクターが振り回されたように見えたし、ベタであれネタであれ「家族」的幸福を否定する者の、孤独な末路に見えてしまったからだ。幻だと知りつつ家族を夢見るべきか、孤独だと知りつつ現実を直視すべきか。私は一体どっち? と、幽霊のように浮遊する僕の想いを回収してくれたのが、今回の「楽屋」というお芝居だった。

まず、「楽屋」は新旧という対立軸を演劇的な方法で包み込むことに成功している。例えば、前述の二人のお化け。渡辺えりが演じるのは戦中生まれ(お化けだから生まれたのではなく死んだわけだが)のお化け。小泉今日子が演じるのは戦後生まれのお化け。戦中と戦後では、海外戯曲の翻訳が違う。だから、渡辺お化けは旧訳で「マクベス」や「かもめ」の台詞を覚え、小泉お化けは新訳で覚えている。生前できなかった役を、台詞を合わせて練習しているのに、戦中と戦後で言葉がだいぶ違うので、噛み合わない。そのやりとりがまるで漫才のようでとてもおもしろい。 噛み合わないようで噛み合っているのがさらにおもしろい。なぜなら、二人が覚えているのは、違いがあるとは言え、どちらも二人が愛した、いや愛している「マクベス」であり「かもめ」なのだ。翻訳の新旧など軽々と乗り越えてしまっている。

ベテラン女優と若い女優の対立も興味深かった。若い女優の登場シーンは鮮烈だった。彼女が突然、かもめのニーナの台詞を発すると、実は穴が開いていたフローリングの床から、照明が彼女の真っ白な寝巻き姿を照らすのだが、照明なんかなくても光り輝いてるかのようなまばゆさだった。蒼井優の、あの透きとおった声と存在感。観客の誰もが彼女こそニーナだと思っただろう。しかし、若い女優は傲慢だった。ベテラン女優に自分が最もニーナにふさわしいのだからと、その若さでニーナの役を奪おうとする。追い詰められていくベテラン女優。口論の末、つい近くにあったビール瓶でその若い女優の頭をぶっ叩いてしまう。よれよれと楽屋を出て行く若い女優を尻目に見ながら、鏡に向かって「女優は忍耐」と一人語る、ベテラン女優演じる村岡希美の独白も素晴らしかった。奪う者、奪われまいとする者の対立を越えて、女優という生き物の凄みを見せつけられた。

また、「化粧」と違って、出てくるキャラクターの誰一人結婚していないのもおもしろい。男の話が出てきても恋人止まり。ましてや、「出産」して「母」になるなんて、微塵も考えていないように見える。旧時代の女の幸せが、このフローリングの楽屋にはない。家族の匂いが全くない。

彼女たちは孤独かもしれない。しかし、その孤独は狂気には向かわない。「化粧」の五月洋子のように自らを壊す方向には向かわない。ベテラン女優が去った後、若い女優も幽霊となって戻ってくる。結局、ビール瓶での殴打が元で死んでしまったのだ。三人揃ってしまった幽霊たち。そこで一人がチェーホフの「三人姉妹」をやろうと言い出す。そして、それぞれオリガ、マーシャ、イリーナの衣装に着替えていく。ト書きに着替えの記述はないので、演出のアイディアだと思うが、この静かなクライマックスは静謐でありながら、それまで劇中でなされたどんな化粧よりも劇的で、かつ美しかった。マーシャとイリーナを抱きよせたオリガの台詞がひそやかに響いたところで、劇は終わる。この三人のつながりを、僕はまだ擬似家族という言葉でしか呼び表わすことができないが、これからの時代を示唆する関係性になっていくのではないかと感じた。
(初出:マガジン・ワンダーランド第145号、2009年6月28日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
鈴木厚人(すずき・あつと)
1980年東京生まれ。脚本家/演出家。劇団印象-indian elephant-主宰。慶応大学SFC卒業。CM制作会社を経て、2004年4月から演劇活動に専念。blog『ゾウの猿芝居
・ワンダーランド寄稿一覧 :http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-atsuto/

【上演記録】
▽座・高円寺オープニング企画「化粧 二幕
作 | 井上ひさし
演出 | 木村光一
出演 | 渡辺美佐子
座・高円寺2(区民ホール)(2009年05月01日-31日)
上演時間約1時間35分

入場料金 全席指定4,500円(税込)
協賛:株式会社資生堂  企業メセナ協議会認定
後援:杉並区、杉並区文化協会
企画・製作:座・高円寺/NPO法人劇場創造ネットワーク

▽シス・カンパニー公演『楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~
シアタートラム(2009年05月10日-06月14日)
全席指定 一般7,000円
[作] 清水邦夫
[演出]生瀬勝久
[出演]小泉今日子/蒼井優/村岡希美/渡辺えり

[美術]二村周作
[照明]小川幾雄
[音響]加藤 温
[衣裳デザイン]伊藤佐智子
[ヘアメイク]勇見勝彦
[演出助手]山﨑総司
[舞台監督]瀧原寿子
[プロデューサー]北村明子

[企画・製作]シス・カンパニー
[提携]世田谷パブリックシアター
[後援]世田谷区

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