悪い芝居「カナヅチ女、夜泳ぐ」(クロスレビュー佐藤佐吉演劇祭編 3)

「カナヅチ女、夜泳ぐ」公演チラシ
「カナヅチ女、夜泳ぐ」公演チラシ

 悪い芝居 は2004年旗揚げ。京都を拠点に「現在でしか、自分たちでしか、この場所でしか表現できないこと」(劇団HP)を芯にして活動しているそうです。山崎彬作「嘘ツキ、号泣」が第17回OMS戯曲賞佳作、昨年上演の「駄々の塊です」台本が第56回岸田國士戯曲賞最終候補作に選ばれるなど、いま人気・実力とも急上昇中の劇団です。王子小劇場主催「佐藤佐吉演劇祭2012」参加の最新作はどうだったのでしょうか。レビューは5段階評価と400字コメント。掲載は到着順。末尾の括弧内は、観劇日時です。(編集部)

小林重幸(放送エンジニア)
 ★★★
 観る者の年齢層によって、この芝居は色々な見方が出来るであろう。中年を過ぎた私にはノスタルジーのスケッチに見えるし、将来の夢と不安を持て余す大学生には現実の厳しさと暖かさを同時に予感させる物語に見えるかもしれない。観客の背負うものや立ち位置によって様々な違う風景が見えるのは、この戯曲の大きな魅力であり、強みである。
 将来の夢や不安や若さゆえの無謀などをそのまま描かずにタイムトラベルもののファンタジーに仕立て上げたのは大成功。リアルではないストーリーを大げさに展開することで、登場人物の内面が個々の事情に矮小化せず、観客それぞれの体験を呼び覚ます効果を生じたと言えよう。ただ、個人的には、もっとエピソードを詰め込んで、より荒唐無稽なファンタジーにしてしまった方が好き。この世界観なら、もっと遊んで、もっとはちゃめちゃでも「リアル」な共感は充分得られると思えるので。
(7月15日 14:00の回)

福田夏樹(演劇ウォッチャー)
 ★★★☆(3.5)
 この芝居に対する感想で、一番しっくりくる感想は「乗れなかった」ということだった。
 お話としては、上京して12年のある女性が、帰省のバスの中で、上京時に思いを馳せたり、未来に思いを馳せたりという夢を見ている、その夢の話。上京や帰省というテーマにはつきものとなってしまう、センチメンタルな部分に流されずに、上京と帰省と、時制をない交ぜにしながら話は進む。テンポよく、時には笑いもスペクタクルも混ぜながら、冒頭から興味を離させないその力量はさすが関西の人気劇団といったところ。役者もすごく良かった。ただ、私が今回乗れなかったのは、そのエンターテイメント性の強さというところではなかった。
 人生をビルからの落下に例え、人間とカッパの子であれば、落下せずに飛んで行けるというメタファーがこの作品の肝だったと思うが、このメタファーに十分に納得させるものがなかったように感じた。このメタファーが出てくる必然性は何か。このメタファーを通して何を意図したかったのか。意図するものがなく、ただ表現したかったということであれば、この表現は、想像をひろげるものだったか。疑問なしとはしない。残念ながら、動物と人間を用いて、人間の狂気をえぐった前作(「駄々の塊です」)のような世界や思考の深まりを今回は感じられなかった。
 だが、このメタファーに乗れなかったのは、筆者の想像力の欠如によるのかもしれないし、乗れた人には世界が広がったのかもしれない。普通には面白かったが、納得いかなさの分を削って、星3.5つ。ただ、この劇団には普通以上のものを見せていただきたいと期待している。
(7月15日 14:00の回)

齋藤理一郎(会社員 個人ブログ rclub annex
 ★★★★
  深夜バスの風景から向き直っての人物たちの登場に一気に引き入れられる。椅子の使い方などが展開にスピードを与え、一瞬に立ち上がるミザンスが豊かにシーンのニュアンスを創り出して。到着後の停留所に始まり、ファミレスでの今と過去のエピソード、実家のこと、さらには初めての東京の印象、王将、彼氏の部屋・・、主人公が見るものや記憶に納めた光景が、空気の肌触りまで伝えうるような高い解像度で描かれていく。
 シーンの重なりの先には人生というビルの屋上から後ろ向きに落ちていく主人公にとっての過去の風景や見えない未来、さらには時間を泳ぎ登る感覚や生き続けることへの俯瞰までが現れて。視座が未来に至る部分には少し梯子の段の足りなさを感じたものの、撚り合わされる主人公の思索はこの戯曲だからこそ表わしうる人生を歩む感覚の普遍へと編み上がり冒頭の時間へと収束していく。
 役者たちの表現にもニュアンスを際立たせるエッジがあり惹かれる。照明や看板を乱雑に重ねたような美術もしっかり機能して作品の質感を作り出していました。
(7月11日 19:30の回)

宮武葉子(会社員)
 ★★☆(2.5)
 30歳のヒロインが、12年ぶりに故郷に帰ってくる。彼女は過去を曖昧にしか覚えておらず、再会した家族や友人たちとのやりとりを通して、記憶を取り戻そうとする……という物語である。
 どことは明かされない「故郷」と東京の間の移動手段に夜行バスを使い、浅い眠りの中で見る夢のような雰囲気を表現しているところに、まずは引き込まれた。また、「ビルの屋上こそが子宮であり、生きるとは後ろ向きに落ちることである」という人生観も興味深い。
 だが、「河童と人間の間に生まれた子供」という設定には首を傾げる。別に空を飛ばずとも、過去の自分と対話することは可能だったのではないだろうか。またこの時ヒロインが自らに向けて語る長台詞の意味も、正直さっぱり理解できなかった。過去と現在のヒロインが、話が進むにつれて同一人物に見えにくくなっていったというのも苦しい。前半は面白かったのに……というのが率直なところである。
(7月13日19:30の回)

大泉尚子(ワンダーランド)
 ★★
 星をつけるという行為はある種の定点観測だと思うが、どんなに一定のところから見ようと心がけても何せ人生いろいろ(!?)、観劇時の体調や虫の居所等々、こちら側の個人的諸事情が影響してしまうことも否めない。
 で、問題は、1月に見た本当に悪い芝居『猿に恋~進化ver~』。これはこの劇団の実験公演的なものらしいのだが、登場人物が全員原始人で文字通りのボディランゲージのみ、ほとんどセリフらしいセリフもしゃべらず「アンタら、もうええ加減にしときや~」と言いたくなるぐらい延々と、本当に延々と…。ものすごーく疲れたが、ただ「演劇って何やねん?」と容赦なく組み伏せてくる実にシンプルな力技を繰り出していた。
 その引力に、物語の世界に立ち返った今回の本公演が勝っているかというかというと、やや疑問が残る(父親役の役者さんなど「原始人じゃない、お父さんお父さん」と自分に言い聞かせたけど、ついにイメージを払拭できず…)。何かにダイブするという感覚や隔たった時間を往来する描き方など、とても達者なのだが、故郷を捨てた理由探し―過去の私に会いに行くといった設定には、既視感を感じざるを得なかったのが残念。
(7月14日19:00の回)

藤原央登(劇評ブログ『現在形の批評』主宰/[第三次]『シアターアーツ』編集部)
 ★★
 2007年に悪い芝居を見始めてからの約4年ほどの作品は、悪意と毒っ気を創り手自身と観客に与える冷徹な批評性が根底に流れていた。今作では、自らを肯定するというポジティプなテーマが押し出されていた。
 18歳で田舎から上京し、30歳を目前に挫折して故郷へ戻った海野螢。舞台は、都会生活にまみれ過去の記憶が曖昧になった螢が、それを取り戻す様が描かれる。その過程で無目的に上京したこと、その期間中は男と自堕落な生活を送っていたことが判明する。挙句の果てには、故郷へ戻る4年前にその男と自殺を図っていたことも判明する。しかしそんな彼女を、未来の自分が時間を「泳いで」遡り、説得するべく救いに来るのだ。その「能力」を思い出すことができたのは、これまでの人生で出会った人々との関係を精査したからである。最終的には、いかに不本意な人生であっても人との関わりの末に成立する「今」を肯定する。
 だが一方で、自分で自分を説得するという展開も含めて、あらかじめ決められた人生の「運命」でしかなのでは、とも思わされる。劇中語られる、「重力に身を委ねるしかない」という台詞もまた真なのである。そういう意味では、本作の「希望」や「肯定」は、物語内で完結している感が拭えなかった。
 とりわけ3.11以後の若手劇団の作風は、生きていることの肯定が前景化している。〈生の肯定〉は演劇の現前性と親和性は高いが、「今‐ここ」性を舞台上に湧出させなければ十分に感得されない。そのためには、物語と俳優の身体が交叉する点を探求することが重要であろう。
 悪意と批評性の方向で「今-ここ」性を示した山崎彬と悪い芝居が、「肯定」の面でどのようにそこに到達することができるか。それが実現した時、この劇団はほかの若手集団より頭一つ抜ける存在になる。
(7月14日 19:00の回)

宮本起代子(因幡屋通信発行人) http://inabaya-k.mo-blog.jp/inabayakmoblogjp/
 ★★
 18歳でまさにここから新しい人生が始まったのだという高揚感や、現実に晒されてあっという間に30歳まぢかになり、故郷に錦を飾るどころか腹をくくったUターンでもなく、ただ単に帰省する主人公の状況に共感する人は多いだろう。帰省の夜行バスや高校生のときにバイトしていたジョイフルなど、複数の時空間が行き来しながら、町に伝わる河童伝説、魔女と呼ばれる女、からだが浮きそうになる主人公の体質? などSF風の味つけも織りまぜて2時間近くを疾走する舞台はエネルギーに溢れる。
 しかしもっと何かができる劇団ではないか。それも人物や場面、アドリブのようにもみえる小ネタや客いじりを足し算していくのではなく、逆に削ぎ落とし、研ぎ澄ます方向で。
 ずいぶん皮肉で偽悪的にきこえる劇団名は、「悪いけど、芝居させてください」の略とのこと。謙虚な姿勢を示しつつ、しかし舞台の印象は悪びれたところなく、むしろ堂々としてあっぱれ。どうかその意気で。
(7月12日 19:30の回)

諏訪友亮(早稲田大学 文芸・ジャーナリズム論系助手)
 ★★★★
 ぼんやりとは思い出せる、ここにいる理由。観客は主人公である蛍の寄る辺ない記憶のなかをともに泳ぎ、来歴の再構成に参加する。時間軸は表面的には4つ、場所は東京と地元、そして魔女ないし作者/役者(山崎彬)が操作する記憶のパノラマ。
 確かに、蛍の死は記号的すぎるかもしれない。けれど、劇の力点はキャラクターの深さを描くことにあるのではなく、整理されがたい記憶と物の果てに、いくつもの可能だった世界が現れ、そこを通過した未来の主人公が、死では解決できない生へ至ったことにある。無数の将来を想像する術を惰性のなかで奪われていった者が、どのようにして新たな選択肢をえるのか? 東京と地方との関わりは? 新しい演劇とは? 作者をより巧妙に舞台へ送り込むには? 可変的な役者像とは? 蛍が遊泳するおぼろげな時間の海は、このような野心的な問いの比喩でもあった。
(7月11日 19:30の回)

都留由子(ワンダーランド)
 ★★★
 街にあふれる看板を集めてばらまいたようなカラフルな背景、車の走行音と明滅するライト。開演前から作品の世界に引き込まれる。12年前に故郷を捨てて深夜バスで東京へ脱出した女性、蛍が、再び深夜バスで故郷に帰る。12年前の故郷でのできごと、上京してから起こったことがだんだん明らかになる。役者も達者だし、舞台面も楽しいし、邯鄲の一炊の夢みたいな作品のコンセプトも面白かった。途中からは過去・現在・未来が入り乱れて、人生はビルの屋上から後ろ向きに飛び降りるようなものだといい、カッパと人間の子どもなら落ちずに飛べるというのだが、お芝居としては佳境に入ったであろうこのあたりから、カッパはやや唐突な気がして、私は息切れしてしまった。しかし、何のあてもないのに希望ではちきれていた18歳がいつの間にかくたびれて30歳とか、人生はビルの屋上から後ろ向きに飛び降りるようなものという感覚をすくい上げ、舞台に乗せる力は、なかなかのものだ。
(7月13日 15:00の回)

藤原ちから/プルサーマル・フジコ(BricolaQ
 ★★★
 ある女が、かつて出会った人々や彼女自身の過去の幻影(?)に導かれ、記憶の断片をたどっていくのだ。特に後半は夢か現実か、生者か死者かさえ判然としない混沌たる世界が展開されていく。こうした逆説的二項対立の超克は、まさにこの公演の目指したところではあるのでしょう。しかしやや詰め込みすぎたきらいも。たとえノイズフルでエネルギッシュな表現が彼らの持ち味であるとしても、もっと推敲され、捨象や断念を経ることで、構造的な美しさが何かしら浮かびあがってくるのではないかとも思う。例えば『駄々の塊です』のように円形の盤がひとつあるだけで、混乱を回収するシステム(フレーム)が生まれる。それはある種の不自由さではあるけれど、だからこそ、物語や俳優が自由になることもあるのでは?
 そして、もはや東京がかつてのような大都会のまがまがしい欲望や、夢や、成功を叶える機能を失いつつある斜陽の今となっては、「憧れ」が駆動させる上京物語も色褪せて見えてしまう。果たして今、東京という磁場に囚われる意義は、どこまであるのか。世界はもっとはるかに混迷しているのだし、流れて、漂いはじめてもいる。
 客演陣は好演していた。ヒロインの過去を演じた呉城久美もメキメキと頭角を現してきた(声に独特のものがありますね)。ただ今回は他の劇団員たちが少し元気なかった? 『駄々の塊です』『猿に恋』で見せていたアクの強いパワーは今ひとつ感じられず。なにせ河童や魔女なのだから、もっともっと、図々しく舞台に居てくれてもいいのにな、と思った。それは、目立つような余計なことをする、という意味ではないんですけど。
(7月13日 15:00の回)

北嶋孝(ワンダーランド)
 ★★★★
 初日と楽日の2回見た。初日は体調悪く途中退席という体たらくだったが、楽日はもちろん最後まで見ることが出来た。最後まで見届けてよかったのはいうまでもない。
 18歳で上京した女性が12年ぶりで郷里に帰る設定。しかも記憶を半ば失っているという途中までの進行は、思い出の感傷的回収にのめり込む若手劇団にありがちな落とし穴かと危惧していた。時間を細切れにして往還する作法に集団の踊りが加われば既視感ありありの展開だろう。しかしカッパ人間というふざけた存在をひねり出したあたりから月並みな叙情路線を離れた。過去に飛び込んでも重力に身を任せるのではなく、もっと月並みに前向きになるわけでもない。過去の自分も未来の私も「うんこ」の質感やありようと等価。愛も同じ、って到達点は、なかなか凄いじゃん。
 主人公は蛍、名字は海野。発光体ではあるけれど発熱はしない。海に暮らす夜行性生物。そうか、夜泳ぐんだ! 確か、折々肉食。そんな隠しイメージに気がついて、腑に落ちた。なるほど。
(7月16日 18:30の回)

【上演記録】
悪い芝居 vol.13 「カナヅチ女、夜泳ぐ」(佐藤佐吉演劇祭2012参加)

王子小劇場(2012年7月10日-16日)
脚本・演出 山崎彬

キャスト:
池川貴清
植田順平
大川原瑞穂
呉城久美
畑中華香
宮下絵馬
森井めぐみ
山崎彬
村上誠基
大塚宣幸 大阪バンガー帝国
渡邉圭介 アマヤドリ(ひょっとこ乱舞改め)
吉川莉早

大阪公演 in→dependent theatre 2nd(2012年6月13日-20日)
東京公演 王子小劇場(2012年7月10日-16日)

入場料 1,000円 ~ 3,300円
 前売り 一般2900円/学生2400円/高校生以下1,000円
 前半割引 一般2500円/学生2000円
 当日 すべて前売りの500円増し


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