ナカゴー「鳥山ふさ子とベネディクトたち」
ロロ「LOVE02」
ニッポンの河川「大地をつかむ両足と物語」
リア・ロドリゲス「POROROCA」

◎ブラジルの河川―KYOTO EXPERIMENT2012報告(第3回)
 水牛健太郎

 KYOTO EXPERIMENT 3週目の先週はフリンジを中心に観劇する週となった。フリンジ作品を3本見たが、それぞれに刺激があった。

 ナカゴーは「鳥山ふさ子とベネディクトたち」と題して二本立て、そのうち主な演目は「ベネディクトたち」で、2年前にも「町屋の女とベネディクトたち」という二本立ての一本として見たことがある作品だった。これはかなり面白い作品である。

 れっきとした日本人なのになぜか「ベネディクト」を名乗る筋骨隆々の超人(篠原正明)の話だ。周囲の男はひれ伏し、女性はみな惹きつけられる憧れの存在なのだが、彼らは内心、そのことに釈然としない思いを抱き、ベネディクトを殺そうとする。殺害に失敗すると今度は周りを取り囲んで糾弾し、特別な地位から引きずりおろそうとするのだった。

 ベネディクトは世界におけるアメリカ、でもいいし、人間に対する神、でもいいし、インターネットで有名人のブログが炎上するようすだったり、ともかく何か突出したものに対してふつうの人々が抱く複雑で屈折した感情をたっぷりと思い出させる。お芝居は最初から「糾弾シーン」までの展開が実におかしい。意外な展開やシュールなセンス、お芝居の楽しさに満ちている。

 そしてその後の糾弾シーンがとても長い。計っていたわけではないが、たぶん20分ぐらい、ひょっとして30分近いかもしれない。3人の登場人物がリンゴ箱のようなものに乗ったベネディクトを取り囲み、大声で怒鳴り、揚げ足を取り、粘着的に追い詰めていく。ユーモアはあまりない。かなり怖い場面なのだ。

 この怖さに伝えたいものがあることは分かるのだけれど、それまでのお芝居としての楽しさを思うと、もう少し何とかならないかという気もする。お芝居として楽しめる、その上で怖い、ということも可能なのではないか。例としていいかどうかわからないが、野田地図の「THE BEE」の、人質の指に見立てて割り箸を折る場面などはどうだろう。恐ろしいけど割り箸である。割り箸なのにあんなに怖い。お芝居の不思議さに満ちている。

 「ベネディクトたち」の糾弾シーンの怖さは、実際にこのようにして怒鳴られたら怖いという、リアルの怖さを再現したところに基づいている。しかし、お芝居としての怖さの作り方は別にありうるし、やりようによって、お芝居としての楽しさと怖さを両立することができるのではないか。

 ロロの「LOVE02」。私はロロはあまり見たことがなくて、前に一本見たが(「20年安泰。」にて上演された30分ほどの短編「夏が!」)、出来はよくなかった。今回「LOVE02」を見て、人気と高評価の理由がつかめた感じがする。

 それは表現者としての勇気と潔さということではないか。自分の道具箱に入っているモノの貧しさを十分心得ながら、どこか(舶来ものとか、日本の伝統など)からステキな道具を借りてくるということをしない。自分が本当に分かると思う題材、しっくりくると思う表現だけで勝負しようとしている。そして、センスに恵まれているせいで、それに辛くも成功している。作品世界はものすごく狭くて貧しい。しかし、ぴかぴか輝いている。まるで銀紙の星のような、しかしそれが見る人の心の中で、本物の星のように輝く、そんな作品を作ることができていると思う。

 「できている」と書いたけれど、結構ぎりぎりの印象も受ける。「LOVE02」の最後の、自転車と電球を使った場面はどうか。なるほどねと感心はしたけれど、荒んだ中年男の心を揺り動かすのは、正直言って無理である。銀紙の星であることを一瞬忘れさせるにはもうひとひねり、ふたひねり、たくらみが必要ではなかったか。

 だますなら、しっかりだましてほしい。このままセンスを磨き、突き進んで大詐欺師・大山師の道を歩むもよし。でも、銀紙の星は年とともに輝きは鈍く、軽みは減って、ブリキの星になっていく。それに抗していくのは容易なことではない。だから、こっそり古典とか猛勉強してみるのも、実はありだと思う。勉強はしても分かるように使わなければいい。や、もう勉強はしているのかも。ともかく頭のいい人である。

 日本の河川の特徴は、短くて幅が狭く、流れが急なことである。「ニッポンの河川」というのは劇団名としては変わっているけど、短めで登場人物が少ない、そして急展開を繰り返す作品であった。

 音楽室の床に正方形にテープを貼り、四方を観客が取り囲む。ちょっとプロレスじみたセッティングだ。手法として見ると、BGMと照明操作を役者がやるというのが何と言っても目を惹く点。三人の役者は手に小さなテレコを持っていて、それは腕にくくり付けた直径十センチぐらいのスピーカと連動している。役者はポケットなどにカセットテープを入れていて、それを確認しつつ自ら入れ替えることで、場面に合ったBGMを流すわけだ。一方照明は床のあちこちに足踏み式のスイッチが貼ってあって、それを踏むことで赤や青、緑のライトが点いたり消えたりする。

 プロットは、ある奇妙な夫婦とその息子(娘?)の物語。時間を過去や未来に行ったり来たりし、めまぐるしく場面転換を繰り返すが、その度に役者が床のスイッチを踏むことで弾みが付き、物語はどんどん加速していく。無理やりな手作り感は、役者と観客の距離の近さとあいまって、笑いとともに会場を温める。それほど応用の利く手法ではないが、ことこの作品に関しては完成度が高く、斬新で楽しいものになっていた。

 正規プログラムのリア・ロドリゲスはブラジルの振付家。公演タイトル「POROROCA」というのは、日本が丸ごと入りそうな大河アマゾンに、海の潮が逆流する雄大な自然現象を言うらしい。期せずして「ニッポンの河川」と対照的なネーミングである。

 十人の若い男女が舞台の上に現れる。一人ひとり、身体に存在感がある。そもそも大きくて立派な身体だし、ダンサーとしての鍛錬もあって、美しさも備えている。彼らは白人から黒人までの肌の色のグラデーションで、それぞれどこかに位置する人たちである。

「POROROCA」公演から
【写真は、リア・ロドリゲス 「POROROCA」公演から。撮影=(c) Sammi Landweer 
提供=京都国際舞台芸術祭 禁無断転載】

 何かで読んだ知識に過ぎないのだが、ブラジル社会はアメリカのような肌色によるアイデンティティ分けがないという。要するに「私は白人だ」「私は黒人だ」というのがない。しかし実際にはいわゆる白人にあたるような肌の白い人もいれば、黒人にあたるような黒い肌、縮れ毛の人もいる。そして、肌が白いほど社会的に有利で、所得も高いという事実も厳然として存在しているという。

 舞台上には白人と言っていいような人も、黒人と呼びたくなるような人もいるのだが、彼らはアメリカのような明確な人種の壁の両側に分断されているのではなく、一連のグラデーションとして存在しているのである。彼らはそれぞれに、思い思いの色鮮やかなTシャツやトレパンを着ている。飛んだり跳ねたり、身体をぶつけ合う度に、多種多様な服の色、肌の色、髪の毛の色が混じり合い、はじける。

 この作品には実に様々な動きがあるのだが、社会生活の中の動き、規律正しい動きは避けられている。目立つのは、レスリングのような動き、下半身をリズミカルにぶつけ合うような、性的なニュアンスを感じる動き、犬や猿といった動物を模した動きなどだ。それは身体というものから社会的な枷を外した場合に、何が出てくるかという実験のように見える。それが原子としての運動だったり、動物としての面だったり、性的なコミュニケーションだったり、はじけるような激情だったりする。

 そこからは、ブラジルの多様性や混沌や、自然と結びついた力強さを感じ取れる気がした。十人の男女の大きくて美しい身体の乱舞を見ているだけでも、エネルギーに圧倒されるものがある。POROROCAはニッポンの河川とは違う。どっちがいい悪いということではなくて、それは全く違う何かなのだ。そういうものが地球の裏側に存在するということ、そしていま目前にあるということが貴重なことだし、国際舞台芸術祭の意義ということだろう。

【筆者略歴】
水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
 ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。東京大学法学部卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。2011年4月より京都在住。元演劇ユニットG.com文芸部員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/ma/mizuushi-kentaro/

【上演記録】
KYOTO EXPERIMENT2012
KYOTO EXPERIMENT 2012フリンジ“PLAYdom↗”

ナカゴー特別劇場vol.8 『鳥山ふさ子とベネディクトたち』
作・演出|鎌田順也
出演|篠原正明 鈴木潤子 髙畑遊(以上、ナカゴー) 今村圭佑(Mrs.fictions) 藤原よしこ(ブルドッキングヘッドロック) 川崎麻里子 小林義典(クロムモリブデン) 田畑菜々子
ナレーション|墨井鯨子(乞局)
10月2日(火)- 5日(金)
会場:元・立誠小学校 音楽室
上演時間:90分予定
チケット料金:前売・当日|2500円

ロロ『LOVE02』
脚本・演出|三浦直之
出演|板橋駿谷 亀島一徳 篠崎大悟 望月綾乃 森本華 金丸慎太郎(贅沢な妥協策) 北川麗(中野成樹+フランケンズ) 小橋れな 島田桃子 高木健(タイタニックゴジラ)
スタッフ|
照明/工藤雅弘(Fantasista?ish.)
照明オペ/菅原和恵
音響/池田野歩
音響オペ/角田里枝
美術/松本謙一郎
衣裳/藤谷香子(快快)
舞台監督/鳥養友美
演出助手/中村未希
宣伝美術/玉利樹貴
仙台公演制作協力/森忠治
制作助手/横井貴子
制作/坂本もも
協力 贅沢な妥協策 中野成樹+フランケンズ タイタニックゴジラ マッシュマニア Fantasista?ish.  快快 範宙遊泳 せんだい演劇工房10-BOX(仙台公演) CoRich舞台芸術!

日程:10月5日(金)- 9日(火)
会場:元・立誠小学校 講堂
上演時間:100分予定

チケット料金
一般|前売2500円 当日2800円
学生|前売2300円 当日2600円
高校生以下|1000円(前売・当日共)

ニッポンの河川『大地をつかむ両足と物語』
作・演出|福原充則
照明・音響・出演|森谷ふみ 光瀬指絵 / 金子岳憲
日程:10月6日(土)- 10日(水)
会場:元・立誠小学校 音楽室
上演時間:50分予定
チケット料金
一般|2500円
学生|2000円(要証明)

リア・ロドリゲス『POROROCA
公演日時
10 月 7日 (日)    20:00-
   8日 (月・祝)  16:00-
上演時間:60分
一般       前売 ¥3,500/当日 ¥4,000
ユース・学生   前売 ¥3,000/当日 ¥3,500
シニア      前売 ¥3,000/当日 ¥3,500
小・中・高校生  前売 ¥1,000/当日 ¥1,000
※ユースは25 歳以下、シニアは65 歳以上
※全席自由
公演場所:京都府立府民ホール アルティ
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東京公演情報
ダンストリエンナーレ トーキョー 2012
10月12日(金)、13日(土)、14日(日)
青山円形劇場

「ナカゴー「鳥山ふさ子とベネディクトたち」
ロロ「LOVE02」
ニッポンの河川「大地をつかむ両足と物語」
リア・ロドリゲス「POROROCA」」への8件のフィードバック

  1. ピンバック: KYOTO EXPERIMENT
  2. ピンバック: ピンク地底人3号
  3. ピンバック: shimoda maya
  4. ピンバック: flowing KARASUMA
  5. ピンバック: 丸井重樹
  6. ピンバック: 光瀬 指絵
  7. ピンバック: 光瀬 指絵

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