BricolaQ「演劇クエスト 横浜トワイライト編」

◎聖杯なき探索―ひとりでする演劇?
 大泉尚子

冒険の書
「冒険の書」の表紙
 ところで、あなたは今、幸福だろうか?
 うん、幸福です。→【九七】
 いいや、不幸だ。→【七四】

 YCC(横浜創造都市センター)そばの路上で、テキストを開きふと目に入った二択の設問に茫然とする。その問いに答えるには多少の時間と心構えが必要だ。念のため貯金通帳の残高も確認しなければならないし。プロポーズを受けた時じゃないけれど、しばらく考えさせていただけますか? 1週間、せめて数日。とてもじゃないけど、終了時間の夕方5時までには答えが出そうにない…。

 いやいや、と気を取り直してテキスト―じゃない「冒険の書」というんだっけ―を読み直す。
 【ルール】のページを繰ると「演劇クエスト」は「この『冒険の書』に書かれた指示を頼りに実際に街を歩くプロジェクト。好きな時にやめていいし、好きな時に再開してよい」「単独行動(ソロプレイ)を強く推奨」とある。遊歩型ツアーパフォーマンスと銘打たれ、引率者もいなければ途中でパフォーマーが何かをするといった仕掛けもない言わば“放置プレイ”で、実は私は「本牧ブルース編」で体験済みである。今回は同じ方式で横浜の界隈を巡ることになるのだろう。

 ガイドブック片手の街歩きとどこが違うかというと、鍵は事前に配られる「冒険の書」(註1)。挙げられた144もの項目はエリア別やルートごとに並べられているのではなく、アットランダムにばらまかれている。道や見るべきポイントの説明だけでなく、先のような不思議な設問やちょっとしたエピソード、小説・エッセイなどの引用も多い。ともあれ基本的なやり方としては、参加者は「冒険の書」を片手に、地点ごとにいくつかの選択肢の中からエリアあるいはポイントを選び、該当する項目と地図を手がかりに先へと進んでいく。

 スタート地点のYCCから向かうのは、象の鼻テラス、KAATエリア、新港エリア、桜木町エリアの4つのうちのいずれか。そこで、あまり名前に聞き覚えのない新港エリアを選ぶ。その日は快晴の“冒険”日和で、直線の大きな道をずんずん歩いていくと、左手に大観覧車がくっきりと見えてくる。海に突き当たれば、行き交う白い船をバックに数人の少年たちがスケボーで競走している姿ものどかだ。

 続いて、地図を見ながら赤レンガ倉庫→象の鼻テラスへ。この辺はダンス公演や、最近ではままごとの「Theater ZOU-NO-HANA 2014」を見に来た、まあまあお馴染みの場所。だが方向音痴の私には、それぞれの場所には行けても位置関係が理解できていないので、ああ、あそこをこう来るとここに出るのか!という驚きがある。点が線になり面になってエリア全体が把握できるようになる、というのは本牧編でも体験したこと。

赤レンガ倉庫
【写真は赤レンガ倉庫。撮影=筆者 禁無断転載】

 さらに進んで、国際客船ターミナルの大さん橋。屋上広場は船の甲板をイメージしたウッドデッキ仕上げ、少し斜めになった床材が組み合わされて緩やかな傾斜をなしている。「くじらのせなか」というネーミングが絶妙だと思ったら、平成18年に公募し、応募された約4000の名前の中から選ばれたのだという。見渡せば、対岸にずらりと立ち並ぶビル群が壮観。

大さん橋1
「くじらのせなか」とそこから眺めた海辺のビル群
【写真は「くじらのせなか」とそこから眺めた海辺のビル群。撮影=筆者。禁無断転載】

 ここからKAAT周辺へ、少し戻るようなかっこうで進む。道々思うに、やはり来たことのない所に行ってみたい。パラパラっと冒険の書をめくったうちでは寿町が気になる。どうも呼ばれているような気さえしてくる。そこでKAATには寄らず、地図でも探しきらずに、何となくこっち方面ではあるまいかという方へ無謀にもどんどん歩き出す。

 もしかして行き過ぎなのではないだろうかと思った頃、扇町1丁目の交差点というところに出た。さてここからどう行くのか? 冒険の書には索引的なものがないのでやみくもにページを繰るしかないが、やはりわからない。とうとうグーグルマップを使ってしまう。本牧編に「たぶん使わないほうが楽しい」とあったので禁じ手にしていたのだが、背に腹は変えられない。

 「寿町に足を踏み入れてみるなら、石川町駅近辺から向かうこと」というので、まずは石川町駅を目指す。駅周辺の路地に沿って小さな建物がびっしり立て込んでいる一角がそうなのだろうか? 何だか常ならぬ匂いもしてきたみたいだし…と地図を見直す。ところがそこではない。よく見ると、寿町は扇町1丁目から石川町駅までの辺りにあり、何とその横を通り過ぎてしまったのだった。即引き返すことにする。

 一体あの匂いは何だったのだろう? そういえば、あちらから来るおじさんの風体がやや不思議。2月上旬というのに、ランニングシャツと膝のところでぶった切ったズボンというあり合わせ感満載な服装、両膝に包帯を巻き、両手には中身の詰まった白いビニール袋をいくつもと赤い柄のついたビニール傘。メモ替わりにと瞬間的に写真を撮りそうになった自分に思わずギョッ!とする。寿町の項には「日本三大ドヤ街のひとつ」「このエリアを探索する場合は、不用意に写真を撮らないこと」とある。

 もっとゴチャゴチャしたところかと思っていたが、予想に反して寿町の通りは広い。まずは最初のポイント「ことぶき保育園」に向かう。この地区の真ん中辺りに位置しているらしい保育園の2階から上は「寿生活館」とあり、住まいのスペースのようだ。向かい側にはサッカーのできる公園スペースがあり、土曜日だからか大人も子どもも混じってのゲームの真っ最中。うち2人は白っぽいくらいの金髪をたなびかせている。生活館の4階の窓が開き、少年が「ミライー」と叫んだ。サッカーをしている友達か兄弟の名前を呼んでいるのかもしれない。漢字で「未来」と書くのだろうか。

 突然、頭の禿げたでっぷりと恰幅のいいおじいさんが「創価学会のオバン?」と言いこちらをじっと見ながら寄ってくる。問いかけなのか独り言なのか? なぜだかどてらっぽいものを着ていて、この人もありったけの持ち物なのかパンパンになったビニール袋をたくさん下げている。今、一番してはいけないのは、踵を返して駆け出すこと。そしてあからさまな後ずさりも。「違いますよ」という感じの笑みと真顔の中間くらいの曖昧な表情を浮かべて、なるべくゆっくりさりげなくを心がけてその場を立ち去る。

 冒険の書には、西尾佳織(鳥公園)の寿町を舞台にした日記「コトブキ滞在記」からこんな一節が記されている。

 …ドミトリーは白人の女の人と相部屋だった。夜、共同シャワーを使って足ふきマットが全面どこも濡れている上に立ったとき、強烈なリラックスできなさ、安心できなさを感じた…自分はかなり汚いめの状況でも、雑魚寝とか夜行バスとか繊細さからかけ離れた環境でもいける方になったと思っていた。だけど結局私は、我慢できるようになっただけで根本的に他人をゆるしていない、受け入れていないのだということに気付かされた。ベッドの上段へ行くとき、白人女性の体臭がした。

 指示に従っていくつかの角を曲がりながら、見るともなくこの街を見ている。立ち止まっていると話しかけられそうで落ち着かない気分。無言の圧力に押され、冒険の書を開くのも最小限の時間に留めてサクサク歩く。ここにいるのはほとんど男ばかりでかなりの割合で高齢者が多い。目的に向かってではなく、そぞろ歩きでもなく、ただ揺れるように一人で歩くともなく歩いている人がチラホラ。複数のビニール袋や、紐でひっくくった大荷物をガラガラと引いていることも少なくない。ただならない匂いも、気のせいではなく漂っているようだ。

 今でもたまに会う娘のクラスメートのお母さんが、中学受験を前に新宿駅の地下道に子どもを連れていったという話を思い出す。当時たくさんいたダンボールハウスのおじさんたちを横目で見ながら「勉強しないとああなるのよ」と「悪いけど」言ったのだという。

 続いての「コトブキ滞在記」からの一節。

 早朝、私が帰宅しているのを見つけて両親が何か言ってるのが聞こえた…ちゃんと起きてから母と話したら、「パパが『佳織が帰ってきたせいで臭い。乞食の匂いだ』って言ってたよ」と言うので、色々サイテーだなと思った…宿へ戻って戯曲を書いていて深夜、ドアの外から肉と肉の当たる音が聞こえてきてギョッとした。後背位でセックスしている音だと思ったけどまさかそんなわけないだろうと思った。で、男の人がオナニーしているんだろうと思った。それでそういう音が出るものかどうか分からなかったけれど、しかしこの環境で二人、というのは絶対的に無い気がしていた。その音はものすごく長く続いた。断続的なのが殊に嫌だった。たまに手(?)が止まって息切れが聞こえる。しかも。たぶん1回終わった、と判断するくらいの間を置いてまだ次へ行く。電車内でいちゃつくカップルに遭遇したときのような分かりやすい不快さと違って、状況がつかめなさ過ぎて身動きの取れないフラストレーションを感じた。これはアクシデントで聞こえてしまっているのか? それともこの宿では日常茶飯事なのか? 変態がわざと聞かせているのか? この人はどこにいるのか? まさか廊下?? 人数も距離も方向も内容も意図も、何も分からない。

 示された道順から少し離れたところに男たちの人だかり。大声で数字を口にしている。地図には「競輪」とあるから、そこにTVでもあって結果がわかるのかもしれないがやはり近寄りがたい。それを横目に歩いていくと不意に大通りに出た。「これで寿町の探索はひとまず終わった」のだ。石川町エリアの項に「南の丘の上には、洋館やお嬢さん学校が立ち並んでいる。あちらが天国だとすれば、ドヤ街として知られる寿町エリアはさながら地獄であることだろう」とあるが、その「天国」と「地獄」、そして地上との境界はけっこう曖昧で、知らなければ気付かずに脇を通り過ぎてしまうほどだった。

 寿町で費やしたのは、正味ほんの10分か15分。その直後、大通りを横切っているといきなりクラクションを鳴らされる。ハッと顔を上げれば、ぼーっとして赤信号を突っ切っていたのだった。さほど緊張はしていなかったつもりだったのだが、多少なりとも尋常な心持ちではなかったのかもしれない。昔、足を踏み入れてはいけないと言われたマンハッタンのアヴェニューAの辺りに迷い込んだ時はこんなもんじゃなかった、やっぱり日本だなぁと思っていたのに…。

 一番近いファミレスはまだ気が許せないように思えて、少し足を伸ばしたところにある「デニーズ」でホッと一息。引用した「コトブキ滞在記」は、寿町では読めなかったのでそこでじっくり読む。ほどけていく気分と相まってなにがしかのモノガタリが醸成されていくような気配を感じた。時間はすでに5時に近く、私の“冒険”も終わった。(註2)

 ときに「演劇クエスト」というタイトル。「クエスト」ですぐ思いつくのは「ドラゴンクエスト」だが、英和辞典で「quest」をひくと1探求、探索、2(中世騎士の)冒険の旅とあった。探索と中世の騎士と言えば“聖杯伝説”を連想する。

 騎士による失われた聖杯の探索は、ケルト神話に端を発するというアーサー王物語の主要モチーフの一つ。聖杯は、キリスト教と結びついて最後の晩餐でキリストが用いた杯ともされる。欧米では人気のある話のようで、ワーグナーのオペラ「パルジファル」をはじめ、近いところでは映画「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」(1981年。「インディ・ジョーンズ シリーズ」第1作)や小説「ダ・ヴィンチ・コード」(2003年)等々、さまざまな形で取り入れられている。

 伝説のもっとも基本的な形は、次のような形である。漁夫王(または聖杯王)が病み、主人公である聖杯の騎士が聖杯に正しい問いをすることで回復することができるのだが、失敗し、騎士は聖杯探求の使命を与えられるというものである。騎士は数々の試練を乗り越え、聖杯を発見し、漁夫王は癒され国土は再び祝福される。(ウェイキペディアより)

 騎士は偶然出会った王の城に連れていかれ、目の眩むほどに輝く聖杯を乙女が捧げ持つという神秘的な光景に出会う。王は不治の傷を負っており、外から訪れた者が「それで誰に食事が供されるのか?」「王はなぜ病み傷ついているのか?」などと問わない限り癒えないのだという。その問いが発されることによってのみ、光に満ちた本来の世界が立ち現れる。

 唐突な妄想が頭をよぎる―私は寿町で正しい問いを発しなかったために見出すべきものを見い出せなかったのだろうかと。
 聖杯を持つべくも探索すべくもない今の時代の私たちは、一体何を探すのだろう。何を探すのかを探すのだと言えば、それは辻褄合わせの言葉遊びに過ぎるというものだ。

 ところで一体これは演劇なのだろうか? 演劇に不可欠なものは演じ手と観客だと習った気がするが、あそこでの自分は観客だったのか演者だったか? 答えを出すにはもうしばらく時間が必要だ。1年か10年やそこらは考えさせてもらえるだろうか? 長いクエストになりそうだけれど…。

(註1)冒険の書はホチキス留めの簡単な作りで、本牧編ではそのホチキスが見えていたのが、横浜編では隠れるよう背に黒い紙が貼られ、しっかりしたノート状に進化していた。いずれも内容は濃く、後日、再使用して別ルートを辿ってみたいと思っている。
(註2)横浜編・本牧編の他の参加者たちの報告も読むことができる「BricolaQによる遊歩演劇『演劇クエスト』に参加した冒険者たちの記録

【筆者略歴】
大泉尚子(おおいずみ・なおこ)
 京都生まれ、東京在住。70年代、暗黒舞踏やアングラがまだまだ盛んだった頃に大学生活を送る。以来、約30年間のブランクを経て、ここ数年、小劇場の演劇やダンスを見ている。2009年10月よりワンダーランド編集部に参加。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/oizumi-naoko/

【上演記録】
TPAM宮永琢生ディレクションBricolaQ「演劇クエスト 横浜トワイライト編
2015年2月9日、11日-15日

受付:ヨコハマ創造都市センター(YCC)
入場無料

設計・編集:藤原ちから(BricolaQ)
ドラマトゥルク:落雅季子(BricolaQ)
テクスト:柴幸男(ままごと)、西尾佳織(鳥公園)
空間構成(横浜創造都市センター1F):飯田将平(ido)、深川優(ido)、西尾健史、吉野太基
翻訳:並河咲耶
通訳:門田美和
制作:横井貴子(演劇センターF)


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