《観劇体験を深める》ワールド・カフェ

◎観劇体験を深めるワールド・カフェのススメ
 平松隆之・白川陽一

●演劇の感想を語り合う場をつくる-ワールド・カフェとの出会い(平松隆之)

 2012年10月、静岡県舞台芸術センター(SPAC)で「静岡から社会と芸術を考える合宿ワークショップ」という2泊3日のワークショップを開催しました。私としらさん(白川陽一)はこれに、外部のファシリテーター(=ワークショップの進行・かじ取り役)として関わりました。合宿プログラムでは、初日の始めに観劇が予定されており、事前のSPACの方たちとの打ち合わせで、参加者同士で感想を語り合う機会を是非設けたい、ということになりました。

 しかし演劇の感想を話すとき、どうしても「あの演出意図はこうだ」とか「あそこはうまくいってないよね」など、作品についての論評になってしまいがちです。もしくは「おもしろい/つまらない」「わかった/わからなかった」などの二項対立に。そうではなく、もっと参加者同士が自由に話せたら、そして、自身も気付かなかった気持ちを探求するようなことが出来たら…と思いました。そんなとき、対話型ワークショップ運営での経験が豊富なしらさんから、「こんな方法があるよ」と言って紹介されたのが「ワールド・カフェ」でした。

 初対面の人といきなり「自由に話し合いを」と言われて話せる人は非常に限られていると思います。対して、ワールド・カフェは一定のルールを共有することで、誰でも自分の気持ちを話し始めることができる方法です。「これはとてもいい」と思いました。こうしてワールド・カフェは合宿ワークショップに取り入れられたのです。その後、ワールド・カフェは合宿ワークショップからスピンアウトし、2015年のSPAC上演作品「グスコードブリの伝記」を題材にした開催では、SPAC内のさまざまな関連企画のひとつ「プラスワン」企画として成立するまでになりました。

 その場の雰囲気や具体的な方法については後に譲るとして、この《観劇体験を深める》ワールド・カフェを行って気づいたことがあります。それは「語り合うことは分かち合うことだ」ということです。観劇体験は各個人にとってかけがいのないものです。そのかけがえのないものを持ち寄り、出し合い、話し合うことは、採れた果実をみんなで祝い歓び合う収穫祭のようでした。今後、全国の至るところで、この祭りが行われることを切に願っています。

●演劇の感想シェアに「ワールド・カフェ」という選択肢を(白川陽一)

 もともと私は、青少年や社会人の方たちに向けて、人間関係やコミュニケーションについて学ぶといった教育・学習系のワークショップを提供することを仕事としていて、舞台芸術の世界とは無縁の人間でした。そんな私が、平松さんと出会ったのは2011年。劇団制作をしながら「ワークショップデザイナー」としても活躍する彼と関わって感じたことは、「どうやら私たちの活動の志は『対話』というところで一致しそうだ」ということでした。

 私が普段のワークショップで大切にしていたことは「対等に話し合う」ということでした。ここで「対等な話し合い」というのは、社会的な立場や年代などの属性にとらわれず、一人の人間として尊重し合うようなコミュニケーションのことを意味しています。このようなコミュニケーションでは「対話」という種類の話し方が重視されます。それは“お互いの違いを気づきの材料として、そもそものところを探求し合う”という話し方です。そして私は、この「対話」を生む方法論を、これまで専門的に学んできたのでした。だから、平松さんから「演劇の感想について対話する場をつくりたいのだけれど」という話をもらった時は、「ああ、そういう方法ならよく実践しています」ということで、ワールド・カフェを勧めることが出来たのです。おそらく、この時が日本で初めて演劇とワールド・カフェとの運命の出会いになったのでしょう。

 実際、ワールド・カフェを演劇のフィールドでやってみると、これがとても面白いのです。
 というか、やればやるほどワールド・カフェと演劇の親和性がとても高く感じられ、まるでこの対話の方法は、この運命の巡り合わせの瞬間を待っていたと思うほどでした。それほど、演劇に関わる方たちは対話をする(本質的なことについて探究的に話し合う)ことの関心が高いと思ったし、それについて色々な人たちと言葉を交わすことを望んでいる、いや「渇望」していると思いました。こうして、私は「演劇の感想を“豊かに”語り合う場をつくる」お手伝いを、平松さんと一緒に始めたのでした。

 以下に記すのは、2015年3月に静岡県舞台芸術センター(SPAC)で上演された「グスコーブドリの伝記(演出:宮城聰、作:宮沢賢治、脚本:山崎ナオコーラ)」を鑑賞した後に、「ワールド・カフェ」という形式に則って、観客同士で感想を語り合ったというプログラムの様子です。その“豊かな”話し合いの様子の一端を、ぜひ感じていただけたらと思います。
 なお、この時の司会・進行はSPACのスタッフである佐伯風土さんと仲村悠希さんが行いました。私(白川)と平松さんは、事前のプログラム作りに携わり、当日はオブザーバーとアドバイザーの役割で彼らに関わりました。

【ワールド・カフェとは?】
 ワールド・カフェとは、1995年、米国で多くの人数で行う創造的な対話の方法として生み出されました。テーブルごとに小グループに分かれ、フォーマルな会議ではなくリラックスしたオープンな雰囲気の中で話し合いを行うということ、そして席替えをすることが特徴に挙げられます。

【ワールド・カフェの世界へようこそ!】
 最初に、司会の佐伯さんによる概要説明が行われます。リラックスして話し合いを楽しんでほしいこと、途中で席替えをはさむこと、話し合いが3ラウンド行われることが参加者に伝えられます。続いて、テーブルの上に置いてある道具の説明が行われます。

「カラーペンと模造紙は、自分の表現を助けるために使います」

 話し合いの時は、誰もがうまく考えていることをすぐに言葉にできるとは限りません。また、話し合いの内容によっては、絵で説明したり、図で解説したり、言葉を使うこと以外でコミュニケーションが行われた方が、ずっと活発になることもあります。カラーペンと模造紙は、こんな場合に使える「お助けアイテム」なのです。ワールド・カフェでは、模造紙はもっぱら「らくがき帳」のように使われます。遊び心満載で創造的な対話をするのに欠かせない道具だといえるでしょう。
 さて、テーブルの上には何やら意味深な“みかん”もあります。佐伯さんはこれについても説明を始めました。

「これは『トーキング・オブジェクト』と呼ばれるものです。これは、話している人のことを尊重するために使う道具です」

 使い方は簡単。話したい人はみかんを手に持ち、話が終わればまたそれをテーブルに戻すという要領です。みかんを持ってない人は、持っている人の話をよく聴きます。こうすることで、話し手の話をよく聴こうという雰囲気がグループで作られます。ちなみに、トーキング・オブジェクトは手に握れるものであれば何でも構いません。

【1ラウンド目の開始】
 一通りの説明の後、いよいよワールド・カフェが始まります。3ラウンドある話し合いの時間では、毎回テーマ(問い)が出題されます。
 1ラウンド目のテーマはこうでした。「『グスコーブドリの伝記』を観て、あなたはどんなことを感じましたか。『自分のカード』を紹介しながら、話をきかせて下さい」。
 ちなみに、テーマの中にある「自分のカード」とは、このようなものです。今回は、事前にハガキ大のカードを用意しておきました。それには抽象的な単語(「ずどーん」「喜」「うむむ…」など)が書いてあったり、風景などの写真が写っていたりします。実は、参加者は話し合いが始まる前に、自分の観劇後の気持ちにぴったり合うカードを選んでいたのでした。自分の今の気持ちを探しやすくするために主催者が配慮した工夫です。ということで、1ラウンド目は「カード」の紹介を通して、自分の観劇後の気持ちを他の人と分かち合うという時間が持たれました。

《観劇体験を深める》ワールドカフェより《観劇体験を深める》ワールドカフェより
【写真はSPAC《グスコーブドリの伝記》プラスワン企画《観劇体験を深める》ワールドカフェより
提供=SPAC-静岡県舞台芸術センター 禁無断転載】

【席替え】
 1ラウンド終了後、司会者の合図で次に移行する旨が伝えられます。

「それでは、次のラウンドを始める前に席替えを行いましょう」

 ワールド・カフェでは、ラウンドを変えるごとに席替えを行います。席替えは次のように行われます。テーブルで1人だけ残り、その他は「旅人」になって別のテーブルに散っていくという方法です。なぜ1人だけ残るのかというと、その人は、次のラウンドで新たにテーブルに訪れた旅人に対して、「前のラウンドで起こっていたこと」を最初に報告してほしいからです。といっても、厳密に行う必要はありません。自分の頭の中に残っていることや、模造紙に書き残されていることから印象深いところだけを述べるだけで充分です。これを行い、ラウンドを始めることで、やってきた「旅人」たちは、自分たちの話が前のテーブルの知恵や情報と化学反応するような感覚を覚えるようになります。これが、ワールド・カフェが創造的な話し合いと呼ばれる所以です。

【2、3ラウンド目の開始】
 席替え後、2ラウンド目が行われます。2ラウンド目のテーマも1ラウンド目と同様に、「『グスコーブドリの伝記』を観て、あなたはどんなことを感じましたか。自分のカードを紹介しながら、話をきかせて下さい」でした。席替えを行い、新たな人と出会う中で、それぞれはさらに様々な人の感想に耳を傾けていました。
 その後は同じことを繰り返します。2ラウンド目終了後、再度席替えを行い、最終ラウンドに移るのです。そして、最終のテーマは、「あなたがもしグスコーブドリであったら、(最後のシーンで)手帳に何を書きますか」でした。ここまで来ると、話し合いはさらに活発になっていき、テーブルの模造紙もさらに賑やかさを増していきます。

《観劇体験を深める》ワールドカフェより
【写真はSPAC《グスコーブドリの伝記》プラスワン企画《観劇体験を深める》ワールドカフェより 提供=SPAC-静岡県舞台芸術センター 禁無断転載】

 

【全体わかちあい】
 全ラウンド終了後、それぞれのテーブルでどのような話し合いになったかを報告し合い、全体でわかちあいます。今回は、発表テーブルの模造紙を1つ1つ囲みながら、そこでどんな話し合いが起こっていたか、またどんな気づきがあったかなどのことを報告し合いました。

【参加者の声】
 このワールド・カフェの体験は、参加者に様々な気づきをもたらしていたようです。以下は実際に「グスコーブドリの伝記」のワールド・カフェに参加した人たちの声です。

「今回は、観劇して感じたことに最も近い言葉・写真のカード1枚を持つことができました。そのカードが切り口となり、自分の感想を素直に伝えることができました。オープンエンドのため、それぞれが感じたことを遠慮なく伝えられ、『それおもしろい! 』という発見を純粋に楽しむことができました。」

「アートについてとやかく感想を言うのは、ともすると野暮なことなのかもしれない。しかし、ワールド・カフェはそんな「野暮」も帳消しにしてしまう。他者は喜んで自分の話を聴いてくれるだけでなく、他者の言葉によって自分の体験がさらに洗練される。寡黙そうな人ほど、饒舌になってしまうことだってあるのだ。」

「残されたブドリの日記について話していて、自分の日記も似たような壮大な事を言っているのかもしれないと思いました。ブドリの理想としている人々の幸せ・平和も一見壮大な感じだけど、個人的な思いがどんどん膨らんでいって大きな事書いたのかなーと。何を書いたのかは謎ですが。日記なんて個人的なことを話せるくらい、普段言葉に出さず止めている思考をたくさんアウトプットした気がしました。」

「観劇の後、心を動かす『言葉にならない何か』を身に纏うことがある。それは体のまわりにずっしり存在しているにも関わらず、実体が掴みにくいものでもある。ワールド・カフェはそれを言葉として自分に明示してくれる体験だった。他者と関わりをもちながら、傾聴の時を得て辿り着く言葉。劇場を離れてもなお、自分に留まるものとなった。」

《観劇体験を深める》ワールドカフェより
【写真はSPAC《グスコーブドリの伝記》プラスワン企画《観劇体験を深める》ワールドカフェより 提供=SPAC-静岡県舞台芸術センター 禁無断転載】

 

 いかがでしたか。こんな話し合いができたら豊かな時間が過ごせると思いませんか?
 これまで、自分が観た演劇について意見を交わすことができる機会はアフタートークが主であったと思います。しかしそれは、演出家や舞台関係者が語らっているのを一方的に聞くという形式で、聞いている側はそれに対して発言をするという程度にしか、感想を述べることはできませんでした。
 しかし、観客はもっと「語りたがって」います。そう、私たちはもっと「語り合いたい」のです! 芸術は誰にでもひらかれています。であるならば、すべての観客に等しくひらかれた、自由に意見を述べ合う場が、これからはもっとあってもいいのではないでしょうか? ワールド・カフェは、そのような期待に応えるひとつの選択肢となっていくと私は思います。

 私は期待します。これから数年先、数多くの劇場で上演後はワールド・カフェが行われている、という未来を。観劇後、同じ時間を過ごしたのに違う感想をもつことに驚き、またそれを楽しみながら話し込んでいるという観客の姿を。その実現に向けて、私はこれからも、平松さん他共感する皆様方と一緒に、ワールド・カフェを全国各地の劇場関係者とやっていければと思っています。

【筆者略歴】
平松隆之(ひらまつ・たかゆき)
 劇団うりんこ/うりんこ劇場制作部所属。ワークショップデザイナー(大阪大学学校教育法履修証明プログラム修了認定) 。NPO法人芸術の広場ももなも理事。せんだい短編戯曲賞審査員。「子ども・地域・演劇」 をキーワードに様々な活動を行う。主なプロデュース作品:2010/2012年「お伽草紙/戯曲」(原作=太宰治・戯曲=永山智行・演出=三浦基)、2011年「クリスマストイボックス」(作/演出=吉田小夏)、2014年「妥協点P」(作/演出=柴幸男)など。 urinko.hiramatsu[at]gmail.com

白川陽一(しらかわ・よういち)
 対話と学びのファシリテーター。ワークショップの企画、計画、運営(コーディネート)や、司会・進行を仕事にしている。その他の活動として、自分のスキルを他の人に貸し出す個人発の人助けプロジェクト「レンタルしらさん」や、家でも職場でもない第三の居場所(サードプレイス)のコミュニティづくりを行っている。2015年4月から名古屋市青少年交流プラザの施設職員。 shirasan41[at]gmail.com

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