こまつ座『兄おとうと』

◎「唄芝居」の愉しさ

 『兄おとうと』は、今やこまつ座のお家芸となった「唄芝居」の真骨頂である。「吉野作造の評伝劇」というと何だか堅苦しそうだし、「憲法をわかりやすく考える」などと云われたらヤッパリイイデスと腰が引けてしまいそうだが、そうした主題を愉しく伝えるのが、一つ「唄」の効用である。そして、いかな偉人も「人びと」の一人であるというユーモア感覚が、学者と役人の、国家や憲法をめぐる議論を、「人びと」の暮しにまで降ろしてくれる。初演と変らぬ、辻萬長・剣幸・大鷹明良・神野三鈴・小嶋尚樹・宮地雅子という練達の俳優六人を擁し、戯曲の持つ明るさや軽演劇調の笑いを、鵜山仁がたっぷり懐の深い演出で包みこむ。戯曲と俳優、演出家、そしてスタッフの幸福な出会いが結晶したアンサンブルは、作品ごとにプロデュース・システムをとるこまつ座でも出色の座組みである。


 昭和ファシズムの大きな波によって、日本の民主化は急ブレーキがかかる。襟首をつかまれるように、軍事政権の渦に巻きこまれていく。憲法の整備は遅れ、国民の生活は軍事国家の掌中に握られることになる。やがて終戦。アメリカの手で自由と民主主義が広まるわけだが、それより以前の大正期、大正デモクラシーと呼ばれる新しい風が、日本に吹き渡っていた。たとえば女性の地位の向上。家父長制度に縛られていた女性が、自分の足で世界を踏みしめようとした。吉野作造も政治における女性の力を評価し、普通選挙の実施を訴える。それも第二次大戦で消え消えになり、婦人参政権が認められたのは戦後まもなくのことだ。

 「民本主義」を唱えた兄作造と、兄の後を追うようにして東京帝国大学を首席で卒業、官僚への道をひた走る弟信次。明治・大正・昭和の三時代を跨いだ、「憲法」という大枠の物語を背後に、兄弟が枕並べた五つの夜を挿話的に配置したのが『兄おとうと』の趣向である。近いようで遠く隔たる道を歩む兄とおとうとは、ときに重なりときに離れ、それでも一対の「兄おとうと」として劇の心模様を紡いでいる。恰も二人で一人の男の両極をあらわすような形象は、彼らを優しく強く支える姉いもうと、国家や法の下に生活を営む市井の人びとを五役ずつ演じ分ける男女とともに、三様の立場が絡み合いながらドラマは進行していく。

 『兄おとうと』の趣旨は、当然のことながら吉野作造、そして憲法であり、そこに付随する人生訓である。観客のなかには、それこそ「ありがたいお説教」と鼻白む人もいよう。公演プログラム『The座』を一読すればわかるように、膨大な資料と考証が縁の下を支えている。しかし、「何が」語られるかは措いて——はダメなのだろうがとりあえず措いてみて、言葉が「どのように」語られているかに、耳をかたむけたい。井上芝居が「ミュージカル」ではなくて「唄芝居」だと思うのは、やはり基本は台詞にあり、唄(音楽)と台詞が両天秤にバランスをとっているからだ。言葉の内容は憲法や社会、自分たちの生活を考えてみましょうという教育劇的側面が色濃くみえる。が、その饒舌なペン先からは、単なる会話劇に終らない色とりどりのインクが迸っている。

 たとえば作造の講演の予行演習(二場)などは極めて劇的なモノローグである。聴衆に直接語りかけるような実際の演壇ではない。旅館の一室でメモを片手に一人練習している距離感が、抑えの効いた独白を可能にしている。辻萬長の声と語りのリズムに身体をゆだねれば、響き合う言葉の波間をたゆたう自分に気づくだろう。五場では、兄おとうとを仲直りさせようと画策した姉いもうとが、台詞の連ねによって秘めていた「妻の思い」を聞かせ、時に兄弟げんかのような作造と信次の議論は、力強いダイアローグとして劇の核となる。何より、大げさなまでの表現がそこら中に溢れかえっており、信次と君代の関係ひとつ云う(一場)にも、「蜜柑の、ツバのついたふさを交換するような」だの、「長茄子のヘタを分け合っている」だのと至って回りくどいが、そこに「蜜柑をもっと甘くいただくやり方」がある。劇言語としての日常の言葉を、もっと豊かに聞かせるやり方がある。井上芝居の愉しさは、何も唄や踊りや笑いばかりではない。演劇にしかできない言葉の魅力、キラキラとした言葉の宝石が、あちこちに散りばめられているのである。

 練りに練られた台詞は、下層社会を生きる人びとの心情を丁寧に書き分ける。吉野兄弟には「恩賜」のありがたい銀時計が、女工の目には「ギラッと」光って映る。そうした言葉の肌触りをきめ細かに伝えたのが、宮地雅子だった。劇の鍵となる、吉野家(牛丼ではない)の女中・下矢切の女工・袁世凱の娘・説教強盗・大連のマダムという五役を見事に演じきった宮地雅子は屈指の当たり役である。そして忘れてはならないのがおなじみのピアニスト。初演(二〇〇三年)で読売演劇大賞優秀スタッフ賞を受賞した朴勝哲は、作品を重ねるごとに輝きをまし、ドラマと音楽を共生させる楔として圧倒的な存在感を示していた。 

 ドラマを彩る劇中歌のなかでも、「なぜ」(二場)と「逢いたかった」(五場)の二曲は特に主題とかかわっている。「なぜ」の原曲は『ひょっこりひょうたん島』の「水玉たまれ」。「ぽたん ぽたん」と落ちる雨だれが「疑問 疑問」という素朴な声に変る。一個の疑問符は、水の一滴、血の一滴にも等しい。疑問に立ち止まることが、世界と同じだけの重さを持つ。千代の叫びが、作造を導く。「なぜ」、勉強したい子が中学へ上がれないのか。「なぜ」、弟は病気でも医者にかかれないのか。「なぜ」、自分のこしらえた甘露煮を自分で食べられないのか。なぜ、なぜ……。無数の問いが、兄いもうと(ブリキ屋のあるじと大連のマダム)が歌う「逢いたかった」に集約される。「三度のご飯/きちんとたべて/火の用心 元気で 生きよう/きっとね」。主人公が物語をリードする多く評伝劇とは異なり、脇を固める「人びと」の声が兄おとうとに啓示を与え、作品を足元から構造化するのだ。

 再演のために書き下ろされた第二幕四場「説教強盗」は、井上ひさしが『円生と志ん生』(二〇〇五年、こまつ座)、『箱根強羅ホテル』(二〇〇五年、新国立劇場)でみせた喜劇性の復権を引き継ぐ、大胆な見せ場になった。説教強盗に入られたことをむしろ喜んで主題歌を大合唱するなど、ちょっとバカバカしいぐらいの賑やかさがいい。三年前の初演は、すっきり短めの疾走感がきらめく佳作といった印象だったが、新たに一場が加わることで全体の劇リズムに緩急がついた。兄弟の関係や、作造自身が道を探す通過点が定まった。ほかの場と較べても笑いの比重が際立っているが、近作の性格上、主題や思想ばかりが云々されがちの見方に反旗を翻すような加筆部分は、作者の、自己に対するアイロニーでもあると云ったら勘繰りが過ぎるかもしれない。ここに語り継ぐべき精神がある。作品内容の同時代的感興にとどまらない、演劇的感興を伝えなくてはならない。それが、観客に阿るのではない、「説教強盗」のココロに託されていた。

 観劇した夜の紀伊國屋ホールには、若い人の姿が多く見られた。井上芝居、そしてこまつ座に新しい風が吹きはじめたようだ。賛否はあろうが、「説教強盗」という一場がその証明でもあると思うのだ。エピローグに歌われた登場人物の行方は、決して明るいものではない。しかし、一瞬示された未来の影は、転調する唄によってあっという間に笑顔を取り戻す。この、明日への活力にあふれる「唄芝居」が作者得意の喜劇味と交わることで、さらなる「深化」をみせた。そして、井上戯曲を愉しく聴かせる俳優、また一座の出会いが、これからの劇場体験をより高めていくことは、あえて付言する必要もないだろう。(2006.2.2/新宿紀伊國屋ホール)


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