南河内万歳一座 『お馬鹿屋敷』

◎演劇馬鹿宣言

なにより関西劇界にとって事件だったのは、近鉄劇場・小劇場とOMS(扇町ミュージアムスクエア)がそれぞれ2004年2月と2002年3月に閉館したことだった。この2つの劇場は劇団☆新感線やM.O.P、リリパットアーミー等、今や全国的地名度を誇る劇団の成長を見守り続けたし、OMSは劇団事務所やぴあが拠を構えていたことも手伝い、様々な人が集うサロンの役割を担っていた。また、東京の劇団が大阪公演をする際によく利用した劇場でもあった。なぜそれほどまでに大阪の拠点劇場として長らく隆盛を誇っていたのか。


それは単に上演のための「ハコ物」ではなく、演劇という文化を新規に発生発展させるための生きた劇的創作所にさせていこうとする、演劇人と民間の支援(近鉄電車・大阪ガス)が作用したからに他ならない。劇場から演劇を思想し始めた時、「ハコ物」は確かに「生き物」として存在したのである。

しかしこの国というのは、かつて好景気による金余り時には積極的に文化に投資してきたものが一転、不況による経営建て直しに直面すれば、最初に見直し対象として槍玉に挙げられるのが文化なのである。OMSは閉鎖したが、関西の劇作家の登竜門的戯曲賞である「OMS戯曲賞」は、2005年から大阪ガスの系列会社へ主催が移る形で続いている。その点にはメセナ側の文化に対する意志を読み取れる。いずれにせよ、2つの劇場の閉鎖は文化、特に国家の助成金がまだまだ乏しい演劇において、いかに民間の力なくては成し得ないということを我々に突き付けたのである。

「大阪城・ウルトラ春の乱2006」と題し、南河内万歳一座が公演したウルトラマーケットは、劇場閉鎖が相次ぐ中で2004年3月に完成した新設劇場の一つである。大阪城公園近くの大阪城ホール内西倉庫、2000平方メートルの空間を劇場化して運営するのは、かつて劇団☆新感線と共にOMSに劇団事務所を構えていたことで、人的交流の場としての劇場が果たす役割を知る、内藤裕敬率いる同劇団を中心とした「天下の台所改善実行委員会」の8劇団(註)。今回の『お馬鹿屋敷』で私がこの劇場へ足を運ぶのは3度目、大学時代に内藤にインタビューしたこともあり、個人的に思い入れの強い劇団、劇場である。当時、がらんどうとしていたこの劇場がどうなっているのかに興味を持ち、私は再び足を運んだのである。

内藤裕敬と南河内万歳一座を初めて体験したのは2004年11月の『みんなの歌・2』である。行き先不明、始発電車か終電車かも分からない電車に乗り合わせた乗客達が、自身のアイデンティティを問うこの作品を、劇場とそこに関わる人間にそっくりそのまま置き換えてみれば、「困っちゃうなー」としきりに叫ぶ辺りにまだまだ始動したばかりの混迷さを感じたが、同時にパワフルな役者陣が揃う同劇団なら血が通う劇場にしてくれるはずだという確信も抱いた。

だが、新作『お馬鹿屋敷』で劇場の方向性及び、劇団との関係性についてまた一つ歩を進めたように思えた。6度目のウルトラマーケット公演で題名通り、彼らは「馬鹿」になることを宣言したのである。

この舞台には核となる登場人物が2人いる。寝るために必死にアイマスクを探す男と寝ないように必死に歩き続ける女である。寝たい側の人間、寝たくない側の人間、立場は全く逆であっても双方にそれぞれが抱くのは「寝る」という行為が私探しの触媒となっているということである。なぜ眠るという行為が重要なのか、それは身体の静養の他に記憶の編集・整理だとどこかで聞いた事がある。その日起きてから眠るまでに体験した様々な事はキャッシュメモリとして脳に一時記憶されている。それをそのままの状態で放置すれば、しだいに許容量を超えて脳への負担を増すことになる。眠るとは日々詰まる一時記憶を必要な記憶と消去しても良い記憶を分類することである。つまり、パソコンで言うところのデフラグ処理のようなことを睡眠時、脳内で行われているのである。

厳密にはありえないことだが、男は寝るという行為によって新たにリセットされ、生まれ変わった人間を希求し、寝れば必ず嫌な妄想に取り付かれ、「寝たら馬鹿になる」とそれを拒否する女にとっては、寝る前の今こそがリセットされている新規な自分ということになる。

男はゆっくり寝れる場所を探すために引越し場所を、女は寝ないための方法が見つかったその時、安息が訪れると信じて延々歩き始める。従って、睡眠にまつわる物語構成はそのままアイデンティティの謂いとなる。ここで、男が移動のために利用する電車は『みんなの歌・2』と同じモチーフである。自宅からとりあえず飛び乗ったものの、始発なのか終電なのか、またどこへ向かっているのかが不明な電車。だから男が乗車券を確認しに来た車掌へ向かって目的地はどこなのかを執拗に知りたがるのは無理もないことだろう。男にとっては何でもいい、目的へ向かって進んでいるその状態こそが重視されるのだから。だが、車掌が答えるには、電車は始発にも終電にもなるということ、車内、左右どちらから歩もうが出入り口は一つ同じであること、となれば車掌にとって「電車は今、どこを通過中なのか」という現在性のみが重要であることが語られる。過去も未来も関係なく、確かな現在を連続させることでしか、網の目状の鉄道網の中で迷うことなく職務を全うする方はないと語る車掌の立場、思考はその後の重要な伏線となるのみならず、『みんなの歌・2』の人物が、行き先が不明であったがために困り果てるしかなかったのに対し、この作品では確固たるアイデンティティを見つけた人物が存在するのである。

この後、舞台は背の高い物から低い物まで、数多くの布団棚がある旅館の大広間へと移る。そこには他の泊り客が大勢居る。「お馬鹿屋敷」とは現代社会において息苦しさを感じながらも休息(寝る)することを許されず、マグロのように走り続けねばならないこの旅館の事に他ならない。出入り口が雪に閉ざされたがために脱出不可能なこの旅館からどうにかして抜け出そうと登場人物達は悪戦苦闘する。多くの布団棚を地域コミュニティ、そこに詰まった布団をコミュニティに存在する人間と見れば、それは社会から脱出しようとする彼らを、様々に配列を換え(それも彼ら自身で動かしている所に皮肉がある)、翻弄する現実問題として在り続ける。広い劇空間に存在する装置は大小異なる布団棚のみである。俳優達は演技中、これらを様々に組合せて旅館という名の迷宮を作り上げていく。体力を使い、汗をかきながら所狭しと布団棚と格闘する俳優達の姿はいつしか出口の見えない現代社会で必死に答えを見出そうとする姿として観客に訴えかける。

やがて、この作品で最も重要だと思われるシーンがやってくる。それは寝ることに関して重きを置く男女が舞台真ん中で出会うシーンである。2人ともが相手がやってきた方こそが出口に違いないと信じ込むが、「そこから入ってたからこそ、今ここにいる」ことは本人が最も了解していることなのである。つまり、車掌が告げたように出口は入り口にも、入り口は出口にもなるのであり、それをどう受け止め、選択し、行動するかは本人次第であって、誰も明確な答えを与えてくれるわけではない。

ラストで男は自室へ戻り、女は布団にくるまって寝ることを決意する。彼らをそのようにさせたのは途中、一度寝てしまうのだが、そうしたところで旅館内から一歩も出ていないことを知ったからである。つまり、最後の最後で彼らは2人とも振り出し、いわば始発駅に居続けているだけであることを自覚するのである。男は再び夜な夜な寝られない日々を過ごし、女は恐怖の夢に悩まされるかもしれないが、答えを見つけてやみくもに探し回ったところで答えが見つからなかったことを知った今、只今の現状を積極的に引き受るしか道はないことに思い至る。馬鹿になることを承知で。

内藤裕敬にインタビューした時、40代半ばを迎えて若者的感性、子供ではなくちょうど私くらいの20代前半の心を持った人柄に激しく驚いた。演劇を見たことのない人を劇場へ呼び込むためにはどうすればいいかという私の質問に、しきりに「いい作品を創ることしかない」と語った。寝ることによって馬鹿になることもやぶさかでなしと引き受けた人間が登場するこの作品は、ある種閉鎖的な演劇という芸術を愚直に追求し続けることで、必ずや新たな観客を取り込めると信じて突き進む内藤裕敬と南河内万歳一座の極めてアナログ的な演劇馬鹿宣言の謂いなのである。

註:天下の台所改善実行委員会・・・
南河内万歳一座 演劇集団よろずや クロムモリブデン 劇団Ugly duckling デス電所 南船北馬一団 未来探偵社 ランニングシアターダッシュ
(6月7日 ウルトラマーケット ソワレ)

(藤原央登・現在形の批評

[上演記録]
南河内万歳一座 『お馬鹿屋敷』
ウルトラマーケット(大阪城ホール西倉庫)(6月3日~9日)

【作・演出】内藤裕敬

【出演】
鴨鈴女
藤田辰也
三浦隆志
高本章子
前田晃男
安宅慶太
林夏樹
重定礼子
坂本菜月
木村基秀
福重友
中津美幸
皆川あゆみ
岡ひとみ
鈴木こう
鈴村貴彦
倉重みゆき
手嶋綾乃
添田幸恵
松浦絵里
内藤裕敬

【スタッフ】
舞台監督:永易健介
美術:加藤登美子
照明:皿袋誠路
音響:堤野雅嗣
音楽:藤田辰也
大道具:(有)アーティスティックポイント
小道具:重定礼子
衣裳:高本章子
宣伝美術:長谷川義史
専属トレーナー:針・骨接ぎ野本
運搬:堀内運送(株)
印刷:(株)NPCコーポレーション
万新聞図案:東学
制作助手:中津美幸・岡野礼音
制作協力:On The Run
制作:奈良歩

【協力】
朝日電気(株)
池田哲朗
(株)一八八
(株)大阪城ホール
岡一代
面高真琴
加藤祐子
小堀純
杉浦正和
鈴木靖
TANC!池田意匠事務所
天下の台所改善実行委員会
(株)パシフィック・アート・センター
原口智会
宮内勝
谷古宇正彦
吉原高志(50音順)


「南河内万歳一座 『お馬鹿屋敷』」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 北九州芸術劇場
  2. ピンバック: まりまり

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