reset-N『パンセ2006』

◎洗練されたスタイルの完成形 新しい展開の始まりを
 小笠原幸介(Cut In 編集部)

 reset-Nは、作・演出の夏井孝裕による重厚な脚本と、ステージデザイン、音響、照明等、スタイリッシュな舞台効果で注目を集める東京の劇団だ。今回上演の『パンセ』という作品は3年前に初演されたもので、今回はその改訂版の再演。そのプレビュー公演を見ることができた。


 物語は警察の遺留品置き場から始まる。見知らぬ女と一緒に謎の死を遂げた編集者。その遺留品である手帳には男が始めようとしていた雑誌『パンセ』の構想が書かれている。一般のメディアからは無視されている、事件の当事者や関係者の怒りや悲しみ、その生の声を集めようとする雑誌の内容。編集部の同僚達はその手記を読んでいくうちに、それまで知らなかった男の内部に徐々に触れていく。

 手記に書かれている、男と一緒に死んだ謎の女の人物設定も魅力的だ。男が最後に取材していたのは、自分が遊んでいたおもちゃを壊すように、自分を愛してくれる人物を破滅に追い込むことでしかその愛に応えられないという女。非常に複雑な内面がよく描かれており、その告白にはぞっとするようなリアリティがあった。よく知っていると思っていた男が急に「不在」になることで見えてくる隠された内面、そしているのかいないのかすら分からない女が吐露する内面…。日常仕事をし、普通に生活していく中で突然現れる「死」や「失踪」などの存在の裂け目をきっかけに見えてくる人間の内面に段々と光が当たっていき、観る者はその物語にぐいぐいと引き込まれていく。

 男が死んだ後であること、生きている間も謎の失踪をするということ、つまり「不在」であることはとてもこの物語の重要な点だ。男は雑誌を始めること、女への取材を通して日常の連続性から離れ、一度消えることによって「考えること」に目覚めてしまうのだ。特に男が失踪し、残された周りの人間がパニックに陥る場面にそれが象徴的に表れている。この恐怖は一人の男が不在になることによって、日常の連続性が断たれることの不安なのである。日常から離れ「考える」ということ、これは雑誌のタイトルとしても使われている書物を書いた哲学者の思想ともダブって見えてくる。シンプルな中にも様々な読みができる脚本だ。

 日仏共同制作の公演を行ったり、劇場から飛び出し、実際にあるバーで公演を行ったりと、近作で見られた意欲的な新しい試み、今回の作品では見られなかったが、その反面今作ではストレートに脚本の魅力が表れていた。そして、「不在」というテーマや、リーディング公演のように役者がステージの周りに控えていて、自分の出番になると中央の舞台に出てくるという、出ずっぱりのスタイル、ノートには実は何も書かれていなかった…という発見で、物語の結末が「こちら側」に返されるラストシーンなど、「演劇」という形式に意識的にこだわったような形をとっているように思われた。劇団としてはこれより1年間、散開活動になるということもあり、原点に戻るという意味もあったのかもしれないが、また新たに「演劇」というものを見つめ直していこうという決意の表れなのかもしれない。

 電子音を使った現代的な音楽や、照明デザイン、抑制された演技など、洗練された舞台効果はどことなく都会的な印象を残す。洗練度で言えば、reset-Nとしてのひとつのスタイルの完成形は見えたのかもしれない。しかしあまりにすっきりとまとまっている点に、物足りなさを感じてしまうのも事実で、むしろこれからは洗練から遠ざかるような作品も期待してしまう。脚本や演出、舞台効果といった演劇の基本的なレベルに関して言えば、これほど高い実力を持った劇団もなかなか無いのではないか。

 だが一方で、最近ではことに「演劇」に関しては、あっと驚くような作品、初めて観るような前衛的な作品にもあまりお目にかからない、という不満もある。実力ある集団だけにひとつのスタイルに留まらずに新しい展開を見せて欲しいと思う。むろん、ただ闇雲に新しいことに挑戦することが「前衛」ということではなく、ひとつの言うべきことを洗練させていく方向ももちろんある。今回の作品もその意味では前衛的な作品であるとも言えるだろう。散開活動という「不在」期間を経て、今度はどんな作品を見せてくれるのだろうか。(7.14 プレビュー公演)
 (初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」第3号、8月16日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
 小笠原幸介(おがさわら・こうすけ)
 1976年横浜市生まれ。武蔵野美術大学卒。デザイナー。小劇場のレビュー紙「Cut In」を編集する傍ら、パフォーマンス活動にも参加。

【公演記録】
reset-N『パンセ2006
下北沢ザ・スズナリ(7月14-19日)

【作・演出】 夏井孝裕
【出演】
 町田カナ
 久保田芳之
 原田紀行
 平原テツ
 長谷川有希子
 奥瀬 繁(幻の劇団見て見て)
 勢登健雄(オフィス・ヒューリッド)

【スタッフ】
 グランドデザイン/massigla lab.
 舞台監督/小野八着(Jet Stream)
 照明協力/木藤 歩(balance,inc. DESIGN)
 演出助手/あらい ひろこ(遊幻サーカス)
 宣伝写真/御嶽亜由美
 宣伝美術/quiet design productions
 制作/河合千佳
 協力/ステージオフィス、COCONUTS DISK代々木店、にしすがも創造舎

京都公演(TOKYOSCAPE2006
ART COMPLEX 1928(8月3日-8月5日)


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