声を出すと気持ちいいの会「覗絡繰-ノゾキカラクリ-」

◎粗削りと老練と
 宮本起代子

「覗絡繰-ノゾキカラクリ-」公演チラシ 演劇集団「声を出すと気持ちいいの会」、通称「コエキモ」は2008年5月明治大学の学生を中心に旗揚げし、これまで5回の公演を行っている。当日リーフレット掲載の挨拶文によれば、主宰で作・演出の山本タカいわく「心の琴線に触れる芝居というものを、がむしゃらに追い続け、打ち続けて」きたが、公演を重ねるにつれて現状に疑問をもち、「全てをゼロに戻す決意をし」、「もっと素直に芝居を作ろう」との思いから、番外を打つに至ったそうである。自分にとってはじめてのコエキモ体験で、しかもいつもとは違う特別な一本に出会えるらしいが、劇団に対する予備知識はまったくのゼロであり、山本タカについて「まだまだ粗削りな部分もあるが、寺山修司のような、野田秀樹のような空気のある芝居」という情報を得たのみであった。

 演劇スタジオBは、空間や雰囲気が新宿御苑のサンモールスタジオに似ており、馴じみやすい。畳敷き、襖や仕切りの布などで古い日本家屋の一室が作られている。客入れの音楽は、三味線に合わせた女声コーラスが適度な音量で流れており、古風と現代風が入り混じった不思議な空気を醸し出す。やがて客席後方の出入り口から一人の男が登場し、舞台前方に正座して挨拶、開演前の注意事項などを述べる。姿勢や口調は折り目正しく丁寧、寄席の口上風に客席の緊張をほぐそうとシャレを言ってすべってしまうさまを敢えてみせたあとで、自分はこの物語に登場する宗次郎であり、これから自分の兄の話を聞いてほしいと観客を舞台の世界へ誘い入れる。
場所は日本のどこか、時代も現代と考えてよいだろう。

 宗次郎には十年近く引きこもったままの兄清一がおり、手を焼いた父親の提案で、宗次郎は兄にパソコンを買い与え、就職の情報を得るようにすすめるが、兄はもっぱらいかがわしいサイトを楽しむだけで、一向に社会に出る様子がない。やがて兄はネットで読む小説に夢中になり、そこに登場する女性に恋をしてしまう。

 劇中使われているのは、江戸川乱歩の短編小説『芋虫』と『押絵と旅する男』である。前者は四肢切断された傷痍軍人の夫を献身的に介護しながら陰湿に弄ぶ妻、後者は覗きからくりのなかにいる女への思いのあまり、みずからをその絵の中に押し入れてしまった男の純粋すぎる愛が描かれたものだ。小説なり映画なり、何か既成の作品にインスパイア(このことばを使うには若干の気恥かしさが伴う)された舞台の場合、みる側としては、ベースになった作品に対する思い入れやイメージがあれば、それらが壊されないようにと願いういっぽうで、新鮮な切り口や斬新な表現で作品の知らなかった面が描かれることを期待する。いわば二重の思いをもって舞台に臨むことになり、それは作り手側にとってもプレッシャーと創作意欲との板挟みになるのではないかと察する。しかも今回は二つの小説が一台のパソコンの中で交錯しながら進む舞台である。男女の体臭が匂ってくるほど強烈でリアルな『芋虫』と、謎めいて幻想的な『押絵と旅する男』。どちらも狂おしいまでの愛憎を描いているが、そのすがたは対照的である。うっかりすると原作に食われてしまう可能性もある。原作の魅力を活かしつつ、山本タカは自分たちのカラーをどう出していくのか。

「覗絡繰-ノゾキカラクリ-」公演から
「覗絡繰-ノゾキカラクリ-」
【写真は「覗絡繰-ノゾキカラクリ-」公演から 撮影=大越千絵 提供=声を出すと気持ちいいの会 禁無断転載】

 舞台の兄と弟の様相は、『押絵~』の兄弟の設定を活かす形になっている。まず兄は『芋虫』の妻時子にいたく同情し、それが愛情に変わっていく。兄の清一がパソコンで読む『芋虫』の世界が舞台中央で繰り広げられる。四肢を失い、耳も聞こえず声も出せず、片目しか見えない夫を献身的に介護する反面、夫婦関係の主導権を握った妻がみずからの快楽のために夫を慰みものにして激しく絡み合い、交り合うさまを示す。兄を演じる俳優は『芋虫』の登場人物のひとりを、また兄弟の父親役の俳優が芋虫となった夫、『押絵~』の老人を兼ねて演じ、現代の兄と弟と父の空間と、小説の空間がいびつに重なり合いながら捻じれていく。

 いっぽうで弟の宗次郎には時子という恋人がいる。これは現実の部分で、『芋虫』の時子役の女優が兼ねる。弟の恋人をみた兄は『芋虫』の時子にうりふたつだと驚き、物語は急展開しはじめる。『押絵~』の兄が覗きからくりの八百屋お七に恋してみずからを絵のなかに押し入れてしまったごとく、兄を捜して浅草の凌雲閣に登った宗次郎は、そこからみえるカラクリ絵の中に、兄と自分の恋人であり、『芋虫』の時子でもある時子が収まっているのを知るのである。今となってはこれらがほんとうに起ったことなのかまぼろしなのかはわからず、淋しげな宗次郎の問わず語りで舞台は終わる。

 『芋虫』の時子が激情にかられて夫の目をつぶす場面において、夫婦のすがたは布で覆って観客の目から隠し、そのわきで兄がまっ赤なトマトを握りつぶしたり、時子が夫に実際にものを(パスタ状のもの)食べさせる場面もあり、生ものを出すことによって、現実と幻想をつなぐ効果は上げていたと思うが、まだ迷いが感じられた。また弟と時子が恋人どうしであることがしっくりしない印象があって、その後の物語の運びが強引に感じられること、仔細なことであるが時子役の女優の服装について、大きく胸のあいたブラウスに、膝の上のほうまでむき出しになるショートパンツに裸足という格好は、若い肢体をありのまま肉感的に見せることには効果的かもしれないが、『芋虫』の時子を演じるにはややぞんざいな印象があり、小説の中の時子と現実の時子を生々しく、しかも幻想的にみせる工夫が必要ではないかと思う。舞台終盤の流れについては筆者の記憶がいささか曖昧で、『押絵~』原作で双眼鏡を使って絵をみる箇所が、片目だけあいている目隠し布を裏表に使い、『芋虫』にも絡ませながら示す手法がみられたが、この部分が一度の観劇でしっかりと把握できなかったことを残念に思う。『押絵~』の兄は純粋すぎる愛を作りものの女に捧げてしまったが、そこには現実世界にはない至福があり、生身の人間と関われない現代の青年がバーチャルな世界に入り込んでしまうこととは距離がある。そこまで踏み込んで深く鋭い劇世界が描かれていれば、本作はもっと奥行きとオリジナリティのあるものになるだろう。

 猟奇的、怪奇的でありながら、江戸川乱歩の短編には哀しいまでの詩情があふれ、小説の人物がこちらに向かってじかに語りかける息遣いが伝わってくる。ホラーやキワモノ的な要素じたいを前面に押し出すのではなく、人間に対する深い洞察があって、物語の展開に引き込まれながらも、最後には人の営みの哀しさにしみじみとした思いになる。山本タカは乱歩の作品を入念に読み込んで文体を研究し、二つの短編を融合してひとつの舞台を作り上げることに成功した。俳優もメリハリのある演技で、きちんと稽古が入っていることがわかる。学内にとどまらず、外の劇場においてもじゅうぶんに通用するであろう。

 気がつけば寺山も野田もどこかへ行ってしまい、静まりかえった御茶ノ水の町の一角で若い俳優たちの熱気に酔いながら、それが幻のごとく消えてしまう寂しさのあいだをたゆたい、原石の魅力に出会えた幸運を味わっていた。山本タカの「まだまだ粗削りな部分もある」との評価について、たしかに前述のように演出の過程が過程のまま示されている箇所があるものの、周到に劇世界を構成し、それを立体化するために的確な演出を施しており、粗削りというよりむしろ慎重で老練な技が感じられた。こうなると、その「粗削りな部分」が出ている作品をみたくなった。これまでコエキモが行ってきた「役者がそろって同じ台詞を言う」、「皆が前を向いて走る」という舞台も是非体験したい。粗削りの魅力は妙な慣れがないところだが、自分の思いばかりが突っ走り、客席をおいてけぼりにするものでは困る。いっぽうで昨今よく目にする舞台のなかには、老練な手腕がみずからの手法を提示するに留まり、劇世界の構築に何ら演劇的効果を上げていないものもあって、これは粗削りよりもたちが悪い。 粗削りと老練は相反するものであるが、そのどちらもが魅力的に効果をあげる舞台も成立可能ではないだろうか。
 自分以外の劇作家の作品をじっくり丁寧に演出してみるのもおもしろいと思
う。

 たとえば岸田國士の『命を弄ぶ男ふたり』や北村想の『寿歌』を演劇スタジオBでみてみたい。どちらもいろいろと手を加えて遊ぶ余地がありそうで、意外に頑固で手強い戯曲である。手堅く慎重に取り組むか、逆に粗削りなエネルギーを注いで体当たりするか、いずれの手法であっても戯曲の新しい面を開拓する道は開けるのではないかと思う。

 大学生のころ、内外問わず学生劇団の芝居にはほとんど行かなかった。それが四半世紀を経て母校に舞い戻ってくるとは。 演劇人生は予想がつかず、だからこそ楽しみは尽きない。
(初出:マガジン・ワンダーランド第223号、2011年1月12日発行。購読は登録ページから)

【著者略歴】
宮本起代子(みやもと・きよこ)
1964年山口県生まれ 明治大学文学部演劇学専攻卒 1998年晩秋、劇評かわら版「因幡屋通信」を創刊、2005年初夏、「因幡屋ぶろぐ」を開設。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/miyamoto-kiyoko/

【上演記録】
声を出すと気持ちいいの会番外公演『覗絡繰-ノゾキカラクリ-』
演劇スタジオB(明治大学駿河台校舎14号館プレハブ棟)(2010年11月25日-29日) 
脚本・演出 山本タカ
原作 江戸川乱歩『押絵と旅する男』『芋虫』

*出演
清一………………石綿大夢
宗次郎……………後藤祐哉
父、芋虫、老人…川名幸宏(きせかえできるねこちゃん)
時子………………加藤みさき(きせかえできるねこちゃん)

*スタッフ
照明………………山本創太
美術………………島田淳夫(青年団)
音響補佐…………神田圭
小道具……………平岡奈々
運搬………………城ヶ崎満月
宣伝美術…………ゴトウユウヤ
演出助手…………きたざわふみこ
写真撮影…………大越千絵
video撮影………奥村真一

料金 500円(全席自由)


「声を出すと気持ちいいの会「覗絡繰-ノゾキカラクリ-」」への5件のフィードバック

  1. ピンバック: 石綿大夢
  2. ピンバック: Hasumi Nagao
  3. ピンバック: 鈴木由里
  4. ピンバック: きたざわふまこ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください