韓国演劇見学記2011

◎国境を越えられる演劇って何だろう? 韓国演劇見学記2011
 鈴木アツト

 2011年2月10日から一週間、再び韓国の演劇状況を見に行ってきた。前回は、韓国の蜷川幸雄と呼ばれるイ・ユンテク(李潤澤)氏の劇団・演戯団コリペにお世話になり、イ・ユンテク氏の周辺から韓国演劇を覗いた。しかし、あれから韓国語と韓国の演劇について本格的に学び始め、コリペは韓国内でも特別な劇団だということが、おぼろげながらわかってきた。私自身も、2010年には韓国から女優を招いて、日韓国際交流公演なるものを2公演実施し、コリペ以外の韓国の演劇人とのつながりもでき、もう少し詳しくソウルの演劇事情を知りたくなっていった。というわけで、今回の訪韓の目的は、一般的なソウルの劇団の公演や活動を見に行くことであった。同時に、日本の小劇場の劇団が韓国で公演をするためには、何が必要になるのか、具体的に知りたいと思った。このレポートがそういった海外公演のための参考資料になれば幸いである。

 今回、私は一週間で九つの芝居を見た。タイトルと劇場名だけ挙げると以下のとおり。

 (1)10日夜 「本、しおり」 劇場:サンサンアートホールBLUE
 (2)11日夜 「Lucid Dream」 劇場:ジョンポ小劇場
 (3)12日昼 「禿の女歌手」 劇場:テハンノSMアートホール
 (4)12日夜  演戯団コリペ「マクベス」 劇場:ゲリラ劇場
 (5)13日昼 「夢見る亀」 劇場:ウョンドスペース
 (6)14日昼 「ナンタ」 劇場:ミョンドンナンタ劇場
 (7)14日昼 「ジャンプ」 劇場:ジャンプ専用館
 (8)15日昼 「粉!粉!」 劇場:イヨンナンカムソンノリト
 (9)15日夜 「True West」 劇場:カルチャースペースイェンユ

 (1)と(2)は新作戯曲、(3)と(4)は古典、(5)と(8)は子供向けの演劇、(6)と(7)は観光客に人気のパフォーマンス、そして(9)は輸入戯曲(作:サム・シェパード)という内訳だ。そして、(6)と(7)以外は、テハンノ(大学路)で上演されていた。芝居を見ては、現地の演劇人とひたすら話して話して話した。すると前回よりもくっきりとかの地の演劇事情が見えてきた。

テハンノの劇場案内地図
【写真は、テハンノの劇場案内地図。全部で138の劇場の一覧。禁無断転載】

 ソウルの演劇のメッカであるテハンノは、下北沢より少し大きいぐらいの規模の街である。前回のレポートでは、大小80、一説には100以上劇場があるとこの街を紹介したが、今回、ソウル演劇センターで劇場の一覧が地図上に整理されている資料を見つけた。それには、80でも100でもなく138の劇場があった。138!

 これだけ劇場が多いと、公演数も膨大になってしまうように思えるが、ほとんどの公演が三ヶ月のロングラン、少ない日程でも一ヶ月は公演をやるので、一ヶ月単位で見ると、公演数は莫大な数にはならない。劇場費は日本と比べすごく安いのかと思ったのだが、同じか韓国のほうがちょっと安いかぐらいでほとんど差がない。毎ステージ満席ということはないけれども、平均的にお客さんは入っていて、それでロングランが成立している。そして、一般客が多く、演劇をデートに使う人もまた多い。私が滞在していた期間では、バレンタインデーが一番お客が入っていた日で、一年で最もお客が入る日はクリスマスとイブだという話も聞いた。それだけ演劇が一部のマニアではなく、一般のファンのものになっている。当然、チケットノルマの話など聞かない。日本の小劇場でお馴染みの、終演後の役者の知り合いでロビーや劇場の入口がいっぱいになる気持ち悪い光景は皆無だ。

 テハンノが多くの一般客を捕まえることができているのは、様々な要因があると思う。まず、劇場が一つの街に集中していること、そして、そこで上演されている公演の情報が、ソウル演劇センターに整理された状態で集められていることが、大きい。今、公演中のお芝居が、どこで何時から上演するのかすぐ調べられる。日本で言えば、Corichがオンラインでこれに近い役目を果たしてはいる。が、ソウル演劇センターの場合、待ち合わせ場所に使えたり、テーブルと椅子が置かれていてちょっと足を休めたり、2階が演劇図書館になっていたり、そのトイレがきれいだったり、PCで調べ物ができたりと、パブリックスペースになっているのがいい。センター付属のチケット売り場では、その日の多くの公演の当日券が半額で買えるというメリットもある。また、折込チラシや、劇場での置きチラシというシステムがソウルにはないので、自分が見たい公演のチラシはセンターで手に入れるということになる。このソウル演劇センターがどういった経緯でできたのか、調べて来ればよかったと気づいたのは日本に帰ってからだった。いつか調べて、機会があれば報告したいと思っている。

 集客のための様々な工夫を目撃できたのも、今回の旅の大きな収穫だった。一番驚いたのは、新たな観客を巻き込むための実験的な試みとして、上演中撮影録音OK、飲食もOKにしている(3)の公演だった。演目がイヨネスコの「禿の女歌手」という古典だったから、ネタバレになる部分が少ないということもあるだろうけど、とても斬新だった。前説・後説をヒップホップにしていたのも斬新で、若い観客に興味をもってもらうための演出家のアイディアとのこと。私も、カーテンコールだけ、この公演を撮影してみた。i-phoneで撮った粗い動画だが、客席の雰囲気を感じ取っていただけるのではないだろうか?
http://www.youtube.com/watch?v=vzKzO_l3kDA

 注目すべきは、ラッパーの二人がパントマイムのレベルもかなり高いこと。こけおどしでヒップホップを取り入れてるわけではないのだ。

 開演時間の話。時折、fringeという演劇のサイトで、公共劇場の開演時間が問題になることがあるが、今、テハンノの公演の半分以上は平日ソワレの開演時間を夜8時に設定している。もちろん、働いている社会人に見てもらうための工夫で、8年くらい前からそういう流れが出てきたということだった。先日見た日本の新国立劇場の「焼肉ドラゴン」の開演時間は夜6時半からだったから、普通の社会人には見てもらいたくないのだろう。でも、新国立劇場が普通の社会人に見てもらいたいと思う作品をいつか作ったら、是非、夜8時からの上演をおすすめする。公共劇場が率先して、観客の新規開拓に挑戦しているというアピールになると思うので。

 さて、演劇の制作的な面では大変刺激を受けたのだが、作品・芸術的な面で、私に刺激をくれた公演は実は少なかった。今、韓国で上演されていた芝居におもしろいものが少なかったわけではないと思う。多くの韓国人の観客が時には声を出して笑い、時には息を潜めて見入っている姿を、私は傍らで見つめていたからわかる。ただ、おもしろい演劇には、言葉が伝わらないとおもしろくない演劇と、言葉が伝わらなくてもおもしろい演劇の二種類あるということなのだ。当然、国境を越えて楽しめるのは後者だ。そして、後者の演劇は恐らく韓国でも日本でも少ない。

「マクベス」公演パンフ
【写真は、演戯団コリペの「マクベス」公演パンフレット。禁無断転載】

 今回、私が見た公演の中で一番おもしろかったのは、悲しいかな前回の訪韓でお世話になった演戯団コリペの「マクベス」だった。演出はAlexander Zeldinという外国からの招聘であったが、俳優は全員コリペの劇団員で、台詞ももちろん韓国語。物語の設定は韓国軍隊の権力争いに置き換えられていた。当然、台詞の意味はほとんどわからない。しかし、コリペの俳優たちの肉体は非常に雄弁だった。台詞はわからなくても、今起こっている状況、何を求め何に怯えている人物なのか、恐ろしいほどにはっきりと伝わってきた。とりわけ、マクベス夫人役のキム・ソヒの演技が素晴らしく、つま先から舌の先まで妖艶で、権力欲に溺れやがて自滅していく姿が官能的に表現されていた。

 韓国の小劇場界では、大学の演劇学科を出ていないと俳優になれないと前回のレポートで報告した。だから、基礎的な演劇知や教育を受けた経験は日本の俳優の平均より持っている。ミュージカル俳優ではなくても歌のレッスンを受けた経験があったり、楽器を演奏できたりする。しかし、そういった演劇知や経験を、大学卒業後の活動の中で、蓄積させさらに発展させるということをしていない俳優も多い。そして、それは舞台上に演劇の強度として表れる。結局、個人(あるいは集団の長)がどういう演劇哲学を持っているかが、作品の質を決めるというのは、世界中どこでも変わらない。演劇は普遍的であり、言葉がわからなくても、伝わると信じている集団の作品は、やはり伝わってしまうのだ。

 自分が日本で日本人の観客に向けてやっている芝居は、どちらなのだろうか?そんなことを考えながら、私は毎日芝居を見ていた。日本の劇団が海外に作品を持っていく時には、自分たちが何を目指しているのかが、自国での公演と比べよりはっきりと問われることになると思う。

 残念ながら見ることができなかったのだが、三谷幸喜の「笑の大学」と「君となら」が、オール韓国人キャストの台詞もオール韓国語で上演されていた。作品の出来はわからない。ただ、こういう形は一つある。つまり、作品を持っていくのではなく、戯曲だけを持っていくというやり方。完全な台詞重視の芝居でも、日本語から韓国語への翻訳なら、欧米の言語に比べ訳す際のニュアンスのロスが少ないだろうし、韓国では作家と演出家が別の場合が多く、日本ほど作家も新作公演も多くないので、優れた戯曲は常に求められているという事情もある。あくまで飲みの席での印象だが、日本の作家に対するリスペクトも高い。そこから考えると、いい翻訳者を見つけて、自作を韓国語で上演するということのハードルは意外と低いと思う。

 いずれにしろ、まずは芝居の臭いが同じ人間(同じ演劇観を持っている人)と仲間になることが重要だと思う。演劇は集団の芸術である。一人芝居であっても一人では公演をできない。でも、志と才能と技術があれば、そこに共鳴する仲間が現れ、道が拓けていく。そんなことを感じた。
(初出:マガジン・ワンダーランド第237号、2011年4月20日発行。無料購読は登録ページから)

【著者略歴】
 鈴木アツト(すずき・あつと)
 1980年東京生まれ。脚本家/演出家。劇団印象-indian elephant-主宰。慶応大学SFC卒業。CM制作会社を経て、2004年4月から演劇活動に専念。blog 「ゾウの猿芝居
・ワンダーランド寄稿一覧 :http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-atsuto/

【参考記事】
・鈴木アツト「充実した環境、日本を圧倒 韓国演劇見学記」(マガジン・ワンダーランド第174号、2010年1月21日)
・張智盈(ジャン・ジヨン)「韓国・芸術経営支援センター設立の経緯と役割」(マガジン・ワンダーランド第182号、2010年3月17日)


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