FUKAIPRODUCE羽衣「耳のトンネル」

◎耳の不思議に目覚めて
 林あまり

「耳のトンネル」公演チラシ
「耳のトンネル」公演チラシ

 耳の魅力に、改めて気づかされた。
 耳って、不思議。そして素敵。聴覚はもちろん、そこにある、モノとしての耳もまた、捨てがたい。そんなことを思いながら、ディープな時間を堪能した。

 FUKAIPRODUCE羽衣「耳のトンネル」には、まさに耳そのもののようなカーブを描いた入口が、上手にドーンと据えられている。
 いっぽう下手には、ベッドがひとつ。
 アゴラ劇場上手の上のほう、照明機材などのある細い通路に、パッとスポットが当たると、ロングヘアをわざとらしくなびかせたドレス姿の女(西田夏奈子)がいる。セレブなディーバ、歌姫路線を狙ったものの残念な感じ、というような。もうこの時点で、客席の私はワクワクしてくる。

 女は歌い出す。「おはようからおやすみまで お乳を欲しがるのねbaby」この歌い方が、なんとも、いい。決していわゆるミュージカルのように、うまく歌いあげるわけでなく、コミカルで批評性のあるスタンス。でも、からっとし過ぎない。どこかしっとりとした抒情がある。
 羽衣の大きな魅力のひとつが、こういった歌にある。歌詞、曲、歌い方が、どれも甘すぎず、けれど切なく響く。

 女の歌に誘われるように、ベッドから勢い良く、パジャマの男の子(男優である)が飛び出してきて、「ママ、おっぱい、ママ、おっぱい」と叫ぶ。
 途切れることなく男の子が次々に出てきて、「ママ、反対のおっぱい」、「ママ、反対の反対のおっぱい」と、永遠に続くかのようなおねだり。
 次に、母たちが赤ちゃん(もちろん男優である)に、おっぱいを与えるシーン。「あっふん、そんなに吸ったら、乳首、伸びちゃうわ」とか、「この子が将来、どんな風に女の乳首を吸うのか、想像しちゃうわね」などと、母たちのかしましくもエロティックな会話。

 このあたりのセリフのエロス、いかにも女性劇作家のもののようなのだが、作・演出は糸井幸之介、男性である。これも羽衣の芝居で感じる、謎のひとつ。FUKAIPRODUCEだけあって、女性プロデューサーの深井順子の目があるからなのか。それとも糸井の資質によるものか。いずれにしてもこの劇団の芝居では、芝居としての完成度はまちまちであっても、必ず女性のエロスをきちんと描いていて、私はいつもそれがうれしい。
 今回の公演では特に、動きの振付が美しく、女優たちの柔らかさがよく伝わってきた(振付・木皮成)。

 女のエロスがたちのぼるいくつかのシーンをみているうち、この芝居の柱は、「耳の記憶」なのかもしれないと考え始めた。

「耳のトンネル」の写真「耳のトンネル」写真
【写真は、「耳のトンネル」公演から。撮影=田中流 提供= FUKAIPRODUCE羽衣 禁無断転載】

 主人公は、ありふれた男(日高啓介)。彼はごく普通に赤ちゃんとして誕生し、ごく普通に青春期を迎えてエレキギターに憧れ、ごく普通に女子に好意を抱くようになり、ごく普通に成人して結婚・離婚をし、子供も持ち、ごく普通にまた恋人(深井順子)が出来て、ギターをつまびきながら彼女と酒を飲んだりしている。
 男は恋人に、これまでの人生を語りつつ、それぞれの思い出ごとの歌をつくっては聴かせているらしい。

 男が語る「思い出」が面白いのは、男自身の実体験だけではないことだ。
 耳からの思い出、耳からの体験。ここにタイトル「耳のトンネル」の示す通りの面白さがあるのではないか、と思った。
 耳からの思い出とは、つまり友達の打ち明け話である。友達の体験を、我がことのように生々しく、またある部分は都合よく事実と違うことに勝手につくりかえて「思い出」として記憶にしてしまう、そんな妄想の記憶。

 中二の夏に、友達のひとり(金子岳憲)から、女の子(鯉和鮎美)とセックスの入口まで体験したと打ち明けられれば、彼の話から妄想して、それらしいシーンを自分でつくりだす。そのシーンは年月と共に修正され美化され形を少しずつ変えながら、生き続ける。

 でも考えてみれば、実体験の記憶であっても、そのシーンは、年月と共に修正され美化され形を少しずつ変えている。おそらく過去の事実とは、似て非なるものになっているに違いない。
 結局、友達の打ち明け話でも、実体験でも、長い時間が経ってしまえば同じことになるのか? いやいや同じというのはいくらなんでも乱暴か…などと思い巡らすうちに、舞台はラストシーンへ。

 男はここまでの人生のコンセプトアルバムの、最後を飾るにふさわしい歌をつくりたいと、ギターを抱えて短い旅に出る。
 旅先の宿で、おかみと思い出深い一夜を過ごしたものの、山道で足を滑らせて転落、あっけなく人生を終えることになる。
 男は真っ暗な谷底で、意識の薄らぐ中、人生最後の歌をつくる。「ぱいぱいおっぱい 俺成熟したから 今じゃお尻のほうが好き」と。なんとくだらない、そしていとおしく哀しい歌か。

 私の好きな羽衣の「生まれてきたらもう なんもかんも手遅れ」の歌のように心に沁みて、しかもはじける、素晴らしい舞台だった。



【筆者略歴】
林あまり(はやし・あまり)
 歌人、演劇評論家。1963年東京生まれ。成蹊大学文学部日本文学科卒。作詞(坂本冬美「夜桜お七」ほか)も手がける。「テアトロ」誌で巻頭リレー劇評「今月のベスト3」を、渡辺保氏と交代で隔月連載中。著書に、歌集「マース☆エンジェル」(沖積舎)「ベッドサイド」(新潮社)「スプーン」(文藝春秋)エッセイ集「光を感じるとき」(教文館)など。現在、成蹊大学・武蔵野大学・多摩美術大学非常勤講師。

【上演記録】
FUKAIPRODUCE羽衣 「耳のトンネル」
こまばアゴラ劇場(2012年3月9日-19日)

【出演】
深井順子、日高啓介、鯉和鮎美、高橋義和、寺門敦子、澤田慎司、伊藤昌子、西田夏奈子、加藤律、幸田尚子(クロムモリブデン)、並木秀介(大人の麦茶)、金子岳憲
【スタッフ】
作・演出・音楽・美術:糸井幸之介
舞台監督:西廣奏
照明:松本永(Fantasista?ish.)
音響:佐藤こうじ(SugarSounds)
衣装:吉田健太郎(yu-GEN CRaFTS)
振付:木皮成、糸井幸之介
制作:坂田厚子、大石丈太郎、林弥生

【料金】
前売:2,800円
当日:3,300円
プレビュー(9日10日):2,300円
さいふにやさシート:2,000円(各回枚数限定/羽衣公式サイトのみ取り扱い)
ウルトラマニアチケット:10,000円(要予約)

企画制作:FUKAIPRODUCE羽衣 / (有)アゴラ企画/こまばアゴラ劇場
主催:FUKAIPRODUCE羽衣 / (有)アゴラ企画/こまばアゴラ劇場
協力:ダックスープ 大人の麦茶 クロムモリブデン (株)ボーントゥラン (株)ギフト FOSSETE concierge (有)quinada

【おわび】
当初、原稿のタイトルを取り違えて「耳の魅力に」としていました。正式タイトルは「耳の不思議に目覚めて」です。筆者、関係者のみなさまにご迷惑をおかけしました。おわびして訂正します。
2012年4月25日(ワンダーランド編集部)


「FUKAIPRODUCE羽衣「耳のトンネル」」への4件のフィードバック

  1. ピンバック: 木皮成
  2. ピンバック: FUKAIPRODUCE羽衣
  3. ピンバック: 株式会社ギフト
  4. ピンバック: 代田 正彦

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください