ディディエ・ガラス「アルルカン(再び)天狗に出会う」

◎自分探し(再び)自分に出会う
 水牛健太郎

公演チラシ
公演チラシ

 天狗のことを考えていた。天狗というと赤い顔、長い突き出た鼻で山伏の格好をしている、そんなユーモラスなイメージ。ところが『太平記』をひも解くと、崇徳院を初めとする、恨みを抱いて死んだ人たちが、山の中で天下を乱す悪だくみの相談をしている場面があり、彼らが「天狗」という言葉で表現されている。もちろん崇徳院の霊が赤い顔、長い鼻をしているということではない。天狗という言葉にはもともとそういう、悪霊とか怨霊という意味が含まれていた、ということなのだ。ユーモアなどかけらもなく、かなりおどろおどろしい。

 時代下って江戸時代になっても、人々にとって天狗はまだまだ現実の脅威だった。「天狗にさらわれてあの世を見学してきた」という少年が江戸の町の話題になったりしている。しかし、そのころにはもう赤い顔に長い鼻のビジュアルイメージもあった。人さらいをするときも、その格好で空を飛んだりするわけで、おどろおどろしさは薄れている。

 いまや科学技術は日進月歩。最近はインターネットといって、コンピューターをワールドワイドにリアルタイムでネットワークできるようにもなっている。天狗はもはや迷信ですらない。信じる信じないの次元はとうに超えて、ただのユーモラスなイメージだけの存在となり果てた。通勤電車の中で誰かが「天狗のサイコロステーキがうまい」と言っているのを聞いたとしても、すわ天狗を平らげんとする豪傑かと勘違いしてはいけない。その人は居酒屋メニューに詳しいサラリーマンであるに過ぎない。

 こうしてみると、人は古より、得体の知れないものに形象を与えることで、恐怖を手なづけるというか、とっかかりを作るという心理的な操作をしてきたようだ。そしてやがては恐怖は乗り越えられ、形象が一人歩きをして、むしろ滑稽な存在と理解されるようになる。天狗のダラクはこんな風に説明できよう。

 などと天狗のことを一心不乱に考えている時に何ちゅう偶然であろう、『アルルカン(再び)天狗に出会う』という公演のことを知ったので、これは見ずばなるまいと押っ取り刀で駆けつけた次第。

 舞台に出てくる男は黒い面で顔の上半分を覆っている。面には文様が入っていてサルを表現しているようだ。青いスポーツジャンバーを着ている。その恰好で箒を持っていろいろとふざけまわる。楽しめることは楽しめるが、自分の影におびえたり、箒を性器に見立てて上げ下げしたり、ゲロをはく仕草、大便をする仕草など、全体に子供っぽい印象のものだ。その時の客席には小さな男の子が一人いたのだが、とても受けていた。

「アルルカン(再び)天狗に出会う」公演から
【写真は、「アルルカン(再び)天狗に出会う」公演から。提供=NPO劇研 禁無断転載】

 これをひとしきり、二十分ぐらいやって笑わせた後、おもむろに面を変える。新しい面は肌色に近い黄土色で、眉が太く、濃い顔立ち。日産自動車のカルロス・ゴーン社長に少し似ている。よく見れば誇張があって人間の顔ではないのだが、照明が暗いと素顔と見間違えそう。

 人形などがだんだん人に近くなってくると、ある時点で急速に気持ち悪く感じられるようになる。これを「不気味の谷」というが、この面はまさにこの谷にはまり、絶妙に気持ち悪かった。彼は「仮面を脱いだアルルカン」だと名乗る。

 その姿で彼はのたまう。自分は誤解されていると(ちなみに演者のディディエ・ガラスはフランス人だが、日本語訳したセリフを完全に覚えこんでいる)。自分はもともと「悪魔の中の悪魔」だったのに、いつのまにかふざけて人を笑わせる道化者扱いされるようになった。こういうことをゴーンさんの顔で言うわけである。いやいやとんでもない、日本人はみなあなたには感謝していますと釈明したくなるけれど、迫力があって怖い。さすがに十億円も取る人は違うものだ。

 そうしてアルルカンは自分探しの旅に出てしまう。インドに行ってヨガをやる。床に頭を付けて逆立ちしながら、インドの言葉らしき言葉で何か朗誦する。歌もうまいし、声も朗々と響くし、なかなかすごい。ここらへんから照明が薄暗くなる。

「アルルカン(再び)天狗に出会う」公演から
【写真は、「アルルカン(再び)天狗に出会う」公演から。提供=NPO劇研 禁無断転載】

 そして次に日本に来る。天狗の聖地である京都は鞍馬山に来て、大天狗僧正坊に出会う。ここからしばらく、暗い中で一人で天狗を題材にした能楽をやる。舞い、うたい、笛や太鼓を声で真似る。真似ではあるがそうとう真剣に練習したとみえて、けっこううまい。

 最後に演者はゴーンさんの面をも取って、完全に演者自身の顔を見せる。当たり前だが普通の人であった。その顔で、フランス語で思い出話をする。字幕が後ろに映る。おじいさんが山の中で自分自身に出会ったというドッペルゲンガーの話だ。

 最後におかれたこのエピソードの意味は(これまでの流れをもとに素直に解釈すれば)、「悪魔の中の悪魔」が堕落してただの道化者になった代わりに、現代における悪はふつうの人それぞれの中に見出されるようになった、ということなのだと思う。ちょっと整合的すぎる感じはするけれど、そこはフランス人だからしかたがない。

 イタリアの仮面劇は見たことがないし、ヨーロッパにおけるアルルカンというものの位置づけを知らないので、面白さが十分わかったとは言えない。アルルカンという伝統的な形象がヨーロッパを抜け出して日本の天狗に出会うというところに近代西欧を相対化する文脈があることは容易にわかるけれど、それを日本人が見てどう思えばいいのかはよくわからない。それはフランス人にとってこその問題なので、言っちゃなんだが他人事だ。フランス人が能楽の真似をするのが日本を持ち上げているようでうれしい、などというところはさすがに脱していなければならないだろう。

 しかし、演者はさすがに器用だし、いろいろな言葉を覚えこむのがすごいし、見て損はないのではないかと思った。フランスものだけに何となくおしゃれ感もあるので、デートとかにいいと思う。彼女をチェルフィッチュの公演に連れてきて、「いますごく評判で面白いって聞いたんだけどな」と必死で言い訳している若い男の子を見たことがあるけれど、これだったらそんなことにはならないだろう。

【著者略歴】
 水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
 ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。東京大学法学部卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。2011年4月より京都在住。元演劇ユニットG.com文芸部員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/ma/mizuushi-kentaro/

【上演記録】
ディディエ・ガラス「アルルカン(再び)天狗に出会う
【京都公演】アトリエ劇研(2012年6月26日-27日)※全2ステージ

作・演出・出演 ディディエ・ガラス
主催 横浜日仏学院(横浜公演)、NPO法人STスポット横浜(横浜公演)、舞台芸術制作室無色透明(広島公演)、九州日仏学館(福岡公演)、NPO法人FPAP(福岡公演)
共催 横浜市(横浜公演)、財団法人広島市未来都市創造財団 東区民文化センター(広島公演)、NPO法人子どもコミュニティネットひろしま(広島公演)
協力 関西日仏学館
後援 (公財)福岡市文化芸術振興財団、福岡市
台本執筆協力・翻訳 大浦康介
仮面 Erhard Stiefel
衣装 Moloko and Jean-Francois Guilon
照明 Jeremie Papin
オペレーター 川島玲子(GEKKEN staff room)
制作 伊藤拓也
プロデューサー 杉山準
日仏コーディネート エマニュエル・モンガソン
製作 NPO劇研、Ensemble Lidonnes
製作協力 Theatre National de Bretagne, Rennes Bateau Feu, Scene Nationale Dunkerque Institut Franco-japonais in Tokyo
助成 私的録音補償金管理協会(sarah)、芸術文化振興基金、アンスティチュ・フランセ、フランス文化センター(パリ)、関西日仏交流会館ヴィラ九条山、公益財団法人アサヒビール芸術文化財団(横浜公演)、九州日仏学館(福岡公演)

【横浜公演】横浜フランス月間2012
2012年6月23日(土)-24日(日)※全2ステージ
STスポット横浜
予約・当日ともに 3000円 学生 2000円 日仏会員 2000円

【京都公演】
2012年6月26日(火)-27日(水)※全2ステージ
アトリエ劇研
予約・当日ともに 2500円 学生 2000円

【広島公演】東区民文化センター舞台芸術促進事業
2012年7月3日(火)-4日(水)※全2ステージ
広島市東区民文化センター
予約・当日ともに 2500円 学生 2000円

【東京公演】SENTIVAL!2012参加
2012年7月7日(土)-9日(月)※全3ステージ
アトリエセンティオ
予約・当日ともに 3000円 学生 2000円

【福岡公演】FPAP リンクプロジェクト2012
2012年7月14日(土)-15日(日)※全2ステージ
ぽんプラザホール
予約・当日ともに 2500円 学生 2000円

「ディディエ・ガラス「アルルカン(再び)天狗に出会う」」への9件のフィードバック

  1. ピンバック: 本田範隆
  2. ピンバック: 薙野信喜
  3. ピンバック: NPO法人FPAP
  4. ピンバック: 迫ちゃん@WETBLANKET
  5. ピンバック: STspot Yokohama
  6. ピンバック: tahahahi2
  7. ピンバック: 三坂恵美

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