◎京都、東京、それ以外全部―KYOTO EXPERIMENT2012報告(第5回)
水牛健太郎
Baobabは去年のKYOTO EXPERIMENTにも出ていて、一年ぶりに見た。ポップというか、最大公約数的な意味のダンスの楽しさ、格好よさを大切にしているカンパニーで、その印象は変わらなかったが、その上での表現という部分で相当な深化があった。前回はやはりナイーブというしかない面があり、「それじゃコカコーラのCMだ」と書いたけれど、もはやそうは言えない。一年でここまで成長するかと驚かされた。
公演時間が80分とダンスにしては長めで、それでも飽きることはなかったが、アラカルト的というか、印象が拡散したようにも感じた。前回は逆に全体を通して「何を言いたいか」があまりにもあからさまだった。現時点では、表現として深化する代わりに明快さが失われた形だ。しかし、両立することは充分可能だと思う。もちろん言葉にまとめられるような意味を打ち出すということと、印象としてまとまったものを残すということは別の話である。
ぐうたららばい『観光裸(かんこーら)』は京都に来た不倫カップルの話。ちなみに京都には、不倫旅行のメッカという一面があることは間違いない。週末に有名な寺社の周辺を歩いていると、それらしいカップルがかなり目に付く。東京から新幹線で二時間余りという絶妙な距離感、百万都市らしからぬ落ち着いたたたずまい、夜間の照明が暗く、細い路地が縦横に走り、大通りを歩く必要がないこと、年を重ねて初めてわかる、歴史的建造物や美しい自然の深い味わい…。
さて、二泊三日でやってきた不倫カップルは、酔いに任せて廃校となった小学校の音楽室に忍び込み、最初から色ボケ全開の会話で笑わせる。「ねえ、日高さん」「なあに、ちかちゃん」といつも律儀に呼び合う二人。幽霊に見立てた観客から見えない角度でキスをしたり、ギターを見つけては愛の歌を歌ったりと痴態の限りを尽くす。が、そこにはひどくほほえましいものもあって、不倫という根本的な問題はあるにしても、薄暗い音楽室の中で、愛し合う二つの魂の放つほのかな光を目の当たりにする思いなのだ。
どうやらこの二人はあまりにも相性がよく、浮気や遊びで済まされる範囲をとうに超えて、お互いを愛しすぎている。幽霊たちがそれに気づくとともに、二人の痴態はどこか不吉な予感を漂わせていくのだった。二人は明日、旅行を終えて無事東京に戻ることができるのだろうか。ふと吹いてきた風にさらわれるようにして、手に手を取っておさらばしてしまうことはないか。世間に、ひょっとしたらこの世に…。
大人の恋愛劇の屋台骨をしっかりと支えるのは二人の俳優の高い技術だ。この作品は“静かなミュージカル”という「新たなスタイル」を標榜しており、歌あり、踊りあり。二人ともかなり達者で、特に「ちかちゃん」こと内田慈の歌は素晴らしい。演技はもちろん、歌やダンスのうまい俳優というのは、やはり格好いいものである。堪能した。
高嶺格『ジャパン・シンドローム ~step2. “球の内側”』は強烈な印象を残すパフォーマンスだった。観客は特異な環境の中に置かれ、次々に感覚的な刺激を与えられる。「舞台」はブルーシートで作られたテントである。形としてはドーム球場を想像すればいい。大きさはもちろんずっと小さい。観客は床の円周上に座る。床もブルーシートなので、視界は全て青色で包まれる。恐らくは青い惑星・地球のメタファーでもあろう。照明は天井のブルーシートを通した間接的なもの。
冒頭、明転すると、舞台の中心に真っ黒い人影が立っている。顔も含めて全て黒い布で覆っている。体型から見て女性らしい。そこに二人目の女性が現れる。明るい髪の色の外国人で、上はシャツを着ているが、下半身はパンツである。ここでパンツというのは昭和の時代に言うところのパンツ、つまり、男性が履くような真っ白いブリーフである。この女性は真っ黒い人影の周りのブルーシートを立てて、高さ30センチぐらいの円形の壁を作る。床のブルーシートにかなりたるみがあるので、引っ張ると立てることができるのだ。そこに三人目の女性が現れる。100キロはあろうかという巨体の白人女性で、赤い水着を着ている。この人が、さっきパンツの女性が立てた壁を踏んでつぶして歩く。
照明が落ちてまた点くと、この巨体の女性が真ん中に素っ裸で立っているのである。そして様々な姿勢で全身を震わせる動作をする。これは飛び道具と言っていいほどインパクトがある。これほど巨体の女性の裸を目にすること自体、日本においてはまずないことで、ショッキングなことだし、照明のぐあいか、妙に白く光っているように見える。それに、ブラジルの打楽器らしいが、「ポン」というような、「ピン」というような音が一定の間を置いて、ずっと響いており、それが意識にトランス的な効果を及ぼすようだ。
それからしばらくの展開ははっきりとは覚えていないが、そうこうするうちに、たるみのある床のブルーシートの下に空気が入って、床が丘のように盛り上がっていくのである。これはかなり驚く。たるみがあるとは言っても、床とは安定したものだと無意識のうちに思っている。それがどんどん盛り上がっていくのだからびっくりする。
そしてついには天井が落ちてくる。上には最初に登場した真っ黒い人が乗って、つぶして歩いているのだ。まさに杞憂が杞憂に終わらず、現実になる。天井がブルーシートの壁となって会場の真ん中にそそり立ち、観客を二つに分断する。
そこで観客はその壁のそばに立つよう誘われる。巨体の女性(また赤い水着を着ている)が急に人間っぽくなって、観客に呼びかける。壁を上げた時、ちょうど向かいにいる観客と、声を出さずに五分間見つめあうように求められる。私の向かいにいたのは、マスクをした若い女性だった。知らない人と五分間無言で見つめあうのはかなり大変である。それでもじっと目を合わせているうちに、何か通じ合うものがあるように感じられたのが面白いところだ。
この作品の意味のようなものを感じ取ることは難しくないが、それよりもまるで夢のような不気味で無定形なイメージの連続が面白かった。同時に、ちょっと暴力的な感じもあって、丸ごと周囲の環境をコントロールされることの威力をまざまざと感じさせられた。
【筆者略歴】
水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。東京大学法学部卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。2011年4月より京都在住。元演劇ユニットG.com文芸部員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/ma/mizuushi-kentaro/
【上演記録】
KYOTO EXPERIMENT2012
KYOTO EXPERIMENT 2012フリンジ“PLAYdom↗”
Baobab 二都市フェスティバルツアー『~飛来・着陸・オードブル~』
振付・構成・演出|北尾亘
出演|米田沙織(Baobab) 北尾亘(Baobab) / 大石憲 久津美太地 田中美希恵(贅沢な妥協策) 福原冠 升水絵里香 渡邊ありさ
10月18日(木)≪プレビュー≫18:00
10月19日(金)19:30
10月20日(土)13:00/17:30
10月21日(日)15:00
会場:元・立誠小学校 講堂
上演時間:80分予定
チケット料金
一般|前売2200円 当日2500円
学生|前売1800円 当日2100円(要証明)
プレビュー|1500円(要予約)
ぐうたららばい『観光裸(かんこーら)』
作・演出・音楽|糸井幸之介
出演|日髙啓介(FUKAIPRODUCE羽衣) 内田慈
日程
10月18日(木)19:30
10月19日(金)18:00
10月20日(土)19:30
10月21日(日)18:00
会場:元・立誠小学校 音楽室
上演時間:65分予定
チケット料金:前売・当日|2000円
高嶺格『ジャパン・シンドローム~step2.“球の内側”』
【構成・演出】 高嶺格
【出演】 ジョージア・コンセイサン、ラヤネ・ホランダ、小林由佳
【舞台監督】 夏目雅也
【照明】 藤原康弘
【音響】 齋藤学
【パンデイロマシン制作】 KIMURA
【制作】 川崎陽子(京都芸術センター)
【製作】 KYOTO EXPERIMENT
【共同製作】 Festival Panorama
【助成】 公益財団法人セゾン文化財団
【主催】 KYOTO EXPERIMENT
10 月19 日(金)20:00-
20 日(土)14:00- / 19:30-
21 日(日)17:00-
16歳未満入場不可
託児:以下のステージでは、託児サービスがご利用いただけます。
・10月20日(土)14:00-
・10月21日(日)17:00-
一般 前売¥3,000 /当日¥3,500
ユース・学生 前売¥2,500 /当日¥3,000
シニア 前売¥2,500 /当日¥3,000
高校生 前売¥1,000 /当日¥1,000
※ユースは25 歳以下、シニアは65 歳以上。
※全席自由
会場:京都芸術センター 講堂