連載企画「外国人が見る小劇場」 第3回

◎義太夫節とアヴァンギャルド音楽に魅せられて 
 アントワーヌ・ラプリーズ(カナダ・ケベック)

Antoine01 アントワーヌ・ラプリーズさんはカナダのモントリオールを拠点する人形劇団《イエロー・サブマリン劇場》の主宰者だ。2013年7月からケベック州芸術・文化評議会(CALQ)のアーティスト・イン・レジデンス制度で東京に半年間、滞在し、12月末に帰国した。

来日前に、日本について知っていたこと

 ラプリーズさんはカナダの西部にあるケベック州の出身だ。州都であるケベック市の舞台芸術学院で演劇を学び、人形劇の公演や俳優としての活動を始めた。現在はケベック州最大の都市であるモントリオールに拠点を移し、自らが主宰する人形劇団《イエロー・サブマリン劇場》を核に様々な演劇活動を行っている。

 カナダのケベック州と言っても、日本人にとってはそれほどなじみのある場所ではないだろう。カナダ東部に位置するケベック州はカナダ最大の州(日本の総面積の約4.4倍)であり、フランス語を唯一の公用語としている地域だ。カナダ連邦のなかでは、政治的・文化的にも半独立国家のような存在になっている。人口は800万人弱だが、1980年代以降、歌手のセリーヌ・ディオン、劇作家・演出家のロベール・ルパージュ、サーカスのシルク・ドゥ・ソレイユなど世界的な舞台芸術アーティストや団体がこの地域から輩出されている。ケベックは日本からは地理的にも文化的にも遠い位置にあるが、ラプリーズさんは幼い頃から日本に関心を持っていた。

──私の幼少期にあたる70年代のカナダでは、あらゆる国のアニメが放映されていました。日本のアニメもそれが日本の作品であることを知らずに親しんでいました。[魔法使いサリー」、「ジャングル大帝」、「リボンの騎士」などを覚えています。「ゴジラ」や「ウルトラマン」などの特撮ものも大好きでした。12歳の頃、アメリカのテレビドラマ「将軍 SHOGUN」を見て、日本を意識するようになりました。ビートルズのファンだったので、ジョン・レノンの妻、オノ・ヨーコが日本人であったことも、日本文化に興味を持つきっかけとなりました。思春期には、三島由紀夫、谷崎潤一郎、川端康成、大江健三郎など日本文学作品を読むようになりました。とりわけ谷崎潤一郎は熱心に読みました。10代後半から黒澤明、小津安二郎、鈴木清順、今村昌平などの日本映画に夢中になりました。

今回の日本滞在の目的

 ケベック州芸術・文化評議会(CALQ)による東京でのアーティスト・イン・レジデンスは、2008年に始まり、これまでダンス、文学、メディア・アート、工芸など様々な分野のアーティストがこの制度を利用し、東京に滞在した。ラプリーズさんが9人目の派遣アーティストで、演劇人としては初めてである。ラプリーズさんに今回の滞在の目的を尋ねてみた。

──二つ大きな目的がありました。その一つはミュージシャンの大友良英さんと共同で何か作品を作ることでした。私は日本のアバンギャルド音楽、アンダーグラウンド音楽のファンなのですが、特に大友良英さんの音楽活動には深い敬意を抱いています。ところがドラマ「あまちゃん」の大ヒットのため、大友さんは国民的作曲家となり多忙になってしまいました。そのため私との作品共同制作のための時間を作ることが難しくなってしまったのです。作品制作は結局、実現しませんでした。8月に福島で行われた音楽フェスティバル、「PROJECT FUKUSHIMA!」の様子は取材し、それはカナダのラジオ局で放送されました。またこの取材の過程で、大友さんを主人公とする演劇作品の構想が浮かびましたので、今後、上演のためのかたちにしていこうと考えています。

──もう一つの目的は文楽の研究でした。ケベックで文楽を実際に見たことはなかったのですが、義太夫節は大好きで愛聴していました。日本に来日したとき、浄瑠璃の講習会に参加しました。文楽の公演を実際に見たのは、その後です。大阪と東京で見ました。人形の動きや造形も素晴らしいですが、私はむしろ義太夫の語りの表現力の豊かさ、大夫、三味線、人形遣いの三者のインターアクションがもたらす緊張感に大きな魅力を感じました。

日本の印象

 今回のアーティスト・イン・レジデンスでの滞在以前に主に文学や音楽を通じて日本文化に親しんできたラプリーズさんだが、実際に日本に滞在して、日本および東京にどのような印象を抱いたのだろうか。

──東京の都市生活の洗練には驚嘆しました。生活のいろいろな分野でテクノロジーの発展が取り入れられていますし、町が清潔で安全です。カナダやアメリカの都市は東京ほど豊かではありません。人々の応対はとても穏やかですし、暮らしやすい社会だと思います。ただ人々の生活は、多くの社会的コードに規定されてちょっと窮屈であるようにも感じました。一般の人たちの政治への対する距離が大きいという印象も持ちました。ケベックでは、人口が少ないことが要因かもしれませんが、政治は日々の生活のもっと身近なところにあります。

 私にとって少し期待外れだったのは、アンダーグラウンド音楽などの前衛芸術、歌舞伎や能のような伝統芸術が、思っていたより人々のなかで愛好されていなかったことです。こうした知的で趣味のいい文化が私にとっての日本だったので。実際には悪い意味で西洋のキッチュな文化が横溢していました。

日本の演劇の印象

 ラプリーズさんが半年の滞在期間のあいだに見た日本の舞台作品は、能、文楽、歌舞伎などの伝統芸能を含めて20作品ほどであり、そのうち現代演劇に分類されうる作品は以下の11作品となる。

1. 青年団+大阪大学ロボット演劇プロジェクト アンドロイド版「三人姉妹」
2. 小野寺修二、津村禮次郎「サイコ」
3. 流山児★事務所「花札伝綺」
4.ドアーズ「紙屋悦子の青春」
5. SPAC「サーカス物語」
6. スタジオ・ライフ「LILIES」
7. チェルフィッチュ「現在地」
8. 人形劇団プーク、「カチカチ山」(太宰治原作「御伽草子」より)、「約束」(田辺聖子原作「私本・イソップ物語」より)
9. ホモフィクタス舞踏オペラ「Hel・GABAL」
10. 岡部えつ「業」朗読演奏会
11. SPAC「忠臣蔵」

 ラプリーズさんが演出家・俳優であり、人形劇の作り手であることを考えると、この観劇本数は多いとは言えないだろう。これにはいくつか理由がある。
 まず外国人観客にとってネックとなるのは言葉の問題だ。言葉がわからなくても、作品のよしあしはある程度、判断することはできることは確かであるが、それでもやはり台詞の内容がわからないのは観客にとっては大きなストレスとなる。ケベックの舞台作品は、言語への依存が低い、視覚性が優位のスペクタクルが多いとされるが、ラプリーズさんはどちらかというとフランス演劇の伝統である「ことばの演劇」の志向が強い演劇人であるような印象を私は持った。このインタビューでもいくつかの作品については、「言葉を理解できないため、正当な評価を下せていない」ことを非常に気にしていた。

 彼は今回の滞在では文楽などの伝統芸能により強い関心を示していたのだが、これはもともと彼が文楽の義太夫に興味を持っていたことに加え、伝統芸能公演は字幕やイヤホンガイドによって、外国人観客にも開かれたものになっていることも大きかったはずだ。F/TやSPACの公演には、外国人観客を想定し、英語字幕が用意されている作品がいくつかあったが、大半の演劇公演は外国人の観客を想定していない。日本固有の伝統芸能のほうが、西洋演劇の影響のもと成立した現代劇よりも外国人に対して開かれているという逆説的状況が生じているのだ。

 現代演劇上演についての情報を入手する手段がないことも大きな要因だ。これは外国人観客に限らず、日本人観客でも同じような問題はあるだろう。ヨーロッパやカナダでは、いくつかの基軸となる劇場が各都市にあって、劇場ごとに芸術監督が特色のあるプログラムを提供していることが多い。何を見るかについては劇場が基準として機能しているのだ。
 しかし東京の場合は必ずしもそうは言えない。東京は劇場の数、公演数、上演される演劇ジャンルのバラエティといった点を考えると、世界有数の演劇都市であることは間違いない。しかし東京の演劇の世界はあまりに混沌としていて複雑で、外側からはその様子をうかがい知ることは難しい。このカオスのガイド役は、かつては「ぴあ」が果たしていたかもしれない。しかし今では、身近にガイド役がいない新参者はネット上に拡散する無数の情報を前に途方にくれるしかない。
 個別の作品についての感想を聞く前に、日本の演劇状況への全般的な印象についてラプリーズさんに尋ねてみた。

──私は三島由紀夫の戯曲が好きで、私の最初の演出作品は彼の「近代能楽集」でした。フランス語に訳された文楽の脚本も愛読していて、昨年は近松門左衛門の「心中天網島」を演出・上演しました。おそらくカナダでは最初の近松の上演だったと思います。しかし来日前には日本の現代劇の上演を見たことはありませんでしたし、日本の現代演劇についての知識もほとんど持っていませんでした。
 来日して何本かの作品を見て、西洋演劇が日本にしっかり根付いていることはよくわかりました。しかし今回の滞在では、日本の伝統芸能、とりわけ文楽が私にとっては重要な演劇ジャンルでした。文楽は人形の操演技術の高さはもちろん、義太夫の表現力の豊かさに惹き付けられました。書き割りの美術も美しいと思います。

 そもそも西欧の演劇では、日本の歌舞伎、能、文楽に相当するような伝統芸術は存在しません。シェイクスピア、モリエール、ラシーヌなど数百年前に書かれた戯曲は上演されますが、これらの古い作品の上演の形態は常に更新されています。伝統的な上演方法を受け継いでいくのではなく、新しい形態を与えることで戯曲を再創造することに意義があると考えられています。私が今回の滞在で、日本固有の伝統的演劇により強い関心を持ったことは、しかたないことだと思います。

 伝統芸術も含めた日本の演劇的形態の豊かさには驚くべきものだと思います。宝塚や大衆演劇、地方の伝統芸能など日本独自の演劇世界もできれば見ておきたかったのですね。モントリオールでは新作の上演が盛んで、主要な劇場では毎年5作品ぐらいの新作がかかります。東京では若い観客を主な対象とした小さな劇場で意欲的な新作上演が盛んに行われているとのことですが、日本の現代演劇の先鋭を感じさせるような小劇場演劇を見る機会があまりなかったことも残念に思っています。ポツドールの「夢の城」はカナダでヨーロッパ公演の劇評を読んで好奇心をそそられ、とても見てみたいと思ったのですが。

 以下、各作品についてのラプリーズさんの短評を記す。

1. 青年団+大阪大学ロボット演劇プロジェクト アンドロイド版「三人姉妹」。原作:アントン・チェーホフ、作・演出:平田オリザ。2013/10/18-10/19 新国立劇場。
──平田オリザは、現代日本の劇作家としては、フランス語圏で最も知られています。平田オリザと面識があるケベック人、フランス人の友人が何人かいて、彼らからこの劇作家の話は聞いていました。彼らはおおむね平田の作品を高く評価していました。私は平田オリザの作品は、この「アンドロイド版 三人姉妹」しか見ていません。字幕付き公演ではありませんでしたが、戯曲のフランス語訳を参照しながら公演を見ることができました。正直なところ、この作品は私の好みではありませんでした。チェーホフの「三人姉妹」をベースにしていますが、作品の雰囲気はむしろイプセンを連想させました。ロボットの組み入れるアイディアは面白いと思いました。ロボットの造形とふるまいがもたらすユーモラスな雰囲気も悪くない。しかし表現のリアリズムに魅力を感じることができませんでした。写実的な舞台美術は面白みがないし、「ああ」、「うん」などの間投詞を過剰に詰め込んだ対話にはマニエリスムを感じ、私には煩わしかったです。脚本の内容もブルジョワ的、表層的で、私の関心を引くものではありませんでした。

2.「サイコ」。演出:小野寺修二、出演:小野寺修二、津村禮次郎。2013/10/22-10/25セルリアンタワー能楽堂。
──コンテンポラリー・ダンスの表現をベースにした「サイコ」の翻案でした。能装束と仮面は用いられていましたが、能の様式は副次的なものに感じられました。映画「サイコ」ではBGMや効果音の使い方、悲鳴などが印象的ですが、この舞台版「サイコ」は、静けさが選択され、ストーリーの展開が舞踊的手段にうまく変換されていたように思います。面白い舞台でした。テキストへの依存度はそれほど高くない舞台でしたが、それでもテキストが理解できないと作品としての評価は難しいですね。

3. 流山児★事務所「花札伝綺」。作:寺山修司、演出:青木砂織、音楽:本田実、振付:石丸だいこ。2013/10/03-10/05。Space早稲田。
──字幕がない公演だったので、何が展開しているのか理解できませんでしたが、公演としてはとても楽しんで見ることができました。舞踊や音楽がふんだんに取り入れられた狂騒的で滑稽な舞台で、俳優たちのエネルギーがとても素晴らしいものでした。早稲田の小さな劇場での公演は、親密で気安い雰囲気があってよかったです。この作品は2014年1月にモントリオールでも公演があるということで、その時に再見するのを楽しみにしています。字幕で劇の内容をより深く理解できるでしょうから。

4. ドアーズ「紙屋悦子の青春」。作:松田正隆、演出:福沢富夫。2013/10/23-10/27。劇場HOPE
──出演者のひとり、青木道子さんと知り合いだったので見に行きました。青木道子さんとはケベックの演出家、マルティヌ・ボーヌを通じて知り合いました。来日当初は青木さんの案内でいくつかの舞台公演を見にいきました。マルティヌ・ボーヌはケベックにおける三島由紀夫の演劇の紹介者です。1990年ごろ、私は彼女が演出した「熱帯樹」、「近代能楽集」、「サド侯爵夫人」などの作品を見ました。

 「紙屋悦子の青春」は写実的でオーソドックスな作品でした。字幕なしの上演だったため、大ざっぱな印象でしか語ることはできませんが、俳優の演技から登場人物の感情の動きや場面の緊張感は感じ取ることはできました。戦争中の悲恋の物語で、古い日本の情景の描写が興味深かったです。動きが乏しく、ちょっと退屈したところもありましたが、誠実な作品だと思いました。

5. SPAC「サーカス物語」演出: ユディ・タジュディン、作: ミヒャエル・エンデ。2013/10/19-11/03。静岡芸術劇場。
──正直、あまり覚えていません。脚本は面白かったのかもしれませんが、字幕がなかったのでコメントできません。ビジュアル面は凡庸で、全く魅力を感じなかった。私にとっては退屈な舞台でした。優れた俳優が何人かいるなとは思いました。

6. スタジオ・ライフ「LILIES」作:ミシェル=マルク・ブシャール、演出:倉田淳。2013/11/20-12/8。シアターサンモール。
──作者のミシェル=マルク・ブシャールはカナダのケベックを代表する劇作家のひとりで、彼の作品はカナダのみならず海外でも上演されていています。ブシャールの代表作を日本の劇団が上演するということで、好奇心を刺激されました。観劇体験としては非常に興味深いものでした。観客のほとんどが女性であり、若くて美しい男優たちを見るために劇場に来る、男性客は数えるほどしかいない。こうした現象はモントリオールの劇場ではありません。男優たちの演じる同性愛の物語は、こうした女性観客のためのエロチックなファンタジーとして提示されていました。主人公が風呂に入る場面で、後ろ向きで全裸になり、お尻を見せるという演出は、こうした観客の期待に応えるものであったとは思いますが、私は不愉快でしたね。ブシャールのこの作品は同性愛を取り上げていますが、作品に内在していた政治的、社会的なコンテキストがこの上演では欠如していて、もっぱら通俗的なセンチメンタリズムが強調されていました。プロフェッショナルな演出だとは思いますが、私の好みではないです。ただこのような特殊な劇場空間の雰囲気を味わえたことは収穫でした。

7. チェルフィッチュ「現在地」作・演出:岡田利規。2013/11/28-12/08。東京芸術劇場シアターイースト。
──今回の滞在中に私が見た日本の現代演劇作品のなかで最も印象深い作品でした。実験的なマンガを想起させるような極めて不思議な物語でした。フクシマについて間接的に言及していましたが、その表現の仕方はアレゴリックで豊かなニュアンスを感じさせました。幻想的でイメージ喚起力の強い作品です。非常にゆっくりとした演技、特徴のある語り口は、退屈するかしないかのぎりぎりのラインでしたが、とても興味深いものでした。

8. 人形劇団プーク、「カチカチ山」(太宰治原作「御伽草子」より)、「約束」(田辺聖子原作「私本・イソップ物語」より)。2013/10/19-10/20。プーク人形劇場。
──私はモントリオールで人形を使った演劇を作っていますので、人形劇団プークの大人向きの公演を見るのをとても楽しみにしていました。人形の操演技術は見事でした。大型のマリオネットの動きは生き生きとしていました。マリオネットの造形も、作品の雰囲気とよく合っていました。反面、舞台美術には見るべきものがなかったですね。布を使った表現はありましたが工夫に乏しく、視覚的には面白みはなかった。字幕がなく、台詞はまったく理解できていないので、作品全体の評価はできませんが、少なくとも形式的には独創性は乏しく、保守的で、私の期待に応える作品ではありませんでした。

9. ホモフィクタス”オデッセイ”クルーズ「Hel・GABAL」出演:芥正彦、糸あやつり人形座 他。2013/12/07-12/08。草月ホール。
──〈残酷演劇〉の提唱で知られるフランスのアルトーの小説「エリオガバール、あるいは戴冠したアナルシスト」に基づく舞台でした。人間の俳優だけでなく、舞踏、舞踊、音楽、人形劇などさまざまな表現方法を組み合わせたバロック的な混沌に満ちた舞台でした。様々な前衛的なナンバーで構成された盛りだくさんな舞台でした。露悪的でショッキングな場面がありました。糸あやつり人形の場面はとても美しかった。多彩で挑発的で愉快な舞台でしたが、上演時間が三時間と長く、しかも詰め込みすぎで胃にもたれるような重さも感じました。

10.『業』朗読演奏会、作・朗読:岡部えつ、人形師:飯田美千香、ピアノ:スガダイロー、チャング:チェ・ジョチョル。2013/12/22。荻窪ベルベットサン
──民話的な怪談の朗読を、等身大人形で絵解きしたような舞台でした。怪談の内容の概要はあとで知りましたが、語りの内容がわかればもっと楽しめたと思います。ピアノと韓国打楽器の演奏は素晴らしいものでした。人形芝居のパートについては、品のある洗練されたものでした。人形の造形の美しさには驚嘆しましたが、抑制された人形の動きはストイックで停滞感があり、少し退屈を感じたところもありました。

11. SPAC「忠臣蔵」。作:平田オリザ、演出:宮城聰。2013/12/14-12/23。静岡芸術劇場。
──非常に面白い舞台でした。私は文楽の「忠臣蔵」の戯曲を愛読していましたし、この公演の1週間ほど前に歌舞伎の「忠臣蔵」を見ていたので、とりわけこの作品を楽しんで見ることができました。平田オリザの「ああ」、「うう」といったノイズを含む台詞の作りかたはやはり私の好みではありません。いかにも技巧的でわざとらしく思えます。しかし「忠臣蔵」の評定の議論の場面だけを取り出して、現代日本社会の組織のあり方への風刺へと転換させる着想は優れたものだと思います。黒い色調で統一されたシンメトリックな構造の舞台美術がとても美しかった。台詞のリアリズムが、俳優の演技の様式性、演劇性と対比され、面白い効果を生み出していました。俳優の技量も高いですね。芸者の群舞の場面の挿入は、幻想的でとても楽しい場面でした。この華やかで柔らかい間奏が、前後の黒くて角張った評定の舞台と見事な対照をなしています。ちょっと短いのが物足りなかったですが、満足できる公演でした。カナダに帰国する直前に、この公演を見られてよかったです。

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半年間の日本滞在で得たもの

──この半年の滞日経験が今後の私の創作活動にどのような影響をもたらすのかについてはまだ何とも言えません。ケベックに戻ったあとで、日本とケベックの二つの社会の違いについてよりはっきりわかるところはあると思います。作品創作という面では、この日本滞在中、私は勤勉ではありませんでした。安価で制作のためのアトリエを提供してもいいという申し出はあったのですけれど、結局、制作活動は行わないで日本社会を観察して過ごすことを選んでしまいました。

 ただ大友良英さんを主人公とする演劇作品の構想は思い浮かびましたので、これを今後、形にしたいと考えています。作品の仮のタイトルは「原発君」です。大友さんが音響をフィードバックさせる機械を持ってフクシマを訪れます。この機械は「原発君」という名前で、一回作動させると大爆発を起こし、2万年にわたってノイズを発し続けます。フクシマの原発施設や登場人物をすべてダンボールで作りたいと考えています。音楽は大友良英に依頼し、できれば女流義太夫の語りを使いたいと考えています。作品制作のために、もう一度、一ヶ月間ぐらいの短期で日本に滞在し、東京の町中のあらゆる音を録音したいですね。東京の町中に氾濫するノイズは私にとってはとても魅力的です。ケベックに帰国後は、とりあえずは人形劇のアトリエとワークショップを行います。また自分の劇団である《イエロー・サブマリン劇場》で、11月にトルストイの「戦争と平和」を上演する予定なので、その脚本を執筆しなければなりません。

(聞き手・構成・撮影 片山幹生)

【略歴】
アントワーヌ・ラプリーズ
Antoine031968年生まれ。カナダのフランス語圏、ケベック州出身の演出家、劇作家、俳優。1990年にケベック市の舞台芸術学院演技学科を卒業。テアトル・ド・サーブル を主宰するジョゼ・カンパナーレに人形劇を師事する。ロベール・ルパージュもこの学院の出身で、彼女と人形劇の制作をしている。1996年までに約30作品に俳優として出演する。TV5やラジオ・カナダでドキュメンタリー番組の制作も行う。1995年に劇団イエロー・サブマリン劇場を設立。「カンディード」(ヴォルテール)、「聖書」、「方法序説」(デカルト)、「随想録」(モンテーニュ)などの哲学的・宗教的著作を人形劇で上演し、注目を集める。演出作品として他に「セツアンの善人」(ブレヒト)、「心中天網島」(近松門左衛門)などがある。

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