中野成樹、長島確「四谷雑談集」+「四家の怪談」

◎幽霊は鼻歌に乗って
 廣澤 梓

 パフォーマンスの全日程が終了した2013年11月24日の夜、Twitterの中野成樹+フランケンズのアカウントによって、作品の公式応援ソングだという「あ・お・ぞ・らDestiny」の配信がスタートしたことが知らされた。上演中に何度か聞いた「待ってて」が繰り返されるサビの部分と、決して上手いとは言えない女性ボーカルは耳に残っていた。
 それが今ではわたしのパソコンのデスクトップ上にあって、アイコンをクリックすればいつでも聞くことができる。またその歌詞を口ずさみ、この物語を「降ろす」ことができる。

 フェスティバル/トーキョー13のプログラム『四谷雑談集』+『四家の怪談』はお岩さんで知られる「四谷怪談」の物語を下敷きにしている。

『四谷雑談集』では鶴屋南北の「東海道四谷怪談」の更に元となったと言われる18世紀の「四谷雑談集」という書物に残された、現在のJR四ツ谷駅周辺であったとされる出来事の痕跡を、実際にまちを歩きながら辿る。観客には事前に冊子が配られ、四谷の写真とともに「四谷雑談集」について詳しく知ることができるようになっていた。
 しかし、観客にどこを通って何を見せるかというガイド自体は、ここではさほど重要ではなかったように思う。ルートは2つ用意してあり、観客はどちらか好きな方を選ぶことができるのだが、四谷のまちを何十回と歩いたという長島確による厳選されたルートと、20分くらいで適当に決めたという中野成樹のガイドが同様に提供されていたからだ。
 また道中、ナースや侍、白塗りで学ランといったコスプレ姿のフランケンズの役者に出会うが、まなざしを集めるべきものとしてある俳優のパフォーマンスを、ここでガイドは「箸休め」だと言って受け流すのだった。これら以外に、『四谷雑談集』では特別なことはほぼ起こらない。ガイドについて歩き、最後はお岩稲荷をお参りして解散、というコースだ。

【「四谷雑談集」より。中野成樹が旗を持ってガイドする様子と、遠くに見える白塗り学ラン姿のフランケンズ福田毅。筆者による撮影。】

『四家の怪談』では南北の四谷怪談が四谷ではなく、現在の豊島区雑司が谷にかつてあった四谷町を舞台にしているということから着想を得て、東武伊勢崎線五反野駅近くにある四家を中心に新しい岩の物語を創作した。これが掲載された冊子もまた前もって配布され、同じく配られる地図を手に今度は観客が各々勝手に歩く。こうして四家のまちに敷かれた物語を拾ったり、逆にまちから物語への想像力をもらったりする。この時間のことを上演時間と呼べるとしたら、それは観客によって異なる。
 コース上には道案内のためにフランケンズの俳優たちが、今度は私服姿で立っていて「あの道を行ったらいい」などと声をかけてくれた。また冊子の挿絵と同じイラストのポスターが駅のホームにこっそり貼ってあるなど、『四谷雑談集』同様、いやそれ以上にその仕掛けはさりげない。

『四谷雑談集』と『四家の怪談』は別々の作品として基本的には独立しており、それぞれチケットは別に販売されていた。実際には携わっている人(つくりかたファンク・バンド)は共通しているし、どちらの場合もまちを歩く前に中野・長島両氏によって行われるレクチャー部分は、内容的にも重複している部分が多く見られる。しかし、どちらか一方だけでも楽しめるものになっている、ということがここに示されている。

 先ほど特別なことは起こらない、さりげない、という言葉を使ったが、この作品について書かれた文章を読むと複数のひとが似たように感じていたことが分かる。「何も用意されていない」(山崎健太)「間隙の時間」(斉島明)、「ゆるさ」(徳永綸)など。
 今いくつか引用したのは、有志で集まった若手の書き手によるレビューブログ「Performing Arts Critics 2013」からである。ここには2013年11-12月に上演された舞台芸術作品についての記事が掲載されているが、『四谷雑談集』+『四家の怪談』についてなんと6本もの劇評を読むことができるのだ。※1

 これらは2月22日からにしすがも創造舎で行われた「後日展」というこの作品についての展示が開始されたタイミングで配信された電子書籍『後日談』に、その他の媒体からの劇評とともに再録されている。また上演に際して手渡された冊子の内容や創作にまつわる手記、トークイベントのレポートなども読むことができる。
 そのコンテンツは今後も増えていく予定だそうで、上演を終えてもなお新しいトピックを打ちだし続ける本作は、観客が四谷/四家を歩く度に物語を更新していくのと同様、終止符を打たないでいる。「あ・お・ぞ・らDestiny」の配信は、その幕開けに過ぎなかったようだ。

 発表された数々の劇評は『後日談』に収録されることによって、そのような語りを生んだことも作品の一部であるとする作り手側の姿勢が読み取れるのではないかと思う。また上演芸術については、これほどまで同じ作品についての言説が読める機会というのもめったにないのではないか。せっかくなので、ここでは作品を考えていくために『後日談』に収録された劇評をヒントにしてみたい。

 Blog Camp in F/Tに初出の後藤知佳「幽霊が幽霊のままでいられる語り」では、四ツ谷駅周辺で見かけた「四ツ谷のご当地アイドル(と思われる女の子)のプロモーションカー」が宣伝していたアイドルについて、インターネット検索したところ何も結果が出てこなかったことから、初めてそれが作品の仕掛けであったことが分かったという体験を伝えている。そこから実在しないアイドル、そしてそれを宣伝するアドトラックの「幽霊っぽさ」と、それを目にしたことで生まれる語りについての言及へと論は続く。

 わたしもこのアドトラックと、『四谷雑談集』ではお岩稲荷の手前と解散地点の公園、『四家の怪談』では団地前ですれ違っている。それぞれの作品は新宿区四谷と足立区四家で行われ、また日によってどちらかしか上演されないという、空間的にも時間的にも隔たりのある2つのフィールドで展開された。走り去っていく車を見送ることで、この間に横たわるもののがあるということを想像させられたのだった。

【「四谷雑談集」で見かけた、遠ざかって行く黄色いアドトラックと、「四家の怪談」での団地前に停車したトラック側面。地図に従って歩いた荒川の河川敷の写真には、ポスターに写っていた木が認められる。筆者による撮影。】
【「四谷雑談集」で見かけた、遠ざかって行く黄色いアドトラックと、「四家の怪談」での団地前に停車したトラック側面。地図に従って歩いた荒川の河川敷の写真には、ポスターに写っていた木が認められる。筆者による撮影。】

 トラック側面に貼られたポスターには「あ・お・ぞ・らDestiny」「Now on Sale」の文字。そしてこの車に備えつけられたスピーカーから聞こえる曲の歌詞に、「おねがいあ・お・ぞ・らDestiny」を聞きとることができた。なるほど、この曲は「あ・お・ぞ・らDestiny」というタイトルらしい。また『四家の怪談』において中野が創作した物語に、岩はアイドルに憧れる女の子として登場していたが、「EX-47」の文字から考えるに、48人に入れなかったひとりとして、画面に対してかなり小さく写っている女性が岩だろうか。アドトラックを見ることで、事前に読んでいた物語に出てくる岩の姿が像を結んでいった。いやむしろ岩の姿と声を乗せた車は、彼女がその姿を借りて観客の前に出現したものだったと言ってもよいかもしれない。

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 You Tube上のadtruck48というユーザーのことを知っているだろうか。繁華街を走行するアドトラックを撮影した動画を900以上アップしており、次々に生み出されるモノやサービスなどを宣伝するアドトラックのアーカイブとなっている。
 かつて地縛霊のように同じルートをぐるぐると走行していたアドトラックのほとんどが既に消えており、まちなかを再び走ることはないだろう。そんなところにも「幽霊っぽさ」を感じずにはいられないのだが、adtruck48のアイコンを見ると、奇しくも幽霊のようなものが写っている。それは、2013年に公開された映画『貞子3D』のアドトラックだ。

 ここでは『リング』に始まる人気ホラー映画シリーズに登場する貞子が、薄型テレビから飛び出している様子が造形されており、「Oooh きっと来る」※1 の歌詞で知られるシリーズのテーマソング(HIIH「feels like ‘HEAVEN’)のサビ部分のほか、『貞子3D』のテーマであるシド「S」のサビを大音量でリピート再生しながら渋谷のまちを走行し、映画の公開を伝える。
 adtruck48によるアドトラック動画の主軸がアイドルのそれであることは、そのユーザー名から伺えるだろう。岩はアイドルのことを「蝉」※3 に例えたが、彼/彼女らの姿をラッピングして走る車もまた、アイドルのあり様そのものである。『貞子3D』のアドトラックは、幽霊とアイドル、そしてアドトラックの結節点として、岩=黄色いアドトラックに想像力を与えてくれる。

 そもそも黄色いアドトラックは、それ自体「幽霊っぽ」く振る舞っていた、と言えるかもしれない。2つの世界を越境するそれは、空間・時間を飛び越えて移動が可能になった岩の姿(写真)と声(録音物としての音楽)を乗せて走っている。今ここにいない人の声がふとした瞬間に聞こえる、姿が見えるという現象は複製技術のことを言っているのと同時に、幽霊のことも言っている。

 だが、いくらこの車が霊的であっても、移動するのはあの世とこの世の間ではなく、四谷と四家の間だ。この間には事実14kmの隔たりがある。そしてそのことが『四谷雑談集』と『四家の怪談』それぞれの上演時間の外に流れる時間のことを意識に上らせてくれたように思う。だとすると、その上演以外の時間全てを「舞台に上げる」ため、2つの作品があったのではなかったか。※4 作品について今もなおあれこれと考えを巡らせているわたしも、岩にとり憑かれてしまっているようだ。
『四谷雑談集』+『四家の怪談』が本領を発揮するのは、今からなのかもしれない。アイドルになれなかった岩は、上演後の時間全てを自らのステージにして歌うことができるようになった。黄色いアドトラックは今日も鼻歌に乗ってどこからかふと表れて、またどこかに消えていく。

※1 この作品の語りたさについて本文では特に触れていないが、「四谷雑談集」がそもそもゴシップ的性格を持つものであったこと、またそれ以来語り続けられることが「四谷怪談」の物語を今日まで支えてきたことがそこから想起させられる。
※2 「Oooh きっと来る」という歌詞と「あ・お・ぞ・らDestiny」で繰り返される「待ってて」の歌詞に見られる共通点も興味深い。
※3 「彼女たちは蝶じゃないんです、蝉なんです。与えられた一夏を思い切り鳴ききるんです。もう、ガチで命がけですよ」『四家の怪談』6ページ
※4 このように考えれば、上演時間内で特別なことが起こらないというのもうなずける。その内部で「何が起ころうがかまわない」ということだ。

【筆者略歴】
廣澤梓(ひろさわ・あずさ)
 1985年生まれ。山口県下関市出身、神奈川県横浜市在住。2008年より百貨店勤務。2010年秋よりTwitter上で「イチゲキ」開始。2012年秋には「Blog Camp in F/T」に参加。2013年1月よりワンダーランド編集部に参加。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ha/hirosawa-azusa/

【上演記録】
中野成樹、長島確『四谷雑談集』+『四家の怪談』

公演日時:11月9日(土)-24日(日)

作 つくりかたファンク・バンド
メンバー 中野成樹(演劇)、長島確(演劇)、青木正(デザイン)、小澤英実(文筆)、大谷能生(音楽)、かつしかけいた(ひとコマ漫画)、川瀬一絵(写真)、佐藤慎也(建築)、須藤崇規(映像・Web)ほか

開催エリア
『四谷雑談集』 四谷エリア
・スクワール麹町(11/9,17)東京都千代田区麹町6丁目6番地
・主婦会館プラザエフ(11/14,19.23)東京都千代田区六番町15番地
『四家の怪談』 北千住・五反野エリア
・東京芸術センター 東京都足立区千住1丁目4番1号

ツアー目安時間:〈雑談〉90-120分 〈四家〉120分-

チケット 一般前売2,000円(当日+500円) 学生2,000円(前売・当日共通、当日受付にて要学生証提示)

制作 加藤弓奈

製作・主催 フェスティバル/トーキョー


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