五反田団といわきからきた女子高生「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」

◎間抜けでぬるい感覚が嬉しい復活 08年の最後にノイズ系最大の成功作
山内哲夫(編集者)

「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」公演チラシ昨年12月に五反田のアトリエで上演された五反田団の新作「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」は、本来の五反田団の持ち味である、よく考えずに勘違いしたままダラダラと無駄な会話を繰り返す、若者たちの一夏をとらえた会心の一作となった。五反田団とはいえ、演じるのはいわき市の女子高校生。それでも、この作品は、五反田団の原点回帰ともいえるものだった。

この作品、本来はいわき総合高校の選択授業の卒業公演としてつくられたもの。8月22日と23日のいわき市での公演をもって人知れず終わる幻の作品となるはずだった。それが、スペシャル現場実習として12月の東京公演が実現してしまった。この異例ともいえる公演を考える場合、主宰者である前田司郎の08年の仕事を振り返る必要があるだろう。

▽無念の新国立公演
思えば、2008年の前田司郎は驚異的な多作ぶりを見せた。1月の頭に五反田のアトリエで04年から続く新年工場見学会(アングラのニセモノ)を開催。2月のNHKシアターコレクションでは「さようなら僕の小さな名声」再演。岸田戯曲賞を2つももらってしまうことから始まる冒険譚だが、奇しくもその公演直前に「生きてるものはいないのか」で岸田國士戯曲賞の受賞も決まった。3月には、こまばアゴラ劇場で本公演となる新作「偉大なる生活の冒険」があった。これは、芥川賞の候補作となった小説「グレート生活アドベンチャー」を演劇作品にリメイクした作品だが、内田慈を招き、居候男を演じた役者前田司郎も光り、まさに傑作と呼べる仕上がりとなった。ただ、この公演時の当日パンフには新国立での2作のみが今後の予定として記され、その他のスケジュールは白紙状態だった。こまばアゴラ劇場の新年度のラインナップにも五反田団の名前はなく、すっかり権威サイドへ移ってしまった感じがして淋しい気がしたことをおぼえている。「偉大なる生活の冒険」の出来が、ある意味で五反田団の到達点ともいうべき仕上がりだっただけに、一時代の終わりとの妙な納得感があった。

さて、問題の6月と10月の新国立劇場での公演である。これは、前田自身もストレスがたまるものだっただろう。6月の公演は彼が戯曲を書いて白井晃が演出した「混じりあうこと、消えること」、10月は、三島由紀夫作品を彼が演出した「綾の鼓」、どちらも彼の持ち味の出ていない、面白みのない公演となってしまった。彼のブログで10月に書かれた「もう納得の行かないことをやるのは嫌だ」(注)という一文は、この時期の彼の心境を象徴しているだろう。いずれにしても、劇作家と演出家の組み合わせなど劇場側の企画の悪さが目立った。そんな中での、起死回生をかけた一作が、11月の「すてるたび」であり、さらに口直しの一撃が、いわきの高校生たちと8月に作った「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」の最終再演だったのだ。

▽原点である若者のぬるさ
五反田団の出世作といえば、「家が遠い」と「ながく吐息」だろう。03年に、それぞれ再演と初演で見たが、この2作品は、若者のぬるくて間抜けな駄弁をリアルに切り取った抜群に面白い作品で、一般的にも初期の代表作とされる。

まず、「家が遠い」は、学生服姿の中学生男子が、スナック菓子をボリボリ立ち食いしながら、ぬるくイケてない話をえんえん駄弁るローファイ作品。山田という人形を使ったことも特筆すべき点だが、この脱力感が新しいリアルだった。また、前田と黒田大輔が並んで立ち小便したところ、おしっこが止まらなくなるという、腹がよじれる傑作コメディ「ながく吐息」ではネット上でも絶大な支持を得て、その年の日本インターネット演劇大賞も得ている。

その後の五反田団は、役者の成長とともに、現実を超越したエピソードも盛り込みつつ、青年の話にシフトしたが、初期の代表作にあった魅力は後退してしまっていた。新国立の呪縛から自らを解き放つべく起死回生を狙った11月公演「すてるたび」。そこでも、考えすぎて苦闘のあとが見える青年の姿が残された。何度も書き直したというが、それだからこそのムリが浮かび出ていた。

これでは終われない。そんな思いが伝わるのが、12月のスペシャル最終再演。まさに、初期の五反田団の魅力が甦った作品が、この「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」だったのだ。いわき総合高校の現役女子高生の身体、そのローカル色満点な駄弁ぶりが、かつての五反田団の魅力を復活させてしまった。クレジットに彼女たち8人が、作・出演とあるように、台詞などは、彼女たち自身の日常から生まれたようなリアリティのあるものばかり。まるで、いま、いわき市にきているかのような、抜群の臨場感が生まれていた。

高校3年生というと、もう大人とも思いがちだが、彼女たちは極めて幼く、その個性は抜群に面白かった。夏に作った作品のため、作品の内容も甲子園出場をかけた予選が行われる夏の話だ。それが、来春に卒業を控えたオリジナルキャストで最終再演となったのだ。

▽旅情さえ湛えた奇跡の一作
「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」は、自校の野球部を応援するために集まった女子8人の物語として始まる。まず、どう応援すればいいのか、議論が始まるが、その様子が、いかにも学生らしい間抜けさが丁寧に描かれ微笑ましい。応援に使う歌をどうするかで、まず揉める。人気テレビ番組「クイズ!ヘキサゴン」でお馴染みのPaboにするのか、アイドルテクノユニットのPerfumeの曲にするのか。多数決を取ると何となくPaboに決まるが、誰も歌を歌えない。思い出したと歌いだすと、これがPerfumeの「ポリリズム」。ということで逆転で、こちらに決まるが、替え歌にするという段で、考え出される歌詞が、また間抜けな可笑しみにあふれる。この空気感こそ、前田司郎の持ち味なのだ。

ちなみに、この「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」。タイトルどおり、その後、いわき市南部の勿来(なこそ)に怪物のマソンが「あらわれ」、テレビからは、マソン研究家として校長へのインタビューも登場。遊び心にあふれ、微笑ましく面白い場面を創造した。女子8人の中で失恋する一人が「死んでやる」とばかりに屋上にのぼり、誤ってすべり落ちるが、手を羽ばたかせると「飛んで」しまう。日が暮れて8人は解散になり、ある者たちは勿来に7歳の鍵っ子のメル友を助けるべく友人の無免許運転のクルマに乗りこみ、ある者は誤ってマソンを呼んでしまったと思いこみ神社に祈りに行く、また、ある者たちは応援歌の続きを考えにカラオケに行くなど、それぞれ消えて「いなくなる」。

マソンがあらわれる勿来とは、いわき市南部にある地名。映画「フラガール」の舞台でもある、いわき市はさすがに広く、南北に走る常磐線でいえば、いわき駅は、市の北部に位置し、いわき総合高校のある内郷駅は、そこから一駅南にある。このあたりが舞台と考えられる。勿来は、その内郷から、湯本、泉、植田、勿来とかなり南にある。茨城県との県境、勿来関の伝説もある場所だ。

ゆーみん、ほっしー、ひかり、ピンキー、ミスズ、カジロ、ちー、ジャスという8人のキャラも見事に立った。片思いの相手がピンキーの彼氏だったカジロは、屋上のフェンスを乗り越え皆を焦らせるが、鳥のように空を飛んでしまうのにぴったりのキャラ。いかにも、偶然飛んでしまう感じが出ていた。Perfume好きのゆーみんは、応援歌の中にムリにエコなメッセージを入れたがり、ポリリズムの替え歌で、「♪レジ袋~、要りません」などはウケた。ほっしーは勿来のメル友の心配をする様がリアル。無免許運転に自信もち人を送って行こうとするジャスの姿も面白い。こうして、8人の個性が脱力感たっぷりに迫り、微笑ましくも腹がよじれる。

舞台は、長机と箱形の椅子、フェンスや黒いマット、大きいテレビ置くことで、ほぼ素舞台ながら陳腐さが増して、それも初期の五反田団の面白みに通じていた。「フラガール」で蒼井優のチャーミングさを際だたせた「いわき弁」のなまりも魅力抜群で素晴らしく、勿来への距離感も語られ、旅情さえ醸し出した。ローカル感に、じんわりしてしまうのだ。いわき市の日常風景、夕暮れ帰り道のイメージ豊かな幕切れも鮮やかで奇跡的な一作となった。

▽08年のノイズ演劇最大の成功
論理的ではなく感性の世界。考えすぎて理詰めにこだわれば、新国立でみた失敗が待っている。大きな教訓を得た五反田団だが、次回公演は早くも悩み気味のようで、三鷹の大きめのホールでの公演だけに心配な面もあるが、12月の成功体験を活かしたい。

人間の無駄な言動に注目するノイズ系と呼ばれる演劇を、チェルフィッチュやポツドールとともに牽引する五反田団。新国立ではまったく見せなかった、その持ち味も存分に発揮。「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」では、そのノイズは健在、まさに無駄のオンパレードの豊かな公演となり、まさに、雪辱を果たした格好だ。

チェルフィッチュが「フリータイム」、ポツドールが「顔よ」と、それぞれ新作を1本にしぼり安定感を見せたのに対し、1月(工場見学会)、2月(NHK)、3月(アゴラ)、6月(新国立×白井)、8月(怪談)、10月(新国立×三島)、11月(アトリエ)、そして、12月のこれと8本の作品に取り組んだ前田司郎。最後の最後に、08年のノイズ系最大の成功作を生み出したようだ。
(注)前田司郎ブログ「日記」(2008/10/26
(初出:マガジン・ワンダーランド第124号、1月28日発行。購読は無料。手続きは登録ページから)

【筆者略歴】
山内哲夫(やまうち・てつお)
1968年生まれ、神奈川県藤沢市出身。明治大学卒。経済誌編集者。世田谷区在住。97年にミニコミ誌「ショートカット」に参加。00年に休刊となった同誌の人気コーナーだった「100字レヴュー」を飯野形而氏と復活させ主宰、ほかに「小劇場カレンダー」など更新中。

【上演記録】
五反田団といわきからきた女子高生「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」
五反田・アトリエヘリコプター(2008年12月11日-14日)

作・演出 前田司郎(五反田団)
作・出演 大島由美 星川鮎美 八巻ひかり 渡辺美寿 根本由佳 神白仁美 佐藤千里 永山睦美【福島県立いわき総合高等学校 芸術・表現系列(演劇)第5期生】

舞台監督 谷代克明
照明 いしいみちこ
入場料 予約・当日ともに1,500円(日時指定・全席ほぼ自由席・整理番号付)
企画・制作 五反田団
協力 福島県立いわき総合高等学校

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