上杉満代「Metal Red Woman」

◎舞踏の様式性と即興性の融合へ、そしてエロティシズム
竹重伸一(舞踊批評)

「大野一雄フェスティバル2008」チラシ舞台は横浜BankART Studio NYKの眼前を流れる運河に泊められた艀の上である。開始時間は夜の九時半を過ぎていて、みなとみらいや赤レンガ倉庫が望める180度大パノラマの美しい夜景が広がる中、最初大野一雄の出演した映画『O氏の肖像』の映像が10分程写される。上映が終わると下手側の運河から上杉満代を乗せた水上ボートが音もなく近付いて来て、彼女が舞台に崩れ落ちるように登場した。

こうして始まった「大野一雄フェスティバル2008」の一環として行われたこの公演は、もちろん、ドレスで踊ることを好みながら赤いドレスだけは着たことがなかったという師である大野一雄に捧げられたものであるが、もう一つ重要な伏線がある。それは2007年11月に上演された上海素麺工場の『黒いダイヤ』というテント芝居で、そこに客演した上杉は今回と全く同じ、腕の部分だけシースルーの真っ赤なロングドレスを身に着けて作品の終盤に20分程のソロを踊ったのであるが、そのテントは福岡の箱崎宮お潮井浜に立てられ、今回と同じように海をバックにして、レールの上を滑る炭鉱のトロッコに乗って上杉は登場したのであった。その芝居での彼女の踊りは、戦前の上海の踊り子マヌエラに1963年11月9日の三井三池炭鉱三川坑の炭じん爆発事故で亡くなった多くの死者達の霊が乗り移ったものであると共に赤い金魚のイメージも重ねられていた。更にその時の踊りで使われたノスタルジックなオルゴールの音楽が今回の踊りの中盤辺りでも流れ、踊りの時間軸を一気に過去へと拡げる効果を担ったのである。

上杉の作品は通常ある閉じられた場所が設定され、そこで彼女の肉体が死の力に隅々まで浸蝕されて文字通り死体のように骨と皮膚に還元されながらも青白いエロティシズムを放ち、肉体自体で濃密な空間を生み出していくことに一つの特徴的な魅力があると思う。肉体とそれを包む周りの空間に距離ができるということでもある。ほとんど物質に近付いた肉体は将にその時にこそ彼女という人間の人生と本質を浮き上がらせてくるのであり、それは同時に観客の側の自意識のヴェールが剥がされる瞬間でもあるのだ。火と冷気が激しく衝突する音が聴こえるような踊りである。更にもう一つ周到なコスプレを伴う、場面転換の妙に長けた演劇的な構成力の魅力も忘れてはならないだろう。

しかし今回は野外の開かれた空間での公演で、そうした持ち味は封印せざるを得ない中で上杉は別の試みにトライしたように思われる。約1時間衣装替えもせず、暗転も使わずに即興性を前面に出した踊りである。この作品の隠れたモチーフは水ではないかと思うのだが、将に金魚のように魂を自由に泳がせることに徹している。特に圧巻だったのはラスト、一度舞台中央奥にきっちり立って舞台空間を支配してから踊り始めたジャズの恩田晃の『Naked』という曲を伴奏にした長い一続きの踊りである。ここでの上杉は横への動きは抑制しながらも、下半身のバネを十分に効かした、舞踏のイメージを壊すようなリズミカルでダイナミックな生に対する肯定的なエネルギーが伝わってくる踊りで即興舞踏の醍醐味を存分に味わわせてくれた。

舞踏の歴史において振付による厳密な様式性と即興性は時に激しく相対立する二つの傾向である。前者は土方巽であり、後者は大野一雄と笠井叡であるが、その二つの傾向の奇跡的な融合が土方演出による大野一雄の代表作であるソロ舞踏『ラ・アルヘンチーナ頌』であったわけである。様式派からすれば、即興舞踏には流麗な動きの美しさはあってもそれはあくまでも時間的なものに過ぎず、肉体の存在が充満し、零れていくような意味での空間的なものが踊りから立ち上がってきているのかという疑問があり、逆に即興派からすれば、様式舞踏は虚構としての「からくり」に支配されている上に形にがんじがらめにされて、踊る個人の主体性というものが剥奪されているではないかという思いがある。実際土方の死後、彼の多くの弟子達は土方から与えられた美学的な風景と動きのフォルムの圧倒的な支配力から脱け出て自分の踊りを創っていくことになかなか成功できないでいるように私にも感じられる。

その点上杉は大野一雄の弟子でありながら、前述したことから想像できるようにその作風は様式舞踏のような緻密に練り上げられた構成を伴った風景の提示と瞬間瞬間の肉体の物質性を顕わにしていく傾向を備えている。しかし上杉の場合、その風景も肉体のフォルムも大野一雄やましてや土方から与えられたものでは決してなく、あくまでも彼女がダンサーとして一人の女性として長い苦闘の末に自らの力で創り上げたものなので、踊り手としての主体性は全く失われていないのである。

だがそうした自ら確立したスタイルに安住することを良しとせずに、上杉は師のような即興舞踏の富をも獲得しようとしているようだ。今回の踊りを観て彼女の上体を支える下半身の充実振りに改めて目を瞠った。どんなに激しく動いても腰から下はピタリと決まって空間をしっかり把握しているので、踊りが安っぽく主観的になる瞬間がない。腕や手が勝手に自己主張したりしないのである。加えて踊りのコンポジションのシンメトリックな様式美。彼女が舞台の中心線に立つと空間が引き締まり、肉体にぎゅっと我々の意識を凝縮させるのだ。更に印象的だったのは肉体から醸し出されるエロティシズムに豊潤さが増していることで、身を削ぐように求心的に自己の内部に向かっていた彼女の精神が、前述の『黒いダイヤ』出演の影響もあってか他者や死者をも自らの肉体に抱え込んで遠心的に外部に向かって開かれ出しているように思われる。こうしたしっかりした基盤に支えられているからこそ、即興の踊りも花開くことができるのだろう。

上杉の中で舞踏の様式性と即興性、空間に屹立することと舞のような流麗なステップという二つの伝統が今一つになろうとしているように見える。そして男性中心主義的な美学が色濃く残っている舞踏の世界において、男性の幻想としての客体性に甘んじない女性自らが見い出したエロティシズムの表現。間違いなく今見逃すことができない舞踏家の一人である。
(初出:マガジン・ワンダーランド第122号、2009年1月14日発行。購読(無料)は登録ページから)

【筆者略歴】
竹重伸一(たけしげ・しんいち)
1965年生まれ。舞踊批評。2006年より『テルプシコール通信』『DANCEART』『音楽舞踊新聞』『シアターアーツ』等に寄稿。現在『舞踊年鑑』概況記事の舞踏欄の執筆も担当している。また小劇場東京バビロンのダンス関連の企画にも参加。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/takeshige-shinichi/

【上演記録】
上杉満代「Metal Red Woman」
BankART Studio NYK、PONTOON (2008年10月13日(月))
【入場料】1,500円 1日通し券3,000円(全席自由)

大野一雄フェスティバル2008
2008年9月28日-10月25日
【会場】 大岡川弁天橋、伊勢佐木町・馬車道周辺、BankART Studio NYK
【主催】 BankART 1929、大野一雄舞踏研究所


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