演劇教育の先端で何が起きているのか-いわき総合高校の試み(前編)

 土佐有明

 福島県に、いわき総合高等学校という、演劇教育に力を注いでいる県立高校がある。02年に普通高校から総合学科へ鞍替えした同校は、特色ある学校づくりを目指し、選択科目に演劇の授業を導入。演劇を専門に指導する教諭(=ドラマティーチャー)ふたりを擁し、これまでに、前田司郎、柴幸男、多田淳之介、江本純子といった演出家を迎えてワークショップや公演を行っている。そして、そんな高校生たちのつくる演劇に、僕は去年から、周囲が呆れてしまうほど夢中になっている。公演や稽古を観る為に、現地に足を運ぶこと計4回。その度に、東北の片隅にまばゆい鉱脈のような“現場”を発見してしまった、という熱狂と興奮が湧き上がってくる。そこには、他の高校演劇や、東京の小劇場界では滅多に得られることのない“表現の原点”が、確かにあった。

 そこで本稿では、いわきで演出家や教諭から訊いた話、稽古や公演の印象など元に、同校の演劇教育の実態と魅力を、前編・後編に分けて報告してみたい。ちょうど、快快の篠田千明が1月29日、30日にいわきで同校の2年生と『いわきの高校生インザ蚤の市』 (http://iwa-nomi.com/)を発表し、また、2月26日、27日には、多田淳之介(東京デスロック)が3年生と作り上げた『平成二十三年のシェイクスピア』(http://deathlock.specters.net/)が、埼玉のキラリふじみホールで上演される。この好機に、本稿がきっかけでキラリ☆ふじみやいわきまで足を運んでくれる方がひとりでも増えれば幸いだ。

「あらわれる、飛んでみる、いなくなる。」公演チラシ いわき総合高校の名前を知っている読者の多くは、前田司郎が演出した「五反田団といわきから来た高校生」の東京公演を見聞きしているかもしれない。かくいう筆者も、08年12月に五反田団といわきからきた女子高生『あらわれる、飛んでみる、いなくなる。』を五反田のアトリエヘリコプターで観て、感銘を受けたひとり。09年2月には、再び前田司郎が演出した、五反田団といわきの高校生『3000年前のかっこいいダンゴ虫』を観て、本格的に同校の演劇教育に興味を持つに至った。

 特筆すべきは、いずれの公演も特定の脚本を設けていない点で、学園的日常のひとコマを舞台に、生徒たちのくだらなくも賑やかな雑談(主にコイバナ)がナチュラルに台詞として成立していた。高校生が実名やあだ名で高校生役を演じる(という言葉は実は似つかわしくない気もするのだが)この公演では、彼ら/彼女らの実人生が演劇という鋳型に流し込まれることによって、全員が奇跡的なまでに活き活きとした表情や仕草を見せていた。生徒たちの“今、ここ”をナマのまま舞台に現出させることは、演出家・前田司郎の狙いでもあったのだろう。多感で濃密な時間を生きる10代後半の瑞々しい身体と言葉が、下手な装飾や無駄な加工を経ることなく提示され、かつそれが普遍的な作品へと昇華されていることに、東京の演劇ファンからも多くの賛辞が寄せられた。

 この上演を契機に、同校の石井路子教諭と知遇を得た筆者は、いわきへの訪問を開始。柴幸男の作・演出による『あゆみ』を3年生が新入生に向けて上演するウェルカム公演(10年4月27日)と、東京デスロックの多田淳之介が演出した『平成二十二年のシェイクスピア』(10年8月21、22日)をいわきまで赴いて観た。そこで痛感したのは、同校のトライアルは、コミュニケーション教育の一環としても昨今注目を浴びている日本の演劇教育の最先端に位置している、ということ。これは同校で指導に当たった多田淳之介も、繰り返し述べていたことだった。

 とはいえ、指導の方向性が定まり、東京公演が成功を収めるまで道のりは決して平坦ではなかった。そもそも、カリキュラムに演劇の授業を設けた高校は東北でも初めてで、全国的にも前例が殆どなく、教える側も試行錯誤の連続だったという。そんな中、現在の指導の基礎地を作ったのが、総合学科が設立される前年(=01年)にいわき総合高校(01年当時は内郷高校)へ着任した石井路子教諭。選択科目のカリキュラムをゼロから作成し、稽古や公演に使う演劇演習室の設置なども発案した。授業開始にあたっては、演劇教育の先進校である宝塚北高校を視察したり、劇団・一跡二跳の古城十忍や平田オリザにも相談を持ちかけたそうで、以降、平田および青年団とのコネクションを活かして前田や柴のような演出家を迎えることになる。

 脚本の執筆や演技指導はもちろん、東京から来る演出家との作品作りにも少なからず関与する石井。多田や篠田といった演出家が不在の期間には、授業内で演出の道すじをつけ、演出家の言うことをトランスレートすることもある。現代口語演劇のメソッドを体得している石井は、東京を頻繁に訪れては研修や観劇に勤しんでおり、現代演劇の潮流を理解している。だから、演出家が言うことを十全に把握できるし、演出家不在時の指導も、生徒にとっては違和感がない。

 なお、石井は演劇部の顧問も兼務しており、生徒と合同で脚本を執筆し、全国高等学校演劇大会の東北大会にも毎年出場している。ちなみに東北の高校演劇といえば、青森を拠点とする劇団、渡辺源四郎商店の主宰者で現役の美術教諭でもある畑澤聖悟も指導者として有名。05年に青森中央高校を全国大会の最優秀賞に導いた彼は、昨年、弘前中央高校演劇部の顧問として演出にあたり、奇しくもいわき総合と同じく柴幸男の戯曲『あゆみ』で全国大会での優秀賞を獲得。石井曰く、畑澤とは何かと互いに触発されることが多く、最大の好敵手と言うべき存在らしい。

 ちなみに、演劇部の生徒と演劇の授業を選択している生徒とは必ずしも一致しない。授業のほうが外部から多くの演劇人が参入してくるのが特徴で、「世の中にはこういう大人もいる」ことを生徒に体験してもらえることが大きいという。快快の篠田千明のキャラクターを知っている人は、彼女と高校生の邂逅を想像してみてほしいが、「常に正しいことしか言わない大人しかいないのは、バランスが悪い」というのが石井教諭の考えだそうだ。

「3000年前のかっこいいダンゴムシ」公演チラシ その演劇部を含めると、毎月のように公演が行われている同校。高校教諭としては異例の激務をこなす石井だが、07年からは東京で役者の経験もある谷代克明教諭が着任し、ふたりで演劇を教えている。ふたりとも、教員免許は国語で取得しているが、実際に学校では演劇のみを教えているという、かなりイレギュラーなケースである。

 同校で演劇の授業を選択できるのは2年次から。1年生は新入生歓迎のウェルカム公演や稽古の様子を見学して、熟慮の末、7月に2年次からの選択科目を決める。2年次から選べる科目には、「演技・演出」、もしくは「演劇表現」がある。「演技・演出」は、卒業公演を最終目標として、メンタル面を含めたパフォーマンスの向上を図る授業で、これを受けた生徒は3年次に「演劇総合演習」を履修する。五反田団といわきからの高校生として東京公演を行ったのも、2月にキラリふじみで公演を行うのも、この「演技・演出」、「演劇総合演習」を選択した生徒たちだ。一方、「演劇表現」は、演劇というツールを使ってコミュニケーションやプレゼンテーションの流儀・作法を学ぶ授業で、外部に向けた公演などはない。いずれもひとコマ50分の授業がふたコマ続けて行われ、「演技・演出」「演劇総合演習」を選択した生徒は、2年次に「舞踊I」、3年次に「舞踊II」を同時に履修するため、週に10コマを受けることになる。石井教諭と谷代教諭は、特別非常勤の講師を迎えての「日本舞踊」を含め、計22コマの授業を受け持っている。

 なお、1学年約240人の同校だが、「演技・演出」の授業を選択する生徒は10人程度。一般の観客を前にした東京公演もあるため、地道な努力が必要で時間的な拘束も大きいので、生徒たちも選択に慎重になるという。しかし、そのぶん充実感や達成感はひとしおのようだ。筆者も卒業公演を経験した生徒に感想を聞いたが、その度に彼ら/彼女らは文字通り目をキラキラさせて、当時を楽しげに(と同時に、少し切なそうに)振り返る。今は大学や専門学校で演劇を続けている卒業生も、同じ役者をやるのでも、あんな感覚はもう味わえないだろう、と強調する。やはり、特殊かつ特別な体験なのだろう。また、ひきこもりがちだった生徒が公演を経て他者との接触に積極的になるなど、生徒の意識や行動に明白な変化が見られるケースも多いという。詳細は、『演劇と教育』という雑誌の2010年8+9月号に、石井教諭が実践記録を寄稿されているが、演劇の力によって生徒たちが劇的に変わってゆく姿には、教諭も幾度となく驚かされてきたという。

 そして、興味深いのは、演劇の授業を選択した生徒のうち、卒業後も演劇に関わろうと考えている生徒は少ない、という事実である。例えば、『3000年前のかっこいいダンゴムシ』の出演者(6期生)を例に取ると、10名中3名が、東京の映画学校や短大で演技などを学んでいるが、それ以外の生徒は演劇とは無縁の生活を送っている。2期生に、劇団四季と青年団に、それぞれ入った生徒がふたりいるものの、こうした傾向は基本的にずっと変わらないという。あくまでも、10代後半の多感な2年間に、学校教育の一環として演劇に取り組むという特殊な状況が、彼ら/彼女らの演技の特殊な質感と深く相関しているのではないだろうか。

 以上、資料的価値を重視して、前編では「あえて」事実を客観的に記述することに腐心したが、後半では、今述べた彼ら/彼女らの“演劇の特殊な質感”について、思うところを書いてみる。つまり、いわき総合高校の演劇は、どこがどう良く、その良さはどこから来るものなのか、という考察である。(次号後編に続く)
(初出:マガジン・ワンダーランド第225号、2011年1月26日発行。無料購読手続きは登録ページから)

【筆者略歴】
 土佐有明(とさ・ありあけ)
 1974年千葉県生まれ。ライター。『ミュージック・マガジン』、 『レコード・コレクターズ』『エクス・ポ』『マーキー』『東京新聞』などに寄稿。CDのライナーノート執筆、演劇パンフレットの仕事も多数。現在入手可能な作品に、過去の原稿をまとめた『土佐有明WORKS 1999?2008』『土佐有明の原稿 約3年分(2008~2010)』、取材・構成を担当した劇団ポツドールの公式パンフレット、アルゼンチン音楽の編集盤『トロピカリズモ・アルヘンティーノ』がある。詳細は個人ブログ: http://d.hatena.ne.jp/ariaketosa/ にて。


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