鵺的「荒野 1/7」

◎濃厚な演劇らしさ
 水牛健太郎

「荒野 1/7」公演チラシ
「荒野 1/7」公演チラシ

 観客席の前の、ごく狭い、奥行きもあまりないスペース。そこに背もたれのない丸い椅子がいくつか置かれている。役者が一人ずつ登場し、椅子に座って話し始める。演技空間は、喫茶店に設けられた時間貸しの会議室に見立てられているが、セットは横一列に置かれた椅子だけで、演技はほぼ顔の表情に限られている。役者は入退場の時以外には、立ち上がることもほとんどない。台本こそ手にしていないものの、リーディングに近いような演出なのだ。それなのに濃厚な演劇らしさが漂う。

 それには、文字通り劇的な題材の力が大きい。父親が母親を殺し、子供たちが別々の里親に引き取られて崩壊した家族。劇は、二十五年後、七人の子供の再会の場面を描く。長男・真司は、刑務所を出所後脳溢血で倒れた父親の面倒を、七人全員で見るべきだと主張する。その唐突とも感じられる提案に、他のきょうだいがどう反応するか。父はなぜ母を殺したのか。父は、そして母はどんな人だったのか。過去の記憶を巡って、密度の濃い会話劇が展開する。身体の演技がないだけに一層、シンプルなセリフの伝える意味の強靭さが引き立つ。この作品を見せていく上では、確かに、中途半端な演技は必要ないと感じられる。

「荒野 1/7」公演から
【写真は、「荒野 1/7」公演から。撮影=石澤知絵子 提供=鵺的 禁無断転載】

 家族が崩壊した時、真司は十一歳だったが、末のみずきはわずか一歳。年齢によって受け止め方は大きく異なる。経緯についてのはっきりした記憶と失われた家族への思いを持つ真司に対し、下の三人はほとんど記憶がない。豊かな養父母の家庭で愛されて育ったみずきにとって、自分の生まれた不幸な家庭の話は、巻き込まれたくない悪夢そのものだ。

 事件の記憶を持つ上の四人も、真司以外は父の面倒を見ることに反対する。どんな事情があろうと父は母を殺し、家族は決してもとには戻らない。昔のことは忘れて今を生きるべきだと考える。しかし、その誰もが過去に傷つき、社会的な成功とは程遠い人生を送っている。バツイチの二男、夫が長年浮気をしている長女、無職で生活保護を受けている三男。真司も住み込みの警備員で厳しい暮らしである。誰にも子供はいない。

 不幸な家庭に育った子供たちが、社会を生き抜くだけの自己肯定感を抱けずに、競争に敗れ、恵まれない不幸な人となっていく。しばしば家庭を築けず、家庭を築いても幸せになれず、ともすれば周囲の人をも不幸にしてしまう。そんな、ありふれているほどに冷徹なメカニズムを、この作品は浮き彫りにする。

 すでに存在しない家庭の父の役割を担い、家族の絆を取り戻そうとする真司。年齢の高さ故の記憶を武器に、父は子供たちを母の虐待から守ろうとしたのだと、きょうだいたちを説得しようとする。しかしきょうだいたちはその呼びかけにこたえようとしない。その中でただ一人、三女の永遠子が父の面倒を見ることに賛成する。永遠子は婚外子を妊娠していることを真司に打ち明け、父に会いたいと真司に懇願するのだった。
 

「荒野 1/7」公演から
【写真は、「荒野 1/7」公演から。撮影=石澤知絵子 提供=鵺的 禁無断転載】

 これはありがちな家族の再生の劇ではない。永遠子が子供を生んでも、幸せは約束されない。豊かさなど決して手に入らない。ただ何とか生きていくだけの荒涼とした未来が広がっている。

 この作品は、大まかな設定を作・演出の高木登の親族からそのまま借りているものであるという。そのこと自体、感じるところは多々あるけれども、本来、作品の評価とは関係ないはずのことだ。しかし、人為的なものならばあざといかもしれない劇的な設定が、シンプルな事実だけが持つリアルな手触りを伴って見るものに迫ってくる。ただ生きるだけで傷ついていく人たちの存在が、ひしひしと感じられる。

それは、これまでの鵺的の作品とも異なる感触であった。鵺的のこれまでの作品は常に社会や人間の暗黒面に向かい合っていたが、そこにはちょっと露悪的な過剰さもあった。それはそれで魅力的だったが、観客にとって「別世界の話」として安心できる部分もあったのではないか。この作品が鵺的の転機になるのかどうか。今後に注目したい。

【著者略歴】
 水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
 ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。東京大学法学部卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。2011年4月より京都在住。元演劇ユニットG.com文芸部員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/ma/mizuushi-kentaro/

【上演記録】
演劇ユニット鵺的 第五回公演「荒野1/7」
ギャラリーLE DECO(2012年8月7日-12日)
出演 小西耕一、成川知也、ハマカワフミエ、平山寛人(鵺的)、古市海見子、森南波、山ノ井史(studiosalt)
脚本 高木登
演出 高木登

全席自由(日時指定)
前売・3000円
当日・3200円
学生・2500円(要学生証提示)
グループ割引(三名様以上でご来場の方)おひとり2800円
照明=千田実(CHIDA OFFICE)
舞台監督=福田寛
演出助手=橋本恵一郎
衣装=中西瑞美(ひなぎく)
宣伝美術=詩森ろば(風琴工房)
舞台写真撮影=石澤知絵子
ビデオ撮影=安藤和明(C&Cファクトリー)
制作=鵺的制作部・J-Stage Navi
制作協力=contrail
協力=studio salt/フォセット・コンシェルジュ/北京蝶々/(有)レトル/菊地奈緒/佐々木想/佐野功/勝呂洋介
企画・製作=鵺的


「鵺的「荒野 1/7」」への6件のフィードバック

  1. ピンバック: 高木登
  2. ピンバック: 前川麻子
  3. ピンバック: 水牛健太郎
  4. ピンバック: M Non(Neko)
  5. ピンバック: 薙野信喜
  6. ピンバック: 高木登

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