「グリング(Gring)」は地味ながら、優れた舞台をみせていると評判が高い。ぼくは昨年2月、初めてみることができました。そのときまとめたのが、以下のコラムです。残念ながら、その後は機会がありませんが、また出かけたい劇団の一つです。
◎父子の不和と和解に注ぐ切ないまなざし
「面白いわよ。私は2回見て2回とも、よかったああ~ですから」
芝居通の知人がこんな褒め言葉をメールで送ってくれた。その誘いに乗って、劇団「グリング」第7回公演「ヒトガタ」を見た(下北沢・スズナリ、2月21日)。家族の間に潜むわだかまりと和解のドラマが切なく、またさりげなく演じられる。初めて見る公演だったが、成熟した芝居をまたひとつ、発見した思いだった。
舞台はちゃぶ台や座いす、二段ベッドが置かれた居間。人形職人の父親が仕事で使う作業場でもあるらしい。その雑然とした和室に、葬儀に集まった家族、親類、知人が出入りして話が進んでいく。
何げない会話から、人形職人の息子には自殺した弟がいると分かる。弟の死にこだわる兄。身ごもっている兄の妻は、前向きになれない夫に不満を隠さない。やがて弟の遺品を収めた箱の中から、バラバラに壊された人形が出てくる。その人形は亡くなった母の面影を残し、弟が大切にしていたものだった。壊したのは父親なのか。息子は父を厳しく問い詰める。人形はなぜ壊れているのか。弟はなぜ自殺したのか…。
家族の間がいつでも、平穏無事に過ぎていくとは限らない。派手なけんかがなくとも、気持ちの食い違いやあつれきがあって当たり前。そのもつれ合いの形が、そのまま家族の形になると言っていいかもしれない。
グリング公演は父子の不和と和解という古典的な家庭劇を取り上げながら、新しい切り口を無理に探そうとか、大げさな身振りを求めない。そこにあるものを、あるがままに見つめるのがこの演劇ユニットの流儀らしい。作風も演技もこなれていて、しかもメリハリがある。
例えば-。父の人形教室で学んだという若い女性が夜になって現れ、美しさとなぞが同時に居間に舞い降りるようシーン。人形販売会社の若社長が「吃音者」として登場、よどみがちな空気を言葉で攪乱する場面。緩急と振幅を織り交ぜた作劇手法は、鍛えられた演技に支えられ、舞台に陽が差すような効果を生んでいる。
見終わってから、小説なら芥川賞より直木賞、山本周五郎の世界を思い浮かべた。映画なら山田洋次監督の描く雰囲気かもしれない。ありふれた光景にそそがれる温かくて切ないまなざし。公演にも通底する特徴のように思えた。
「グリング」という聞き慣れない名前は、ドイツの知的障害者の施設名に由来するという。作演出の青木豪ら主要メンバーは演劇集団「円」の関係者が多い。芝居好きの評価が高い集団になりそうだ。
(北嶋孝@ノースアイランド舎、下北沢・スズナリ 初出「月刊ばんぶう」2003年4月号)