――新宿西口広場の、今日、たった今―― 庭劇団ペニノ 「黒いOL」
右手から静かに裸身の女性が出てきて、薄暗い舞台の真中、客席から見おろすと凸型に見える水溜りの窪みをビジョビジョと奥のほうへとゆっくり渡っていき、やがてその尖端でぼんやり立ち尽くす……と、舞台は果てた。もし私が男だったらここで最高のエロスを感じた、のかも知れない。私はひとりクスクス笑っていた。ペニノのいたずら?がおもしろかった。
案内の声にいざなわれて、拍手ひとつないポカンとした感じの客席から舞台へ、付け根?に掘られた深い穴や続けて細長く掘られた浅い水溜りや、それを取り巻くさまざまな道具や器具をタニノさんは好きなんだなあとつくづく眺めながら通り抜け、出口に設けられた丸橋を渡ってテントの外に出る。が、ふと黒い空を見上げると、周囲には巨大な高層ビルがニョキニョキとそそり立っていて、それらが今見たばかりの貧しい――とあえて言おう――ペニノの営為を見下し、まるであざ笑っているように感じられた。もっともっと粘ればいいのに。資本主義にはかなわない、のでは? 私はがっくりした。
これは、タニノクロウの究極のテーマ、一度は必ず立ち上げなければならない舞台であったにちがいない。
初めは確かにタイトルに惑わされ、黒いOLたちを追っかけて観ていた。が、途中でアッと気がついた。これは舞台からストーリーやメッセージを読み取るための舞台ではなかった。ただ紗の奥にポッと灯がともりそれが次第に数をまし、女性たちが長いことかかって濁った溜まり水でストッキングを洗い、すすいだり揉んだり、ときにはちょっと喫煙所に固まって休んだりもし、やがて暗く静かなクライマックスを迎える――といったプロセスを、ただ感じるための芝居であった。そういえば事前に、ピアノ演奏していた左手の男性とDJみたいにマイクを前にしてハンディ・テレビに見入っていた右手の男性とが、薄い乳白色の手袋――スキンのような――を両手にはめ、準備はすでに整っていたのであった。やがて全身ぽっと熱くなって行為がはじまるのだが、うす暗がりの中でうごめくOLたちの、あるときはさざめき、あるときは呟いたり声が高くなったり、音としては聞こえてきてもあまり粒立つことのなかった言葉たちのなかで、唯一正面切って言われ、はっきり耳に響いたのは、“私は「今」おか「今日」こです”の、ひとことだった。
それにしてもその行為は貧しかった、と思う。60年代の黒人ジャズかホットな音楽で客入れ、それがやがてピアノのライブ演奏に変わり、ずっと奥でかすかに灯がともり、それが次第に数を増してこちらに近づいてきて……最初舞台は、十分すぎるほどの期待感から始まっていった。がその後、その行為はあまりにもひそやか、あまりに暗く単調で、愉楽に欠けるものになっていった。
何日もかかって営々と労力を注ぎこんできたに違いないテント作りまで※勘定に入れるとこれは、途方もない前戯とそれに比べてあまりにも呆気ない行為であった。ほとんど不能と言わなければならない。折角火のついた蝋燭がなぜか一つひとつ消され片づけられていくのをじっと待っていなければならなかったり、何より、折角バカでかいパンティ・ストッキングが滴りを垂らしていたのに、それが丁寧に畳まれてしまうまで延々と無駄な時間を待っていなければならなかったことが辛かった。蝋燭はせめて燃え尽きるまでともっていなければならなかったし、デカパンはほかにすることないの?と気が揉めた。
同じように行為を描いた作品に三好十郎の「胎内」(1949)、「冒した者」(52)がある。牟森作・演出の「紅鯡魚DES HARENGS ROUGES」(95 中日合作)もそうだった。が、前者は死を目前にした人間の生の実感、それを追求する粘りにおいて、後者は、さわやかな風のなかの田植え、噴き溢れる井戸、大きな水桶の中で嬉々として戯れる女、ぴちぴちはねながら噴出する泥鰌……その明るさ、勢いにおいて、圧倒的にパワフルだった。
「黒いOL」に発射はあったのだろうか?屹立はしたのだろうか? 濁った溜まり水は最後まで澱んで残存していたような気がする。今日、ただ今、なのであろう。私たちはそれを(望遠鏡で)覗き見るしかない――とペニ●のタニノは考えているのかも知れない。そう思うよりない舞台だった。 (2004.11.13所見。西村博子)
※ 「黒いOL ドキュメント」(タイニイアリス 11/16)を見た。それによると、テント作りは10月15日から。16号台風にも襲われた大変な作業であったことがわかる。
※前回公演「小さなリンボのレストラン」(2004.4.29-5.16 追加公演 5.20-21, 27-28)の劇評は「気違いMealパーティーのAbsurd劇」をご覧ください。
【上演記録】
■庭劇団ペニノ 「黒いOL」
作・演出:タニノクロウ
場所:西新宿6丁目13番地広場(グリーンタワー横)
日時:2004年11月3日-9日 11月3・4日・5・8・9日 20時開演
6・7日18時・21時開演 開場は開演の30分前
※上演時間は1時間を予定しております。
料金:日時指定 前売り2800円 当日3000円
出演
島田桃依
瀬口妙子
墨井鯨子
野中美子
磯野友子
六分一サラ
河野辺舞
野崎浩司
吉野万里雄
海老原聡
野平久志
スタッフ
舞台装置 掛樋亮太
舞台補佐 鈴木仁美
舞台美術 玉置潤一郎、谷野九朗
照明 今西理恵
音響 小野美樹
宣伝美術 渡辺太郎
演出助手 小野美樹
Web 定岡由子
制作協力 三好佐智子
制作 小野塚 央、野平久志
舞台総括 海老原聡平
企画・製作 puzz works
協力 (有)quinada
写真モデル O.J.Loco
こんなのを西村さんに対抗して書いてみました。