長のご無沙汰でした。昨年末からWonderlandサイト編集がほとんど手つかずでしたが、やっと復帰の条件が整いました。また非力を顧みずあちこち歩き回ります。よろしくお願いします。
さて、阿佐ヶ谷スパイダース「悪魔の唄」の東京公演(2月17日-3月2日、下北沢・本多劇場)が終わり、大阪、札幌、仙台、 名古屋、福岡、広島公演が3月末まで続きます。楽しみにしている方もいらっしゃると思いますが、東京公演は好評だったようです。「しのぶの演劇レビュー」や「某日観劇録」など多くのサイトが取り上げていますが、今回紹介するのは青木理恵さんのレビューです。 今春から社会人だそうです。これからもどんどん書いてほしいですね。以下、全文です。
◎気持ちが悪いほど人間らしい 阿佐ヶ谷スパイダース『悪魔の唄』
捕らわれ続けるのは簡単である。
難しいのは、一度何かに捕らわれてしまったところからどうやって生きていくのか、なのだ。
ある地方の一軒家に引っ越してきた、愛子(伊勢志摩)と壱朗(吉田鋼太郎)の夫婦。
その家に、「探し物があるのだ」とサヤ(小島聖)と眞(長塚圭史)の夫婦が突然訪問してくる。
愛子は精神的に病んでいる。そのきっかけは、過去の壱朗の浮気が原因だった。
サヤは眞から逃げ回っている。本当に愛する人が他にいるからだ。
思い通りにならない妻に戸惑い、追い詰めてしまったり、無理に優しくつとめようと空回りしたりする夫たち。
そんなさなかに、床下から人格を持ったゾンビが現れる。
戦争中に散ってしまった鏡石二等兵(伊達暁)、平山二等兵(山内圭哉)、立花伍長(中山祐一朗)の三人である。
米国への憎しみが晴れない彼等は、自分たちの手で再び米国を倒そうと立ち上がる。
三人に順応し、愛子は自分も兵の一員だと思い込む。
壱朗は、愛子を壱朗から引き離そうとやってきた愛子の弟、朝倉紀行(池田鉄洋)の力も借りて、何とか愛子を現実に引き戻そうとする。
また、サヤの想い人とは立花伍長であると分かる。
つまり、サヤと眞も死してなお、思いを残して現世に留まっている者たちだったのである。
思いを伝えたいサヤと、それを引き止めようとする眞。
一人一人の思いは、全て別の方向を向いている。誰もが、自分の思いのみ達成されれば良いと願う。
人間は強い思いを持った弱い生き物だ。
しかしその強さとは関わりなく、思いは必ずしも成し遂げられるとは限らない。
そうなった時、思いに強く捕らわれているほど、自らの身は破滅へと向かう可能性が高いということを、人はすぐに忘れたがる。
それを忘れてひた走る登場人物たちの、最期は。空白という言葉が、一番似合っていた。
人は強い意志と混迷との狭間で、いつも苛まれる。
「こうしたい」と「どうしたら良いか分からない」は、矛盾した感情のはずなのに
どちらも強く主張をし、互いに一歩も譲らない。実は矛盾自体が、人間らしさなのかもしれない。
阿佐ヶ谷スパイダースの作品は、気持ちが悪いほど人間らしい。
描かれる世界はファンタジーさえ感じるものなのに、そこに内包されている人々の精神的な動きは他人事には感じられない。
作品を通しながら、「私自身も矛盾した思考を持っているのだ」と見せ付けられる。
この劇団を初めて見たのは、前回公演『はたらくおとこ』である。
日本一まずいりんごを作ろうとして倒産した会社に、いつまでも執着し続ける社員や、農業経営者たちの閉塞的な人間関係を軸にした物語である。
お金を手に入れようと、危険な生物兵器の入った荷物を運ぶ仕事に手を出す。
しかし、事故により生物兵器が外に漏れてしまう。
ラストで一人、また一人と死んでいく中、まだ生きている者が、生物兵器におかされきったりんごを次々とほおばり出す。
自らの正当性を、最期まで否定したくない。私は間違っていないのだ、と。
そこまで抗い続ける姿は、もはや崇高ですらあった。
「人間の持つ矛盾の威力」という点に関しては、前回の方が上だったかもしれない。
けれど、「人間の持つ純粋な思いの強さ」という点に関しては、今作は圧倒的だった。
米国に一泡吹かせてやるのだと、愛子の解放と引き換えに、飛行機の手配を要求する兵士たち。壱朗に騙され、体が消えかけているにも関わらず、飛行機が置いてあると指定された、嘘の方向へ突き進んでいく。
壱朗はそんな彼ら姿を見て、大きな罪悪感に苛まれる。そして自らを兵の一員だと信じていた愛子は、心ごと崩壊してしまう。
自分の思いを叶えたい。ただそれだけのために動いたはずだ。
例えそこに憎しみや絶望すら含まれていたとしても、自分の思いだけを信じて。だが結局、背後には取り戻せない何かが口を空けて待っていた。
人生には、そういう瞬間が多々訪れる。
私は人間らしい作品が好きだ。その中にどんなに汚い感情が含まれていても。
汚さと純粋さ、ひっくるめて人間なのだから。
どちらも堂々と表現できる劇団は、実はとても少ない。
最近とみに人気が上昇してきている阿佐ヶ谷スパイダースだが、人間らしさを見失わない限り、この劇団は今後も成長していけると思う。
(青木理恵 2005.2.18)
青木さん、就職されるんですね。おめでとうございます(こういうところに書くのはダメでしょうか)。就職されても演劇を観て劇評を書いてくださると嬉しいですね。