鳳劇団「昭和元禄桃尻姉妹」

 鳳劇団の旗揚げ公演「昭和元禄桃尻娘」を東京・新宿のタイニイアリスでみることができました(2月15-16日)。せりふや所作などでいわゆる大衆演劇の衣を借りているのですが、そこでよくみられる義理人情の淀みに融解するわけでは … “鳳劇団「昭和元禄桃尻姉妹」” の続きを読む

 鳳劇団の旗揚げ公演「昭和元禄桃尻娘」を東京・新宿のタイニイアリスでみることができました(2月15-16日)。せりふや所作などでいわゆる大衆演劇の衣を借りているのですが、そこでよくみられる義理人情の淀みに融解するわけではありません。忘却の洪水に浸される現世に、戦中の忘れがたい一筋の記憶を刻もうとする確かな舞台です。「ロマネスク不条理劇」を掲げ、「游劇社」を拠点に長年活動してきた鳳いく太が、新しい展開を図る記念碑的舞台だったと思えます。変わった衣よりも、変わらない原石を見る思いの一夜でした。


 つぎはぎだらけの大幕が開くと、いきなり「かっぽれ」が始まります。曲に合わせて登場する2人の女優(かぢゅよ、康実紗)が、裾をからげ、ときに足を高く上げ腰を割って、わざとむっちりした太ももを見せびらかしたりします。エロいというかエグいというか、民謡や盆踊りが生まれてきた猥雑な部分をいきなりさらすようなスタートでした。

 物語は年取った仲居と若い女性客が出会う旅館の一室から始まります。仲居はわざわざ腰を曲げ、おぼつかない足取りという年寄り演技のステレオタイプ。怪しげな方言を大げさに話し、野卑な言葉遣いを混ぜています。若い女性客もスカしっ屁をうちわであおいだり。ホントにこの2人よくやるぜ、演出はもっとやるぜ、といった格好で進みます。

 仲居はその昔に別れた妹がいると言い、泊まり客も妹らしき仕草を見せているのですが、身元は確かではありません。その血筋がちらりと見えそうになると、話はがらりと変わってしまいます。

 女の子が人形を相手に会話したり、着せ替え早変わりで学生と娘の役になったり、酔っぱらいサラリーマンになって愚にもつかない与太を飛ばしたり。2人の掛け合いで、岸と安保、池田勇人と貧乏人、新幹線、鬼の大松、白馬童子の山城新吾、遊星王子の梅宮辰夫、ミニスカート、3億円、全学連、背番号3などなど、おじさん世代には懐かしく、若い世代にはおそらく身に覚えのない昭和世相史のオンパレードが続きます。

 劇中で何度か場面転換に使われるのは、吉田拓郎の「今日までそして明日から」。そしてピンクレディーの「UFO」や守屋浩の「ありがたや節」も流れるのですから、確かに昭和元禄だったのかもしれません。

 そんな場面を切り裂き、時間の流れを堰き止めるように携帯電話の音がたびたび鳴り響きます。子供のころ遊んだ糸電話を取り上げて、モシモシ、モシモシと呼びかけると、空襲警報の甲高い音が鳴り、焼夷弾の轟音が響きます。時間の裂け目から、遠い記憶が呼び覚まされる一瞬です。

 大衆演劇でよく、場面と役が振り替わるコーナーがあります。梅沢武生劇団の舞台では、梅沢富美男がドジで間抜けな男役から一瞬で、あでやかな着物姿の女性役に早変わりして歌と踊りを披露します。鳳劇団の舞台はその形を借りながら、時間の流れを入れ替えて、矢継ぎ早にこんな言葉を放ちます。
 「透明人間になれるのと空を飛べるのとどっちがいい?」「不死鳥に生まれるのと人間に生まれるのと、どっちがいい?」「双子の姉に生まれるのと妹に生まれるのと、どっちがいい?」「人形のような人間になるのと人間のような人形になるのと、どっちがいい?」…

 東京大空襲で右耳が聞こえなくなった妹、離ればなれになった姉妹。人間と人形になった2人の間で交わされる問いは、昭和の歌謡曲と空襲の爆音に挟まれ、記憶に差し込まれる糸電話に答は返ってきません。問い掛けはむしろ客席側に向けられていると感じました。

 だからといって、それらしいせりふで客席を白けさせる、なーんてことはありません。恥ずかしいほど猥雑で、ばかばかしいほど楽しい仕草と遣り取りがふんだんに盛り込まれています。手練手管のやり手婆さん顔負けのサービスでしょうか。これで客席が沸かないわけがありません。旅芝居にもってこいの作品でしょう。鳳劇団がこの出し物を持って、各地の公民館や老人ホームを回ってもぼくは驚きません。

 2人の役者は出ずっぱりでくたくただったのではないでしょうか。特に姉役の「かぢゅよ」は個性的。あくの強い、エグイ役どころを生き生きと(?)演じているように見えました。そういえば開演前、浴衣姿でビールをさばいていた売り子は彼女たちでした。「ビールいかがですか。1本飲んだ方は、2本目をお忘れなく。遠慮せずに手を伸ばしてください。どうです、お客さん」なーんて強引に売り付けてたっけ。たくましいですね。

 舞台は役者の個性に彩られていますが、台本の世界はきわめて静謐、透明です。音楽を絞り、役者が違えばまたがらりと違う空気が流れ、違った空間が再現されたに違いありません。

 色の扱いはひときわ鮮やかでした。特に糸電話の赤いヒモ(糸)が闇に伸びるシーンは記憶に残ります。赤は空襲で燃える炎の色であり、流れる血の色でもあります。姉妹の「血」そのものでもあります。また考えてみれば、舞台となった温泉は、地底の裂け目から吹き出す赤い溶岩の賜物でもあります。赤=血が全編のモチーフとなり、記憶の底から噴き出す仕掛けだったのではないでしょうか。

 ネット上を歩いていたら、游劇社webサイトの中でこんな文章と出会いました。

我々は演劇だけが持つ臨場感を愛し、演劇だけがなし得るスペクタクル溢れる舞台を、不条理劇というスタイルを借りて上演し続けている。 (中略)演劇でこの世界は変えられなくとも、游劇社の舞台がひとりの観客の世界を変えていく。そんな、演劇の演劇の【夢見る力】を信じて活動している」(「感性体感浪漫的不条理劇とは」)

 そう、その夢は悪夢かもしれないし正夢かもしれません。しかし今回の舞台は游劇社とスタイルこそ違え、確かに「夢見る力」によって、時間の狭間から赤い闇の響きを現前させる舞台でした。これも鳳ワールドの甘い毒なのでしょうか。
(北嶋孝@ノースアイランド舎 2005.3.10)

(注)東京大空襲は1945年3月10日未明に起きました。日本の木造家屋用に特別開発された焼夷弾を使用。あらかじめ退路を断つ形で40k㎡の周囲に火の壁を築き、その中に約100万発(2,000トン)もの焼夷弾が投下され、さらに機銃掃射が加えられたと記録にあります。死者は判明しているだけで10万5,400人に上ります。この文章は、この10日付で掲載します。

[上演記録]
鳳劇団昭和元禄桃尻姉妹」 (2005年2月15-16日)

作・演出:鳳いく太
会場:新宿・タイニイアリス
出演:かぢゅよ、康実紗(かん しるさ)
照明:中本勝之、村上みゆき、朴須徳
音響:鶴岡泰三、鳳いく太
作曲・振り付け:正田和代
宣伝・美術:もりちえ
総裏方:早坂ちづ
舞台監督:朴茂一


投稿者: 北嶋孝

ワンダーランド代表

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