実在の若い統合失調症患者と女性精神療法医の15年に渡る対話の記録を題材に、家族の崩壊、貧困と虐待、アラブ社会の敗北、宗教的抑圧など、さまざまな社会的重圧によって押しつぶされたチュニジアの若者の出口なき絶望と屈折、内面の崩壊と再構築を見事に描き切る。社会と狂気の関係に深く切り込んだ問題作-。東京国際芸術祭(TIF)のwebサイトでこう紹介されているチュニジアの劇団ファミリア・プロダクションによる公演「ジュヌン . 狂気」が東京・パークタワーホールで開かれました(3 月18日-20日)。
TIFのwebサイトに設けられた「劇評通信」ページにも早速、河野孝 ( 演劇ジャーナリスト )、エグリントンみか ( 英演劇・演劇批評 )の2人によるレビューが掲載されています。作品の内容、社会的背景、演劇の特質などがそれぞれ力を込めて紹介されています。
同サイトの公演情報とプレス資料も貴重な紹介だと思います。興味のある方はご一読ください。
追記(3.23, 29)
曽田修司さんの「 ときどき、ドキドキ。ときどき、ふとどき。」がこの公演をみて次のように書き記しています。
つまり、舞台の構成力や、表現の力強さがケタはずれなのだ。これほどまでに妥協を排した舞台を作り出せる精神というものに、日本ではなかなか出会えない。
・・・ということを、見終わったあとに自分の中で何度も確認し、反芻するような、そう、そうせざると得ないような舞台である。あたかも、チェスのチャンピオンの試合を見ているような、理詰めの、しかし、自分の存在をあらわにするような、神経がヒリヒリするのが明らかに見える、すべてがあらわな舞台なのである。
また「世界があらかじめ毀れてしまっていることに知らず知らず気がつかされてしまったかのような、とんでもない舞台」とも述べています。
「福岡演劇の今」サイトを主宰する薙野信喜さんは「言葉の力が、迫ってくる」とのタイトルで取り上げています。「現実をギリギリまで見つめ顕わにしていて、暗くて救いのないという内容だが、この舞台を観ていると、表現することで現実が客観化され、救いのない現実が浄化されるようにさえ感じられた」とした上で、次のように書いています。
「Somethig So Right」も「もっともこころに残ったのは、言葉の圧倒的な強度である」と書きとめ、具体的にその場面を提示、分析しています。
しかし、この芝居を評価するレビューばかりではありません。「しばいにっき」サイトはまったく逆の見立てです
複数の知人も同じような感想を漏らしていたので、これもまた有力な見方だと思います。
それにしても、同じステージが多様な見方を可能にする。その不可思議なおもしろさを味わうこのごろです。
(注)ぼくの感想は、別建て掲載に回します。
「福岡演劇の今」
http://plaza15.mbn.or.jp/~naginon/
に、「ジュヌン―狂気」の感想
http://plaza15.mbn.or.jp/~naginon/20050310.html
を掲載しましたので、見ていただきたいと思います。
連絡ありがとうございました。紹介が遅れて申し訳ありません。さまざまな公演に追いつくのがやっとのこのごろです。
たびたびのご紹介ありがとうございます。私は否定的な観方をされる方がいらっしゃるのが信じられないくらいあの作品には感じ入ってしまいました。北島さんの感想を楽しみにしています。