見逃して「しまった!」と思う公演があります。東京・下北沢の小さなカフェで開かれた東京デスロック「3人いる!」公演(5月26日-31日 6月3日、CAFE PIGA)もその一つです。というのも、次の二つのブログを見て、そそられてしまったのです。
一つは「Sato Site on the Web Side」。どんな芝居だったかを説明する部分を抜き出してみます。
もう一つは「*S子の部屋」。舞台上の出来事をもう少しかみ砕いて、次のように描写します。
こんな感じ。
本田という男が部屋にいると、そこへやはり自分が本田だという男が入ってくる。
お互い自分が本物の本田であると主張し、片方を警察につきだそうとしたりするが、話をつきあわせればつきあわせるほど2人とも本田本人に思えてくる。
つまり本田という1人の人物を2人の役者が演じる(正確にいうと3人で本田1人を演じている瞬間もあり)。
2人の本田はどっちが本物かはっきりさせようと友人の家を訪ねるが、この友人も同じ症状(2人に分裂)に陥っている。
おもしろいのは、友人には2人いる本田が1人にしか見えない。2人の本田同士が交わす会話も、本田1人の独り言のように映る。その逆もしかりで、2人に分裂している友人も本田には1人にしか見えていない。
で観客には舞台上に3人の役者が見えている。
だれの主観に依るかによって見える状況が変わる。
たとえば2人に分裂した本田。片方の本田がもう片方の本田を殴る。
本田の主観からすれば、1人の役者がもう1人の役者を殴るという演技になる。
だけど、同じことを友人の主観にたつと、本田が自分で自分を殴っているように見える。
つまり、1人の役者が自分で自分を殴る。「べちっ」
こちらも観ているうちにルールが理解できてくるのだが、主観移動、人格処理が複雑に入り組んで行われるので、ぽかーんと見つめてしまった。いい意味で。
もちろん「紹介」や「描写」で終わるわけではありません。「Sato Site on the Web Side」はこの公演を「演劇を批評(反省)する演劇」「『代理=表象representation』そのものの演劇」と受け止め、「*S子の部屋」は立川談志の「粗忽長屋』理解を例に取り上げて主観-客観の罠に関して書いています。さらに二人ともチェルフィッチュに触れているのは興味深いところです。詳しくはそれぞれのブログをご覧ください。
作・演出の多田淳之介は青年団にも所属。青年団若手自主企画で自ら作・演出した「別」公演(アトリエ春風舎、3月31日-4月4日)を見ましたが、今回のような「演劇を批評(反省)する演劇」は想定できないほどエンゲキっぽい芝居でした。それにしても見落としたのは残念。次回は気を付けよう。
【追記】
東京デスロック公演「3人がいる!」をみて、チェルフィッチュに触れたブログをもう一つ見つけました。「ブロググビグビ」サイトです。ここでは役者と役柄の「入れ替わり」と「分離」としてとらえ、次のように述べています。
ここに至るプロセスもおもしろいので、ブログの本文をぜひ読んでみてください。
◎東京デスロック Vol.11 CARAVAN #4「3人いる!」, inspired by萩尾望都 『11人いる!』
作・演出=多田淳之介
出演=夏目慎也/佐山和泉/多田淳之介
制作=水川奈津美
協力=露口健介/CAFE PIGA/(有)アゴラ企画・青年団
企画・製作=東京死錠
あたしもこの芝居、見たかったです。
すっかり忘れていてショックでした。
多田淳之介さん好きなのになー。きー。
東京デスロック『3人いる!』05/26-31CAFE PIGA
会場入り口の看板 多田淳之介さんが作・演出される東京デスロック。私は劇団公演…