◎「近所」のドラマを掘り起こす
柳澤望
「ポタライブ」というのは、岸井大輔さんが自身で生み出した演劇様式をあらわすためにあみだした造語で、ポタリングのポタとライブを組み合わせた言葉。観客は実際の街を散歩しながらそこで行われるパフォーマンスを見ていきます。
今年の5月に初演された『ヒナ』は、世田谷を題材にポタライブを作って欲しいという依頼から創作されたとのことですが、岸井さんは広い世田谷をあちこち歩き回って、成城の近辺を取り上げることに決めたとのこと(私が見たのは28日の回)。
ポタライブでは、案内人があらかじめ決めたコースを説明しつつ先導します。コースの選び方自体がドラマを構成するようになっていて、案内もまたパフォーマンスの一部となっています。
『ヒナ』の場合、東京の郊外に新しくできた成城の街が、とりあえずは出発点です。成城が高級住宅街となったいきさつが説明されて、散歩の中から、成城の歴史を物語るさまざまな痕跡が浮かび上がってきます。街の成り立ちには、いろいろなわけがある。それが、実際に歩き回ることでわかってくる。
ポタライブでは、案内されながら歩いていくコースの所々に、ささやかなパフォーマンスが差し挟まれます。
成城の街は、碁盤の目状に市街地ができていますが、曲がり角をまがると、童話から出てきたような女の子が目に入ってくる。道を歩いていると、少し先の路地を、さっき見た女の子が横切っているのがチラッと見える。
そうしたパフォーマンスは、仕込まれた上演とは気づかないくらいささやかな場合もあります。ポタライブに織り込まれるパフォーマンスは、単にダンスや演劇を野外で見せる、というのではなくて、むしろ街の成り立ちそのものをきわだたせるような質のものだったりします。
『ヒナ』という作品は、新興住宅街の「雛形」を浮かび上がらせたその先に、新興住宅街の下にある生活の原型へと迫っていきます。散歩のルートはやがて、江戸ができる前の集落の風景、鄙の風景へと向かっていきます。
散歩というのは、おおよそ道をたどっていくものなわけですが、『ヒナ』ではさまざまな種類の道をたどることになります。古い道も、新しい道も、同じ地面の上に重ね書きされている。そうして重ね書きされた歴史のさまざまな階層の上を観客はたどって行きます。
ポタライブでは、たいていそれぞれの土地の歴史が紐解かれていくわけですが、『ヒナ』は、ポタライブの作品の中でももっとも歴史の厚みのあるものかもしれない。いくつもの階層があり、埋もれていく歴史もあれば、掘り起こされ発掘され陳列される歴史もある。
江戸という大都市が生まれ、東京という都市が郊外に広がっていく。同じところに住み続ける人もいれば、遠くから移り住んでくる人もいる。移り住んでくるには理由があり、そこに落差や葛藤も生まれる。
街を抜け木立を抜け、川を越え、村落の名残をたどっていくと、どのような人のつながりが風景を残し伝え、あるいは消し去り更新してきたのか、そうしたことが、散歩の果てに浮かび上がります
ポタライブの中には、より普通の舞台作品に近いような、じっくりとダンスを見るようなパフォーマンスのパートが差し挟まれることもあります。
『ヒナ』の場合、案内人の説明から浮かび上がる歴史を直接反映するわけではないけれど、それと響きあうようなパフォーマンスが幾度か差し挟まれます。
男女2人のダンサーによる上演は、背後に物語を秘めたキャラクターを演じる様でもあるけれど、観客の想像に広い余地を残すものです。
初夏の日差しの中で見たときには、萌え出ずる緑のみずみずしさにふさわしく、小学生が野原をかけまわるようなダンスや、土地の気を集める儀式のようなたおやかなダンスが披露されて、消え去った生活の断片に、つかのまの生気を吹き込むようにもおもわれました。
ポタライブの演劇手法は、岸井さんの言い方に倣って言えば「近所」を表現するために要請された演劇様式、ということになるようです。
現代の日本には、「失われようとしている近所」を表現する演劇があるべきだ、そんな、演劇があるべき理由をつきつめる考察の末に至ったスタイルがポタライブ、ということらしい。
(参照 http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/diary/200606080000/)
歩いて届く範囲のつながりが交錯する中で、生活の様式が町並みとして形作られていく。そんな町並みを、誰かが誰かと一緒に歩く、そのこと自体が土地のドラマを掘り起こす媒体となる、ポタライブとはそんな演劇スタイルなのでしょう。
この秋、9月23日から1ヶ月にわたって、今回紹介した最新作の『ヒナ』も含め、今まで作られたポタライブ作品のベストをまとめて再演されるとのことです。岸井さんはポタライブの先に進んで、あるべき演劇を探求したいそうで、ポタライブがまとめて見られるのはこれが最後のようです。この機会に、多くの人に見ていただきたいものです。
この秋のポタライブ公演情報はこちらに。
http://d.hatena.ne.jp/POTALIVE/
(最終公演と言われていますが、今後も委嘱があれば新作を作り、依頼があれば再演もするそうです。純然たる自主公演としては最後、といったところでしょうか。)
ポタライブについては、自分の日記やWonderlandに何回か紹介文を書いてきたので、
http://www.wonderlands.jp/archives/11960/
http://d.hatena.ne.jp/yanoz/20050522
など、あわせて参照していただければ幸いです。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第8号、9月20日発行。購読は登録ページで)
【筆者紹介】
柳澤望(やなぎさわ・のぞみ)
法政大学の大学院でフランスの哲学者ベルクソンを研究していたが、博士課程を退学。某編集プロダクションを経て現在某業界紙記者として働いている。
【上演記録】
ポタライブ世田谷編『ヒナ』
2006年5月27日(土)28日(日)
15時 小田急線成城学園前 西口改札前待ち合わせ
作演出、案内:岸井大輔
出演:木室陽一 垣内友香里