黒沢美香&ダンサーズ「ダンス☆ショー きみの踊りはダンスにしては重すぎる」

◎「不揃いの美」によるクールな知性の発露
伊藤亜紗(ダンス批評)

綱島ラジウム温泉「東京園」大広間本日の「ショー」会場は何と温泉施設内の大広間。障子戸を開けると意外にもなかは温室のようでガラス張りから冬の陽光が差込み、とはいっても中庭越しに否応無く目に飛び込んでくるのは酔っぱらったじいさんばあさんのまったりとした雑魚寝風景である。ダンスをアートとしてしつらえるなら排除するであろう、あらゆる猥雑さに満ちた寛大な空間。「携帯電話、アラーム付き時計など、その他音の出る機械はどうぞご自由にお使いください」とのアナウンスに始まり、横に長い舞台はもちろんカラオケ仕様、袖と舞台を区切るのはビロードの布などではもちろんなく、歌磨か何かがプリントされたひょろ長い暖簾である。

黒沢美香&ダンサーズは、年齢も性別もまちまちの総勢約20人から成る。「コンテンポラリーダンス界のゴットマザー」との異名を持つ黒沢美香が立ち上げたのが1985年だから、メンバーを入れ替えながら現在に至るまで、もう20年以上の歴史を持つことになる。そのなかから90年以降にあちこちで発表された13作品をノンストップでコンピレーション的に見せるというのが今日のショーの趣向だ。

次々に舞台に飛び乗る彼ら彼女らは、いかにもショーらしくスパンコールやレースやネッカチーフを思い思いに首や腰に巻き付けている。女は胸をつきだしてベリーダンスのように揺さぶり、男はシャツの襟をつまんで色目を使う。肘を高くつきだして頭の後ろで手を組むピンナップ・ガールばりのポーズを決めたかと思えば、首を傾けてひらひらと舞い、一気に群舞にもちこんで音楽のリズムに合わせてステップ&ターン。ほとばしるような「アピール」の記号が満載のステージである。

もちろん、このアピール記号は各人が「思い思い」に発してこそ、そもそも不揃いな体をもつダンサーたちが自分の魅力を見せつけるジェスチャーとして機能する。首の傾けひとつとっても、「恍惚」であったり「ツンとお澄まし」であったりその表情は様々だ。「不協和音でハモる高度なテクニック」と黒沢自身がダンサーズを形容して言うように、ステージの最大の見所はその「不揃いの美」にある。

「ダンス☆ショー きみの踊りはダンスにしては重すぎる」公演"
【写真は黒沢美香&ダンサーズ公演の一場面。筆者撮影】

ただしこの不揃いが、背中の硬さや手足の長さといった身体の質的差異として純粋に呈示されるのではなく、繰り返しになるが、アピールというジェスチャーの差異として呈示されていることがポイントだろう。アピール記号満載のダンスだからこそ自分を見せる見せ方レベルの差異、つまり身体としてではなく人としての差異が見えてくるのであり、そこでは各ダンサーは振り付けを具現化する媒体である以上に、それぞれが振付家として自由奔放に振る舞っている。若くないダンサーがむしろ強烈に光って見えるのは、この自己振り付けスキルの高さがあるからに他ならない。

こんなふうに言うと、魅力のアピールが黒沢ショーのすべてであるかのように聞こえてしまうかもしれない。だがもちろん、アピールはあくまで観客に対する「エサ」である。このことをダンサーも観客も共有したところから、ようやく黒沢的ダンスが始まるのだ。たとえば先の「頭の後ろで手を組むピンナップ・ガールのポーズ」にしても、観客がそれに引きつけらるや否や、腰を落とした下半身のだぶついたリズムによって組まれた手がずるずるとほどけ、肘を不格好につきだしたままシコを踏むような泥臭いポーズへと移行してしまう。あるいは三味線を弾いているらしい芸者のポーズが、噛み合わない社交ダンスのペアを形成したり。顔は終始うつむいて基本的に無表情を決め込んでいるし、ダンサーたちはお互いに相手を無視、男が女をリフトしても二人がまなざしを交わすことはなく、女の体がずり落ちて樹の幹にしがみつく動物のようになっても男は一向に意に介そうとしない。ポーズがかもすイメージを巧みにずらしながら観客の期待を軽やかに裏切り、美しくなめらなな動きを換骨奪胎して無愛想で角張った動きの断片へと分解してしまうのだ。

その換骨奪胎ぶりでいえば、「mode’n dance」(初演は92年)は今回の演目の中で最も印象的な作品をひとつだった。クラシックのメロディーにあわせて、モダンダンスのような「乙女の祈り」的ポーズや、バレエのようなジュテをコラージュしていくのだが、お留守になった手が宙に四角形を描いていたり、足がバタ足をしていたり、すっとんきょうな景気付けのかけ声が入ったりする。こうした異質な動きの挿入は、立派な言葉でいえば「ショーの形式を借りたダンス然としたダンスに対する批評性」となるのかもしれない。とはいえ、それが決して頭でっかちな理論レベルで満足しないクールな知性の発露であったことは、ビール片手に大笑いしていた観客の笑い声が何よりの証拠であった。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第20号、2006年12月13日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
伊藤亜紗(いとう・あさ)
1979年東京生まれ。東京大学大学院にて美学芸術学を専攻。現在博士課程1年。年明けには多摩美術大学で黒沢美香についてのレクチャーをする予定。
ダンス・演劇・小説の雑食サイト「ブロググビグビ」はこちら。
http://assaito.blogzine.jp/assaito/

【公演記録】
黒沢美香&ダンサーズ『ダンス☆ショー きみの踊りはダンスにしては重すぎる』
http://www.k5.dion.ne.jp/~kurosawa/
綱島ラジウム温泉「東京園」大広間(2006年11月18日、12月2日)
http://www.tsunashima.com/shops/tokyoen/

【関連情報】
・黒沢美香&ダンサーズの経緯(text by 黒沢美香)
http://www.k5.dion.ne.jp/~kurosawa/dancers_profie.html

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください