青年団「ソウル市民」三部作

◎成熟と喪失-舞台表現と「歴史」との困難な“出会い”  松本和也(近・現代演劇研究)  2006年、「歴史研究の中でも、帝国主義と植民地主義をめぐるテーマほど、人間の熱意と感情を刺激するものはない。」というマーク・ピーテ … “青年団「ソウル市民」三部作” の続きを読む

◎成熟と喪失-舞台表現と「歴史」との困難な“出会い”
 松本和也(近・現代演劇研究)

 2006年、「歴史研究の中でも、帝国主義と植民地主義をめぐるテーマほど、人間の熱意と感情を刺激するものはない。」というマーク・ピーティーの言葉を実証するかのように、平田オリザが『ソウル市民 昭和望郷編 Citizens of Seoul 1929:The Graffiti』を新作として書き下ろし、『ソウル市民 Citizens of Seoul』・『ソウル市民1919 Citizens of Seoul 1919』と併せて『ソウル市民』三部作の連続上演を行ったことは、演劇界で小さからぬ話題となったものでした。『その河をこえて、五月』のような、韓国との国際交流プロジェクトを2度も成功に導いた平田オリザですから、話題性ばかりでなく観客の期待も高く、青年団らしからぬ(といってよいのでしょう)「完売」公演が続出し、追加公演もうたれたようです。

 3つの作品は、劇構造とその基本的なスタイルを通底させながら、10年ずつ時期をズラして構成されているのですが、そこには単に別の作品というばかりでなく、当日会場に置かれたパンフレットの文章から忖度するに、今回の公演テーマであったはずの「歴史」という問題へのアプローチに著しい偏差がみられ、かつて文字通りの苦境で戯曲/演技を貫く青年団の「型」を生み出した困難な時期の『ソウル市民』に比して、後続の2作は、劇作術の成熟とともに「歴史」を書くことへの緊張感が喪失していった感が否めません。それは、対象とする当該時期の「歴史」が抱え込んでいる問題なのかもしれませんし、15年を経た平田オリザ/青年団をめぐる現在の「位置」がもたらした、あるいは弊害と呼ぶべきものなのかもしれませんが、いずれにせよ、「〈他者〉認識の問題とは、幸か不幸か植民地独立戦争を知らない日本人の、もっとも不得手とする分野なのかもしれない」という渡邊一民の杞憂をなぞるかのように、平田オリザもまた「歴史」を畏怖しながら想像することよりも、自ら「歴史」を書いてしまうこと-歴史記述への誘惑に抗いえなかったようで、もちろん「複雑」なそれであるべく不断の配慮を怠らない程度の良識と能力は十二分に発揮しているのですが、かつて「暴力」を浮上させるべくダイレクトに描出していたはずの舞台表現(戯曲・上演)は、いつしか歴史記述へと淫することで、あるいは「暴力」に一歩足を踏み入れていくもののように映りもしたものです。

 そこで、モチーフの困難さに拮抗しうる強度をもって上演された『ソウル市民』に議論を絞り込みたいのですが、それは「日本による朝鮮侵略は、軍人たちによってのみ行われたわけではなかった。むしろ、名もない人々の『草の根の侵略』『草の根の植民地支配』によって支えられていたのである。」と、『植民地朝鮮の日本人』の高崎宗司が指摘する、90年代以降様々な分野で論じられ、頭では理解しながらもなかなか実感し難い、わたしたちが背負うべき「歴史」の「朝鮮」版の、舞台を1909年とする演劇(的)表現=応答にもみえ、この日韓併合直前というたいへんすぐれた時期設定は、そこに生きていた「名もない人々」の日々を「歴史」として残酷なまでに描き出していきます。テキストは「ハヤカワ演劇文庫」で読める日が近いようですし、いたずらに長くなるのでここで具体的な参照はしませんが、そこでは、茶の間の会話レベルにおいて日本人/韓国人の序列が自明なあまりにも自明なものとされるばかりでなく、日本人によって「ヒューマニズム」という言葉が用いられながら、韓国(人)蔑視に注意が促されたり、あるいは両国が1つになることの利便性が説かれたりなどしていくのですが、こうしたモチーフをダイレクトに舞台表現として描破することには、おそらく観客の想像をはるかに越えた賭金が、創り手によって積まれていたはずです。そこには(認識論的)「暴力」も、あるいは差別や反省すら意識としては不要でしょうし、それらの介入がデリケートな戯曲/演技のバランスをひとたび崩してしまうならば、「歴史」の提示が歴史記述の「暴力」に堕していくのは明らかで、こうした局面において今回上演された『ソウル市民』の秀逸さは、テキスト読解に基づき上演の困難を知悉し、かつそれらを戦略的にクリアした平田オリザの「演出」、そうした水準に身体で応えた青年団俳優による「演技」に基づく成果だと考えられます。こういってしまえば、それは至極当然のことに過ぎなくもあるのですが、こうした基本的な作業が舞台表現として結実した作品が目立つ程度には小劇場シーンは貧しくもあり、また、初演時の平田オリザにも青年団俳優にも、少なくとも今のようなかたちでは備わっていなかったものに思われるのです。

 『ソウル市民』三部作とは、してみれば、90年代以降の青年団が歩んできた「歴史」を抱え込んだ作品のようにも思われ、その間の平田オリザ/青年団にみられる「成熟」と「喪失」は、舞台表現と「歴史」との困難な“出会い”を形象化したという一面をもつものなのかもしれません。もちろん、困難な“出会い”の向こうに肥沃な未開の地=現代演劇の領野が広がっているのならば、そのゆくえは興味深くもあるのですが、こうした比喩がアメリカを成立せしめた「歴史」の「暴力」の反復でもあることを、アジアの「朝鮮」をさしあたりのモチーフとした演劇を前にしても忘れてはならない時代にわたしたちが生きているのだというそのこともまた、(こと電脳空間で公開される)この一文が不可避的に抱え込んだ記述の「暴力」とともに、『ソウル市民』三部作の上演は気づかせてくれたものです。
(初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」第24号「ソウル市民」三部作特集。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
松本和也(まつもと・かつや)
1974年、茨城県生まれ。立教大学大学院修了、博士(文学)。近・現代演劇研究。

【編注】松本さんのブログ「現代演劇ノート~〈観ること〉に向けて」などに以下の関連論考が掲載されています。
・「青年団『ソウル市民』三部作連続上演(作・演出:平田オリザ)
歴史・技術・俳優」(「現代演劇ノート~〈観ること〉に向けて」)
・「平田オリザ『ソウル市民』(戯曲) 境界(線)の認識地図」(「現代演劇ノート~〈観ること〉に向けて」)
・「青年団のストラテジイ-平田オリザ」(今村忠純編集『現代演劇』、『国文学解釈と鑑賞』別冊、至文堂)










【公演記録】
青年団第52回公演「ソウル市民」三部作連続上演
『ソウル市民』(1989年初演)
『ソウル市民1919』(2000年初演)
『ソウル市民 昭和望郷編』(新作)
http://www.seinendan.org/jpn/seoultrilogy/
作・演出 平田オリザ
吉祥寺シアター(2006年12月6日-17日)

スタッフ
舞台美術・・・杉山 至
照明・・・岩城 保
音響・・・薮公美子
衣装・・・有賀千鶴
演出助手・・・井上こころ 深田晃司
宣伝美術・・・工藤規雄+村上和子 京 太田裕子
宣伝写真・・・佐藤孝仁
宣伝美術スタイリスト・・・山口友里
制作・・・西山葉子 林有布子 松尾洋一郎
Web制作・・・佐藤 誠
協力・・・(有)あるく (株)文祥堂印刷 (有)レトル

[企画制作]
青年団/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
[主催]
(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
(財)武蔵野文化事業団
平成18年度文化庁芸術拠点形成事業

『ソウル市民 昭和望郷編』(新作)
●出演者
長女 篠崎寿美子・・・井上三奈子
次女 篠崎清子・・・ 福士史麻
長男 篠崎真一・・・ 松井 周
三女 篠崎嘉子・・・ 荻野友里
叔父 篠崎幸平・・・ 山本雅幸
叔母 西宮愛子・・・ 高橋智子
愛子の夫 西宮太郎・・・ 小林 智
叔父 篠崎吉二郎・・・永井秀樹
吉二郎の妻 篠崎佐江子・・・森内美由紀
寿美子の婚約者 袴田宗五郎・・・古舘寛治
書生 芦田虎之助・・・河村竜也
書生 植田哲夫・・・ 古屋隆太
書生 李 齊源・・・ キム・ミンソ
女中 須田・・・ 工藤倫子
横山・・・ 鈴木智香子
朝鮮人女中 孫美麗・・・ 長野 海
趙 文子・・・ 渡辺香奈
印刷屋 堀田由美子・・・山口ゆかり
その夫 堀田時次郎・・・大竹 直
満蒙文化交流青年会
呉竹菊之丞・・・山本裕子
人見木綿子・・・村田牧子
石井パク・・・ 二反田幸平
楼蘭真理・・・ 端田新菜
看護婦 平岩康子・・・ 後藤麻美
看護婦 相馬すずえ・・・堀 夏子

▽富士見公演:
富士見市民文化会館キラリ☆ふじみマルチホール キラリ☆ふじみ演劇祭参加作品
(2007年2月17日-2月18日)
17日(土)19:00の回終演後、平田オリザによるアフタートーク
ゲスト:生田萬氏(演出家・キラリ☆ふじみ新芸術監督)

▽大津公演:
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール(2007年3月11日)
終演後、平田オリザによるアフタートーク。

作・演出 平田オリザ
出演
永井秀樹 渡辺香奈 小林 智 松井 周 端田新菜 福士史麻 古屋隆太 工藤倫子 鈴木智香子 古舘寛治 井上三奈子 大竹 直 高橋智子 山本雅幸 荻野友里 河村竜也 後藤麻美 長野 海 二反田幸平 堀 夏子 村田牧子 山口ゆかり 山本裕子 キム・ミンソ 森内美由紀

スタッフ
舞台美術 杉山至
照明 岩城保
音響 薮公美子
衣裳 有賀千鶴
演出助手 井上こころ
宣伝美術 工藤規雄+村上和子 京 太田裕子
宣伝写真 佐藤孝仁
宣伝美術スタイリスト 山口友里
制作 松尾洋一郎 西山葉子 林有布子
協力 (有)あるく 文祥堂印刷(株)

【関連情報】
平田オリザ著作一覧(amazon.co.jpから)


「青年団「ソウル市民」三部作」への4件のフィードバック

  1. ピンバック: 木元太郎
  2. ピンバック: shimejitachi
  3. ピンバック: 木元太郎
  4. ピンバック: 中西理

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