劇団印象『枕闇』

◎ことば遊びのしすぎでキャラクターが窒息 本当は、「夢」を軸にした話だったようなのだ。 「人は、自分の願望を眠りとともに”夢”に見る、 (中略)枕闇はそうした”夢”の、ちょっと不思議なお話である。」(パンフレットより演出 … “劇団印象『枕闇』” の続きを読む

◎ことば遊びのしすぎでキャラクターが窒息

本当は、「夢」を軸にした話だったようなのだ。

「人は、自分の願望を眠りとともに”夢”に見る、
(中略)枕闇はそうした”夢”の、ちょっと不思議なお話である。」(パンフレットより演出の言葉)

”夢”の芝居だと思って見始めて、最後まで首をかしげながら見ていた。
ただ、目に色鮮やかで美しい舞台だと思ったことも今のうちに併記しておこう。
劇団印象の「枕闇」は、はたして何を核にした芝居なのか。 (以下文中敬称略)


いつでも本を手から離さない男・音羽灯成(ともなり)は彼女を後ろから抱きしめながらも本を読んでいる。
灯成の本好きは交際相手の華衣子(かいこ)に言わせると、

「朝起きて歯みがきしながら純文学、トイレに行ってコバルト文庫、歩きながら岩波新書、満員電車で官能小説、
仕事先ではさすがに読めないみたいだけど帰りの電車で青春小説、寝る前には絵本を読んで古典を枕にして寝るの!」

ということである。
あまりにも本に夢中の灯成を愛しつつも「私のどこが好き?」と聞かずにはいられない華衣子は、
「そんなにあんたに興味ないなんておかしい」「寝るときは他の女の夢見てんじゃないの?」
と友達にからかわれてパニックになり、「今夜あたしの夢を見て!」と灯成にせまる。

冒頭シーンの、灯成と華衣子の関係性を伝える一連の台詞が非常に洗練されているのだが、
そこに華衣子の女友達がけたたましく笑いながら登場するや役者は台詞と全く関係ないオーバーアクションをし始め、
驚いている間に灯成と衣子の出会いから衣子が疑心暗鬼にいたるまで、10分弱。

「本ばっかり読んでる男にやきもきする女」として見ていたのに突然「嫉妬」がからんできて戸惑い、
ギャルギャルしい女友達二人とオーバーオールの華衣子が友人らしいことにも違和感を覚えるのだが、展開が早いのでそんなこと言ってはいられない。「あたしの夢を見て!」と言われて慌てて眠ろうとする灯成の前に、灯成の本を食い散らかす「本の虫」が現れるのだ。

本を食べてまんまるい「本のうんこ」を産み、蝶に変態する「本の虫」は、
太宰を食べると黒く、重い、バニラの香りの丸い糞を産む。
舞台後方一面に格子状に組まれた本棚から本を取ってはむしって食べる「本の虫」は、最初はメス一匹だが、後半になるとオスが二匹出てきて、「すぐれた文学には色がある、色を食べて私たちは蝶になる」と言いだす。
ところが灯成の部屋の本だと思っていた本棚は、実は灯成の頭の中の「本」だったらしく、
体の中にある一千億冊の本を食べられて灯成は徐々に、体温を失い、温度を感じなくなる。

色と温度がリンクして、灯成がサーモグラフィーに映らなくなるという発想はとても面白い。
また、「私のどこが好き?」と聞かれて「あったかいところが好き」と言っていた灯成が、あたたかみを感じなくなり、華衣子との生活に支障を来すようになる展開は、悪夢と現実がリンクしていて納得いく展開だった。

だが、この「本の虫」は、灯成の兄・冬朗(ふゆろう)にもとりついていたらしいのだ。
唐突に登場してきた兄は、灯成と同居している様子で、しかも華衣子のことが密かに好きだったのだという。

本が大好きな灯成だから本の虫にとりつかれたと思っていた観客は、このへんで頭がぐちゃぐちゃになる。そうこうしている間に現実のはずの世界にカラフルなうんこが、正確にはカラフルなボールがぶちまけられて灯成はすっかり本を食べられてしまい、本の虫は羽化して蝶になる。
華衣子は死体のような肌触りになってしまった灯成を受け容れると言うが、衣子のぬくもりをも感じられなくなってしまった灯成は華衣子を拒む。

灯成が一人残された部屋の照明が消えると、本棚の後ろにまばゆいステンドグラスのように、蝶の絵が大きく浮かび上がる。青い光に白地の、極彩色の蝶で、そのまま何分でも見つめていたいほど美しかった。だけど「ラストが綺麗だった」でいいのか。「枕闇」のテーマは「蝶が綺麗」ってことだったのか。

あふれ出てくるイメージひとつひとつは確かに美しいのだ。
温度を奪われて死体のようになってしまった人間と、蝶にこめられた「死」の意味がつながったり、本の虫が「すっぱい!このにおいは檸檬by梶井基次郎」と言い放ったりと、言葉は色鮮やかで魅力的。
しかし冒頭のシーンと比べて中盤以降は圧倒的に説明台詞が多く、注意して聞いていても各々の単語の意味が絡みそうで絡みきらない。

本当に「本の虫と夢」の話を上演したかったのだろうか。
素敵な言葉がいくつも出てくるが、どうしてもわからないのが登場人物のことだ。

灯成に兄がいるように華衣子にもまた妹がいる。
妹は「図書館にはいい男がごろごろいる」と華衣子に説いた張本人で、図書館で華衣子は灯成に出会って恋をする。

華衣子の妹と、華衣子の女友達二人は、完全に話からは蚊帳の外である。ただ状態のおかしい灯成の周りで大騒ぎし、サーモグラフィーなどを持ってきて話を進行する役割しか持たされていない。ギャル二人は終始笑い転げ、深刻な状態の灯成をからかいつづけ、灯成が「死んでるのとおんなじ」になってしまったと知っても尚笑う。
一方華衣子は灯成の、「色白で今にも死にそうなところ」が好きで、「守ってあげたい」のだと言う。

なぜ、こんなにステレオタイプな感じがするのだろう。
色とりどりのファンタジックな発想の下に、無視できないほど強固なメッセージを感じる。
問い返したい。女っていうのはそんなにわけのわかんない生き物なの? 女にかぎらず「枕闇」登場人物は、キャラクター像が見えてこない。

灯成を守ってあげたがっていた華衣子が「(灯成は)あたたかくもないし、冷たくもないし、硬くてものみたいなんでしょ? それでもいいよ」と言うのに対して「ぼくじゃないんだよ」と灯成が答える。
「あたしが『物みたい』ってこと?」と華衣子は愕然とし、なすすべもなく灯成の部屋を出ていく。一人の部屋に鳴り響く、くるり「カレーの歌」。「枕闇」はこうして幕を閉じる。
温度が感じられなくなったことで華衣子のぬくもりも感じられなくなった、という説明を「僕じゃないんだよ」の一言で表現していて、この台詞のセンスは好きだが、物語の筋には全く納得いかない。一時間ちょっと見てきた本の虫の物語と全然つながっていないからだ。

青い照明と美しい舞台美術とくるりの歌声だけでラストシーンを成り立たせようったってそうはいかない。だったら本の虫の話に振り回された時間を返してほしい。

温度をなくす前、「あったかい」華衣子が「物理的にあったかいんだよ」と灯成は兄に説明している。
ということは、最初から灯成は、別に華衣子が再三口にする「守ってあげたい」気持ちをあたたかく感じているわけではない。灯成自身もそれを自覚している。そして、華衣子も灯成の思いに勘付いているようだ。なぜなら「あったかい」と言う灯成に、「あったかいって、おでこのこと?」「手のひらのこと?」と質問する場面もあるのだから。

物理的なあたたかさを求めていた灯成・善意で相手をくるみこんであたためてあげたい華衣子、
の一組のカップルの人間像を思い浮かべて、やっと、やっとこの話の骨格が見えてくる。
二人の間で理解の違う「あったかい」ものを、本の虫が食べてしまったことでお互いの価値観の差が浮き彫りになる。本当に書きたかったのは、この、すれ違いの物語なんだろうなと思う。
しかし舞台を見ているときは、次々と説明される、本の虫の成長メカニズムを理解するのに精いっぱいで、人物像まで理解がいかない。温度がなくなったら華衣子への想いも冷めた灯成・温度がなくなった世界でも華衣子が好きな兄、の対比を作ろうとしたことで、「本好きの灯成」と「本の虫」の関係もわからなくなってしまった。

だいたい、華衣子が「守ってあげたい」と言いながらそんなに守ってる風でもない。本の虫に温度を食われた灯成のために、図書館で医学書を探す程度だ。それぐらいするだろ、ふつー。彼氏が謎の病気なんだから。
華衣子以上に灯成が全くなんにもしない。ラストシーンでさえ、灯成が言うのは「僕じゃないんだ」の一言。華衣子が勝手に納得して、勝手に立ち去っていく。
メスの虫に食われるまま抜け殻になり、別れの最終決定を華衣子の判断に任せる灯成。序盤のシーンで文庫本に頬ずりしていたときの可愛らしさはどこにいってしまったんだろう。面白い設定なのに、人物が薄っぺらいのがもう、がっかり。

役者がお互いの台詞を聞いて会話してないのも問題で、
一人ひとりの喋りのリズムが変わらないから場面ごとの勢いも殺がれる。結果、ひとつの場面に長く集中することができない。

思うんだけど、劇団印象劇作家の鈴木厚人にとって「野田秀樹の影響」というのは悪影響ではないだろうか。

初期、劇団印象は野田秀樹の芝居に大きく影響を受けていたというが、
野田芝居の緻密なことば遊びは、稽古場で台本をどんどん改稿するという劇団印象の劇作りとは相容れない気がする。
短い台詞の会話は本当にセンス良いのに、場面ごとに改稿しているのか、冒頭から結末まで話は一貫してないし場面ごとの台詞のむらは激しいし、

もー、がっかり! (今回本当に言いたかったことなのでもう一度言いました)

灯成と華衣子の話を書ききるのは、今の鈴木厚人にとってはかなり苦しいことなのかもしれないと思う。
書くのがしんどいことを書くとき、書き手はしばしば道具立ての陰に隠れたがる。
次回の新作公演を私は待ちかねている。いつから書き始めるのかということも含めてだ。初稿から完成度の高いものをあげる、あるいは場面ひとつ変わるごとに全面改稿するなど、芝居で食べていくことも視野に入れた人としての活動を楽しみにしたい。

<上演記録>

Alice Festival 2008
劇団印象-indian elephant- from 東京
「枕闇」

☆作・演出 = 鈴木厚人
☆出演 = 加藤慎吾、竹原じむ(フルタ丸)、山田英美、片方良子、斉藤真帆、毎陽子、
岸宗太郎、岩崎千帆、前田勝(ハっちゃん)、最所裕樹(エスキューブ)

【日時】2008年 9/5(金)~9/10(水) 全10公演
【会場】新宿・タイニイアリス 03-3354-7307

【料金】前売2300円・当日2500円(全席自由席)
【開演時間】

 9/5(金)=7:30PM
 9/6(土)=2:00PM/7:30PM
 9/7(日)=2:00PM/6:30PM
 9/8(月)=7:30PM☆
 9/9(火)=3:00PM★/7:30PM
 9/10(水)=2:00PM★/6:30PM

http://www.inzou.com/index.html

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