劇団チャリT企画「ネズミ狩り」

◎「大人」の気概
水牛健太郎(評論家)

「ネズミ狩り」公演チラシ「ふざけた社会派」を標榜するチャリT企画。「社会派」を大真面目に掲げる方が怪しい、どこか信用できないという時代が八〇年代この方、続いてきた。主宰の楢原拓はまさにその時代の子であり、開演前に八〇年代アイドル歌謡を大音響でかけるスタイル同様、「ふざけた社会派」の「ふざけた」という部分に、楢原が完全に真剣であることが逆説的に表現されていた。

昨年末の公演「年末ジャンボ」以来しばらく活動に間が空いた。それだけに、今回の公演が期待されたが、「ネズミ狩り」は様々な意味で、いま社会派たることの困難を感じさせる内容だった。

目につく変化は、作品世界の年齢が急速に上がったことである。これまでの作品は二十代の若者の間の出来事を扱っていたが、「ネズミ狩り」は蕎麦屋が舞台であり、主役の女将・南ナツキ(ザンヨウコ)が三十歳であるのをはじめ、登場人物の半分近くが三十代の設定である。さらに、古びた蕎麦屋「南海亭」のセットは丁寧に作りこまれており、一見してこれまでのチャリTの世界からの「高齢化」が印象付けられる。そしてそれは、少なくともこの作品に関する限り、「ふざけた」ならぬ真面目な「社会派」への変化ともなっている。

登場人物はいずれも、社会の中にそれぞれの位置を持って生活している市井の人たち。彼らの間で問題になるのは、少年犯罪、そして死刑という重量級の問題である。少年の更生に力を注いだ先代の主人であるナツキの父は、皮肉にも少年に殺された。父の遺志を継いでかつて罪を犯した少年たちを雇い続け、また亡父殺しの犯人とされる少年の死刑回避を呼びかけるナツキ。一方で次女のフユコ(小杉美香)は犯罪を憎み、父と同じ事件で殺された清水ノブオの母親と一緒に、少年の死刑を目指して運動している。南海亭に勤める元少年犯を追って、週刊誌記者もしつこくやってくる。裁判の行方はどうなるのか、そして南海亭に勤める少年犯の問題を巡ってストーリーは進む。

「ネズミ狩り」公演から
【写真は「ネズミ狩り」公演から。撮影=鈴木淳 提供=チャリT企画】

犯罪被害者・遺族の人権はここ十年ほど強く叫ばれるようになっている。が、突き詰めて言えば人は他人の経験を自分のものとすることはできない。刑事裁判は被害者・遺族の内面を救済することは決してできず、犯罪の社会的な(言ってみれば)「後処理」以上のものではない。どうしたって「不純」なシロモノでしかないし、人が神ではない以上、それ以上のものであってはならないのだが、救済と正義を叫ぶ声には限りがなく、裁判にそれ以上のものを求めていく。

こうした状況に対して「社会派」に何ができるかと言えば、様々な立場に立つ人々が向き合う「社会」のありようを見せ、そこに不純ではあれ健全な常識が芽生えることを期待する以上のことはできないだろう。登場人物が肉体を持って観客の前に立つ演劇は、そのような「教育」にはまさにおあつらえ向きの表現媒体だが、その役割を誠実に果たそうとすればするほど、歯切れは悪くなり、劇としての収まりをつけることも困難になっていく。「ネズミ狩り」は、劇の結末が、劇のはじまりのシーンを繰り返す円環構造になっているが、それは必然的なことなのである。いま「社会派」にできることは結局、何事も簡単に解決しないという現実を見せ、性急な解決を求める声をいさめることでしかないからだ。

それはつまり「大人」であれということだ。かつての左翼は、社会の秩序を担う「大人」に対し異議を申し立て、現行秩序の破壊を目指したが、今や役割は逆転している。チャリT企画は2006年10月、「アベベのベ」で当時発足したばかりの安倍晋三政権の新保守主義に異議を突きつけた。しかし安倍はそれから一年で政権を投げ出し、後を継いだ福田康夫も先ごろ辞意を表明した。秩序を担う首相が全てを放り出して恥じない、アナーキーなまでの無責任さをさらけ出している今日、むしろ批判する側が「物事を単純化するな」「責任を忘れるな」と叫び、大人としての重さを引き受けなければならなくなっている。

それはとても損なことではある。しかし、誰かがやらなければならないこともであるのだ。「ネズミ狩り」に感じたのは、そんな「大人」としての気概だった。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第105号、2008年9月17日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。大学卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。そのほか経済評論も手がけている。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/mizuushi-kentaro/

【上演記録】
チャリT企画「ネズミ狩り」
作・演出/楢原拓 (chari-T)
王子小劇場(2008年9月12日-16日)

▼出演
松本大卒、内山奈々、伊藤伸太朗、高見靖二、ザンヨウコ (危婦人)、杉村こずえ、宍倉靖二、熊野善啓、小杉美香、長岡初奈、下中裕子
▼料金(全席自由)
前売2500円(日時指定整理番号付き)当日2800円(開演1時間前より会場受付にて販売)
○学生割引=前売当日共に1800円(劇団扱いのみ・学生証掲示)
○失業者・障害者=無料(要証明書類)
▼スタッフ
舞台監督/甲賀亮
音楽/YODA Kenichi
照明/伊藤孝(ART CORE design)
音響/島貫聡
舞台美術/高見S二
衣裳/車杏里
宣伝美術/BLOCKBUSTER
当日運営/吉田千尋
予約管理システム提供/シバイエンジン
協力/(有)宝井プロジェクト
制作/チャリT企画
▼助成
平成20年度芸術文化振興基金
平成20年度東京都歴史文化財団創造活動支援事業
▼企画・製作 チャリT企画


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