◎私の人間関係の糸を舐める
田口アヤコ(演劇ユニットCOLLOL主宰)
青年団『東京ノート』公演を、パリ・ジュヌビリエ国立演劇センターにて観る。なぜわざわざ旅に出かけた先で、東京でも観ることが可能な日本語の演目を観るのかとも考えたが、結果としては、とても面白い体験だった。
日曜日のマチネ公演。劇場には、ちらほらと日本人のお客さんが見えた。観客層は日本より年齢が高めなように思えた。自由席、100ばかりの席数、仮設ではないふかふかの黒いシート。ちょっと映画館のようでもある。舞台奥に中2階的な通路があるのが特徴的。1回降りて、また上る俳優の姿が見える。空想の「フェルメール展」の美術館ロビー。
劇の舞台は、近未来、「ヨーロッパで戦争が起こり、有名絵画が日本に大量疎開してくる時代」である。パリで、ここで、戦争が起こっている時の、「日本/東京」である。密閉された劇場を出たら、その場に銃砲の音が聴こえて来るような、そんな気までしてくる。
物語の中心にあるのは、「夫婦の別れ」。別れる間際の夫婦と、その経緯を知らない夫の兄妹たちとの「日本/東京」での会合、別れに向かう夫婦の妻のほうと、夫の姉とが(つまり義理の姉妹)この一日、早めに集合して買い物等して、昼食を食べ、美術展も見て、その後、美術館内のレストランで夕食をとるため、美術館ロビーで集まる兄妹たちを待っているという設定である。その待っている時間の中で、その夫婦が別れの間際である、という告白が妻の口から夫の姉に対してなされる。
ほか、夫婦、恋人、婚約者、不倫関係、学芸員の同僚、弁護士と依頼人、などなどさまざまな段階の男女が登場する。結婚している方が、簡単に「別れ」という言葉を口に出すことが出来るのかもしれない、とふと思った。
この日、わたしは旅行の連れである夫と喧嘩したあげく、この劇場に来ていた。パリまで来て別行動である。夫はサッカーの試合を観に行った。びっくりしたのは、観劇後、ホテルに戻ろうとしたら、宿最寄りの駅のホームで夫とばったり会えたことである。夫婦と言うのは不思議なものだ。
劇内容に戻る。美術館のロビーで、うまいこと人間が出入りしていく。総勢30人もの登場人物が入れ替わり立ち替わり、「わたしもう1回絵見に行くわ」とか「ちょっとお手洗いに」だとか「美術館事務所に電話が来ているので」とかの理由でそのロビーを出たり入ったりする。位置づけのうまい、「私的と公的、プライベートとオフィシャルを行ったり来たりする中途半端な空間」だ。ひとつひとつのシーンは断片的で、情報はすこしずつしか提供されない。その美味しさをすこしずつ舐めるような作品である。それは、他人の不幸や、やっかいな人間関係やといったものの、ざらりとほろ苦い味をあじわう、ということかもしれない。別れる間際の夫婦、とか、性交渉のあったらしい元家庭教師と生徒、とか、父親が死んで遺産を受け継いだ娘、しかし父親とは小さい頃に別れて以来会っていない、とか、昔、一緒に反戦運動をしていた仲間、とか。この「美術館のロビー」というセミプライベート/セミオフィシャルな空間を、観客は舐めるように覗き見ているのである。それは劇中に挿入される画家フェルメールのカメラ・オブスキュラのエピソードと似ている。三次元の現実を、二次元の絵画に落とすために暗箱を覗き込む画家の姿。
わたしはフランス語が出来ない。なので、字幕の出来不出来が分からないし、当地のフランス人観客の反応ということについて、正しく判断することは出来ない。が、ラスト、「泣いたら負けなの。」という台詞が発せられた時、妻と夫の姉、二人の心中、こころの濡れのようなものが、その瞬間、客席に自然に共有されたことに驚いた。不自由な人間関係にとらわれ、それぞれに身動きのできない二人の女がただ居る。それを観客は覗き見ている。ここで、戦争が起こっている時の、遠く、「日本/東京」の物語。東京ではなくヨーロッパでこの作品を観ることによって、「戦争」というものが、すぐ隣にある、身近なものに感じられた。テロ活動が跋扈し、核兵器の脅威も消えない現在、現実には「ヨーロッパのみで起こる戦争」なんていまや起こりえない、と分かっているが、人間が「戦争」というものとどう距離をとろうとするか、できるだけ遠く離れたい、「ひとごと」と思っていたいという人間の身勝手さがあるのだなあと観ていてひしひしと思った。
わたしは98年の、東京での『東京ノート』再演を観ているのだが、10年前当時には分からなかった、二人の「30歳をすこし過ぎたくらい」の女たちについて、じぶんがちょうど「30歳をすこし過ぎたくらい」になった今やっと、みずからの現実世界における自由さと不自由さとをあわせて考える。この10年間で着々と増えた、私をとりまく、人間関係の糸。それはほろ苦さも多分に含んでいる。
追記:現在、現実の「フェルメール展」が東京都美術館にて開催されている(12月4日まで)。見てから書くか、書いてから見るか、迷った末、この文章を書いてから見ることにした。
【筆者略歴】
田口アヤコ(たぐち・あやこ)
岩手県盛岡市出身、1975月11月12日生まれ。東京大学美学藝術学専修課程卒。演劇ユニットCOLLOL主宰。演出家/劇作家/女優。劇団山の手事情社・劇団指輪ホテルを経て自身の劇作を開始。95年より劇作家岸井大輔氏に師事。blog『田口アヤコ 毎日のこまごましたものたち』。
次回公演は◇COLLOLリーディングシリーズ『田口アヤコ vs』(11月15日-12月27日の土曜日、池袋・No Smoking Cafe modelT)(http://www.collol.jp/recall4/)◇ポタライブ船橋編『青の反対色はオレンジだが、そんな恋は江ノ島の海に捨ててきたの』(11月9日、16日、23日)
【上演記録】
青年団パリ公演「東京ノート」(フランス語字幕付き上演)
フェスティバル・ドートンヌ参加
ジュヌヴィリエ国立演劇センター(THEATRE 2 GENNEVILLIERS)(2008年10月10日-19日)
作・演出:平田オリザ
出演:
山内健司 ひらたよーこ 松田弘子 足立誠 山村崇子 たむらみずほ 辻美奈子 小河原康二 秋山建一 松井周 太田宏 能島瑞穂 大塚洋 鈴木智香子 大竹直 荻野友里 河村竜也 後藤麻美 長野海 森内美由紀
スタッフ:
舞台美術 杉山至
照明 岩城保
字幕 西本彩
舞台監督 播磨愛子 佐山和泉
制作 林有布子 西尾祥子
【同時上演】
『愛のはじまり』Le Debut de l’A.
作・演出:パスカル・ランベール
翻訳:松田弘子
出演:永井秀樹 荻野友里
▽ブリュッセル/ベルギー公演(フランス語・フラマン語字幕付上演)
テアトル・レ・タヌール(THEATRE Les Tanneurs)(2008年10月24日-26日)
【同時上演】
Tokyo Notes(グザビエ・ルコムスキー演出/Theatre des 2 Eauxによる『東京ノート』)(10月21日、25日、26日、28日、11月1日)
作:平田オリザ
演出:グザビエ・ルコムスキー
▽ハル/イギリス公演(英語字幕付上演)
ハル大学ドナルド・ロイ・シアター(Donald Roy Theatre)(2008年10月30日-31日)
助成 平成20年度文化庁国際芸術交流支援事業
平成20年度東京都芸術文化発信事業