劇団競泳水着「真剣恋愛」

◎爽快に描く6組の恋愛ドラマ 3段5分割舞台を有機的に組み合わせ
香取英敏

「真剣恋愛」公演チラシトレンディ・ドラマシリーズ第2弾三部作の第2話というので、「いまどき?」と少々不安になりながら見に行った。フライヤーは情緒過剰だし、うむむと思っていたが、信頼すべき筋から、良かったのことばを聞いたので、でかけていった。行ってよかったというのが、感想。見逃さないでよかった。
観劇後に爽快感を得た、実に良いできだった。

DULL-COLORED POPの清水那保とかカカフカカ企画細野今日子とか雰囲気があり、力のある役者が配されているから当然、と思いがちになるかもしれないが、その印象を生み出すのは、舞台空間の処理に一つ大きな理由がある。
3段5分割された舞台の空間の処理が、見事だからである。その舞台上で複数の筋が進んでいく。入り組んだストーリーを特に力んだ感じもなく、すんなりみせるのは並大抵のことではないと感じる。

バラバラのエピソードを並列平行して展開していこうとする時に、あらかじめ舞台を分割しておくというのは、構成上ごく普通のやり方だ。問題は、区切ってしまったら、裸舞台のように場面場面でどんな場所にも変換できるというわけにはいかなくなることにある。一つ一つの空間が小さくなり、ばらばらの場面でばらばらのエピソードが羅列するということに陥ることがままある。もともと広くて仕方がないというわけにはいかない小劇場空間で、さらに空間を区切るというのは、諸刃の刃である。

それでも行うなら、細切れの空間をどう使いこなすか、一度バラバラにしてしまった空間をストーリーの上でどう有機的に組み立てていくか、という枷を背負うことになる。
今回、上野演出の妙はここに現れた。

ストーリーの中で、それぞれのエピソードは独立し、並列してすすんでいく。5分割の場面でそれぞれのエピソードが進行するのが基本だが、時に他の場面と連関したりもする。それぞれのエピソードは独立しているものの、前の場面の最後と次の場面の始まりが、かぶせられることにより、一つ一つのエピソードが嫌みなく連接し、前の場面の余韻をかえって響かせることに成功した。それにより、間を空けすぎることで余韻が情緒過多になりすぎることを避け、また次の場面の立ち上がりをゆっくりさせて、それぞれがのりしろを持って、重なり合うことにより、観客の視線とイメージをうまく重層化しつつ、連結していくことができた。時間と場所がぽんぽん飛ぶような感じにならなかったのが秀逸であった。
この、脚本上演出上の工夫により、舞台を走り回らなくても、これだけ空間を広く使うことができるようになったのである。

登場人物はそれぞれの空間で、恋愛関係を繰り広げる。
でてくるカップルは6組。養護教諭と男子高校生。その男子を憎からず思っている幼なじみの女子高生。新人教員と女たらし中堅教員。女子アナとかつての恋人で売れはじめの役者。その役者と糟糠の妻のような恋人。その恋人はコンビニ店員に相談をしているうちに…。
それらの登場人物が違う場所にも現れることもあるし、同じ舞台空間でも異なる空間が当てられることもある。ストーリーとともに整理してみよう。

「真剣恋愛」公演から

「真剣恋愛」公演から
【写真は「真剣恋愛」公演から 提供=劇団競泳水着】

真ん中中段に役者坂本伸の部屋と女子アナ越水千夏の部屋が左右に振られている。偶然であったかつての恋人の二人は、近況を報告し合ううちにたまたまふらついた千夏を支えるために密着してしまう。そこを写真に撮られ、千夏は降板、伸はそのスキャンダルを事務所が狡猾に利用し名前を売るという顛末になる。

上手上段に高校の保健室。養護教諭はこの場所にしか現れないが、寂しさから男とつい寝てしまうという即物的な恋愛を表す、自らを「ビッチ系」と名乗る切ない、だが印象的なキャラクターである。男子高校生はそんな養護教諭に惹かれていき、彼女の方も教頭との不倫に疲れていたこともあり、初心な男子に惹かれていくという年の差カップルを構成する。

同じ高校には、プレイボーイの中堅教諭がいて、養護教諭をからかったり、なぐさめたりしている。彼はうまく女心を手玉にとりつつ、今までは決して誰にも本気になることはかった。だから、めんどくさく後を引きそうな養護教諭には決して手を出さなかった。しかし、頼りない、世間知らずの新人教諭の相談に乗っているうち、惚れられてしまい、その真摯さにうたれ、自らもとまどいつつも本気になっていく。彼は上手前の職員室・喫茶店・事務所になるユーティリティ空間と保健室、下手のコンビニに現れる。

また彼は、コンビニで、苦しむ幼なじみの男子を、気に掛け、励ましているうちに自分の恋心に気付いていく女子高生の相談に乗り、豊富な経験の下に含蓄のあるアドバイスをする。またそこにはもう一人、客にのアドバイスをする店員がいる。彼は高校生たちに軽い調子でアドバイスをしているが、常連の女性客、坂本の「今カノ(現在の彼女)」とも話すようになる。売れないころから俳優を支えてきた「今カノ」は、売れはじめいそがしくなっていく伸に対して二人の将来への不安をいだくようになっている。伸の方も、やっかいなことになっている「元カノ(以前の彼女)」千夏を心配して気を取られているために、二人はギクシャクするようになる。その結果、彼女は相談を持ちかけていたコンビニ店員とじょじょにいい感じになっていく。

保健室、坂本の部屋、千夏の部屋、コンビニ、ユーティリティ、この5つが基本空間である。分割された空間は所々で連続し、伸と千夏が出会うレストランの前とか、テレビ局の控え室、最後に二人がすれ違うテレビ局の廊下などに変換する。結果、舞台空間は計10か所ほどに使い分けられていく。これはセットがない裸舞台では表しきれない場面転換である。しかも連続空間として使われる時に、芝居のキモになるシーンが行われる。

人物たちは空間をまたいで登場する。男子高校生が保健室とコンビニ、中堅教諭は保健室、ユーティリティ、コンビニ。新米教員は職員室と喫茶店と保健室に、唯一だれとも恋愛関係をもたないマネージャーは役者と共に事務所、レストラン前、喫茶店(ここは友人の新米教諭と会う)、テレビ局に。「今カノ」が役者の部屋とコンビニに。

しかし、キモになる連続空間にあらわれるのは、伸・千夏と構成上重要なセリフ言う真の戦隊モノドラマ共演者(レッド)とマネージャーだけ。そう、伸と千夏こそが、この芝居の最も重要なメッセージを担う、主役である。

書くとめまぐるしいのだが、場面毎の登場人物はほぼ1対1で人間関係と話題が絞られているために、無理なく理解することができ、がちゃがちゃした感じはない。分割した場所の転換と場所の結合のぐあいがよくよく考えられているため、場面と会話とが整合性をもって分かり易く提示される。

平行して進むストーリー・エピソードは、書いてしまうと、ひとつひとつは極めてベタな恋愛話である。

分かれたカップルの再会、年上との「青い体験」、気になる幼なじみ、女たらしと初心な世間知らず、サクセスによるギクシャク、相談者と恋に落ちる…。

しかしそれらの話が、前述のようなテンポのよさと転換後の余韻により、軽快に進展していく。前のシーンが、次のシーンを見ている観客の中に静かにしみこんでいく。だからこそ「ベタ」が気になることはなく、芝居に自然に引き込まれていくのである。
その結果、スコンと抜けたクリアーな空気が横溢する舞台に仕上がっていた。

「真剣恋愛」公演から
【写真は「真剣恋愛」公演から 提供=劇団競泳水着】

なぜ見ていて、それほど気持ちがいいかというと空間処理の外に、脚本上からも2つの理由が見いだされる。
一つには、男女の機微を描いていても、機微につきまといがちな「ドロドロ」するという呪縛から自由な点にある。
二つ目には、前項と密接に関わるが、登場人物がそれぞれ自分の恋愛で悩みつつも、「グチグチ」言わず、決して人のせいにしない点にある。

それぞれの恋愛が不格好でも、ありがちでも、きちんと一人一人が自分の恋愛に自分の力で立ち向かっている真摯な姿を見せるため、観客にきちんと一人一人の思いが伝わってくるのだ。

ラストに近いところで、伸の戦隊モノ映画の共演者レッドが自分たちの映画について感想をもらす。

レッド 今回の映画ね
伸   うん
レッド 何が言いたいかわかります?
伸   言いたいことは、無いんじゃないの、こういうのは
レッド や、でも妙にほろ苦いじゃないですか、終わり方が
伸   まあ
レッド 俺はね、これは監督なり誰かのメッセージだと思うんですよ
伸   どんな?
レッド そもそも誰も、誰か一人を救うヒーローにはなれない
伸   え?
レッド や、そりゃ地球は救いますよ? 地球くらいは簡単に救えてもね、自分が大切に    したい、誰か一人のヒーローにはなれないんですよ。だからモバピンクは去るん    です。だってあり得ないでしょう? 戦隊物で一人脱退、って
伸   確かに
レッド 前代未聞ですよ。でもそこがね、重要なんじゃないかと。レッドもブルーも、地    球だけ救って、ピンクのヒーローにはなれなかった。だから
伸   うん
レッド ……結論は、無いんですけど

この場面にこの芝居のテーマといってよいものが、結実している。

過去を捨てるために苦悩する養護教諭とそれを受け止めるのに時間のかかる男子。遊びを終わらせ、年貢を納める気になった女たらし。尽くすことに疲れ、自分を受け止めてくれる相手を見つける役者今カノ。それぞれの恋愛の未来の可能性が描かれるが、「真剣恋愛」を象徴するのは、過去に恋人同士だったが、今もどこかで信じ合っている越水千夏と坂本伸の二人である。

真剣な恋愛とは、恋愛関係が終わった後の二人の結びつき方、関係のとり方にあるのだと主張される。心身の関係が切れてしまっても、相手のことを思い続けるというあり方にその主眼はある。

それはよく言われる「プラトニック・ラブ」ともちがう。別れた人をずっと忘れず、思い続けるというのではない。別れた後、それぞれの人生を歩き始めても、同じ時代をどこかで共に生きていることを幸せに感じるといった気分であろうか。思い出を美化するのではなく、ずっとかつての「恋愛」を忘れないでいること。
それは恋愛が成就するというのは、恋愛が破綻した後なのではないか、という脚本長野のメッセージであるともいえるだろう。

それは普通の恋人たちが望む「いつでも一緒にいたい」というような、時間や空間を共有・同伴することに恋愛の目的を見いだすのではない。一緒にいたい、いたい、で終始するのが、普通で、肉体や、精神を支配しあうことが恋愛であると思いこみがちだが、ここで宣言されている「真剣恋愛」は全く異なる。

かつて別れた恋人たちがもう一度やりなおす、なんて安直さとははるかに遠い。もう会うこともないだろうし、コミュニケーションもとらないだろう。でもお互いのことをいつでも理解し、相手の幸せを願っている。それぞれ別の人生を生き、別の人と結婚もするだろう。でもお互いのことを一番理解では弱い、把握しているといっていいような「関係」のあり方。

それは相手の幸せのために身を引くという任侠映画的ヒロイズムとも、心の中で一生大切な心の恋人を思い続けるという自己陶酔ともはるかに遠い。
プラトニックであろうが、なんだろうが、相手に「恋」しているうちは、「真剣恋愛」ではないのだ。「恋」という甘い、浮ついた気持ちが去った後、相手のことを気にかけ続けることに「真剣恋愛」を見ようとするのである。その宣言はかなり重く観客の胸に届く。

その真剣恋愛は、一般的な「幸福」と思われていることとは、遠く離れてしまう。
「好きだから」、「好きなのに」、うまく行けなくて辛い、思い悩む、というバブル期トレンディードラマ風恋愛とは対極にいる。グチャグチャしがちな「恋愛ドラマ」とは一線を画している。

確かに「好きだから」「好きなのに」という理由付けが、「それなのにあなたったら…」と、他者を拘束・支配する方向に機能し、拘束しようとしてしきれない、葛藤に苦しむというのが、よくある恋愛ルーティーンである。しかし、凡百なドラマが描いていたように、そんな「こんなに私が好きなのに」という一方的な浴びせ倒しは、純粋な恋愛感情から発していたとしても、相手に時に暴力として働く。好意・愛情という「無敵な自己肯定」は相手には暴力装置になってしまうことが起こるのである。

レンディードラマで最後に結ばれる二人を見て、主人公の二人がこの後どうなるんだろう、今は幸せでも、人生長いからな。なんて訳知りになったりしがちだったが、そういう見る側のルーティンも、見事にかき消してくれる。今回の芝居は、関係を強要、共用しない愛のあり方、それを自己陶酔やヒロイズムとも無縁に語るのである。
それを納得させられる芝居として作り上げたところに劇団競泳水着のただならぬセンスを感じる。

最後まで、役者に対して挑発的であってもことばの上では、甘えない、頼らない姿勢を貫いた女子アナ千夏であったが、何もしてやれないことを歯がみしつつも真剣に千夏のために必死になり続けた坂本伸。
最後のシーン、偶然テレビ局の廊下で二人は出会う。千夏はスキャンダル後の謹慎から復帰した久しぶりの出社。伸は成功の証である映画のキャンペーンでの来局。おそらく今後、二度と会うことはないはずである。

Cテレビ廊下。
挨拶をする為に出社してきた千夏。
反対側から、伸が歩いてくる。
先に気づく千夏。

千夏 ……
伸  ……(気づく)

二人、一瞬、立ち止まり、見つめあうが、

千夏 ……(業務用)お疲れ様です
伸  ……お疲れ様です
千夏 失礼します
伸  ……

千夏、伸とすれ違い、歩こうとして再び立ち止まり、

千夏 しんぽん
伸 (ふりむく)
千夏 ありがとね
伸  ……うん
千夏 バイバイ

相談に乗っているとき、「伸さん」と呼び続け、一線を画し続けていた千夏。伸がそんな呼び方と抗議しても、昔どう呼んでいたか忘れた、とはぐらかし続けていた千夏である。
彼女のまなざしとことばが心に突き刺さった。
二人の将来を素直に祝福したい気持ちにさせる、幕切れであった。

【筆者略歴】
香取英敏(かとり・ひでとし)
1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校勤務の後、家業を継ぐため独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役。

【上演記録】
劇団競泳水着第9回公演「真剣恋愛
脚本・演出/上野友之
王子小劇場(2008年8月28日-9月3日)

▼出演
細野今日子(カカフカカ企画)/篠崎大悟/清水那保(DULL-COLORED POP)/和知龍範/梅舟惟永(ろりえ)/菅野貴夫/黒木絵美花/西山宏幸(ブルドッキングヘッドロック)/堀川炎(世田谷シルク)/大川翔子/上野友之/窪田道聡(世界名作小劇場)
▼料金(全席自由)
前売2500円、当日2800円、ペアチケット(要予約)4600円、早期予約割引(7/31までに予約された方)2000円、大学生・専門学校生(要予約)2200円、中高生(要予約・各ステージ枚数限定)1500円
▼スタッフ
舞台監督/藤田有紀彦
舞台美術/坂 亨宣(ソマリ工房)
照明/島田雄峰(lighting staff Ten-Holes)
照明オペ/野中祐里
音響/高橋秀雄(SoundCube)
音響オペ/野中祐里
演出助手/会沢ナオト・陶山浩乃
衣裳/川村紗也
衣装助手/陶山浩乃
宣伝美術/立花和政
宣伝写真/菊池麻美
写真モデル/細野今日子(カカフカカ企画)/篠崎大悟
仮チラシデザイン/原弥咲
仮チラシイラスト/川村紗也
WEB/Atelier.Logic+box
制作/塩田友克(クロムモリブデン)
制作協力/福田宏実・山崎洋貴
アソシエイトプロデュース/武藤博伸(フォセット・コンシェルジェ)
プロデュース/劇団競泳水着
協力(五十音順)/王子小劇場、カカフカカ企画、クロムモリブデン、CoRich舞台芸術!、世界名作小劇場、世田谷シルク、DULL-COLORED POP、東京書籍、ノックス、ブルドッキングヘッドロック、ろりえ
製作/2008「第二期・トレンディードラマシリーズ三部作」製作委員会

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