野田地図第14回公演「パイパー」

◎美しいイメージの中に世界を投げ捨てる滅びのメルヘン
芦沢みどり(戯曲翻訳家)

「パイパー」公演チラシキャストがすごっ!松たか子、宮沢りえ、橋爪功、大倉孝二、北村有起哉…と聞いただけで卒倒しそう。そこへもってきてダンス集団コンドルズまで加えてしまって、殿、な、なにをなさるおつもりか???と、クエスチョンマーク3ケ付き好奇心で出かけて行きました。もちろん劇場へ。

時は今から1000年後。所は火星。松たか子と宮沢りえのスキンヘッドがつながっているチラシのグラフィックからてっきりETの話かと思いきや、そうではなくて移住を始めて900年たった火星に住む地球人のお話というのが真相でした。つまり今の地球人の末裔が火星人というわけ。これは火星歴で言えば十世紀なので、歴史はさほど古くない。にもかかわらず火星はすでに荒廃し、食べるものにもこと欠く始末。いったいどうしてこうなった、という謎解きが姉妹を軸に、火星の歴史を往還する形で展開する。遠い未来の過去と現在を行き来する時間の流れを織物の縦糸にたとえるなら、物語の横糸はいくつかの歴史的事件であり、最後に織り上がる布地の柄が謎の答えということになりましょうか。

オープニングは荒廃した火星の今。殺風景な建物にワタナベ(橋爪功)と二人の娘が暮らしている。フォボス(宮沢りえ)とダイモス(松たか子)だ。一度この家を出て最近戻って来たフォボスは、なぜか父親を嫌っている。この姉妹は4歳しか年が違わないのに、姉は妹の知らない秘密を知っていて、それは彼女の父親嫌いやこの星の荒廃とも深くかかわっているらしい。一方ワタナベは、よそから流れて来た天才少年キム(大倉孝二)に、火星の歴史を記憶させようとしている。

この火星の歴史をひもとくために野田が考案したのが、「死者のおはじき」。ほら、ガラスでできた直径1センチくらいの昭和の玩具があるでしょう。あれです。火星に移住した移民は、新天地で生まれた子供の鎖骨におはじきを埋め込んだ。そこに子供の一生が記録され、死んでから取り出されたという。後世の人間がそれを自分の鎖骨に当てると、あーら不思議。骨伝導で過去の人間の一生が映像として見られる仕掛けになっている。この荒唐無稽を子供騙しと言うなかれ。おはじきの透明感と昔懐かしいイメージは、劇の基調になっているのだから。

大過去、過去、現在完了という3つの過去が現在と交錯しながら綴られてゆく火星の歴史を、時系列的に早回しするとこうなる。

900年前に移民第一陣が火星に到着。この時、パイパー(コンドルズの面々)とパイパー値が導入された。まずパイパーというのは全身が蛇腹で(だからパイパーか)、人間に奉仕するために作られたロボット仕様のロボット風存在で、掃除機みたいに暴力を吸い取ってくれる。ゆえに火星は争いのない平和な理想郷になるはずだった。またパイパー値というのは移民の幸福度を測る数値で、温度計よろしく人間の幸福度がひと目でわかるスグレモノ(?)のはずだった。ところが移民の中にビオラン(北村有起哉)というおっそろしく暴力的な男がいて、火星へやって来る宇宙船の中で暴力沙汰を起こしていた。そこで移民を統括するゲネラール(野田秀樹)は、彼を地球へ強制送還しようとする。が、ビオランはゲネラールを殺して火星の果てへ逃げて行く。これが火星で起きた最初の殺人事件、「火星婦は見た」である。(このパロディーは台本のパクリ)。

それから500年後。ビオランの子孫が火星の権力者になり上がっている。ところが最初の殺人が人肉食を誘発していたことが発覚。(時間かかり過ぎ!)それまで人間の暴力をひたすら吸い込んできたパイパーが、ビオランに襲いかかる。この時以来、パイパーは人間を襲いはしないものの、幸福に奉仕する存在ではなくなる。

そして30年前。地球から補給船が来なくなって早や300年。食料が乏しくなりつつある火星に、金星移民の助け舟がやって来る。地球はとっくの昔に人の住む星ではなくなっていると知った火星人は、その大半が金星に移住して行く。ダイモスがお腹にいた母親は、火星に残る決意をする。彼女は4歳のフォボスの手を引いて赤土の荒野をさまよい、ワタナベのストアに辿り着く。食べ物を乞う母親にワタナベがくれたものを、彼女はどうしても口に入れることができなかった。それは人間の死体から取った肉だったからだ。彼女は幼いフォボスにはそれを食べさせ、ダイモスを産み、死んでゆく。

ダイモスが知らないフォボスの秘密とは、火星のカニバリズムの歴史と、それを体験した人間だけが知る絶望だった。ワタナベは姉妹の父親ではなく育ての親で、彼は歴史から汚点を消し、それを天才少年に記憶させようとしていたのだ。だが、そんなことをしてももう手遅れだ。この星はもうおしまいなのだから。そういう雰囲気が劇場中を支配している中で、人生の絶望を知らないダイモスが、終わろうとしている世界になお希望を持って生きて行こうとする。行方知れずになっていたフォボスの恋人が戻って来る。おまけに不毛の大地だった火星に花が咲いて…終わりよければ問題なし?

舞台は装置、照明、衣裳・・・すべてが透明感に包まれていた。特に衣裳は、羽化したばかりの昆虫の翅を思わせる素材と色遣いが斬新。キャストも豪華なだけでなく、重々しい存在感を消去して、軽いたたずまいで舞台にいることができる俳優、という選択だということも分かった。むしろコンドルズ演じるパイパーが、不気味ではあるけれど、全身蛇腹の衣裳が邪魔をして動きが抑えられ、本領を発揮できないでいるように見えた。総勢50名ちかいアンサンブルも、重力があるかないか分らない地球外での存在を絶妙に体現して見せていた。

でも、でも、でも。このSFメルヘン、ちょっと美しすぎるのではないかという気もする。織物のアナロジーに戻ると、織り上がった美しい布地の柄はカニバリズムでしょ。これをどう受け止めたらいいのか、途方にくれる。野田は「赤鬼」でもカニバリズムのタブーを扱っている。それと知らずにタブーを犯した「あの女」は自ら命を絶ったけれど、この作品ではそれほど深く考えられ、悩まれているとは思えない。俳優の演技のことを言っているのではない。作者の手つきのことだ。<だっておとぎ話だからね。おとぎ話はいつだって怖いさ>。そう言う作者の声が聞こえて来そうだが、じつは怖くなかったことが問題なのだ。この作品でカニバリズムはあくまでも美しい織物の柄でしかなかった。ぎょっとしたり、ぞっとしないおとぎ話は、結局のところ退屈だ。

それと、タイトルになっているパイパーは不気味な存在だからいいとして、分かりにくいのはパイパー値。株価の乱高下や幸福の数値に翻弄される現代人をパロディーとして描いたと日経新聞は伝えているけれど(2009年1月8日付「文化往来」)、どこか取ってつけたような消化不良感が残った。

おはじきやパイパーなどの奇想アイデア満載のこの寓意劇は、遠い未来の火星の歴史の中に現代人の焦りと不安を描いて見せるが、イメージが盛りだくさん過ぎて、美しすぎて、おもちゃ箱がひっくり返されただけのような印象だった。あ、それが野田秀樹の狙い?

【筆者略歴】
芦沢みどり(あしざわ・みどり)
1945年9月中国・天津市生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。1982年から主としてイギリス現代劇の戯曲翻訳を始める。主な舞台「リタの教育」(ウィリー・ラッセル)、「マイシスター・イン・ディス・ハウス」(ウェンディー・ケッセルマン)、「ビューティークイーン・オブ・リーナン」および「ロンサム・ウェスト」(マーティン・マクドナー)、「フェイドラの恋」(サラ・ケイン)ほか。2006年から演劇集団・円所属。
・wonderland掲載劇評一覧 :http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/ashizawa-midori/

【上演記録】
野田地図第14回公演「パイパー
シアター・コクーン(2009年1月4日-28日)

作・演出:野田秀樹
出演:
松たか子
宮沢りえ
橋爪 功
大倉孝二
北村有起哉
小松和重
田中哲司
佐藤江梨子
コンドルズ
野田秀樹

美術 堀尾 幸男
照明 小川 幾雄
衣装 ひびの こづえ
選曲・効果 高都 幸男
振付 近藤 良平
ヘアメイク 宮森 隆行

料金 S\9,500 A\7,500 コクーンシート\5,500(税込)


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