日本劇作家協会東海支部プロデュース 「劇王Ⅵ」

◎「劇王」イベントにM-1 化の兆し 実況中継「劇王Ⅵ」
 鳩羽風子(記者)

 若手戯曲家の天下一を決する「演劇界のM-1グランプリ」、「Jr.ライト級チャンピオンタイトルマッチ 劇王Ⅵ」が2月7、8日の両日、秀吉と家康が覇を競った愛知・長久手の地で開かれ、鹿目由紀第5代劇王が防衛に成功した。


 
 劇王とは、「上演時間20分・役者3人以内・数分で舞台転換可能」という条件のもと、作品を上演して、観客や審査員の厳正な投票で優勝者が決まるイベント。ほとんどが書き下ろしの新作で、上演機会は多くてもたったの2回しかない。それなのにご褒美は佃典彦・日本劇作家協会東海支部長が手作りしたチャンピオンベルトだけ。伊達と酔狂、そしてかいま見える演劇魂が、多くの芝居好きを引きつける。

 6回目の今回も、新人戯曲賞の受賞者や地元東海勢の演劇人ら計9人が参戦し、劇的なガチンコ勝負を繰り広げた。最終日の決勝巴戦には、前日の予選で挑戦者Aプログラム(4作品)とBプログラム(4作品)を勝ち抜いた2作品が進出、タイトル保持者との史上初の女性だけの戦いとなった。その模様を、「タイトルマッチ」と銘打ったイベントにちなみ、古館的実況でお送りしよう。

1、どこまでやるの?-「どっきり地蔵」

 まずリングに上がったのは、挑戦者Aプログラムを勝ち上がった黒川陽子の作品「どっきり地獄」。東京から初めて馳せ参じた黒川は第13回日本劇作家協会新人戯曲賞受賞者だ。

 登場人物は「M-1グランプリ」を獲得した漫才コンビ。まさか劇王で本歌取りをやろうというのか。しかし、居酒屋で向かい合っているコンビは、どうみても笑いをとるような雰囲気にはない。ピンでも引っ張りだこで勢いに乗る男はあぐらで、対座する相方の男は意味ありげに居住まいを正している。おもむろに正座の男が解散話を切り出した。解散したい、したくないの会話を、役者が座ったままの状態で続ける。あぐらや片膝をつく、正座など、座り方のバリエーションで気持ちの微妙な変化を表現しているようだが、往年の欽ちゃんのテレビ番組のようだ。一体、どこまでやるの? じれる寸前にビデオカメラを持った第3の男が姿を現して、「ドッキリ大成功」と書かれた紙を広げた。それからは怒濤のドッキリ攻撃だ。抑えられていた動きが一気にスパークした。

 解散話も「ドッキリ」なら、解散話に驚いて泣いてしまう相方も「ドッキリ」、実は冠番組の演出の「ドッキリ」で…。一体、どこまでやるの? そう思っていると、漫才コンビやピン芸人の男の設定自体も「ドッキリ」で、父母と芸人志望の男子生徒に。いや、実は犬と豚とニワトリで…。正体は朝だった-というラストだった。

 弛緩した前半と、どんでん返しの連続の後半はメリハリがきいていて面白い。お笑い芸人を力演した役者たちは、いかにも実在しそう。
 「おまえは朝だろう」と舞台上で言われれば、観客は受け入れざるを得ない。そんな演劇のごっこ遊びも楽しんだ。

 「ドッキリでした」で引き起こされる設定転換のオンパレード。10回近くはあっただろうか。付き合わされた観客の方は頭がこんがらがったかもしれない。数多く繰り出されたネタに対するオチを期待して観ていた。まだかな、まだかなと思っているうちに終わってしまった。

2、峠の道行き-「喉仏マロンす」

 Bプログラムの勝者、市瀬佳子の「喉仏マロンす」は、暗がりに響く吹雪のような音の中で始まった。やがて明るくなった舞台には、鳥瞰図のような紙が、紅葉した山並みをかたどるように天井を飾る。自転車がひっくり返り、バスケットや紙袋、果物や野菜などが散らばっている。せりふが発せられる前に、音やセットだけで舞台の世界へ一気に引き込む手練れは、新人離れをしている。パンフレットに目をやると、「演出:小熊ヒデジ(てんぷくプロ)」とあった。あの大人気だった二人芝居「真夜中の弥次さん喜多さん」の出演者のうちの一人だ。

 今大会の参戦者9人のうち、作・演出を兼ねていないのは彼女だけ。実は演劇専門誌『せりふの時代』と連動して創設された新企画で、第1回短編戯曲1等賞を受賞して、彼女は劇王への挑戦権を得た。

 劇作家同士のバトルなので、演出の効果を除外して戯曲の力量を見極めるべきか、演出も加味した芝居全体を評価すべきなのか、判断が難しいところだ。

 既に折り紙付きの戯曲は、よそから来た少年と地元の餅屋の娘が峠を越えようとする道行きで始まる。少年は長身で細身の女性が演じている。餅屋を継いで将来を考えようという少年に対し、娘は盗癖や、二股をかけたりする血筋であることを告白。娘自身も他の男と馴染んでいることを知り、少年は別れを告げる。

 シリアスな場面のはずだが、娘は舌っ足らずな口跡で方言を交えてあっけらかんと話すので、何ともゆる~い空気。それが一変するのは、立ち去ろうとする少年の背に向かって、喉仏をさらす男を襲うという喉仏峠の松姫の因縁話を、娘が語って聞かせる中盤から。

 いつの間にか松姫が憑依した娘は、声色も豹変。「夏は川面に揺れる夕日、山を覆う呉羽紅葉に、薄雪を溶かす椿の冬」。詞章のようなせりふに導かれて、鮮明な映像が脳裏をかすめた。男を待ちわびて鬼になり果てた松姫が、少年の首に巻かれたスカーフを締める場面や、舞台全体が照明で赤く染まり、猛吹雪の音の中で暗転する場面には、ぞくりとする美があった。

 終盤には少年が去り、娘は頭上から大量に落ちてくる栗を拾い続ける。いがが刺さり、血のにじんだ指先を見て、「血だもんでな」とぽつり。そして幕が下りた。

 「変身」を見せた娘に対して、始終苛立っていた少年はどこか一本調子。演じていたのが女性だったせいもあるだろうが、血が通っていないようだった。

 道行きや峠という設定、夢幻能のように挿入された松姫伝説のくだりに、時空を一瞬で超える演劇独特の奥行きや質感、想像力を喚起する余白を感じた。巧みな演出術に助けられている部分も大きいが、確かな力を持つ劇作家だと思った。

 3、コント赤信号-「信号の虫」

 さあ、いよいよ満を持して、タイトル保持者、鹿目由紀の「信号の虫」の初披露だ。幕が開いた瞬間、持って行かれた。
 舞台上手から、赤、黄、緑色の箱が横一線に並び、その上には男、女、男が乗っている。箱の信号の色と3人の心理がシンクロしている仕掛けだ。結婚に前向きな男が青信号で、後ろ向きな男が赤信号、そして二人の男の間で揺れる女が黄色信号というように。

 まず、この設定が問答無用の面白さ。そして鹿目流お得意の速射砲のようなせりふが降ってくる。
 青信号は「進め」ではなくて、「進むことができる」。黄信号は、「注意して進め」ではなくて、「停止位置から先へ進んではいけない。安全に停止できない場合はそのまま進むことができる」-。一般の認識と道路交通法の規定のずれを軽妙に突くとともに、台の上の男女の心理も解き明かす。踏み台昇降のような動きを見せながら、「結婚します、男ですから」、「進みたくても進めない」。

 黄色の点滅信号では、周りの交通事情に注意して進んでよいという規定をやゆして、安全だと判断できなければ、永遠に一時停止しているの?と、ジャンプを繰り返すなど、笑いのつぼも心得ている。劇王の余裕すら感じられる。

 もし上演時間の条件が3分以内だったら、鹿目由紀は無敵なのではないだろうか。それほど、出だしのインパクトは強烈だった。

 その後は、思い悩む女の心模様を反映して、箱が七変化。色の配列を入れ替えたり、箱の面をひっくり返して3個全部の箱が緑一色になったり、黄色一色になったり。

 色で決めつける短絡的思考の信号から決別しようと、女は、私の色で歩いていくと宣言。箱の色は虹色となり、マーブル模様にもなった。それでも女はどうしよう、どうしようと悩み続ける。最初の箱の色と配置にも戻った。

 パキパキした動き、歯切れのいいせりふ、心理状態を端的に示す箱の仕掛け。とても分かりやすいし、面白い。登場人物の名前は出てこない。個人が背負う人生や生活が提示されることはない。ウルトラクイズの早押しのような、ゲーム感覚のコントのようだった。

 4、審査

 3作品の上演が終わり、いよいよ審査へ。ここでその仕組みについて説明しよう。審査は1人1点の観客票(計約200点)と、各50点を持つ崔洋一、岩松了、一尾直樹、安住恭子の4氏による審査員票の合計点で争われた。進行役は第4代劇王の柴幸男。昨年の大会で鹿目に連覇を阻まれた結果、落ち武者の格好をした「合戦くん」として司会を務める羽目になったのだ。手間取る集計の間、必死につないでいた。

 さて、集計結果は、黒川陽子の「どっきり地獄」には、観客票36、崔18、岩松15、一尾5、安住10の計84点。市瀬佳子の「喉仏マロンす」は、観客票51、崔10、岩松18、一尾25、安住10の計114点だった。そして、鹿目由紀の「信号の虫」は、観客票がダントツの111、審査員票でも崔22、岩松17、一尾20、安住30とまんべんなく支持を集め、計200点で圧勝した。

 劇王となった鹿目はソファ、2位の市瀬は丸いす、そして3位の黒川は座布団に座る。戦国時代の古戦場跡で開かれているのに、下克上ではない。

 審査員の講評も、簡単に紹介しておこう。
 まず、黒川作品に対して。安住評は「昨日見たとき、面白かった。今日は昨日の新鮮さがあまり感じられなかったが、よくできていた」。岩松評は「ドッキリを繰り返すのはあまり良くないと思う。繰り返しの果てに別のものがみえてくるものはあった。でも際だつものではない」。崔評は「どんどん変身するのはカフカっぽい。積み上げてきたうそが崩れた先に何も見えなかった」。一尾評は「メタフィクションの類型。構造に目がいってしまうから、演劇的な衝撃は起こりづらい」。

 市瀬作品について安住評は「美術照明が凝っていてよくできていた。ドラマには物足りなさ。少年と少女は一体いくつなのか」、岩松評は「峠というシチュエーションをちゃんと選んでいる。男は受け身で同じ生理。違う光の当て方があってもよかった」。崔評は「女からの問わず語り」。一尾評は「正直よく分からなかったが、期待を抱かせた」。

 劇王となった鹿目作品に対する安住評は「面白いつくり。本当によくはまっている」。岩松評は「抽象性が面白い。感情に流し込むのとは違う。切り離されている」。崔評は「幕が上がった瞬間の20秒は、ある種の衝撃があった」。一尾評は「後半が今ひとつ。選べない女と信号機は紋切り型。結局、何ら進展していない」。

 劇王の決勝巴戦を2年連続で観戦した。昨年と比べて感じたのは、劇王のM-1化だ。観客も審査に参加する以上、受け狙いをするのが「天下布武」への戦略なのかもしれない。分かりやすさ、面白さも、良くも悪くも今の社会を映している。でも、既存の演劇観を揺さぶるような実験精神にあふれた作品も、もっと観てみたい。
 長篠の戦いで伝統の騎馬戦に臨んだ武田軍に対して、鉄砲で挑んだ信長のような作品こそ、「劇王」にふさわしいのではないだろうか。
(初出:マガジン・ワンダーランド第129号、2009年3月4日発行。購読無料。手続きは購読ページから)

【筆者略歴】
 鳩羽風子(はとば・ふうこ)
 横浜出身。日本女子大学人間社会学部文化学科卒。新聞記者の傍ら、劇評を「シアターアーツ」に発表している。AICT(国際演劇評論家協会)日本センター会員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ha/hatoba-fuko/

【上演記録】
日本劇作家協会東海支部プロデュース Jr.ライト級チャンピオンタイトルマッチ「劇王Ⅵ」(長久手演劇王国Vol.9)
愛知県・長久手町文化の家(2月7日-8日)
http://www.town.nagakute.aichi.jp/kouhounagakute/salon/documents/20/koho200811.pdf(「広報 長久手」p.25)

▽決勝巴戦
①Aプログラム勝者 「どっきり地獄」
作・演出:黒川陽子
出演:五十嵐雅史、佐々木拓也(パセリス)、森きゅーり
②Bプログラム勝者 「喉仏マロンす」
作:市瀬佳子、演出:小熊ヒデジ(てんぷくプロ)
出演:東方るい(フリー)、中島由紀子(avec ビーズ)
③第5代劇王 「信号の虫」
作、演出:鹿目由紀
出演:松井真人、山中崇敬、手嶋仁美(いずれも劇団あおきりみかん)
作・演出:鹿目由紀
上演:長久手町文化の家 風のホール(2009年2月7日-8日)
プロデュース:日本劇作家協会東海支部
入場券:1公演券 一般1,500円 フレンズ1,200円 3公演通し券3,000円
主催:愛知県長久手町教育委員会

【「劇王」メモ】
挑戦者(決勝巴戦進出者以外):刈馬カオス、久川德明、赤井俊哉、渡山博崇、瀬辺千尋、サカイヒロト

・劇王VI番外編「劇王再び~歴代劇王 夢の競演
 長久手文化の家(1月22日-23日)


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