◎瑞々しさが光る冒頭の冴え 戯曲から読み取った確信的な演出
鈴木厚人(劇団印象-indian elephant-主宰/脚本家/演出家)
新宿のタイニイアリスで上演された快楽のまばたきの公演「星の王子さま」はとても刺激的な舞台であった。「星の王子さま」は、寺山修司の戯曲で、かの有名なサン=テグジュペリの「星の王子さま」を下敷きに書かれたものだった。男装の麗人に連れられて、点子という女の子が、うわばみ(=大蛇)の老女が経営するホテルにやってくる。そのホテルには夜空からたくさんの星が集められていて、星のいくつかは人間の女(しかもレズビアンやおなべ)になって突然踊り出す、といういささか荒唐無稽な設定である。
高畑毒見の演出は荒っぽさの中に瑞々しさが光っており、特に冒頭の演出の冴えにはグワワワーッと驚かされた。まず劇場の使い方が大変ユニーク。新宿二丁目のいかがわしい通りから入り口の階段を地下に下りると、タイニイアリスの横長の舞台を覆い隠すように布の幕が張られていた。その幕の前で女の子がサン=テグジュペリの「星の王子さま」を読み始める。そこへ、狐のお面をつけた座敷童子みたいなのが出てきて、女の子の読書を邪魔する。女の子は気にせず読書を続けるのだが何度も邪魔され、最後にはキレて「邪魔しないでよ!」と怒鳴る。途端、舞台を隠していた幕がバサっと落ち、さらに奥からは別の幕が客席に伸びてきた。はじめの横長の幕の裏に、さらにもう2枚の幕が縦に客席に向かって伸びるように仕込まれていたのだ。まるで少女が読んでいた本から「星の王子さま」の世界が飛び出したようだった。飛び出た幕は、舞台のセンターからハの字に張られ、それがそのまま前述のホテルの壁になる。
突然現れ出た「星の王子さま」の世界では、出てくる登場人物がほとんど女。しかもみんな性の倒錯者だった。どうやらサン=テグジュペリの「星の王子さま」に出てくるキャラクターが、寺山フィルターを通して、書き換えられて描かれてるらしい。キャスティングが素晴らしく、特に際立ったっていたのが、うわばみの老女と主人公の点子である。うわばみの老女は、特殊メイクをしてるわけでもないのに蛇ぽいおばあちゃんの女優さんで、彼女のしゃがれた低い声と、点子役の若いソプラノの声のハーモニーはばっちりと決まっていた。また衣装も女性の演出家らしく、細かく細かく選択されていたのではないかと思う。特に、ヒツジ役のドラッグクイーンを思わせる真っ赤な衣装と、地理学者役の篠山紀信的かつらが印象的だった。簡単に、ドラッグクイーン、篠山紀信と書いたが、それは戯曲で指定されていることではない。作り手が戯曲から苦心して読み取って選択した確信的な演出なのだ。
唯一、欠点を挙げると、戯曲のメタ構造の使い方が現代的ではなかったかもしれない。終盤、老女と点子の、「見えないものだけを見る」=星の王子さま的世界観と、「見えないものだけを見たら、見えるものが見えなくなる」=アンチ星の王子さま的世界観が激しく対立し、その結果、お芝居のセットが崩れて(実際にはハの字に張られていた幕が落ち)、素舞台のタイニイアリスの壁が現れる。そこで仕込まれた観客と点子が「いつまでもほんとだうそだと言ってるのが子供ぽい」っと、演技論を交わす。この短いやりとりも戯曲に書かれているもので、わかりやすく言えば、「実はこれは芝居でした。でもあなたの人生だって虚構ですよね?」という寺山のメッセージであり、それを視覚化した演出家のメッセージでもある。しかし、「実はこれは芝居でした。」は今ではただの楽屋落ち(しかもかなり手垢のついた)だし、「でもあなたの人生だって虚構ですよね?」というメッセージだって、「はい、僕は虚構に引きこもってますけど何か?」と逆ギレする観客がワンサカいそうだ。かつては有効だった壮大なアジテーションも時代が変わって形骸化してしまったことに、演出が追いついていなかった。
虚構は手強い。特に僕らの高度消費社会と結びついた虚構は手強い。SMAPの草なぎ君じゃないが、酔ってSMAPという虚構の服を脱いだつもりが、物理的な服を脱いでいただけ。夢から醒めてもまた夢の中どころか、悪夢から醒めてもまだ悪夢の中というのが、今の我々なのではないだろうか? そういった時代にあって、物語の語り手はどう虚構と対峙するのか? 前半の冴えに比べ終盤の演出は、やや平凡というかそのままやっただけに留まってしまった感が否めない。
実は戯曲をもう一歩踏み込んで読むと、星の王子さま的世界観にアンチの態度を示していた点子が、お芝居のセットが崩れて素舞台が露呈して以降、その虚構の世界が終わってしまったことにもっとも抵抗を見せている。そのことをどう考えるかによって、「美しい物語」に引きこもることを描いたこの物語の始末のつけ方が、全く変わってくるのではないか? 寺山は、歪に成長したかつて星の王子さまだった一群を登場させることによって、虚構を信じさせられたまま大人になった愚かな我々を嗤っている。高畑の演出は、このアイロニーをとても丁寧で乱雑にあぶり出していた。しかし、寺山は「見えないものだけを見る」ピーターパンシンドロームだけでなく、虚構に対しての感受性を失った、もしくは、虚構に対しての耐性を失った、「何も見ることのできない」大人も否定している。この二重のアイロニーをくぐり抜け、感受性と耐性を持った大人が見る夢こそ、描くべき何かだったのではないか? 以上は私の個人的な興味だが、今、寺山戯曲に挑むのだから、虚構との距離の取り方により一層の独自性を見せて欲しかった。
【筆者紹介】
鈴木厚人(すずき・あつと)
1980年東京生まれ。脚本家/演出家。劇団印象-indian elephant-主宰。慶応大学SFC卒業。CM制作会社を経て、2004年4月から演劇活動に専念。blog『ゾウの猿芝居』
・ワンダーランド寄稿一覧 :http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-atsuto/
【上演記録】
快楽のまばたき「星の王子さま」
新宿・タイニイアリス(2009年4月23日-26日)
作:寺山修司
★キャスト:藤吉悦子 荒井ゆ美 若井響子 最所裕樹 宇宙(青年座) 安野由記子 谷口幸穂 二面由希(動物電気) 成田佳奈子 球体間接人形 高田由里絵(c-side) ほか
★ スタッフ
演出:高畑毒見
舞台監督:森山香緒梨 大地洋一
音響:吾犀尚子(猫ノ手)
照明プラン:芝原弘
照明操作:丸山朋子
美術監督・宣伝美術:鳴沢ナイ
制作協力:Taisuke☆Yano
球体間接人形協力:池田祐美
写真協力:若井玲子
照明機材協力:由利優樹
演出補助:鈴木枝折
協力…九條今日子 HOURRA タイニイアリス
チケット料金 前売り2500円/当日3000円
・高田由里絵インタビュー http://www.tinyalice.net/interview/0904kairakunomabataki.html
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