韓国演劇見学記

◎充実した環境、日本を圧倒 韓国演劇見学記
鈴木アツト

「日本の小劇場より、韓国の小劇場のほうが進んでるよ」
韓国人の友人からこんなことを言われた。これがイギリス人から言われたのならよくわからなくても納得してしまっただろう。そうかイギリスは進んでるんだね。なるほどね。って。悲しいかな、僕の中にも偏見はある。日本がアジアで一番だと思いたいのだ。でも、もし韓国の小劇場が日本のそれより進んでるのだとしたら何が進んでるのだろう? つい気になってしまった。だから実際に見てくることにした。年末に。韓国の演劇を。韓国の小劇場を。というわけで、2009年12月21日から一週間だけ韓国に滞在し、かの地のお芝居や稽古、劇場を自分の目で見てきた。だからこの原稿はその一週間のレポートである。

今回、僕がお世話になったのは、演戯団コリペという劇団だった。コリペは、韓国の蜷川幸雄と言われるイ・ユンテク(李潤澤)氏が主宰する劇団である。なにせ韓国の蜷川幸雄だ! 劇団の宿舎に僕をタダで泊めてくれた。太っ腹(イ・ユンテク氏は本当にお腹がちょっと大きかった)! ただし、あくまで個室ではなく六畳ほどの部屋を、3-4人で使うということだった。だから、僕は韓国の劇団員たちとドキドキしながら共同生活をすることができた。なにせ言葉も通じないし、反日感情をぶつけられたらどうしようなんてことも考えていた。

コリペは演劇で食べている劇団である。助成金もたくさん得ているのだろう。韓国各地に拠点がいくつもあり、僕が知り得た限りでも、ソウル、プサン(釜山)、ミリャン(密陽)のそれぞれに事務所、宿舎、劇場があり、劇団員は常に演劇をしている。たとえばその日、公演の本番があっても、直前まで次の公演、次の次の公演ための稽古をしている。ソウル公演の休演日が、地方での公演日だったりする。日本でこんな演劇生活をしているのは歌舞伎俳優ぐらいなんじゃないだろうか?

ちなみに、僕が一緒に過ごしたスケジュールを箇条書きすると、
8:30 朝食
10:00 朝の稽古開始
12:30 朝の稽古終了と共に、昼食
14:00 昼の稽古開始。(マチネがある劇団員は本番)
17:30 昼の稽古終了と共に、夕食
19:00 ソワレがある劇団員は本番
22:00 公演のあるなしに関わらず飲む。幹部の飲みは打ち合わせの時間も兼ねてる。
27:30 就寝(もっと遅いことも頻繁)

他の仕事は、稽古と飲み以外の時間にするので幹部ほど寝ない。別の劇団の人に聞いたところ、コリペは寝ないことで有名な劇団らしい。食事は若い劇団員の当番制の自炊で、当番の人は時間になると稽古を抜けて、みんなの分の食事を作る。ちなみに、部屋は幹部もイ・ユンテク氏さえも相部屋。若い劇団員は10人ぐらいで大部屋の雑魚寝。ただし、ソウルに実家がある者は、実家から通うことも許されているようだ。

それから、韓国の小劇場界では、大学の演劇学科を出ていないと役者にはなれない。だから大学の演劇学科受験のための演技予備校みたいなものもあるらしい。日本で言えば、音大に入るみたいな感じか。総じて、役者の基礎レベルは、日本よりも高いと思う。

「韓国演劇見学記」
【写真は、能の稽古風景-屋島の謡を練習するコリペの劇団員。筆者提供。禁無断転載】

僕がとても羨ましかったのは、昼間、能の稽古に参加していた役者が、夜、ミュージカルに出演するということが当たり前に成立していることだった。(能の稽古は、コリペの海外公演の準備のため。2010年にルーマニアで開催される演劇祭に、能の様式を取り入れた東洋的な「ハムレット」を上演する企画があり、僕が今回無理やり参加させてもらったのは、その公演のためのプレ稽古。日本から能楽師の先生が講師として招かれていた。)

僕が見たコリペのミュージカル「真夏の夜の夢」はかなり型破りなものだったのだが、20代の役者たちが見せたその歌や踊りは堂々たる力強さで、日本の「四季」と比べても遜色がない。何しろ言葉がわからない僕が笑い転げていたのである。台詞がわかる観客席のはしゃぎっぷりは、すごかった。そして、そんなミュージカルに出演している俳優が、昼間は余所の国の伝統芸能を真剣に学んでいるのである。古典に対するリスペクトがあり、ジャンルにこだわらない頭の柔らかさがあり、体系的に演劇教育を受けているから基礎力がある。引き出しの多さは、日本の平均的な小劇場の役者と大きく違う印象を持った。もちろん、僕が稽古まで見れたのはコリペだけだから他の劇団がどうかはわからないけれども。

「韓国演劇見学記」
【写真は上(左)から「真剣にチラシを選ぶ人々」「突然始まったミニ芝居」、ソウル演劇センター。筆者提供。禁無断転載】

一週間の滞在の間、毎晩お芝居を見るようにした。コリペのソウルの宿舎は、ソウル東部にあるテハンノ(大学路)のはずれにある。テハンノは言わずと知れた韓国演劇のメッカで、大小80の劇場が密集している。(一説には劇場の数は100以上だという話もある。)僕はテハンノは、外から見ると表参道、中に入ると渋谷という印象を持った。

街の広さは原宿駅から表参道駅ぐらいまでの距離で、道幅もほぼ表参道のそれと同じくらいだろう。ただ、飲み屋やショップ、露天商が多い感じは渋谷のセンター街の雰囲気だ。そして、表参道や渋谷と圧倒的に違うのは、デートで演劇が当たり前であることだ。

滞在していた期間はちょうど、クリスマスとかぶっていた。驚いたことにクリスマスのマチネが大体どこの劇場も満席。日本では、それなりに人気の劇団でもクリスマスの客席を埋めるのは大変なんじゃないだろうか? が、こちらではそれが普通。羨ましいっ!とにかく、一般客にとって、小劇場演劇が日本よりもずっと身近なのだ。

前説が、観客へのプレゼント・クイズタイムになっているお芝居が珍しくないのにも驚いた。開演前にこれから上演されるお芝居にちなんだクイズが、前説のお姉さんぽい人から出され、え?え?と思ってると、観客の何人かが挙手をしている。その内の一人が指名され回答。正解!プレゼントを渡される。なんだこのインタラクティブな感じは?劇団が、企業に宣伝に行くと、お金は出せないけどということで商品を何個かくれるらしい。で、その商品が前説プレゼントクイズの景品になるみたいなのだが、またしても客席との距離が近い。

“演劇の公共施設”も充実していて、例えばソウル演劇センター。立地的にはテハンノの真ん中にあるこの三階建ての公共の施設では、80ある小劇場の全ての公演情報を調べることができる。表参道で言えばラフォーレがあるようなところに、誰でも利用できる演劇の情報センターがある。街の中心に“演劇”がある。一階には各チラシが置かれているラック、小ステージ(宣伝のためのミニ芝居がやられてたりする)、カフェがあり、二階は演劇図書館、三階は託児所になっている。もちろん、入館は無料。一階は待ち合わせにも使われていて、大変賑わっている。外のチケットボックスでは、当日まで売れ残った各劇場のチケットが半額で売っている。客が入らないよりは入るほうがいいという哲学がシステムにまで浸透しているのだ。他に日本にはないおもしろい返金システムがあって、一度買った前売りチケットでもキャンセル料を払えば、返金してもらうことができる(キャンセル料は30日前はチケット料の10%、10日前は30%、2日前は50%といった具合)。

小劇団なのに、パンフレットを売っていたところも多かった。値段は大体チケットの10%以下、2000円の公演ならパンフレットは200円。安い!カラーで役者のプロフィール、そして、必ずあらすじが載っている。日本だとネタばれを嫌い、あらすじをできるだけ事前に明らかにしないようにしている風潮があるが、こちらは内容を観客に敢えて提示しようとしている気がした。

観客側の目線に立って見た時の演劇を取り巻く環境は、韓国のほうが日本のそれより圧倒的に進んでいる。一言で言えば、演劇が密室化していない。僕がたった一週間の滞在で感じたプラットフォーム的な差異は以上のようなものだったが、他にも細かい工夫がたくさんあるという話を聞いた。

最後に。滞在中、韓国人の仲間はみんな優しく僕を迎えてくれて、嫌な思いをすることは全くなかった。けれども、韓国人の心の中には確実に反日感情がある。この日本人とは深く付き合おうと思った時に、彼らは試金石としてそういった問題を投げてくる。こいつはどれぐらい韓国を知ってるのか?朝鮮を知ってるのか?歴史を知ってるのか?と。ただの通りすがりに対しては、とにかく親切に接してくれる。みんなお節介なくらいに面倒見がいい。

やはり、一週間は短かった。できるだけしっかり見てきたつもりだが、勘違い、見間違い、聞き間違い、多々あるかもしれない。そして、知ることのできなかったこと、出会うことのできなかった仲間も多いかもしれない。だから、近いうちに韓国にはまた行こうと思っている。日本の演劇人が学ぶことは多い。それだけは間違いない。
(初出:マガジン・ワンダーランド第174号、2010年1月20日発行[まぐまぐ!, melma!]。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
鈴木アツト(すずき・あつと)
1980年東京生まれ。脚本家/演出家。劇団印象-indian elephant-主宰。慶応大学SFC卒業。CM制作会社を経て、2004年4月から演劇活動に専念。blog『ゾウの猿芝居』(http://www.inzou.com/blog/)
・ワンダーランド寄稿一覧 :http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-atsuto/

「韓国演劇見学記」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 鹿又隆志
  2. ピンバック: kazuyo

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