日本劇作家協会東海支部「劇王VII 決勝巴戦」

◎劇王から“劇王”誕生  鳩羽風子  売り出し中の劇作家が実力を競い合うバトルイベントの「劇王」。日本劇作家協会東海支部が送る恒例イベントは今年7回目を迎えた。結論からいうと、第5代、第6代劇王の鹿目由紀が大会初の3連覇 … “日本劇作家協会東海支部「劇王VII 決勝巴戦」” の続きを読む

◎劇王から“劇王”誕生
 鳩羽風子

 売り出し中の劇作家が実力を競い合うバトルイベントの「劇王」。日本劇作家協会東海支部が送る恒例イベントは今年7回目を迎えた。結論からいうと、第5代、第6代劇王の鹿目由紀が大会初の3連覇を達成した。しかし、今回は劇王から“劇王”が誕生した年として記憶されるだろう。というのも、第4代劇王(2007年)の柴幸男が「わが星」という作品で、演劇界の芥川賞と目される岸田國士戯曲賞を受賞したからである。柴は連覇を狙った「劇王V」で鹿目に僅差で敗れて王座を奪われた。前年大会で敗れた劇王が、小牧・長久手の戦いが行われた開催地の由来にちなみ、甲冑をまとった落ち武者姿をした「合戦くん」として司会進行を務めるという掟があるため、柴は2009年と今回の2年連続で「合戦くん」となった。今年の開催日は2月7日で、岸田賞の発表は2月8日。結果としては、岸田賞受賞者が司会だけを務める贅沢なイベントとなった。ちなみに鹿目の3連覇によって、柴は来年も「合戦くん」になることが決定した。

 柴は愛知県出身の27歳。青年団演出部所属の傍ら、劇団「ままごと」を主宰している。柴の創作活動と劇王イベントのかかわりは深い。岸田賞を主催する白水社のサイトに掲載されている柴のプロフィルには、「主な作品 『反復かつ連続』『あゆみ』」とある。この2作品はいずれも劇王のイベントで上映されたものだ。「反復かつ連続」は実験的な一人芝居、「あゆみ」は1人のヒロインを複数が演じるという画期的な作品だった。

 劇王とは、「上演時間20分・役者3人以内・数分で舞台転換可能」という条件の中で作品を上演するイベント。厳しい制約が逆に劇作家の持つ本質を先鋭的にあぶりだす。普段は自分の劇団のために書き下ろしている長編戯曲では見えてこなかった個性が新たに発見されることもある。柴の岸田賞受賞は、愛知発のイベントが生んだ豊かな実りとして高く評価したい。

 私自身は柴が鹿目に敗れた2008年大会から3年連続で「劇王」の決勝巴戦を「観戦」している。毎年楽しみに足を運び続けるのはやはりその時の記憶が刺激的だったからだ。

 さて、今年はどうだったのか。4人ずつ、2組に分かれて繰り広げられた前日の予選を勝ち抜いた挑戦者の渡山博崇と平塚直隆の2人と、劇王の鹿目の計3人で決勝巴戦が行われた。

 まず、渡山の作・演出品「ラプンツェルの髪」。ベンチでコンビニ弁当を食べているサラリーマン。そこへ乳母車を押す若い女性が登場、舞台を大きく回って「アベさんですか?」と声を掛ける。見知らぬ者の同士のぎこちない会話が、「空揚げ弁当対のり弁」の言い合いをきっかけに形而上の領域へと次第に踏み込んでいく。男の頭上に天上から蜘蛛の糸が垂れていることを女が発見。蜘蛛の糸は舞台上には実在しない。観客には見えないものをあるものとして展開するのかと思いきや、中盤では女の髪で編んだという綱が吊された形で登場する。その綱を上って、団地の自室を訪ねてほしいと頼む女。男は、蜘蛛の糸を垂らすお釈迦様からすれば救済だが、上る側からすれば試練だといって躊躇しながらも、綱に上ろうとするところで芝居が終わる。

 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」とグリム童話の「ラプンツェル」を下敷きにしている。暗示するだけで核心を語らない劇作術は演劇ならではの不思議な余韻を空間に残した。しかし、男と女の人物設定も、芝居のテーマもいささか不明瞭。「蜘蛛の糸」などの題材も固形のままに鍋に残ったカレールウのようで、生煮えのような印象を持った。積み重ねた会話や展開の上に、作者オリジナルの味わいがもっと出ても良かったのではないか。

 次は平塚作・演出の「とろろ」。これはもう徹頭徹尾、飼い犬の死にショックを受けて独りでたたずみたい「とろろ」君と、姉のつくった夕食を食べに来てほしい友人の掛け合いである。会話は徹底的にかみ合わない。それがたまらずおかしい。やがて友人の姉がすり鉢を抱えて、とろろを作りながら登場。人は死んだらどうなるのかと問う「とろろ」君に、死んだら無になるんじゃなくて一つになる、私たちはみんな魂の集合体と、死生観を語る友人の姉。深刻な会話の背後で、友の家に火災が発生。全焼した家から夕食だけを持ち出して、「とろろ」君と姉弟の3人は食卓を囲む。

 ナンセンスな会話を、わざと淡々とした口調で早口に言う友(平塚自身が演じた)と、思わせぶりにゆっくりと話す「とろろ」君など、演出がうまい。とろろと、魂が混ざり合うイメージを重ね合わせたのもいい。コントだけでは終わらない深淵なテーマをのぞかせて、奥行きと深みがあった。しかし、死の問題を物語の展開の中に織り交ぜることなく、ストレートに言わせるのは少し安直すぎるのではないか。役者の身体からは、例えば愛犬の死を悼む悲しみが浮かび上がってこなかった。そうはいっても会場は大うけ。終始笑いが絶えなかった。

 平塚は1回目の劇王から参加。今回は2005年の「劇王III」に続いての決勝進出だった。戯曲賞でも毎回いいところまで行くのだが、後一歩で逃していて「セカンドマン」と言われ続けてきたという。だが、ついに第4回仙台劇のまち戯曲賞を受賞。その勢いが十分、感じられた舞台だった。

 平塚悲願の劇王奪取なるか-。会場に残ったざわめきを、蹴散らすように鹿目作・演出の「借り物と協奏」が始まった。柱のような木材を組んで作られた、プロレスのリングのような骨組み。内部には、引っ越し前のように段ボールや衣類、縫いぐるみなどが散らばっている。「ヨーイ!スタート」を合図に、何かを探し出す女。そして骨組みの周囲を、粘着テープでぐるぐる巻き付けながら駆け回るもう一人の女。幕開けのインパクトだけで見る者の目を奪う。この抜群の瞬発力は今回も健在だ。

 代々の元カレがTシャツや指輪、縫いぐるみ、下着に携帯ストラップを「借した物だから返して」と登場する。借り物競走のスタートとゴールを繰り返しながら、少しずつ角度をずらして、多面体の女の姿をテンポよく活写していく。未練など微塵もなくサバサバしている半面、センチメンタルな部分もある女。そんな過去の感情が染み込んだ物たちが次々と段ボールに片付けられていく。その間にも、粘着テープはどんどん巻き付けられていき、最後は壁のように視界を遮るようになる。結局は借り物競走自体も借り物だったと明かされて終わる。

 物を介した男と女の競争と協奏。これを鹿目は狂想曲のような味付けで奏でてみせた。「片付けられない女」という言葉がメディアではやったことがあった。物をどんどん捨てなさいという掃除術の本もベストセラーになっている。裏返せば、捨てられずに物があふれかえっている人が多い。物には思い出があるからで、そういう過去に縛られている人たちに、「所詮、すべて借り物なんだよ」と皮肉るような痛快な作品だった。

 「劇王」出場も3回目。鹿目の中には短編戯曲の定石というものが既に確立されているように思う。彼女のこれまでの3作品を比べてみれば、やはり1回目の「不惑と窓枠の行方」が一番衝撃を受けた。意表を突く大道具を使って、多彩な女性心理を描く手法が、もっとも鮮やかだったからだ。

 ちなみに今年の審査は、観客(1人1点)とゲスト審査員(青井陽治、マキノノゾミ、西山水木、安住恭子、1人50点)の合計得点で争われた。渡山の「ラプンツェルの髪」には、観客票17、青井9、マキノ0、西山16、安住10の計52。平塚の「とろろ」は、観客票99、青井21、マキノ0、西山16、安住18の計154。鹿目の「借り物と協奏」が、観客票86、青井20、マキノ50、西山18、安住22の計196だった。つまり観客票では、鹿目は平塚に負けていたのである。ダントツだった昨年と比べれば、客を引き込む作品のパワーは少し低下していたのかもしれない。

 20分以内という短時間では、「起承転結」のようないくつもの展開を語れるだけの余裕がない。「起→結」の直線的な展開のインパクトが必要だ。それが鹿目の作品が3連覇した理由の一つではないだろうか。長編小説と短編小説では手法が違うのと同様、短編戯曲には長編戯曲とは異なる手法が必要なのだ。偶然、目にして同感に思ったのが、2月16日付の朝日新聞の朝刊の文化欄で、大江健三郎氏がコラムの「定義集」で書いている一文。「短編には、むしろその短さゆえに、書き手も読み手も驚くような成果を生むことがあります」。氏がいうように、短編戯曲でさまざまなテーマや手法を試みて、自らの劇作の可能性を切り開く-「劇王」はその貴重な舞台になりうる。冒頭に述べた柴の岸田賞受賞をきっかけとして、全国から志ある演劇人が意欲作を戦わせるイベントとして飛躍してほしい。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第179号、2010年2月24日発行[まぐまぐ!, melma!]。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
 鳩羽風子(はとば・ふうこ)
 横浜出身。日本女子大学人間社会学部文化学科卒。。AICT(国際演劇評論家協会)日本センター会員。

【上演記録】
劇王VII 決勝巴戦
(1)Aプログラム勝者 「ラプンツェルの髪」
作・演出:渡山博崇
出演:空沢しんか(フリー)、小山広明(劇団ジャブジャブサーキット)
(2)B プログラム勝者 「とろろ」
作・演出:平塚直隆
出演:中尾達也、山田マキオ、平塚直隆(いずれもオイスターズ)
(3)第5、6代劇王 「借り物と協奏」
作・演出:鹿目由紀
出演:手嶋仁美、山中崇敬、大屋愉快(いずれも劇団あおきりみかん)

長久手町文化の家 風のホール(2010年2月6日-7日)

プロデュース:日本劇作家協会東海支部
入場券:1公演券 一般1,500円 フレンズ1,200円 3公演通し券3,000円
主催:愛知県長久手町教育委員会

【「劇王」メモ】
挑戦者(決勝巴戦進出者以外):サリngROCK、赤井俊哉、塚田泰一郎(刈馬カオス改め)、ナカヤマカズコ、鏡味富美子、徳留久佳


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