青年団「革命日記」

◎強力で甘美な物語
小畑克典

「革命日記」公演チラシ「革命日記」は、集団が共有する大きな物語と個人に属する小さな物語を対置し、その二元対立が生み出す緊張やうねりを推進力とする、強力かつ甘美な物語である。その力強さ・甘美さは確かに観客をひきつけるが、同時に何かしら居心地の悪さを感じさせた。

舞台上では、革命を志す組織の緊張と個々のメンバーの日常とが同時に描かれる。集団がテロの実行を間近に控える中で、個々のメンバーは「個」の事情に足をとられる。一方に「革命」というそれ自体が強い物語性を帯びたテーマを、他方に恋愛関係、親子関係、近所づきあいといったこれまた類型的な物語として消化しやすいテーマを配置することで、作・演出の平田オリザがこの戯曲の出発点とする「個と集団」の問題は、非常に分かり易く、容易に感情移入できるように提示されている。組織の論理を前面に出してエゴを押しつけるリーダーへの不快感も共有し易いだろう。こうした大小の物語の対置は、ハリウッド映画のヒーローが家庭で過ごす一時や、大河ドラマで歴史を動かす主人公を支える家族のエピソードと同様、観客を強力にひきつける撒き餌として機能している。

こうした、感情移入の容易な強力な物語を舞台上に用意するやり方は、従来の青年団のスタイルとは微妙に異なる。青年団の演劇は舞台上にあからさまな物語を載せることを避け、その代わりに舞台の外での何らかの物語の展開を匂わせてきた。それが物語の広がりであり、観客の想像力が働く余地であった。今回その余地を削り物語を強調したことは、平田が観客に媚びた、あるいは観客の想像力への信頼を失ったということではないだろう。むしろそこには、舞台上の物語のみならず、作者や観客の物語、提示される物語と想像力の在りかまでも鳥瞰する、一種意地の悪い視線が感じられた。

その鳥瞰図には、「大きな物語」と「小さな物語」が四つのレベルで立ち現れているだろう。第一に、舞台上で繰り広げられる「革命の物語」と「革命家たちの日常の物語」。第二に、作・演出の平田自身が率いる劇団青年団の物語と、個々の劇団員の物語。第三に、観客の実生活に投射される「個」すなわち観客自身やその家族の物語と、「集団」すなわち会社や親族や国家や町内会の物語。そして第四に、劇場内で大小多数の物語を呑み込みながら展開する芝居の物語と、一人ひとりの観客が人知れず想像・展開しているであろう物語である。

「革命日記」公演
【写真は「革命日記」公演(2010年)から。撮影=青木司 提供=青年団 禁無断転載】

これら四つのレベルで「大きな物語」と「小さな物語」の緊張関係が全体の物語を推進するのだが、ここで、一つの物語が他の物語に(大抵の場合小さな物語が大きな物語に)呑み込まれるためには、ロジックや民主主義は不要であることに注意を払う必要がある。劇中組織のリーダーがいみじくも述べるように「行動あるのみ」。思考を停止し、跳ぶこと。そうやって物語に巻き込まれていく過程にこそ、物語の快楽があり危うさがある。

メンバーの一人は最前線に赴く恋人との物語をもって組織の物語と対峙するが、彼女が本当に「個」に拘っていたのか、それとも「全体に奉仕する個」「個と集団の相克」の甘美さに彩られた物語に身を任せていただけなのかは定かでない。そして私たち観客も、それを目撃する中で「自らの想像力を駆使して紡ぐ物語」を放棄し「舞台上にお膳立てされた物語」に身を任せて、思考停止したまま大きな物語に呑み込まれていたのではないか。

もちろん舞台上の物語に観客を巻き込む戦術は、創り手にとっても危険を伴う。何となれば、わたしたちはいとも簡単に一旦受容した物語を着替え、捨て去ることができるからである。「郵政民営化」「改革」「政権交代」などの例にもある通り、着替えが可能な物語が次々と紡ぎだされ、日本人はその紡ぎ手の期待に見事に応えてそれらの物語を消費し、脱ぎ捨てる。青年団は物語に観客を巻き込むことで、その物語に賞味期限を設けてもいるのだ。もちろん平田はそれについても充分自覚的だろう。「革命」という明らかに賞味期限切れのテーマを、浅間山荘後に生まれた若い役者達に演じさせる一種自覚的な「ズレ」自体が、物語の賞味期限に焦点を当てさせないための仕掛けになっていると思われる。

力強く甘美な物語に一瞬裂け目が現れるのが、メンバーの負傷や、別居する息子についての思い、すなわち「血を流すこと・血を分けること」に関わる状況であることは、身体に最も近い痛みが物語からの解放の契機の一つとなりうることを示すように思われる。そうした裂け目を捉えて、「個」としての観客は断固大きな物語に巻き込まれることを拒絶し、想像力の自由を高らかに謳わなければならない。想像力を我らに取り戻せ!自由で孤独な想像力の連帯を!それが、強力な、よくできた物語に接した時に想起すべき言葉ではないかと、筆者は考える。そしてそれは、この強力で甘美な物語の中に埋め込まれた隠れたメッセージであるようにも思われるのだ。
劇評を書くセミナー2010こまばアゴラ劇場コース 提出作品から)
(初出:マガジン・ワンダーランド第194号、2010年6月9日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
小畑克典(おばた・かつのり)
1967年東京都生まれ。会社員。ブログ「小劇場中毒

【上演記録】
青年団第62回公演『革命日記
こまばアゴラ劇場(2010年5月2日-16日(日)
作・演出:平田オリザ

出演
能島瑞穂 福士史麻 河村竜也 小林亮子 長野 海 佐藤 誠 宇田川千珠子 海津 忠 木引優子 近藤 強 齋藤晴香 佐山和泉 鄭 亜美 中村真生 畑中友仁

スタッフ
舞台美術:杉山 至
照明:岩城 保
衣裳:有賀千鶴
演出助手:鹿島将介 玉田真也
宣伝美術:工藤規雄+村上和子 太田裕子
宣伝写真:佐藤孝仁
宣伝美術スタイリスト:山口友里
制作:木元太郎

チケット料金 一般:3,500円 学生・シニア(65歳以上):2,500円 高校生以下:1,500円
■主催    (有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
■企画制作 青年団/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
■助成   平成22年度芸術文化拠点形成事業

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