◎「つぶやき」から二週間で公演 興奮と喧騒
カトリヒデトシ
終演後、観客にも大入袋が配られ打ち上げとなった。興奮の余韻を噛みしめつつ賑やかに歓談に移った。そんな中、風琴工房の詩森ろばさんが脚立を持ち出して、照明を外し始めた。いつものようにチュニック・ジーパン姿の女性らしい姿である。確かに打ち上げと平行してバラしを行うとアナウンスがあったが演出助手とはいえベテランが黙々と働いているのは、まぶしかった。制作総指揮の松本隆志とその勇姿を見上げつつ、「すごい状況だね」「ほんとですね」「申し訳ないようだが、こういうイベントだったんだよね」「まさにそうですよね」という会話をした。
小劇場界を二週間にわたり興奮と喧噪に巻き込んだ、国内初と思える「ツイッター発企画」演劇、穴埋め企画公演 プロジェクトあまうめ「よせあつめフェスタ」についてレポートしたい。
まず「あまうめ」の経過を御存じない方のために簡単にまとめよう。
5/30 20:18に新宿シアターミラクルの支配人が6/12、13の劇場キャンセルに伴い「試演会でも稽古利用でも結構ですので、よろしければご利用ください」とつぶやいた(支配人のフォロワーはその時点で500人弱)。キーマンであるMrs.fictionsの松本隆志が「今から準備で公演!とか誰かどうですか?」とつぶやくのが21:29。作演出を務めることになるあひるなんちゃら関村俊介が「こういうの見ると、なんかしたくなる」と22:43に返す。
ここから穴埋め企画がスタートする。0時台に手伝いたいと風琴工房詩森ろば(最終的には演出助手)、出演希望として市ヶ谷アウトレットスクウェア湯舟すぴか、世田谷シルク堀川炎と手があがり、時間を追うごとに増えていく。深夜、楽日打ち上げ最中に参加希望するものや出たいのに予定が…、別の現場があるけどチラシ、パンフレットを作りますという立候補者など、どんどん参加者がふえ、「祭」として活況を呈していく。リツイートの威力を思い知る事態である。
その過程で起きた書き間違いから「あまうめ」いう名称が決まり、3時には反響の大きさに言い出しっぺたちが戸惑うほどになっていく。筆者が気づいたのはこのあたりである。関村は応募の中からキャストをネット上の情報をもとに配役を決めていくと宣言。朝の7時ごろほとんどのキャストスタッフがそろった。一晩で公演の準備が整ったことになる。最終的にキャストは予定より早く31日22時には締め切られた。その内訳は所属10数団体+フリーの15名。スタッフ協力者の申出は増え続け、「祭」はプロセスそのものが「演劇」へと変質していく。ツイッターでの興奮からネット以外の告知ができなかったにもかかわらずチケットは発売5日目(6/7)の早朝売り切れ。当初16時、1回のみの公演予定だったが、19時、さらには13時と3回公演へと増え、観客からの「公開ゲネ希望」というリクエストにも応えていくことになる。脚本提供者も三谷麻里子、MCR櫻井智也と3名に。「シアターガイド」、「fringe」、「シアターリーグ」など他メディアでも取り上げられた。
その中で特筆すべきは仮チラシの配布方法である。通常の印刷をし、折り込みをするという時間がなかったのを克服する新機軸を開拓した。コンビニの新サービスである「ネットプリント」を採用したのである。これはPCからネットで登録した原稿をどこの系列店からでも、コードを入力し所定の費用を払えばプリントアウトできるというものである(今回は白黒で20円)。これは筆者には小劇場における「チラシ問題」の一つの光明に思える。劇場に来た人にしか渡せないという悩みや、配布の費用対効果の低さという悩みへの一つの解答である上に、チラシ自体を削減し紙資源保護にも寄与できるというメリットがある。これは今後大いに参考になる取り組みであったと思う。今回は作成者の努力で日々更新され主要スタッフのみの初版からキャスト発表の2版と日々更新版が作製され4版まで更新された。例えば今後、作品の重要な情報が小出しにされていき期待値を高める工夫だとか、複数バージョンをプリントし持ってきた人にはファンサービスをするとか、数多くのアイディアが生まれるだろう。それを駆使した新しい告知の形が模索されうる。
12日の前日の全体稽古では、初対面も多く、挨拶だけでなく、自己紹介が行われるというふだんではあり得ないことも起こった。松本にしても関村にしてもキャストの数名しか顔見知りではなかったという。
「そんなので芝居ができるのか」と思われるだろうが、この公演が長大なセリフを覚えたり、稽古を重ねなければアンサンブルがとれなかったりといったタイプの芝居ではなかったことがそれを可能にした。それはひとえに、あひるなんちゃらの作者関村の脚本で彼自身の演出だったからこそと言えるだろう。二人芝居が3本、三人芝居が3本という構成も工夫されていた。「オケラジ!」というトークイベントで人気のあるオケタニイクロウが往年のヒーローものの映像を見ながら突っ込みをいれるというトークから始まり、客席が暖まったところから3本のショートストーリー、再びトーク、後半の3本という順であった。二人の芝居では、漫才でいうボケツッコミをとらないと、「論争」を日本人が苦手とするため、単なる言い争いに堕してしまう。話をうまく展開させていくことが難しくなる。1本目の「ツイッター」では、はらぺこペンギン!の三原一太が部下に書き込みを見られたくないという上司を演じる。そこを部下である。北京蝶々の岡安慶子にあれこれ突っ込まれる。ところが岡安は反発するだけでなく、ところどころで上司のことばに素直に従ったりする。それにより演劇的なリズムが生まれていく。「明日バイトなんだけど」のさいとう篤史は題名通りに帰ろうとする友人、犬と串の堀雄貴を引き留めるわけでもないのだが流れを無視した話を始める。するとそれに堀が乗せられて再び長居が始まるというシチュエーションの作品である。三原にしても斉藤にしても、ずれているボケた人というよりも相手を戸惑わせる不気味な存在な人として現れる。また相手方もしっかりと突っ込むわけでもなく相応にピントがずれている。そのため笑いと共に不気味な違和感を持つ雰囲気が立ち上がってくる。関村世界の真骨頂である。稽古期間が少なかったにもかかわらず役者のキャラクターではなく「存在感そのもの」を巧みに誘導し駆使したために、演技過剰にならず、かといって「素」ではない「役」が立ち上がってきた。短いセリフと微妙な間によって、笑いとともに不思議な雰囲気を作り出す関村脚本の特質が2、3人の状況だったため最大限に生かされたといえる。
あひるの本公演のように多くの人物が様々な関係の中で交錯し、それぞれの関係の「間」をつくりあげるには十分な稽古が必要だろうが、時間の制約の中で、冷静かつ沈着にやるべき事を策定した関村と松本との見事な作戦だった。もちろんそれを実際に演ずる集まった役者たちが持つ能力の高さもあったことは忘れてはならない。こういう状況に即応して、瞬発力で演じきるという演技の筋力は小劇場の最良の部分だと思う。elePHANTMoonの菊地奈緒や花組芝居堀越涼は、「あ、こういう役もおもしろいな」と思わせる新境地を感じた。よいチャレンジをしたと思う。また三人芝居には、三谷麻里子と櫻井智也(MCR)の作品が上演され、その挟まれ具合がリズムを替え観客を飽きさせない構成となった。二人の作家の持ち味が生きた物語性のあるショートストーリーであった。
立ち上げのつぶやきから2週間でこれほどの規模に育ち、ムーブメントとなったことを参加者も観劇者も決して忘れないだろう。再現不可能な祭であった。
公演アンケートもツイッターで公開された。恐らくこれも初めての試みだろう。幾つか興味深い点をまとめていきたい。
総来場者数250名というのも準備期間、劇場規模を考えるとすごいことだが、アンケートの回収枚数が134枚、回収率54%というのは信じられない高率だ。
その多数回答から観客の標準的な姿をさぐると年齢層は20代が4割近くというのは普通だとして、演劇活動をしているものが36.6%とやや多い率(統計はないが日々劇場にいる実感として普通は2割くらいのものだと思う)。ツイッター開始時期が2010年1~3月が33.6%でつぶやき数が99以下、フォローしている人数が49以下、フォローされている人数が49以下とツイッターに関しては初心者であることがわかる。公演を知ったのは44.8%がツイッター上なのは当然としても、半数の人が6/4までに(立ち上げ最初の5日目)までに知りその後の経過を見守っていたことがわかる。フォローしている公演関係者は、いない人が26.1%で2~4人の知り合いがいる28.4%とほぼ同じ。ツイッター波及効果により公演を知り、当日足を運んだことがまざまざとわかる。それを裏付けるかのように「本公演を取り上げたメディアの中で御覧になったものはありますか?」の問には、「いずれも見ていない」が54.5%である。
今回の公演がインターネットを駆使することによってのみ可能な、以前には決してなしえなかった形態であり、演劇の新しい環境づくりのための一つのモデルケースになるかもしれない公演であったことが改めて確認できる。
しかし筆者はこれを評価する一方で、別な思いも抱いている。
何かと話題を提供する情報環境の変化は、情報機器などのツールの更新によりとどまるところがないスピードで変化していく。それを即座に使いこなすものと取り残されるものとの間に「情報格差」はどんどん開いていくことになる。すばやく情報にアクセスし使いこなすものと、情報を発信するどころか、手にいれることもできないものとの二極化が今後ますます進んでいくだろう。しかし全員がその流れに乗っていかなければならないのだろうか。その流れに乗れないものは「旧世代」と切り捨てられる運命なのだろうか。
演劇の持つ「アナログ性」。ライブというとカッコイイが、「汗臭い身体剥きだし感」はデジタルと馴染まないところもある。デジタル潮流にあえて乗らないというのも見識だと考えるのである。
既にサイト、ブログ、SNS、書き込みサイトと情報を発信する場は多すぎるほどである。旧来のチラシや活字メディアに加え、これらに相応の時間や能力をさくことは、人によっては対応しきれないこともあるだろう。既に一杯一杯なのにその上ツイッターなんて…と悲鳴を上げている者も見聞きする。
新しい潮流に乗り、時代を捕らえることによって告知方法を増やす手管も大事だが、それが中長期的に観客動員増に直結するわけではない。当たり前すぎるが作品の質こそが評価となって劇団の消長につながるはずである。
何よりも大切なのは作品づくりだ。そのため稽古前までに脚本が完成していることがなにより重要なことだろう。完本していれば余裕を持って公演までの予定がたち、稽古中に手直しをいれつつ、美術照明など演出の準備も十全にできる。告知の方法や手段を決め、十分取り組むことができる。有川浩の「シアター!」(メディアワークス文庫)で指摘されたように、脚本ができあがらないために、チラシ・ポスターの入校が遅れ、キャストや稽古日程を決められず、諸費用がかさんで制作環境が圧迫される。稽古の質も上がらず、作品の質の向上も見込めない。関係者ならだれでもわかっている小劇場の「ダメさ」である。そしてその「ダメさ」が学習され、解消する方向へと進んでいかない。
確かに「あまうめ」は大成功だった、そこに参加できたことは出る側にとっても見る側にとっても幸せな時間であった。しかしどう考えても「お祭り」にすぎなかった「あまうめ」がこれほどの成功を収められたのは、優れた役者が集まった上に、関村の作品のストックと彼の演出の実力がなくては不可能だった。更に名プロデューサーであった松本の管理能力とコントロール能力、事務方制作方の献身という成功の条件がそろっていたからに疑いない。たまたまだろうと才能が集結したからこその成功であって、今回のケースが希有なことであったことを忘れてはならないと思う。
水を差すようで申し訳ないがこれを普遍化することは難しい。間違っても話題性と情報伝達が万能であると思い込み、安直に手をだすことは慎まなければならないだろうと思う。
ツールが発達することによって、今まで思いもしなかったことが実現する。しかし使いこなす能力が発揮されなければ意味はない。ツールはそれを使う人間次第であることは、誰もが「ドラえもん」でよくわかっているはずではないか。
(初出:マガジン・ワンダーランド第197号、2010年6月30日発行。購読は登録ページから)
【筆者略歴】
カトリヒデトシ(香取英敏)
1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校に勤務し、家業を継ぎ独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役。「演劇サイトPULL」編集メンバー。個人HP「カトリヒデトシ.com」を主宰。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/katori-hidetoshi/
【上演記録】
あまうめプロジェクト 穴埋め企画公演「よせあつめフェスタ」
新宿シアターミラクル(6月13日13時 16時 19時)
https://twitter.com/project_anaume
【脚本】関村俊介(あひるなんちゃら)、三谷麻里子、櫻井智也(MCR)
【演出】関村俊介(あひるなんちゃら)
【出演】
1 ツイッター
・岡安慶子(北京蝶々)
・三原一太(はらぺこペンギン!)
2 明日バイトなんだけど
・堀雄貴(犬と串)
・さいとう篤史
3 ゴーテンノーベ
・菊地奈緒(elePHANTMoon)
・本山紗奈(荒川チョモランマ)
・湯舟すぴか(市ヶ谷アウトレットスクウェア)
4 隅に置く 三谷麻里子作
・石井舞
・西恭一(The Soul Beat Ave.)
・松木美路子(風琴工房)
5 あさはかな魂よ、慈悲深い雨となって彼女の髪を濡らせ 櫻井智也作
・筧晋之介(エレクトリック・モンキー・パレード)
・寺井義貴(ブルドッキングヘッドロック)
・堀越涼(花組芝居)
6 赤い石
・堀川炎(世田谷シルク)
・金丸慎太郎(国道五十八号戦線)
【MC】オケタニイクロウ(オケラジ!)
【舞台監督】喜久田吉蔵
【照明】元吉庸泰(エムキチビート/虚構の劇団)
【音響】影山直文(sons wo:)
【音響協力】岡田 悠(One-Space)
【楽曲提供】綱島慎平
【動画作成】岡安慶子(北京蝶々)
【HP作成】堀川炎(世田谷シルク)
【制作・宣伝美術】池田智哉(feblabo)
【制作】一ツ橋美和(少年社中)、佐藤成行、吉田高志、小林大陸(Aga-risk Entertainment)、大木瞳(ガレキの太鼓)
【票券管理】津留崎夏子(ブルドッキングヘッドロック)
【演出助手】早坂彩、詩森ろば(風琴工房)
【製作総指揮】松本隆志(Mrs.fictions)