演戯団コリペ「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」

◎観客に感染するエネルギー
 鈴木アツト

 新宿の小劇場タイニイアリスが韓国から演戯団コリペを招いて「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」を上演した。僕は昨年末の訪韓の際、大変お世話になった劇団なので(韓国演劇見学記をご参照のこと)、その恩返しをしたかったのと、昨年8月にタイニイアリスで上演された「授業」(作=イヨネスコ、演出=李潤澤)がとても素晴らしい作品だったので、この劇団を自分の周りの演劇ファンに紹介したいと強く思い、日本側のスタッフとして関わった。

 ちなみに、演戯団コリペは、約60名の劇団員がいる韓国のマンモス劇団である。演出家も一人ではない。今回の作品の演出家の李允珠は女優としても活躍している。直前まで別の舞台への出演があり、日本に来たのは公演初日ギリギリという忙しさだった。今回の音響のオペレーターは別の舞台で主役を務めた人だとの話も聞いた。劇団の代表である李潤澤氏が今作の舞台美術のデザイナーでもある。劇団員を専門化させず、全員が総合的に演劇に関わりながら活動する。それがコリペのスタイルのようだ。

 さて、「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」は、まず、舞台美術がユニークだった。四畳半ほどの狭い部屋が、急な傾斜で客席に向かって下がった八百屋舞台になっている。その周りを今にも臭ってきそうな薄汚い壁が、上手、下手、奥の三方から囲んでいる。この壁は、クライマックスで崩れ落ちる仕掛け、俗に言う屋台崩しになっている。床は汚い。窓も戸も汚い。衣装も汚い。きれいなものが何一つない屋根裏部屋が、綿密に計算されて作られている。というのは、お芝居のクライマックスで、崩れて倒れてメチャクチャになるセットが、30分ほどで元に戻せるようになっているのだ。「あの美術、毎回準備するの大変ですね」という観客の声を聞いたが、実は簡単にプリセットできてしまうのだ。

「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」公演から
【写真は演戯団コリペ「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」公演から。撮影=島倉英嗣
提供=タイニイアリス 禁無断掲載】

 汚い美術も見どころだが、同じく汚い四人の主人公たちも忘れてはならない。部屋には住んでいて、しかも若いが、彼らは家や家族を捨てたホームレス。風呂がないから、新聞紙で体を拭いて汚れを取る。下着は三年に一度しか替えない。靴下を脱げば、中から大量の砂がこぼれ落ちる有様。日本のひきこもりとは大きく違うが、彼らが社会からひきこもっている様子が、滑稽に描かれていく。その滑稽さがまた独特で、きれいなブリーフを奪い合ったり(一番きれいなものが二年前に洗ったブリーフなのだ!)、わずかな食べ物を奪い合ったり(ガムを分け合うさまの可愛らしいこと!)。微笑ましく感じられるコメディタッチな演出でありながら、警察が民間人を虐待する映像が突然背景に映写される。すると、虐待はスローモーションで表現される。貧乏で何も持っていない者たちでさえ権力闘争をしてしまうという、人間の愚かさに対するメッセージがはっきり提示されていた。

 このような、日常的な演技が突如、非日常的な演技に飛躍する場面があるのも、コリペの大きな特徴である。最終的にこのお芝居にもっていかれてしまうのは、終盤のジャージャー麺の出前がやってくるシーンがあるからだ。ここでも非日常的な演技が大活躍する。食うに困った四人は、手紙で(部屋に電話がないため)ジャージャー麺を注文して、そのジャージャー麺の出前が、四日後に部屋に配達されてくる。が、当然支払うべき金がない。恵んでくれと連呼する四人に出前の配達人は怒り狂い、中国の拳法のような動きで壁を破壊しながら、ジャージャー麺を床に叩きつける。ところが四人はこれ幸いと床に叩き付けられたジャージャー麺をむさぼり食う。八百屋舞台でアリ地獄へ滑り落ちるかのように、ジャージャー麺まみれになりながらのた打ち回る四人。それは底辺から這い上がることのできない最下層の人間の憐れな姿とも見えるし、逆に下の下に堕落しきっても尚、逞しく生きる者たちへの人間賛歌にも見える。とにかく、凄い迫力であった。すると、そこに女の神様が現れる。神に対する恐れを知らぬ四人組は、この女神を馬鹿にして「さっさと出て行け」なんて言うから、やはり女神も怒り狂う。大きな扇子を振りながら彼女が一差し舞うと、たちまち四人が住んでいた部屋は跡形もなく崩れていく。幸か不幸か、ひきこもる部屋が無くなってしまった四人は暗闇に目を凝らしながら、外の世界に歩み出していく。オペラ調の音楽の中、客席を抜けて、去っていく四人の希望と不安に満ちた旅立ちの表情を見ると、僕は思わず胸が熱くなった。

「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」公演から
【写真は演戯団コリペ「Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たち」公演から。撮影=島倉英嗣
提供=タイニイアリス 禁無断掲載】

 このクライマックスも含め、非日常的なイメージに溢れたシーンは、言葉が理解できなくても存分に楽しめるものだった。ただ、やはり、その他のシーンでは韓国語を理解できないとニュアンスがわからないところも多かった。僕が聞いた限りでも、字幕がないことを不満に思う観客の声は少なくなかった。字幕は無くても、彼らがそこで何をしているかはわかる。しかし、なぜそれをしているのかがわからない。例えば、ひきこもりの一人が口論の末、部屋を出て行こうとするシーンがある。しかし、彼はすんでのところで結局出て行かない。戸の前で立ち止まった彼が何を言ったのか?外の世界が怖かったのか?どんなに悲惨に見える生活で、社会に適合するよりは楽だと思ったのか?それとも強い意志によって現実を拒否しようとしたのか?ひきこもり続けることを決意したという行動はわかるのに、その動機や理由が言葉の壁に阻まれてわからなかった。

 字幕の不使用は演出側の判断だった。芸術監督の李潤澤氏は、「いくつか必要だと思うキーワードについては、日本語に変える。しかし、字幕で台詞を説明することはしない。誤解が生じるとしても、わからないところは自由に想像して見てほしいから」と、ゲネプロが終わった時点で僕達、日本側スタッフに話した。恐らく、字幕がある芝居で起こりがちな、字幕を見て芝居を見ないというデメリットや、劇場が狭いのでイメージどおりに字幕を映写できないなど、諸々の理由があったと思う。

 また、三日間の公演期間中、日本語の台詞は少しずつ増えていき、初日は10個ぐらい、二日目で約15個、三日目には約20個、短い台詞が日本語になったのだが、初日の時に観客が日本語を聞いて笑っていた場面が、日本語が増えるにしたがってウケなくなるということが起こった。いくつか増えた日本語の台詞が、ウケを取るための表面的な言葉として機能し、観客が言葉の向こう側にある、このお芝居のメッセージやイメージを想像するのを邪魔するようになってしまったのではないか?そう僕は感じた。台詞とは単純に言葉の意味が伝わればいいというものではないのだと、改めて思い知らされた。

 この問題は、日本のカンパニーが海外に作品を持っていく時に、そのまま自分たちの問題として返ってくる。母国の観客と同じように外国の観客に作品を手渡すことはできない。ならばどうするか? 日本の小劇場演劇界で問題意識やノウハウを共有していきたいテーマである。

 しかしながら、韓国語の台詞がわからないという不満はあったにしろ、コリペの役者たちの類い稀なる身体性に支えられた演技とその魂は、タイニイアリスを訪れた観客の心に多くのものを残したのではないかと僕は思っている。ひきこもりを日本の現代口語演劇のように覗き見るという構造で描写しながら、最後はその覗きの構造を解体し、外の世界に旅立っていくエネルギーを観客に感染させようとした姿勢に、大いに刺激を受けた若い演劇人も多いのではないだろうか?
(初出:マガジン・ワンダーランド第211号、2010年10月12日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
 鈴木アツト(すずき・あつと)
 1980年東京生まれ。脚本家/演出家。劇団印象-indian elephant-主宰。慶応大学SFC卒業。CM制作会社を経て、2004年4月から演劇活動に専念。blog『ゾウの猿芝居
・ワンダーランド寄稿一覧 :http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-atsuto/

【上演記録】
演戯団コリペ「 Floor in Attic 屋根裏の床を掻き毟る男たちAlice Festival 2011参加作品
新宿・タイニイアリス(2010年10月2日-4日)
☆アートディレクター:李潤澤
☆作 = Kim Ji-hoon
☆演出 = Lee Yoon-joo
☆出演 = Lee Seung-heon、Hong Min-soo、Kim Chul-young、Cho Seung-hi、Kim Ho-yoon、Lee Jung-wok、Kim Jih-yun
料金 前売3000円 当日3500円 学生2500円


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